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その意味
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そんな自分の疑問に、颯太はカップを口元に当てたまま一瞬瞳を大きく見開くと、「ああ、それな」と軽く頷いた。
「実は…さっき戻ってきた時にさ、月岡に会ったんだよ」
「え?…咲夜ちゃん?」
「そ。なんか、おばあちゃんにお遣いを頼まれたとかでコンビニに行くとこだったらしいんだけど、心配して覗いてくれてたみたいでさ」
「ああ」
そう言えば彼女は、おばあさんと二人暮らしなんだったっけ。その彼女のおばあさんが、ここの大家さんだというのだから世の中狭い。彼女を家まで送って行った颯太から初めてその話を聞いた時は、本当に驚いたものだ。
「で、その時に気になる話を聞いたって言っててさ」
「咲夜ちゃんは、そんな話を一体何処で聞いたんだろ…。もしかして噂にでもなってたのかな?」
「さあ?でも、あの飼い主の家はこの近所だし誰かが見ていて噂になっててもおかしくはないのかもな。飼い主自身が誰かに話していたかも知れないし」
「まさか、流石にそれは…」
「だってさ、俺が電話で確認を取った時も全然悪びれた様子無かったんだぜ。子どもへの教育上、依頼するしかなかったんだとか笑って正当化してたくらいだし」
「そう、なんだ…」
世の中色々な考えの人がいるのは確かで、他人が所有している動物に関しては口を挟むことなど出来はしないし、今更どうしようもないことなのだけれど…。
「いたたまれないね…」
「まぁ、そうだな。気持ちは分かるけど、でも辰兄がいつまでも気に病んでても仕方ないことだからさ。元気出してよ」
「うん…。いつも悪いな、颯太。毎度付き合って貰って」
「俺はいいんだよ。好きでここに入り浸ってるんだし」
そう言いながらも、僅かな笑顔を向けてくれる。
いつだって、そんな彼の言動に自分は救われているのだ。
いつまでも濡れたままでいては風邪を引くということで、一息ついた後早々に二人は解散した。
辰臣と別れた後、ひとり夜道を歩きながら颯太は考えていた。
俺は本当のことを辰兄に伝えなかった。
『私、実は…。人の心の声が聞こえるの』
月岡は人づてに聞いた噂話などではなく、本人の心の声を聞いたのだと言った。自分は表面上では知ることの出来ない、隠された『本心』とか『本音』とか、そういうものを聞くことが出来るのだと。
思い詰めたような顔で突然そんなことを話しだした月岡に、俺は最初当然のことながら面食らった。だけど、彼女がそのことを口にすることにかなりの勇気を必要としたのだということだけは、その表情からすぐに解った。
「心の、声?」
「そう。人が思ってること、頭の中で考えてることが分かるの」
「…おい。それって…今、俺が考えてることも分かるってことか?」
自然と身構えてしまった俺の様子に月岡も気付いたのか、少しだけ傷ついたような瞳を見せたが、それでもふるふると首を横に振った。
「全部じゃない。でも、その人の外に出せずにいる強い思いとか気持ちみたいなものが声になって聞こえてくることがあるの」
「外に出せずにいる気持ち…」
「気味悪い…でしょう?でも、本当のことなんだ…」
そんなことがあるのだろうか。そう驚きながらも、どこか「そういうことか」と納得してしまっている自分がいた。
「それって…」
「え…?」
「その声が聞こえたのって、俺がお前に声掛けた時か?」
「…えっ?」
「お前に『怖い顔してる』って言った時なんじゃないのか?」
「あ…。うん、そう…だった、と思う」
「やっぱりか」
「…幸村くん?」
今まで月岡に感じていた違和感が繋がったような気がした。
「とりあえず分かった。辰臣さんには、すぐに上がるように伝えとく。だから、お前はもう帰れ。あんま遅くなると家の人が心配するぞ」
何でもないことのようにそう返すと、月岡は心底驚いたようにこちらを見上げてきた。
「…信じて、くれるの?こんな話を?」
「何だよ嘘なのか?」
首を傾げながら質問に質問で返すと、彼女は再びふるふると首を横に振り、しっかりと否定の意を示した。
普段、何事にも動じないような、どちらかというと感情が表情に現れにくい彼女にしては珍しくその不安げな様子に思わず小さく息を吐く。
「なんつーか、さ。確かに普通に考えたら信じ難い話ではあるんだろうけど。でも、この状況でお前がそんな嘘や冗談を言うような奴じゃないと俺は思ってるし」
それは、俺が勝手に思ってるだけだけど。実際、俺はまだそんなにコイツのことを何も知っている訳じゃない。だが、それでもコイツがこの状況でそんなデタラメを口にするとは思えなかったし、何よりそんな作り話をわざわざする意味などない筈だ。
それに、知り合ってほんの数日の間に見ていて感じていた違和感が繋がって、妙に納得出来てしまったのだ。
あの、ふとした瞬間の何とも言えない月岡の表情。
それが、その声に反応してのことだとしたら全ての辻褄が合うと思った。
ふとした瞬間、何かに気付いたように動きを止める動作は、本当に一瞬ではあるが俺の目には違和感を残した。
そして、そんな時の彼女の様子は俺の中にちょっとした衝撃を起こした。
その長い睫毛に縁取られた伏せ目がちな瞳は、どこか哀しげな不思議な色を含んでいて…。そして、何かを汲み取ろうと微かに揺れる。
その様は、どう表現すればいいのか。
そこに他意などないし全く俺の柄ではないのだが、そんな彼女を素直に綺麗だと思った。
「実は…さっき戻ってきた時にさ、月岡に会ったんだよ」
「え?…咲夜ちゃん?」
「そ。なんか、おばあちゃんにお遣いを頼まれたとかでコンビニに行くとこだったらしいんだけど、心配して覗いてくれてたみたいでさ」
「ああ」
そう言えば彼女は、おばあさんと二人暮らしなんだったっけ。その彼女のおばあさんが、ここの大家さんだというのだから世の中狭い。彼女を家まで送って行った颯太から初めてその話を聞いた時は、本当に驚いたものだ。
「で、その時に気になる話を聞いたって言っててさ」
「咲夜ちゃんは、そんな話を一体何処で聞いたんだろ…。もしかして噂にでもなってたのかな?」
「さあ?でも、あの飼い主の家はこの近所だし誰かが見ていて噂になっててもおかしくはないのかもな。飼い主自身が誰かに話していたかも知れないし」
「まさか、流石にそれは…」
「だってさ、俺が電話で確認を取った時も全然悪びれた様子無かったんだぜ。子どもへの教育上、依頼するしかなかったんだとか笑って正当化してたくらいだし」
「そう、なんだ…」
世の中色々な考えの人がいるのは確かで、他人が所有している動物に関しては口を挟むことなど出来はしないし、今更どうしようもないことなのだけれど…。
「いたたまれないね…」
「まぁ、そうだな。気持ちは分かるけど、でも辰兄がいつまでも気に病んでても仕方ないことだからさ。元気出してよ」
「うん…。いつも悪いな、颯太。毎度付き合って貰って」
「俺はいいんだよ。好きでここに入り浸ってるんだし」
そう言いながらも、僅かな笑顔を向けてくれる。
いつだって、そんな彼の言動に自分は救われているのだ。
いつまでも濡れたままでいては風邪を引くということで、一息ついた後早々に二人は解散した。
辰臣と別れた後、ひとり夜道を歩きながら颯太は考えていた。
俺は本当のことを辰兄に伝えなかった。
『私、実は…。人の心の声が聞こえるの』
月岡は人づてに聞いた噂話などではなく、本人の心の声を聞いたのだと言った。自分は表面上では知ることの出来ない、隠された『本心』とか『本音』とか、そういうものを聞くことが出来るのだと。
思い詰めたような顔で突然そんなことを話しだした月岡に、俺は最初当然のことながら面食らった。だけど、彼女がそのことを口にすることにかなりの勇気を必要としたのだということだけは、その表情からすぐに解った。
「心の、声?」
「そう。人が思ってること、頭の中で考えてることが分かるの」
「…おい。それって…今、俺が考えてることも分かるってことか?」
自然と身構えてしまった俺の様子に月岡も気付いたのか、少しだけ傷ついたような瞳を見せたが、それでもふるふると首を横に振った。
「全部じゃない。でも、その人の外に出せずにいる強い思いとか気持ちみたいなものが声になって聞こえてくることがあるの」
「外に出せずにいる気持ち…」
「気味悪い…でしょう?でも、本当のことなんだ…」
そんなことがあるのだろうか。そう驚きながらも、どこか「そういうことか」と納得してしまっている自分がいた。
「それって…」
「え…?」
「その声が聞こえたのって、俺がお前に声掛けた時か?」
「…えっ?」
「お前に『怖い顔してる』って言った時なんじゃないのか?」
「あ…。うん、そう…だった、と思う」
「やっぱりか」
「…幸村くん?」
今まで月岡に感じていた違和感が繋がったような気がした。
「とりあえず分かった。辰臣さんには、すぐに上がるように伝えとく。だから、お前はもう帰れ。あんま遅くなると家の人が心配するぞ」
何でもないことのようにそう返すと、月岡は心底驚いたようにこちらを見上げてきた。
「…信じて、くれるの?こんな話を?」
「何だよ嘘なのか?」
首を傾げながら質問に質問で返すと、彼女は再びふるふると首を横に振り、しっかりと否定の意を示した。
普段、何事にも動じないような、どちらかというと感情が表情に現れにくい彼女にしては珍しくその不安げな様子に思わず小さく息を吐く。
「なんつーか、さ。確かに普通に考えたら信じ難い話ではあるんだろうけど。でも、この状況でお前がそんな嘘や冗談を言うような奴じゃないと俺は思ってるし」
それは、俺が勝手に思ってるだけだけど。実際、俺はまだそんなにコイツのことを何も知っている訳じゃない。だが、それでもコイツがこの状況でそんなデタラメを口にするとは思えなかったし、何よりそんな作り話をわざわざする意味などない筈だ。
それに、知り合ってほんの数日の間に見ていて感じていた違和感が繋がって、妙に納得出来てしまったのだ。
あの、ふとした瞬間の何とも言えない月岡の表情。
それが、その声に反応してのことだとしたら全ての辻褄が合うと思った。
ふとした瞬間、何かに気付いたように動きを止める動作は、本当に一瞬ではあるが俺の目には違和感を残した。
そして、そんな時の彼女の様子は俺の中にちょっとした衝撃を起こした。
その長い睫毛に縁取られた伏せ目がちな瞳は、どこか哀しげな不思議な色を含んでいて…。そして、何かを汲み取ろうと微かに揺れる。
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