心がささやいている

龍野ゆうき

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その意味

5-3

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だが、その表情は綺麗であるのに何処か痛みを伴っているような気がして、それが何故なのか気になっていた。
それは、人間観察が趣味とも言える俺の純粋な興味でしかなかったのだけれど。

「それに、さ。辰臣さんの身を案じてくれてるんだろ?そこは俺としても同意見だし、それだけで信じて動くに値するっていうか、な?」

下手したらブラコンを疑われそうな発言ではあるが、(まぁ本当の兄弟ではないけど)そう言ってわざとおどけて見せると、月岡も少しだけ表情を和らげて笑みを浮かべた。

「本当に大切なんだね、大空さんのこと」
「兄貴として、ね。そこ一応、念押しておくけど」

そう言って控えめながらも二人笑い合ったのだった。

そうして月岡と別れた後、すぐに俺は依頼人に確認の連絡を取った。彼女の話を疑っていた訳ではないが、何よりあのモードに入っている辰臣さんを説得して止めさせる為には、ちゃんとした確証がないと駄目だと思ったのだ。
そうして、カマを掛けて問いただしてみれば、飼い主は猫を保健所へ連れて行って処分を願い出たことを案外あっさりと認めたのだった。

結果、彼女の話は真実だと証明された。
その情報をどう知り得たのかは別としても。

(でも、人の心の声が聞こえる…って。マジかよ…)

そんな能力、あり得るのだろうか。
人の心全てではなく、その人の外に出せずにいる強い思いや気持ちが声になって聞こえてくる。彼女はそう言った。
今回のことは、飼い主の嘘や秘密を抱えている後ろめたさが声になったということなんだろうか。

(そんな罪悪感とか自責の念みたいなものは、アイツから微塵みじんも感じなかったけどな)

電話越しに聞いた依頼人の不愉快な笑い声を思い出し、再び不快な気持ちになって溜め息を吐いた。

(そんなのが自然に耳に入って来るとか、ウザイ以外の何モンでもねーわな…)

下手したら人間不信にでもなってしまいそうだ。
何にしても、そんな風に人をあざむいたり偽ったりしている者たちの負の感情を受け取ってしまうなんて、精神的にもこたえそうだと思った。

「………」

未だに降りしきる雨は傘を打ち、ボタボタと伝い落ちる雫が既に重く湿った足元を濡らしてゆく。
颯太は再び小さく溜め息をこぼすと、家路へ向かう足を進めた。

(アイツ、明日顔出すって言ってたし詳しい話は明日、だな…)




咲夜は祖母に頼まれた買い物を済ませ、家へと戻っていた。
寄り道をしていたこともあってか思いのほか濡れてしまい、家へ入るなりその姿を見兼ねた祖母に風呂場への直行を命じられてしまった。そうして早々に入浴を済ませ、しっかり身体が温まった咲夜は二階の自分の部屋のベッドで横になりながら教科書を広げていた。来週、数学の小テストがあるのだ。

だが、先程からページをめくっていても公式を眺めるだけでなかなか頭に入って来ない。でも、自分でも集中出来ない理由は分かっていた。

(幸村くん…どう、思ったんだろう…)

初めて、この能力のことを人に打ち明けた。
大空さんの為…とは言え。
大空さんは優しい人だ。動物たちの為に本当に一生懸命で。
そんな人が辛い思いをするのを見たくなかった。自分の保身の為だけしか考えていないような人に利用されてしまうのも嫌だった。でも…。

(だからって、あんなこと言い出したら普通は引くよね…)

幸村くんは普通に話を聞いてくれた。多分あの後、彼は大空さんの元へ行き、依頼人の事実を伝えて雨の中の捜索を止めてくれた筈だ。

でも、それは彼自身が大空さんを想うがゆえで。
私の言葉を信じるかどうかは別の話だ。

(本当に信じてくれたのだとしても、気持ち悪いって思うのが普通…だよね)

伝えた時の幸村くんの表情。どこか身構えるような警戒するような、ほんの一瞬だけだったけど、そんな様子が見て取れた。

分かっていたことだけど、少しだけショックだった。

誰だって他人に心の内を読まれたり、覗かれてしまうなんて不快でしかないに決まっている。全てを見透かされていると分かっていて、そんな人物と平然と傍に居続けられる人なんてそういないだろう。
そう。母のように…。

私が聞こえるのは『全て』ではないけれど、聞こえてくる声と聞こえてこない声の境目など、どこにあるのかなんて分からない。他人から見れば勝手に心の内を知られてしまう事実に変わりはないのだ。
実際、私だって人に心の中を覗かれてしまうのは怖いと思う。何も後ろめたいことややましいことなんかなくっても。
それが当然の反応なんだろう。

別に、私が知りたいと望んでいる訳ではないけれど。

そう。私はこんな能力、望んでいない。
人の内面を知りたいなんて今も昔も思ってない。
なのに…。

(どうして、こうなっちゃったんだろ…)

この能力のせいで、私は母親と決別した。そのことに今更後悔なんて何もないけれど。
母の心の内を知らなければ、母がどんなに心の中で私を煩わしいと思っていても、成長していくにつれ父に似ていく私に嫌悪感をいだいていようとも、私は母を母親として普通に慕っていられた筈だ。
母は母で、私に裏切った父を重ねながらも母親としての義務を果たしてくれていたのだろう。自らの後ろめたい心を見透かしてくる『気持ち悪い娘』でさえなければ。

この能力は…。
私たち母子おやこにとっては、全てにおいて悪循環でしかなかった。
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