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第二章・恋の懸け橋
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彼女は憮然として大股で歩く。そのあとを小走りでついて行く私は大変だ。
──まるで、シェパードを追いかけるダックスフント……いや、ハムスターか?
*
部活を休んでまでのヤボ用の内容が判明した。“任務遂行”のためだった。
その日、彦星の従姉が通っていた高校を既に特定し終えた彼女は、確認のため、自ら直接赴いて最後の詰めにかかったのだ。
学区内の公立普通科高校は“ケンリツ”を除いて六校あった。県立四校に市立二校。その中から当時新築されたばかりの校舎を持つ高校を見つければいい。それについては、校内の聞き込みにて難なく解決した。彼女自身の組織力の賜物である。張り巡らされた人的ネットワークを辿ると、あらゆる方面から情報はもたらされた。各学年の全クラス委員に陸上部員に教職員組合。だが、一早く情報を提供してきたのは、モンチッチ君。脅しをかけておいたのが功を奏したようだ。モンチッチ君はどういうわけか常に彼女の言いなりだ。その献身ぶりは尋常ではない。その理由は私とて納得済みだが、彼女には知る由もない。男心を気づかぬ『いけ好かねえ』鈍感さは困ったものだ。
てなわけで、県立四校は全て除外され、市立二校に絞られた。条件にピタリと符合したのは、新設校のみであった。
ここまでがモンチッチ君のお手柄である。私としては、ご褒美に彼女との縁を取り持ってやりたいが、『いけ好かねえ』鈍感なヤツに、それとなく仄めかしてやるだけに留めておくしかあるまい。あとは彼女の気持ち次第というわけだ。
そして、その年の新入生、つまり、新設校第一期生の中で本校出身の生徒は三人しかいない。そのうち女生徒は一人だけだった。しかも、その女生徒の三年当時の担任が私たちの現担任その人だったのだ。担任との他愛ない世間話でそれとなく真実へ辿り着いた、と彼女は幾分興奮気味に震えながら打ち明けてくれた。早速個人情報の聞き出しにかかりたかったが、そのときは担任のほうに時間がなく、さっさと退室したので止む無く引き下がり、またの機会をうかがいつつ職員室をあとにすると即決し、放課後を待って“任務”を遂行したのだった。
翌早朝、登校すると人っ子一人いない校内で職員室の前に張りつく。夜討ち朝駆けで担任を訪問した。記者魂よろしく『いけ好かねえ』友情にて担任を待ち、姿を認めるや否や職員室に入ると、すかさず女生徒の個人情報をせがんだ。
「こんな朝早くから……どういう目的なの?」
少しだけ厚化粧の瞼が激しく瞬きを繰り返す。
「大親友のためなんです。離れ離れになって、所在もわからなくなった者同士を再会させてやりたいんです!」
彼女は真顔で大きな目を限界まで見開き、威嚇するように視線を突き刺してあらゆる悲しい物語の場面を想像して感情を昂らせ、それでもダメだったもんで、担任が視線を外した隙に何度も欠伸を試みてようやく目に薄ら涙を滲ませることに成功した。大袈裟に瞼を拭う仕種に、担任もほだされたようで、さりげなく目頭を押さえたところを見逃しはしなかった。「よっしゃ、落とした!」と内心ほくそ笑むと、まんまと従姉の個人情報を入手し得たのだ。そして、共に一時間目の国語の授業に赴いたというわけだ。
*
──そして、日曜日の今日……
従姉は既に転居して、所在不明で任務完了。
私を驚かせ、喜ばせるつもりが、あえなくカウンターパンチを食らって、すごすごとその場から退散する羽目に陥ったのである。
「はじめっから!」
シェパードが急に立ち止まって牙をむいて吠えた。
「な、なあに……?」
チョコマカと短い足を苦心して飛び跳ねるようにつき従うだけの小動物は、存在をかき消すように縮こまり、何とか食われまいとやり過ごすしか策はない。
「勘違いなんかしなかったら、あのときにさがし当てていたのは間違いない! 今頃は彦星との再会も果たして、メデタシメデタシだったはずだ!」
彼女から指摘されるまでもなく、己の早合点を呆れる一方だったが、改めて言明されると、後悔やら悲しいやら、様々な感情の波が押し寄せ、この小さな胸を奥深くまでえぐり出した。
「そうねえ……」
私は項垂れる。
「悔しい、実に悔しい、悔しくて悔しくて……」
彼女は両の拳をギュッと握り締め、歯を食いしばる。
二人はしばらく道の真ん中で一方は激昂して、もう片方はしょげ返って、お互い心のやり場を求めながら向かい合った。
「ゴメン……」
思わず口元から漏れ出る。恋の懸け橋に徹してくれた彼女の友情を無にした自分が腹立たしかった。
「今日こそは、さがし出せると信じてたのに。彦星が見つかって……再会させてやれると信じていたのに……」
彼女は突然泣き出した。
『いけ好かねえ』泣きっ面を見ていたら、胸の奥が切なくて私も涙があふれ、止まらなくなった。
彼女の長い腕が私の上半身を優しく包み込んだ。私も彼女の体に両腕を回し、二人はしばらく抱擁したまま泣きじゃくった。
──まるで、シェパードを追いかけるダックスフント……いや、ハムスターか?
*
部活を休んでまでのヤボ用の内容が判明した。“任務遂行”のためだった。
その日、彦星の従姉が通っていた高校を既に特定し終えた彼女は、確認のため、自ら直接赴いて最後の詰めにかかったのだ。
学区内の公立普通科高校は“ケンリツ”を除いて六校あった。県立四校に市立二校。その中から当時新築されたばかりの校舎を持つ高校を見つければいい。それについては、校内の聞き込みにて難なく解決した。彼女自身の組織力の賜物である。張り巡らされた人的ネットワークを辿ると、あらゆる方面から情報はもたらされた。各学年の全クラス委員に陸上部員に教職員組合。だが、一早く情報を提供してきたのは、モンチッチ君。脅しをかけておいたのが功を奏したようだ。モンチッチ君はどういうわけか常に彼女の言いなりだ。その献身ぶりは尋常ではない。その理由は私とて納得済みだが、彼女には知る由もない。男心を気づかぬ『いけ好かねえ』鈍感さは困ったものだ。
てなわけで、県立四校は全て除外され、市立二校に絞られた。条件にピタリと符合したのは、新設校のみであった。
ここまでがモンチッチ君のお手柄である。私としては、ご褒美に彼女との縁を取り持ってやりたいが、『いけ好かねえ』鈍感なヤツに、それとなく仄めかしてやるだけに留めておくしかあるまい。あとは彼女の気持ち次第というわけだ。
そして、その年の新入生、つまり、新設校第一期生の中で本校出身の生徒は三人しかいない。そのうち女生徒は一人だけだった。しかも、その女生徒の三年当時の担任が私たちの現担任その人だったのだ。担任との他愛ない世間話でそれとなく真実へ辿り着いた、と彼女は幾分興奮気味に震えながら打ち明けてくれた。早速個人情報の聞き出しにかかりたかったが、そのときは担任のほうに時間がなく、さっさと退室したので止む無く引き下がり、またの機会をうかがいつつ職員室をあとにすると即決し、放課後を待って“任務”を遂行したのだった。
翌早朝、登校すると人っ子一人いない校内で職員室の前に張りつく。夜討ち朝駆けで担任を訪問した。記者魂よろしく『いけ好かねえ』友情にて担任を待ち、姿を認めるや否や職員室に入ると、すかさず女生徒の個人情報をせがんだ。
「こんな朝早くから……どういう目的なの?」
少しだけ厚化粧の瞼が激しく瞬きを繰り返す。
「大親友のためなんです。離れ離れになって、所在もわからなくなった者同士を再会させてやりたいんです!」
彼女は真顔で大きな目を限界まで見開き、威嚇するように視線を突き刺してあらゆる悲しい物語の場面を想像して感情を昂らせ、それでもダメだったもんで、担任が視線を外した隙に何度も欠伸を試みてようやく目に薄ら涙を滲ませることに成功した。大袈裟に瞼を拭う仕種に、担任もほだされたようで、さりげなく目頭を押さえたところを見逃しはしなかった。「よっしゃ、落とした!」と内心ほくそ笑むと、まんまと従姉の個人情報を入手し得たのだ。そして、共に一時間目の国語の授業に赴いたというわけだ。
*
──そして、日曜日の今日……
従姉は既に転居して、所在不明で任務完了。
私を驚かせ、喜ばせるつもりが、あえなくカウンターパンチを食らって、すごすごとその場から退散する羽目に陥ったのである。
「はじめっから!」
シェパードが急に立ち止まって牙をむいて吠えた。
「な、なあに……?」
チョコマカと短い足を苦心して飛び跳ねるようにつき従うだけの小動物は、存在をかき消すように縮こまり、何とか食われまいとやり過ごすしか策はない。
「勘違いなんかしなかったら、あのときにさがし当てていたのは間違いない! 今頃は彦星との再会も果たして、メデタシメデタシだったはずだ!」
彼女から指摘されるまでもなく、己の早合点を呆れる一方だったが、改めて言明されると、後悔やら悲しいやら、様々な感情の波が押し寄せ、この小さな胸を奥深くまでえぐり出した。
「そうねえ……」
私は項垂れる。
「悔しい、実に悔しい、悔しくて悔しくて……」
彼女は両の拳をギュッと握り締め、歯を食いしばる。
二人はしばらく道の真ん中で一方は激昂して、もう片方はしょげ返って、お互い心のやり場を求めながら向かい合った。
「ゴメン……」
思わず口元から漏れ出る。恋の懸け橋に徹してくれた彼女の友情を無にした自分が腹立たしかった。
「今日こそは、さがし出せると信じてたのに。彦星が見つかって……再会させてやれると信じていたのに……」
彼女は突然泣き出した。
『いけ好かねえ』泣きっ面を見ていたら、胸の奥が切なくて私も涙があふれ、止まらなくなった。
彼女の長い腕が私の上半身を優しく包み込んだ。私も彼女の体に両腕を回し、二人はしばらく抱擁したまま泣きじゃくった。
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