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第12章 想いを伝える為に編

第74話 初恋の人の強い願い

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「い、石田……今……何て……?」

 俺は自分の耳を疑い聞き直した。

「驚くのも仕方無いよね。今日までずっと……今日の日が来るまでずっと私、隠していたから……」

 俺の心臓の動きが激しくなる。
 ま、まさか……

 そして俺はゆっくりと石田に近づいて行った。

「も……もしかして石田、お前……」

「フフ、そうよ。そのもしかよ。私は一度『死んでいる』……そして『この世界』に飛ばされて『人生のやり直し』をしてきたの。五十鈴君も『同じ』でしょ?」

 俺は石田の口から『五十鈴君も同じ』という言葉を聞いた瞬間、今度は石田の目の前で膝間つき両手をベッドの上に置きながら石田の顔を見つめる。

 お互いの目からは大粒の涙が流れだしている。

「やっとお互いに『隠す必要』が無くなって……それに『同じ境遇の人』が目の前にいるから安心しちゃって涙が勝手にあふれてきたのかな……」

 石田の言う通りだと思う。
 
 俺達はこの約八年間、一人で『この世界』を『子供』として演じて来た。
 この辛さは誰にも分かってもらえないと思っていたのに、それが今、お互いの目の前に『理解者』がいるのだ。

 『タイムリープ』について普通に話せる相手が目の前にいる。
 その喜びの表現がうれし涙としてあらわされているのだろう……

「こ、『この世界』に飛ばされたのは俺だけだと思っていたよ……まさか石田もだっただなんて……でもそうだよな? 俺だけが『特別』ってのも今考えるとおかしな話だよな? で、でもいつからなんだ? 石田が『この世界』に来たのは?」

「私が『この世界』に来たのは幼稚園を卒園したばかりの日だったわ」

 俺は驚いた。

「えっ!? おっ、俺と同じ日じゃないか!? しっ、信じられない!! 石田は『前の世界』の石田のままだったぞ。全然『違和感』なんて無かったし……」

「フフ、だから前に言ったじゃない。私達は『元演劇部』だって。でも五十鈴君よりも私の演技力の方が上だとは思うわ。だって五十鈴君、ところどころで凄く『違和感』あったし……」

「そ、そうだよな。自分でもそう思うよ。でもそれは『ある目的』を達成する為には仕方が無い事でもあったんだけど……」

「分かってる。つねちゃんと『結婚』する為でしょ? それと私の事も助けてくれようとしていたのよね? 今まで一人で悩ませて辛い思いをさせてしまってゴメンね……」

「いっ、いや、そんな事……辛いのはお互い様じゃないか……」

「私もね、五十鈴君と同じで『ある目的』があったの。っていうか『前の世界』で私が死ぬ瞬間、何を思ったか分かるかな?」

「えっ? 死ぬ瞬間に思ったこと? 『怖い』とか『死にたくない』とかかな?」

「うううん、少し違うよ。『前の世界』の私も白血病だったし、いずれ死ぬ事は覚悟していたんだ。でもね『事故』で死ぬのは嫌だった。それに私の病気の為に巻き込まれて一緒に死んでしまうお母さんにも申し訳なかった。でも一番私が強く思ったのは『このまま想いを伝えられないまま死ぬのは嫌』って事だった……そして死んだと思って目を開けたらそこは自宅のテーブルで目の前には『卒園おめでとう』と笑顔で話かけるお母さんがいたの……」

 『想いを伝えられないまま死ぬのは嫌』……
 
 俺はその言葉が気になり石田に聞いてみた。

「石田の伝えたかった想いって何だったんだ? 寿や稲田達に何か伝えたかったのかい?」

 一瞬、間が空いたが石田は『はぁ……』とため息をつきながら話し出す。

「ほんと、五十鈴君って昔から鈍感な人ね? 私が伝えたかったのは……『私は昔から五十鈴君の事が好きでした。私の分まで元気に生きてね』ってあなたに伝えたかったの……」

「えっ!?」

 俺は石田のまさかの言葉に驚きを隠せなかった。
 
 『この世界』での石田のこれまでの俺に対する態度を見ていればそういう事を伝えてきても不思議では無い。しかし『前の世界』でも石田は俺の事を好きでいてくれた事に俺は驚いたのだ。

 前から知りたかった石田の気持ちが、ようやく『この世界』で聞く事が出来たのである。

 そしてこの日、石田はしんどそうな感じではあったが全ての事を話してくれた。

 最初に俺に違和感を感じたのは『前の世界』では小四の時から会話をするようになったはずなのに、『この世界』の俺は低学年の頃から積極的に石田に話しかけてきたこと。

 俺が『未来』から来ているのを確信したのは中一の時に偶然、病院の前で出くわした時の会話だったみたいだ。自分が事故で死ぬ事を知っている石田に俺が執拗に『事故に気をつけろ』と言えば……それに昔から『大人』の雰囲気のある俺と照らし合わせると、俺が『未来』から来たのだと確信したそうだ。


 だが、石田にとって『誤算』もあった。

 まず、親友の寿が俺の事を好きになるとは思っていなかったこと。
 自分が応援してしまう立場になってしまったこと。

 そして最大の誤算は俺が『つねちゃん』の事が好きだったことだった。

 あの『七夕祭り』の時に俺と『つねちゃん』の会話を聞いた石田はこれまでの考えを改めたらしい。

 本当は死ぬ寸前に俺に告白する予定にしていたが、小六の夏休みに俺の部屋で我慢しきれずに告白してしまい、自ら俺にキスをしてしまったそうだ。

 その後、俺が『前の世界』に逆戻りしている期間の『この世界』の俺は『何事も無かった感』が出ていて違う意味で『違和感』はあったらしいが、別に気にせずにいつも通りに接していたらしい。

 それと石田は中学生になったと同時に意を決して俺に対する自分の気持ちを寿に伝えた。

「私、もう久子の応援はできないから。私も昔から五十鈴君の事が大好きだったから……」

 その言葉に寿はショックを受け、二人の間に溝が出来てしまったそうだ。
 この部分の話だけは聞いてて心が痛くなる俺だった。

 しかし石田も中三になれば寿は山田と付き合う事を知っていたらしく、その頃には仲直り出来るとも思っていたそうだ。

 ある意味、石田の方が『大人』の俺よりも先の事を考えて行動して来たんだなと思う。

 先の事と言えば石田の病気だが、このままいけば八月に東京へ行く事が決まってしまうので、石田は持ち前の『演技力』で『仮病』を決行した。

 俺が石田の家にお見舞いに行った時はさほど、しんどくは無かったらしい。
 石田としては早めに病状を悪くして東京に行く前に地元で入院する必要があったのだ。

「私の病気を心から治したいと思っているお母さんに『東京には行きたくない』なんてわがままは絶対に言えないから……それが死ぬ事だと分かっていても……」

 こうしてしばらくの間は『仮病』だった石田だったが、思いが通じたのか突然、身体に異変が起こったそうだ。身体がとてもだるく、時には痛くなり寝るのも辛い状態になった。

 『前の世界』の時よりも病気の進行が早まっていたのだ。
 
 石田にとっては複雑な心境だったが、これで『東京には行かなくて済む。事故で死ななくて済む。だから後は私がどれだけ生きれるか。そして皆にしっかりとお別れが出来るかだ……』と思っていたそうだ。

 俺はここまでの話を石田から聞き、俺だけが『この世界』でもがいていた訳じゃ無かった事にある意味、喜びを感じると共に、たった十五歳の少女が生きる為に、想いを伝える為に必死で頑張ってきた事に対して頭が下がる思いであった。

 病室の窓の外はもう薄暗くなってきている。

 俺は奏に連絡するのをすっかり忘れていた事に気付くのだった。



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お読みいただきありがとうございました。

『運命の日』での『死』は免れた石田……
そして石田は隆と同じく『タイムリープ』で『この世界』にやってきたことが判明する。
色々な謎が解けて行く病室内、二人は時間を忘れるくらいに語り合っている。

どうぞ次回もお楽しみに。
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