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第3章 再会編

第13話 初恋の人を思う少年の母

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 俺は『つねちゃん』の言葉を耳元で聞いた途端に顔から火が出そうなくらい熱くなり、心臓の鼓動も高鳴りながら玄関にいる。

 そして俺は嬉しさと恥ずかしさのあまり、『つねちゃん』と目を合わせる事が出来ずに志保さんと一緒に帰宅する事となる。

 アパートの外まで一緒に来てくれた『つねちゃん』が帰り際に俺にこう言った。

「二人共、今日は有難う……そして隆君、まさか『本当に』会えるなんて思ってもいなかったから凄く嬉しかったわ。またいつでも遊びに来てちょうだいね……」

 そういえば最初に会った時も『本当に』って言葉を言っていた様な……

 俺は『つねちゃん』が言った『本当に』って言葉に少し違和感を感じたが、笑顔で手を振りながら『つねちゃん』のアパートを後にするのであった……


 『つねちゃん』は俺達が見えなくなるまでずっとアパートの前で手を振ってくれていた。



―――――――――――――――――――――――

 ……ガチャッ

 バサッ

「ふぅぅぅ……」

『つねちゃん』こと、『常谷香織』は自分の部屋に戻ると、しばらくの間、クッションに顔をうずめていた。

 今日は本当に驚いた。
 まさか『本当に』隆君が私に会いに来てくれるだなんて……

 今度はいつ来てくれるかな?
 大きくなっても遊びに来てくれるのかしら……?

 香織はそう思いながら自分の机の上に置いてある『手紙』を見つめるのであった。

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 私は『五十鈴楓いすずかえで』……隆の母親……

 私はあの時、とても驚いた。

 そう、『常谷先生』を見送りに駅まであの子と来ていた時、お別れの最後の最後であの子は先生に『プロポーズ』をしたのだ。

 私はとても驚いた。

 別にあの子が先生に『プロポーズ』をした事を驚いている訳ではない。
 この街に越してから、何もかもが『消極的』になっていたあの子が、好きな先生にあれだけの『セリフ』を言えただなんて……

 私は正直、嬉しかった。
 あの子が突然『』様な気がした。
 そして私は安堵した……

 私はあの子に『引け目』を感じている。
 私達夫婦の『夢』を優先して、あの子の気持ちも考えずに『幼稚園』の途中で引っ越してしまった事を……

 前の街ではあれだけ活発だったあの子が、この街に来てからは、口数も減り、近所の子達とも馴染めずにいた。

 私はその姿を見て親として本当に辛かった……
 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 それが『あの時』に私の『後ろめたい気持ち』が一気に消え去ったのだ。
 本当に嬉しかった。
 涙が出そうなのをこらえるのが大変だった。

 私はそれをごまかす為にあの子に『俺』という言葉を使った事だけを叱った。

 恐らくあの子は何故そこだけを叱られたのだろうと思っているかもしれない……
 でも母さんは、アナタの先生に対する気持ちを大事にしてあげたかったのよ。
 だから『プロポーズ』の事は触れずにいたの……

 そして小学生になったあの子は友達も沢山できて、必死に勉強も頑張っている。
 特に『漢字』を沢山覚えようとしている様だった。
 まだ学校で習っていない『漢字』も私に聞いてくるくらいに必死だった。

 きっとあの子は『常谷先生』が自宅の住所を書いた紙を読める様になりたいと思ったのだろう。そしてあの子はその『住所』が読める様になった時には『常谷先生』の家に行くつもりなんだと、私は『母親の勘』として、そう思った。

 今のあの子なら、きっと電車の乗り方も調べて先生の所に行くに違いない。
 貯金箱に百五十円が入っていたし、片道の切符代はある。

 案の定、私があの子にワザと『この引き出しに住所が書かれている紙がある』事を分かる様にしむけた二週間前、その紙は無くなっていた。

 私は直ぐに別の紙に控えていた『住所』を見ながら『常谷先生』に手紙を書いた。

 『隆は夏休みに先生の家に遊びに行くと思います』と……

 常谷先生が私の言う事を信じてくれるかどうかは分からない。でもあの子はきっと先生の家に行くに違いない。仮にその日、先生が居なくてもあの子にとっては『意義』があると私は思う。

 そしてあの子が『日曜日に高山君と朝から遊ぶ約束をしている』と聞かされた前日の土曜日、『きっと明日行くんだ』と思った私は慌てて志保ちゃんに電話をし、『偶然を装って出来たらあの子と一緒に目的地に付いて行ってあげて欲しい』と頼み込んだ。

 隆……どうだったのかな?
 先生には会えたかな……?

 私はアナタの事をいつも応援しているよ。

 例え、それが『叶う事の無い恋』だとしても……
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