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第4話 シャーリー
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ここで奇跡の話をしよう。
地下で起こった奇跡の話だ。バベルを造りし、神様だってこんな奇跡はお起こしにならないだろう。
あるところに地下社会にありふれた貧困家庭の一家があった。
稼ぎ頭の父親は早くに死に、母親は労働の末身体を壊した。幼い二人の子どもたちの記憶はそこから始まっている。
兄は幼い頃から働きにでて満足のいく教育を受ける機会を無くしていた。
その妹は病に身を侵され床にふせっていた。
兄が朝から晩まで働いて得られる小遣い程度のお金によって家計は支えられた。
そんなとき、突然、母親が死んでしまう。子どもたちは母が苦しそうに咳をしたり胸をおさえる姿を良く見かけていたはずだったが、その姿はあまりに日常に溶け込みすぎてどれほどのことかわからくなっていた。
兄はだんだんと食事を用意することが難しくなっていった。何せ肉体労働のちょっとした手伝いぐらいしか兄は物も知らなかったし、病に伏せる妹のために知り合いからお金を工面していたことを母は兄に知らせていなかった。
だんだんと妹の面倒を見るために兄が家にいる時間が増えてくると、家庭はいっそう貧しくなった。
兄はたりない頭で自分たちの生活が立ち行かなくなることがわかっていた。なんせ食べるものは何もない。
本来なら国に保護を求める状況だが、学の無い兄はそういったことを受けられることすら知らなかった。
兄は知りもしないことだが皮肉にもこの貧困の寒波が吹き荒ぶ最中、兄は盗掘者として認定され国による福祉は打ち切られていた。
お腹が空いていることが当たり前になった頃、床に伏せった妹は兄に一つのお願いをした。
妹はこの優しい兄が大好きだった。昔から兄はどんなに疲れて帰ってきても寝床にきて頭を撫でてくれた。兄は妹のことを寝ていたと思っているが、実はいつも寝たふりをして兄の様子を伺っていたのだ。起きているときっと兄は寝かしつけるために自分の寝る時間を削ってしまうだろうから。
「わたしも、お母さんみたいにあの塔の上にいくのかなぁ」
妹はとっくに自分が母と同じ道を辿ることを悟っている。兄の気持ちも知らず「今日は豆のスープなのか、芋のスープなのか」と聞くような調子だった。咳には最近血が混ざりはじめ、手足も病気になる前と似ても似つかないほど細い。骨と皮だけになったそれはもうこれ以上細くなりようがない。
「お兄ちゃん」
妹は「死」というものをよく理解していなかった。母と同じで自分も魂になってバベルを登っていく、らしい。兄の言葉ではバベルの天辺で父と母が待っていて、そこではお腹も空かないし、病気も治るらしい。常に痛みを訴える身体と別れられるのはとても嬉しいことのようにも思えた。
「さみしいよぉ」
それでも、優しい兄と離れ離れになってしまうのが嫌だった。想像するだけで目に涙が溢れてくる。幼い手で布団をおさえぐずる妹を見た兄が「だいじょうぶ」と苦笑した。兄がよくする表情だ。わがままを言うといつもこうした困ったように笑う。妹は兄にこの表情を見るのが好きだった。兄が続きを口にする。
「会いにいくよ。それからたくさん話をしてあげる」
兄はよく寝物語で妹に盗掘者の話をしてくれた。
主人公は妹で、兄と一緒にお父さんに会いにいくといったものだった。物語の終わりではいつも家族みんなが幸せに笑っていた。
兄のいう言葉の意味は妹にはよくわからなかったが、自分がこれから向かう先でも兄と一緒にいれるかと思うと寂しさは霧のように晴れた。
「やくそくね。お兄ちゃん」
「ああ。約束だ」
ああ、よかった。妹は安心したせいか瞼がだんだんと重くなるのを感じた。頭を撫でる兄の手に優しく揺られながら、妹はだんだんと瞼が下りるままにした。
愚かな約束だった。
兄はどんなことをあのとき考えていたのだろう。
とにかく、兄は愚かでどうしようもない妹との約束を果たすことにした。
地下で起こった奇跡の話だ。バベルを造りし、神様だってこんな奇跡はお起こしにならないだろう。
あるところに地下社会にありふれた貧困家庭の一家があった。
稼ぎ頭の父親は早くに死に、母親は労働の末身体を壊した。幼い二人の子どもたちの記憶はそこから始まっている。
兄は幼い頃から働きにでて満足のいく教育を受ける機会を無くしていた。
その妹は病に身を侵され床にふせっていた。
兄が朝から晩まで働いて得られる小遣い程度のお金によって家計は支えられた。
そんなとき、突然、母親が死んでしまう。子どもたちは母が苦しそうに咳をしたり胸をおさえる姿を良く見かけていたはずだったが、その姿はあまりに日常に溶け込みすぎてどれほどのことかわからくなっていた。
兄はだんだんと食事を用意することが難しくなっていった。何せ肉体労働のちょっとした手伝いぐらいしか兄は物も知らなかったし、病に伏せる妹のために知り合いからお金を工面していたことを母は兄に知らせていなかった。
だんだんと妹の面倒を見るために兄が家にいる時間が増えてくると、家庭はいっそう貧しくなった。
兄はたりない頭で自分たちの生活が立ち行かなくなることがわかっていた。なんせ食べるものは何もない。
本来なら国に保護を求める状況だが、学の無い兄はそういったことを受けられることすら知らなかった。
兄は知りもしないことだが皮肉にもこの貧困の寒波が吹き荒ぶ最中、兄は盗掘者として認定され国による福祉は打ち切られていた。
お腹が空いていることが当たり前になった頃、床に伏せった妹は兄に一つのお願いをした。
妹はこの優しい兄が大好きだった。昔から兄はどんなに疲れて帰ってきても寝床にきて頭を撫でてくれた。兄は妹のことを寝ていたと思っているが、実はいつも寝たふりをして兄の様子を伺っていたのだ。起きているときっと兄は寝かしつけるために自分の寝る時間を削ってしまうだろうから。
「わたしも、お母さんみたいにあの塔の上にいくのかなぁ」
妹はとっくに自分が母と同じ道を辿ることを悟っている。兄の気持ちも知らず「今日は豆のスープなのか、芋のスープなのか」と聞くような調子だった。咳には最近血が混ざりはじめ、手足も病気になる前と似ても似つかないほど細い。骨と皮だけになったそれはもうこれ以上細くなりようがない。
「お兄ちゃん」
妹は「死」というものをよく理解していなかった。母と同じで自分も魂になってバベルを登っていく、らしい。兄の言葉ではバベルの天辺で父と母が待っていて、そこではお腹も空かないし、病気も治るらしい。常に痛みを訴える身体と別れられるのはとても嬉しいことのようにも思えた。
「さみしいよぉ」
それでも、優しい兄と離れ離れになってしまうのが嫌だった。想像するだけで目に涙が溢れてくる。幼い手で布団をおさえぐずる妹を見た兄が「だいじょうぶ」と苦笑した。兄がよくする表情だ。わがままを言うといつもこうした困ったように笑う。妹は兄にこの表情を見るのが好きだった。兄が続きを口にする。
「会いにいくよ。それからたくさん話をしてあげる」
兄はよく寝物語で妹に盗掘者の話をしてくれた。
主人公は妹で、兄と一緒にお父さんに会いにいくといったものだった。物語の終わりではいつも家族みんなが幸せに笑っていた。
兄のいう言葉の意味は妹にはよくわからなかったが、自分がこれから向かう先でも兄と一緒にいれるかと思うと寂しさは霧のように晴れた。
「やくそくね。お兄ちゃん」
「ああ。約束だ」
ああ、よかった。妹は安心したせいか瞼がだんだんと重くなるのを感じた。頭を撫でる兄の手に優しく揺られながら、妹はだんだんと瞼が下りるままにした。
愚かな約束だった。
兄はどんなことをあのとき考えていたのだろう。
とにかく、兄は愚かでどうしようもない妹との約束を果たすことにした。
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