悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。

葉月

文字の大きさ
20 / 33

第20話 ゴマを擦ると香ばしい

しおりを挟む
「ジュノス殿下……」

「どうかしたか……レベッカ」

 今日は休校日。学校が休みだから自室にこもってこの世界のことを勉強していた。

 幸い、王立アルカバス魔法学院の大図書館は生徒であれば本の貸し出しを行っている。
 バッドエンドを回避するためには、一日も早く民草達の不満を取り除かなくてはならない。

 そこで、こうして休日を利用して死なないためのお勉強をしているという訳なのだが、レベッカが少し困った面持ちで部屋へとやって来た。

「それが……」

「ここが王子の部屋か! でっかい部屋だな~!」

 ん……誰だ?
 レベッカの背後から現れたのは6歳ほどの幼児。
 オレンジ色の髪は長ったらしく伸び、おまけに前歯が一本抜けている。何とも間抜けな見た目の子供だな。

 服装はとても清潔とは言い難い。
 焦げ茶色の布地にパンツスタイル、靴はボロボロで穴が空いている。
 一目でスラムの子供だと察しがついた。

 しかし……いや、確かに、スラムの子供を雇いたいとレベッカに喧伝して回るように言っておいたが、こんなに小さな子供が来るとは予想外だった。
 できればレベッカの右腕になるような子供を求めていたのだが……。

「オイラこの姉ちゃんから王子が雇ってくれるって聞いたから来たんだ! もちろん、姉ちゃんに言われた通りスラムのみんなにも教えて回ったんだぞ」

 へへへ。と、鼻の下を擦る幼児が屈託のない笑顔を向けてくる。
 とても愛らしいが……働けるのかな?

「ど、どう致しましょう、ジュノス殿下」

 レベッカが申し訳なさそうに耳元で囁いた。
 だが、喧伝してくれと頼んだのは俺なのだから、謝ることなど何もない。

「レベッカ、すぐに温かいお茶と茶菓子を持ってきてくれるか? 客人に何も出さないのは失礼だからね」

「は、はい。只今!」


 レベッカが客人をもてなす準備をするまでの間、俺は幼児をソファに座らせて話しをすることにした。
 そこで、とんでもないことを知ることとなる。

 少年の名前はアゼル・ルワン・マゼルガ。
 この名を聞いた時、俺の体はビクッと震えて固まった。
 なぜなら、マゼルガという名を聞いた瞬間、忘れかけていた記憶の蓋が開いたように思い出したからだ。

 そう、マゼルガとは俺を処刑台に誘う革命軍のリーダーの名。
 だけど、目の前の少年はどう見ても6歳児と幼い。
 だが、リズベット・ドルチェ・ウルドマンが支援している相手となると、確かにポースターに在住の者となるのも頷ける。

 寧ろ、そちらの方が自然で府に落ちると言うものだ。
 た、確かめねば、

「アゼル君だったね?」

「うん、そうだけど」

「君……お兄さんとか居るかな?」

「ああ、兄ちゃんならいるぞ!」

 ひぃぇええええええええっ!?
 戦慄とはこのことだ!
 選りに選って俺を地獄の底に叩き落とす革命軍、そのリーダーの弟を引き当ててしまうとは……これは因果か!

 びっくりし過ぎてチビってしまうところだった。
 漏れていないだろうか?

 しばし硬直していると、レベッカがアールグレイとケーキをアゼルの前に出している。
 見たこともない鮮やかなフルーツケーキにびっくら仰天と言ったご様子で、顔中に生クリームを付けながら貪りついていた。

 レベッカがそれをいいな~って指を咥えながら見てるのが……なんとも言い難い。
 あとで好きなだけ食べさせてあげるから我慢してね。

「そ、それで……アゼル君のお兄さんはここに働きに来たいとか言っていなかったのかな?」

 それとなく、それとなく勘づかれないようにお兄さんについて尋ねてみる。

「ああ、兄ちゃんは何か忙しいってオイラの話しを聞かないんだ」

「へぇーそうなのか。お兄さん何か言ってなかった?」

 なんでもいい、なんでもいいから情報頂戴よ、アゼル君!
 くれたらおっさん一生君の面倒見てあげるから。何なら養子に貰ってもいいんだよ。
 おっさんこのままじゃ君のお兄さんに殺されるんだよ!

 祈る気持ちで少年を見つめていると、

「あっ、そう言えば……」

「なにっ!?」

 ――バンッ!

 テーブルに手を突いて、前のめりになりながら全神経を両耳に集中させる。

「革命がなんとかって言ってたな」

「い……いやぁぁああああああああああああああああっ!?!?」

「じぇ、ジュノス殿下!?」

「どうしたんだ……この兄ちゃん?」

 び、びっくりし過ぎて部屋の隅まで後退してしまった。
 し、心臓が口から飛び出るところだった。つまり……ショック死するところだったと言うことだ!

 まずい、これはいくらなんでもまず過ぎる! 展開が唐突過ぎるよ!
 きっと、この間のサロンでリズベット先輩の誘いを断ってしまったから、怒ってことを早めたのかも知れない。

 これは早急に手を打たねば……バッドエンドコース確定じゃないか!?

 死にたくない、死にたくない!
 あわあわあわあわあわっ!?
 パニック、おっさん大パニックですよ!

「アゼル君! 君合格! すす、すぐにでもこの屋敷で働いてくれたまえ!」

「えっ!? いいの!」

「もも、もちろんだよ!」

 こうなったら弟のアゼル君を利用してお兄さんを紹介してもらい、おっさん全力でゴマ擦っちゃうもんね!
 なんなら靴をペロペロ舐めてもいいよ!
 死ぬよりは一億万倍マシだからな。

 と、言うことで、早速アゼルの執事服を見立てた。
 シンプルな黒のタキシードスタイル。乳歯が抜けた歯のせいですごく間抜けな面だが……何となく、それっぽい気もする。

 伸び散らかした髪もレベッカが整えて、後ろ手に一纏めにしてみました。
 よくよく見るとイケメン幼児だな。
 将来有望だ!

 アゼルの背丈に合うタキシードなんて持ち合わせていなかったから、俺の超高級スーツを元にレベッカが手直ししてくれた。

 そこまでするの? ってレベッカは若干引いていたけど、これは最重要案件にして、俺の命を握っているとんでも少年なんだよ!
 できる限り俺の印象を良くしておかないと、人間ファーストコンタクトが最も大切だからね。

 靴は猛ダッシュで買いに行ったノーブランドの物だが、そのうち高級品を与えれば文句もないだろう。

「うわぁ! すげぇーや! 本当にこれ貰ってもいいのか?」

「も、もちろんだよ! アゼル君とは……もう家族みたいなものだろ?」

 それとなく家族アピールをしてみる。さすがに家族が君のお兄さんに殺されそうになったら助けてくれるよね? その時はお兄さんを全力で止めてくれるよね?
 ジュノス王子はとってもいい人で、家族のような間柄だって……信じているからねッ!

「そうだ! アゼル君を正式に家臣にするのだから……その、あの、お、お兄さんに御挨拶しに行った方がいいよねっ? ほら、未成年だし保護者の同意が必要でしょ?」

 かなり食い気味に言ってみる。

 この世界の成人が何歳からとか知らんが! 6歳で成人なんてまかり間違ってもないだろう。
 うん、我れながらナイスアイデアだ!
 これなら不審がられることもなく、革命軍のリーダーに接触できる。

「ああ、そうだな! 兄ちゃんにこの服自慢してやりたいしな!」

「だよね、だよね! これすっごく高価な生地なんだよ!」

 よっしゃぁぁあああああああっ!!
 これで怪しまれることなく革命軍と接触できるぞ!
 そうと決まれば、

「レベッカ、ジェネルを呼んで来て貰えるかい?」

「ジェネル王子ですか? 了解しました」

 レベッカはなんでジェネル? って顔したけど、そんなのは決まってる。
 スラム街は怖い! 危険! 何より恐ろしい! ってことで、腕っぷしのある親友をボディーガードにつける。

 ジェネルは防御魔法だけではなく、攻撃魔法もそれなりに扱えるみたいだし、何かあったら守ってもらわなきゃ。


 おっさんはこれより何もできない乙女と化す。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...