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第2章 別れ編

第5話 初恋の人の気持ち

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「隆!! あんた今、自分の事を『俺』って言ったでしょ!? まだ小学校にも行ってないのに、いつの間にそんな言葉を覚えたの!?」

 しまった!!

 俺は自分が幼稚園児だという事をすっかり忘れ無我夢中で『つねちゃん』に告白をしようとしたもんだから、咄嗟にいつもの俺の口調で話してしまっていた。

「ゴッ、ゴメンなさい!! おふく……お母さん……」

 またしても日頃の自分が出かけたのを何とか抑え、一度も母さんの顔をまともに見ていなかった俺だが、恐る恐る母さんの方を見上げてみた。

 きっと眉間にシワを寄せ目が吊り上がった感じで俺の事を睨んでいるのだろう……

 えっ!?

「かっ、母さん、若っ!!」

 しっ、しまった!!

 再び俺はミスを犯してしまった。

 俺は『夢の中』の母さんは現実と同じ容姿をしていると思い込んでいた為、二十代後半の母さんの姿を見て思わず口に出してしまった。

 また怒られると覚悟して目をつむっていた俺だったが、母さんはなかなか怒ろうとしない。

 なので俺は恐る恐る目を開けたが、俺の前にいたのは、何かとても嬉しそうな顔をしている母さんの顔が……

 そして母さんは俺にこう言った。

「隆、幼稚園で『女の人』を喜ばせる言葉も教えてもらったのかしら? 『俺』って言葉は許してあげないけど、今の様な『言葉』は母さん、大歓迎よ」

 母さんの意外な返しに俺は唖然とはしたが、何とかピンチを乗り越えられたので少し安堵した。

 しかしここで俺は一番大きな失敗をした事に気付いてしまったのである。

「あっ、しまった!!」

「どっ、どうしたの、隆!?」

 俺の大きな声を聞いて母さんも驚き、中腰になり心配そうな表情で俺の顔に覗き込んできた。

「つ、つねちゃんの今度行く幼稚園と、つねちゃんの住所を聞くのを忘れた……」

 俺はマジで凹んだ。

 これが夢であっても、夢の中であっても『つねちゃん』の住所は聞きたかった。
 それを聞けなかった事で俺は今まで何十年も後悔してきたのだから……



 落ち込み下を向いている俺の頭に母さんはそっと手をのせ、『クスッ』と微笑みながら俺に何かの紙を見せてくれた。

「隆、この紙を見て。何だと思う? この紙にはねぇ、常谷先生の次に行く幼稚園の名前と先生が住んで居るお家の住所が書いてあるのよ……ウフッ……」




 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン

「つっ、つねちゃん、俺が大きくなったら、俺と結婚してくれ~っ!!」

 クスッ……

 隆君ったら、いつの間にあんな言葉を覚えたのかしら……?
 いきなり『俺』とか言っちゃうし……
 最近、そんなテレビでも観たのかしら?

 でも私、男の人に『告白』されたのって生まれて初めてだわ……
 まぁ、隆君は男の人っていうよりも『男の子』だけど……
 だけど嬉しいなぁ……

 だって私の『天使君』から『プロポーズ』してもらったんだから……


 私が初めて赴任した幼稚園、何もかもが初めてで『教育実習』とは比べ物にならないくらいの大変さ……

 試行錯誤をしながら何とか無事に一学期を終える事が出来た私だったけど、全然疲れが取れずの夏休み。

 ある日、園長先生から連絡が有り幼稚園に行ってみると、そこにはとても可愛らしい男の子がお母さんと一緒にいた。

 それが隆君との出会いだった。

 でもその子の表情は不安いっぱいの顔……

 一学期までとは違う幼稚園、おそらく、これから見知らぬ土地での暮らしが始まる不安があったのだと思う。

 『二学期から転入なんて可哀想な子なだなぁ……』

 私は隆君の姿を見てそう思ったけど、同時に私の心の中に変化が訪れた。

 私がこの子を不安から救ってあげなければ……
 私がこの子を笑顔にしてあげなくては……
 私が不安がっている場合じゃないじゃない!!

 隆君のお陰で私は変わる事が出来た。
 そしてその日から私は隆君の事を心の中で『天使君』と呼ぶようになった。

 そんな『天使君』が頑張って私に『プロポーズ』をしてくれた……
 とっても嬉しい……

 もう隆君と会えないなんて……胸が痛い……

 お母さんに私の住所を書いた紙を渡したけど、今の隆君には読めないよね?

 小学校でたくさん勉強して、たくさん漢字も覚えて、私の住所が読める様になったら、私に会いに来てくれるかな……?

 でも、もうその頃には私の事なんてきっと忘れているだろうなぁ……


 でも来てほしいなぁ……

 またいつか、会いたいなぁ……
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