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記憶の中の天使
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「えっ?何で…?」
「おにいちゃん、このコをたすけてあげてっ」
大きな瞳で、すがるように見つめて来るその少女に。辰臣は面食らった。
「助けるって…どうして?また何処か傷でも…?」
見失っていた間に怪我が酷くなったのかと慌てて前に踏み出しかけたところで少女は静かに首を横に振ると、それを否定する。
「けがはしてない。でも…おうちに帰さないでほしいの」
「おうちに?何で…?だって、ご家族はきっと心配してるよ?このコだって早くご家族に会いたいに…」
決まっているはずだよ…と続けるつもりが、泣きそうな顔でイヤイヤするように首を振られ「ダメなのっ!」と言葉を遮られてしまい、戸惑う。
「おうちに帰ったら、またひどい目にあわされちゃうよ」
「酷い目って、まさか。おうちの人がそんなことするワケ…」
『ない』とは思いながらも、辰臣はそれ以上言葉を続けられなかった。不意に、この子犬と初めて出会った時のことを思い出したからだ。
実際、この子犬を見つけた時は酷い怪我で。最初は事故にでも遭ったのかと思っていたのだが、怪我の具合からして少し様子が違ったのは事実だった。
医師の話では、新しい怪我以外にも少し時間の経過した傷痕や打撲痕があったらしく…。
(まさか、日常的に暴行を…?そんな、まさか…)
「君は、この子犬のことを前から知っていたの?もしかして飼い主のことも知ってたりする?」
辰臣は少女の前に屈み込むと、視線に合わせるようにした。すると、少女は一瞬きょとんとした表情を見せると、小さく首を横に振った。
「ううん、知らないよ」
「あれっ?知らないの?」
ちょっぴり拍子抜けしてしまった。
「それなら何で…?知らないのに、この子犬が酷い目に合うって分かるの?」
そう聞き返すと、何故か少女は不意に顔をこわばらせた。どこか怒られて怯えているかのような、ばつの悪そうな顔だった。
責められてるように感じたんだろうか。それでも、この子の言うところの意味を知りたくて、せめて表情だけでも和らげながらその答えを静かに待った。
すると、控えめにぽつりぽつりと話し出す。
「このコがね、言ってるの…」
「『このコ』が?」
「うん。たすけてって…。帰りたくないって…」
「この子犬が…?」
普通に考えたら、子どもの想像や空想や何かの類の作り話だと思うだろう。
実際、一瞬だがそんな考えが辰臣の頭を過ぎったのは事実だった。
だが、続く少女の言葉に辰臣は息を呑んだ。
「このコみたいなペットたちは、飼い主をえらべないから…。それは、子どもが親をえらべないのとおんなじ。どんなにつらくても居場所はそこしかないの」
「………」
「でもね、おにいちゃんみたいなやさしい人もいる。このコはうれしかったって言ってるよ。つらくて逃げだしたときに、おにいちゃんに助けてもらったって」
そう言って小さく微笑んだその少女の笑顔がとても綺麗で儚げで。そして、何より寂しそうで。こんな小さな少女の何がそんな表情をさせているのだろうと余計な詮索さえ浮かぶ程だった。
だが、それよりも…今、何か気になることを彼女は言わなかっただろうか?
「ちょっ…ちょっと待って」
辰臣は片手で頭を抱えると己の頭の中を整理しながら浮かんだ疑問を口にした。
「じゃあ、この子は自分で逃げてきたってこと?飼い主の元から…?」
「うん」
「ずっと酷い目にあってて、耐えられなくなって?」
「うん」
「そんな…。ことって…」
辰臣はショックを隠しきれなかった。こんなに可愛くて小さな動物に、そんな酷い仕打ちをする人間が存在するのかと。それも、自ら飼っておきながらも、だ。
だが、思い出してみれば確かに保護した当初、このコは人に怯えているふしが見て取れた。診察して貰った際に獣医にも言われたことだった。怪我が酷かったので出来る抵抗は限られていただろうが、暴れて僅かながらも手を焼かせたことは記憶に新しい。最終的には、自分に危害を加える存在ではないのだと理解してくれたのか大人しくしてくれていたが。だが、日常的に酷い目に合わされていたというのなら、それも頷けると思った。
(動物たちの命を何だと思っているんだっ!自分の所有物なら何をしてもいいとでもいうのかっ?!)
信じられない気持ちとともに奥底からは怒りが沸々と湧いてくる。
そんな辰臣の心情を察したのか、静かにこちらを見つめていた子犬が「きゅうん」と小さく鳴いた。
「ごめんな。つらかったな…」
そっと子犬に手を伸ばして撫でてくる辰臣に、子犬は嬉しそうに尻尾を振り身体を乗り出してくる。少女は子犬の意のままに、そっと辰臣の腕の中に渡してくれた。
少女の話を裏付ける証拠は何もない。でも、不思議と疑う気にもなれなかった。
「おにいちゃん、このコをたすけてあげてっ」
大きな瞳で、すがるように見つめて来るその少女に。辰臣は面食らった。
「助けるって…どうして?また何処か傷でも…?」
見失っていた間に怪我が酷くなったのかと慌てて前に踏み出しかけたところで少女は静かに首を横に振ると、それを否定する。
「けがはしてない。でも…おうちに帰さないでほしいの」
「おうちに?何で…?だって、ご家族はきっと心配してるよ?このコだって早くご家族に会いたいに…」
決まっているはずだよ…と続けるつもりが、泣きそうな顔でイヤイヤするように首を振られ「ダメなのっ!」と言葉を遮られてしまい、戸惑う。
「おうちに帰ったら、またひどい目にあわされちゃうよ」
「酷い目って、まさか。おうちの人がそんなことするワケ…」
『ない』とは思いながらも、辰臣はそれ以上言葉を続けられなかった。不意に、この子犬と初めて出会った時のことを思い出したからだ。
実際、この子犬を見つけた時は酷い怪我で。最初は事故にでも遭ったのかと思っていたのだが、怪我の具合からして少し様子が違ったのは事実だった。
医師の話では、新しい怪我以外にも少し時間の経過した傷痕や打撲痕があったらしく…。
(まさか、日常的に暴行を…?そんな、まさか…)
「君は、この子犬のことを前から知っていたの?もしかして飼い主のことも知ってたりする?」
辰臣は少女の前に屈み込むと、視線に合わせるようにした。すると、少女は一瞬きょとんとした表情を見せると、小さく首を横に振った。
「ううん、知らないよ」
「あれっ?知らないの?」
ちょっぴり拍子抜けしてしまった。
「それなら何で…?知らないのに、この子犬が酷い目に合うって分かるの?」
そう聞き返すと、何故か少女は不意に顔をこわばらせた。どこか怒られて怯えているかのような、ばつの悪そうな顔だった。
責められてるように感じたんだろうか。それでも、この子の言うところの意味を知りたくて、せめて表情だけでも和らげながらその答えを静かに待った。
すると、控えめにぽつりぽつりと話し出す。
「このコがね、言ってるの…」
「『このコ』が?」
「うん。たすけてって…。帰りたくないって…」
「この子犬が…?」
普通に考えたら、子どもの想像や空想や何かの類の作り話だと思うだろう。
実際、一瞬だがそんな考えが辰臣の頭を過ぎったのは事実だった。
だが、続く少女の言葉に辰臣は息を呑んだ。
「このコみたいなペットたちは、飼い主をえらべないから…。それは、子どもが親をえらべないのとおんなじ。どんなにつらくても居場所はそこしかないの」
「………」
「でもね、おにいちゃんみたいなやさしい人もいる。このコはうれしかったって言ってるよ。つらくて逃げだしたときに、おにいちゃんに助けてもらったって」
そう言って小さく微笑んだその少女の笑顔がとても綺麗で儚げで。そして、何より寂しそうで。こんな小さな少女の何がそんな表情をさせているのだろうと余計な詮索さえ浮かぶ程だった。
だが、それよりも…今、何か気になることを彼女は言わなかっただろうか?
「ちょっ…ちょっと待って」
辰臣は片手で頭を抱えると己の頭の中を整理しながら浮かんだ疑問を口にした。
「じゃあ、この子は自分で逃げてきたってこと?飼い主の元から…?」
「うん」
「ずっと酷い目にあってて、耐えられなくなって?」
「うん」
「そんな…。ことって…」
辰臣はショックを隠しきれなかった。こんなに可愛くて小さな動物に、そんな酷い仕打ちをする人間が存在するのかと。それも、自ら飼っておきながらも、だ。
だが、思い出してみれば確かに保護した当初、このコは人に怯えているふしが見て取れた。診察して貰った際に獣医にも言われたことだった。怪我が酷かったので出来る抵抗は限られていただろうが、暴れて僅かながらも手を焼かせたことは記憶に新しい。最終的には、自分に危害を加える存在ではないのだと理解してくれたのか大人しくしてくれていたが。だが、日常的に酷い目に合わされていたというのなら、それも頷けると思った。
(動物たちの命を何だと思っているんだっ!自分の所有物なら何をしてもいいとでもいうのかっ?!)
信じられない気持ちとともに奥底からは怒りが沸々と湧いてくる。
そんな辰臣の心情を察したのか、静かにこちらを見つめていた子犬が「きゅうん」と小さく鳴いた。
「ごめんな。つらかったな…」
そっと子犬に手を伸ばして撫でてくる辰臣に、子犬は嬉しそうに尻尾を振り身体を乗り出してくる。少女は子犬の意のままに、そっと辰臣の腕の中に渡してくれた。
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