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記憶の中の天使
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何より、今までずっと大人しく腕の中に収まっていたこの子が突然暴れて逃げ出した理由が、飼い主の家へ近付いたことによるものだとしたら、その突飛な行動も頷けるのだ。
今は普段通り大人しく腕の中で抱かれながら尻尾を振っている子犬の姿に、何とも言えない切なさがこみ上げてくる。
(こんなに可愛いのに…)
それに、ふわふわで…あたたかい。
どんなに小さくて弱い存在でも確かにここにあるのは、かけがえのない大切なひとつの命だ。人間の傲慢なんかで、これ以上この子を傷つけたくはなかった。守ってあげたい。心からそう思う。
(僕に出来ることは、何だろう?)
辰臣がそう考えを巡らせていた、その時だった。
腕の中の小さな存在がビクリと大きく震えるのと同時に、突然小さな手に力強く腕を掴まれた。
「おにいちゃんっ、こっち!」
小声ながらも少女は声を上げると、かがんだまま戸惑っている辰臣を立ち上がらせ、ぐいぐい何処かへ引っ張り始めた。
「ちょっ…急にどうしたのっ?」
何があったというのだろうか。突然の少女の行動に訳が分からぬまま、手を引かれるままに後をついていく。当然、掴まれていない方の腕にはしっかりと子犬を抱えていたが、心なしかその小さな身体が震えているような気がする。
辰臣が不思議に思いながらも連れられていった先は公園内の植え込みで。少女と一緒になって小さくしゃがみ込んだその時、公園内に人の声が響き渡った。誰かが公園にやって来たようだった。
「んだよっ。連れて来るって言ってたのに全然来ねぇじゃんか」
「単に間違いだったんじゃないの?ウチの犬『かもしれない』って連絡入っただけだし。とりあえず確認して欲しいって話だったけどさ」
「ちぇっ。なら変更の連絡ぐらい入れろってんだ」
そう話しながらやって来たのは、中学生くらいの少年と少女だった。二人の手には複数のリードが握られ、そこには小さな子犬たちが数匹繋がれて一緒にわらわらと歩いている。よく見てみると、その子犬らはどことなく腕の中にいるこの子に似ている気もした。この子の方が一回り程身体は小さいが、見る限りでは月齢はそう変わらないのではないだろうか。
ある可能性が頭をよぎって、辰臣が隣の少女に目をやると。彼女はじっ…と、その犬を連れた二人組の様子を伺っているようだった。だが、その表情は硬く、どこか辛そうに見えた。
「だいたいねぇ、今時迷い犬のチラシなんかで簡単に見つかると思うこと自体間違ってるのよ。下手にウロついてれば、すぐに保健所に連絡が行って連れてかれてオシマイだよ」
「まーな。それもそうか」
ケラケラと笑っている二人の様子に、辰臣は唇を噛んだ。笑うような内容ではない。ましてや、これが動物を飼ってる者の言葉だなんて耳を疑うとこだ。
だが、二人の会話は続く。
「ま、この世は弱肉強食。弱い者は生き残れないってことだなっ」
「よく言う。そんな風に開き直ってるとお母さんに言っちゃうよ?お兄ちゃんがいつも、あの犬イジメて憂さ晴らししてたってコト」
「バカ言え!あれは躾だろっ?人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよっ!」
「まーた、そんなこと言って…」
「だってよー、アイツどんくせぇんだもん。他のヤツはすぐに反応できるのにアイツだけ妙にトロいし、言うことは聞かねぇし。見ててムカついてくんだよっ」
そう言いながら、少年は足元に群がっている子犬たちを煩わしそうに足先で払った。すると、その中の一匹が「きゃん」と鳴き声を上げた。
「だからって乱暴にしていいって理由にはならないでしょ。…まぁ、あのコの動きがニブイのは認めるケドさ。その分、食事も他のコに取られちゃってたから余計に成長が遅れてるっていうのもあるんだろうけど…」
「だから言ってんだろ?この世は弱肉強食なんだって。所詮弱い者は、どのみち生きていけねぇの。それをオレはアイツに教育してやってるってだけだ」
「うわー、思いっきり正当化してるし…」
「このオレの優しさがわかんねぇかなー?愛だよ、愛。アイツはそんなオレの愛情から逃げたんだよ。縁がなかったってことだ。そんなヤツ、ウチにはもういらねぇよ」
「…なぁんだ、やっぱ自分が原因だって分かってるんじゃん」
そうして二人は笑いながら公園内を横切っていく。どうやら散歩の途中らしく、公園内をただ通り抜けて行くだけのようだ。
遠ざかっていく声と姿を見送りながら。辰臣は腕の中の小さな存在をそっと撫でた。
子犬の様子と彼らの話を聞いていて解ってしまった。おそらくあの二人は、このコの飼い主なのだろう。
不安そうにこちらを見上げて来る子犬に。
「…つらかったな」
辰臣は眉を下げると小さく呟いた。
今は普段通り大人しく腕の中で抱かれながら尻尾を振っている子犬の姿に、何とも言えない切なさがこみ上げてくる。
(こんなに可愛いのに…)
それに、ふわふわで…あたたかい。
どんなに小さくて弱い存在でも確かにここにあるのは、かけがえのない大切なひとつの命だ。人間の傲慢なんかで、これ以上この子を傷つけたくはなかった。守ってあげたい。心からそう思う。
(僕に出来ることは、何だろう?)
辰臣がそう考えを巡らせていた、その時だった。
腕の中の小さな存在がビクリと大きく震えるのと同時に、突然小さな手に力強く腕を掴まれた。
「おにいちゃんっ、こっち!」
小声ながらも少女は声を上げると、かがんだまま戸惑っている辰臣を立ち上がらせ、ぐいぐい何処かへ引っ張り始めた。
「ちょっ…急にどうしたのっ?」
何があったというのだろうか。突然の少女の行動に訳が分からぬまま、手を引かれるままに後をついていく。当然、掴まれていない方の腕にはしっかりと子犬を抱えていたが、心なしかその小さな身体が震えているような気がする。
辰臣が不思議に思いながらも連れられていった先は公園内の植え込みで。少女と一緒になって小さくしゃがみ込んだその時、公園内に人の声が響き渡った。誰かが公園にやって来たようだった。
「んだよっ。連れて来るって言ってたのに全然来ねぇじゃんか」
「単に間違いだったんじゃないの?ウチの犬『かもしれない』って連絡入っただけだし。とりあえず確認して欲しいって話だったけどさ」
「ちぇっ。なら変更の連絡ぐらい入れろってんだ」
そう話しながらやって来たのは、中学生くらいの少年と少女だった。二人の手には複数のリードが握られ、そこには小さな子犬たちが数匹繋がれて一緒にわらわらと歩いている。よく見てみると、その子犬らはどことなく腕の中にいるこの子に似ている気もした。この子の方が一回り程身体は小さいが、見る限りでは月齢はそう変わらないのではないだろうか。
ある可能性が頭をよぎって、辰臣が隣の少女に目をやると。彼女はじっ…と、その犬を連れた二人組の様子を伺っているようだった。だが、その表情は硬く、どこか辛そうに見えた。
「だいたいねぇ、今時迷い犬のチラシなんかで簡単に見つかると思うこと自体間違ってるのよ。下手にウロついてれば、すぐに保健所に連絡が行って連れてかれてオシマイだよ」
「まーな。それもそうか」
ケラケラと笑っている二人の様子に、辰臣は唇を噛んだ。笑うような内容ではない。ましてや、これが動物を飼ってる者の言葉だなんて耳を疑うとこだ。
だが、二人の会話は続く。
「ま、この世は弱肉強食。弱い者は生き残れないってことだなっ」
「よく言う。そんな風に開き直ってるとお母さんに言っちゃうよ?お兄ちゃんがいつも、あの犬イジメて憂さ晴らししてたってコト」
「バカ言え!あれは躾だろっ?人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよっ!」
「まーた、そんなこと言って…」
「だってよー、アイツどんくせぇんだもん。他のヤツはすぐに反応できるのにアイツだけ妙にトロいし、言うことは聞かねぇし。見ててムカついてくんだよっ」
そう言いながら、少年は足元に群がっている子犬たちを煩わしそうに足先で払った。すると、その中の一匹が「きゃん」と鳴き声を上げた。
「だからって乱暴にしていいって理由にはならないでしょ。…まぁ、あのコの動きがニブイのは認めるケドさ。その分、食事も他のコに取られちゃってたから余計に成長が遅れてるっていうのもあるんだろうけど…」
「だから言ってんだろ?この世は弱肉強食なんだって。所詮弱い者は、どのみち生きていけねぇの。それをオレはアイツに教育してやってるってだけだ」
「うわー、思いっきり正当化してるし…」
「このオレの優しさがわかんねぇかなー?愛だよ、愛。アイツはそんなオレの愛情から逃げたんだよ。縁がなかったってことだ。そんなヤツ、ウチにはもういらねぇよ」
「…なぁんだ、やっぱ自分が原因だって分かってるんじゃん」
そうして二人は笑いながら公園内を横切っていく。どうやら散歩の途中らしく、公園内をただ通り抜けて行くだけのようだ。
遠ざかっていく声と姿を見送りながら。辰臣は腕の中の小さな存在をそっと撫でた。
子犬の様子と彼らの話を聞いていて解ってしまった。おそらくあの二人は、このコの飼い主なのだろう。
不安そうにこちらを見上げて来る子犬に。
「…つらかったな」
辰臣は眉を下げると小さく呟いた。
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