悪役令息のやり直し~酷い火傷でゾンビといわれた俺、婚約破棄を言い渡されたけど幸せになってやります

葉月

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第1話 婚約破棄は女ばかりがされるものではない

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「リオニス・グラップラー! 貴方とは今日この時をもって婚約を破棄させてもらいますわ!」

 突然のアリシアの宣言により、進級祝いを兼ねたダンスパーティは一瞬にして静まり返ってしまった。
 真っ二つに割れた人並みのなかを、ドレスに身を包んだ彼女が颯爽とこちらへ向かって歩いてくる。

 眼前で立ち止まったアリシアは、肩にかかった檸檬色の縦ロールを手で払いのけ、そのまま勢いよく俺の顔面めがけて手を振り抜いた。

 強烈な痛みにその場に崩れ落ちる。
 俺は腫れた頬を押さえながら、混乱した頭でそれまでの自分の行動というか、記憶を振り返った。

 たしか、俺は勤めていた会社をリストラされてしまい、やむを得ず実家に出戻った。気分転換に近々新作が発売されると噂のクライシスシリーズ、その初代。

 【恋と魔法とクライシス】を十年数年振りにプレイしようとしてセットしていたところ、我が家に盗みに入った泥棒とばったり鉢合わせてしまい……刺された。

 だというのに、なぜか俺は今アリシアに婚約破棄を言い渡されている。

 ん、アリシア?

 頭の中でその名前を反芻した俺は、まるで雷に撃たれてしまったような衝撃に全身を貫かれていた。

 アリシアって、あのアリシア・アーメントか!?
 俺は特徴的な彼女のドリルヘアーと名前に驚きを隠せなかった。
 アリシア・アーメントは俺が十数年振りにプレイする予定だった【恋と魔法とクライシス】のメインヒロインキャラの名前なのだ。

 ということはここは【恋と魔法とクライシス】の世界ということか!?
 周囲には俺とアリシアを囲うように人集りができている。

 俺はあのとき泥棒に殺され、自分でも気がつかぬうちに転生していたのか? それもゲームの世界に!?

 アリシアの強烈なビンタがきっかけとなり、忘れていた前世の記憶が蘇った。
 果たして、そんな転生物のテンプレートみたいなことが現実に起こるのだろうか。

「聞いているんですの、リオニス!」
「リオニス……それは俺の名か?」
「何を言っているんですの? どこからどう見ても貴方はリオニス・グラップラーですわよ」

 俺がリオニス・グラップラーだと……そんなバカな。
 俺はショックで二歩後退した。
 いかん! ショックで気を失いかけている場合ではない。

 俺はいま一度状況を確認するために素早く首を振る。
 周囲には俺たちを取り囲むように人の輪が広がっている。ということはやはり、ここは二年に進級したことを祝したパーティの会場で間違いない。
 つまり、ゲームでいうところの序盤である。

「すまんが鏡を持っていたら貸してくれないか!」
「――――きゃっ!?」

 俺は野次馬の一人から半ば強引に手鏡を奪い取ると、自分の顔を覗き込んで絶句した。

「なんだ、この醜い顔はッ!?」

 枯草色の髪の下に隠れた顔の左半分が、目を背けたくなるほど爛れている。
 あまりの醜い顔面に驚き、思わず手鏡を放り投げてしまういそうになる。

 ゲームで見ていた時より火傷の跡がひどい。
 しかし、これは紛うことなき【恋と魔法とクライシス】のラスボス――リオニス・グラップラーその人ではないか。

 公爵家の三男坊であり、武闘派で知られるグラップラー家はじまって以来の天才。
 ゲーム内においての二つ名は――炎雷の死神。

 誰もが羨むほどの剣と魔法の才を有するが故に、彼は10歳の頃に何者かによって暗殺される。
 幸い暗殺は未遂に終わったが、リオニスは顔の左半分にひどい火傷を負ってしまう。

 以降、美しかったリオニスはいなくなり、彼は醜いリオニスへと変わり果ててしまった。

 貴族社会では魔法や剣の腕は当然ながら、その容姿も重要視される。
 それまで期待しかされていなかったリオニスは、煌びやかな貴族社会から白い目で見られはじめ、やがて迫害を受ける。
 そうして家族からも疎まれる存在となっていった。

 幼少期は互いに想い合っていたリオニスとアリシアだったが、気づけばすれ違う日々を送ることになる。
 すべては卑屈になってしまったリオニスの自業自得である。
 彼はアリシアの優しさを同情だと突き放しては、見下すなとひどい態度を取り続けた。

 どれほど彼女が見た目など大した問題ではないと伝えても、彼はそれを皮肉と捉えることしかしかできなかったのだ。
 本当に心の狭い嫌なやつだ。

 挙げ句、立場や権力に物を言わせてはわがまま放題。
 いよいよリオニスに愛想を尽かしたアリシアは、物語序盤のダンスパーティでリオニスに別れを告げる。

 が、そのことが火に油を注ぐ結果となる。
 その一番の理由が……。

「大丈夫か、アリシア?」
「ええ。アレスの言う通りですわね、もうこれ以上リオニスを見過ごすことなんてわたくしにはできませんわ」
「うん、よく言った。君は立派だよ」

 この濡羽色の髪の色男こそが、【恋と魔法とクライシス】の主人公アレス・ソルジャーである。
 アリシアが親しくするアレスは誰もが認める絶世の美少年であり、前代未聞の女ったらしでもあった。

 リオニスは男爵家の人間でありながら、第三王女であるアリシアと親しくする彼を心底嫌っていた。
 その一番の理由は、彼の悪評。女癖の悪さを知っていたからだ。

 いや、まぁ、その……なんだ。
 エロゲの主人公なんだからそこは当然なのだが、打って変わってリオニスは謎の超硬派設定。
 そんな二人がわかり合うことなどあるわけもなく、二人の仲は入学当初から険悪だった。

 そして、リオニスがアレスを殺したいほど憎む決定的な出来事が、これだ。

 アリシアにリオニスとの婚約破棄を提案したのは何を隠そうアレスなのだ。
 アレスはアリシアを自分のハーレム要員にするため、リオニスとの婚約を解消するように裏で糸を引いていた。

 当時プレイヤーとしてアレスを操作していた俺も、ノリノリで寝取ってやれと楽しんでいた一人だが、実際にやられると死ぬほどムカつくものだ。

 裏切られたリオニスの怒りは凄まじく、怒りの炎を燃やしはじめる。
 やがてそれはアメント国中を巻き込むほどの、憎しみと嫉妬の焔と化す。

 俺が大好きだった【恋と魔法とクライシス】において、リオニス・グラップラーはラスボスキャラ。
 それも、クライシスシリーズ史上最強と云われるほどのラスボスである。

 Lvをカンストさせた上で伝説装備をフル装着、尚且最強パーティでギリギリ――というかほぼ運でたまたまリオニスの攻撃を回避できたら勝てるという糞仕様。
 一部では設定ミスではないのかと叩かれるほどのラスボスの強さに、多くのプレイヤーがここで匙を投げたほど。

 が、所詮はラスボス。滅びる運命さだめにある。
 最後は国家転覆の罪で公開処刑となる。

「さぁ、勇気を出してもう一度言ってやろうアリシア!」

 アレスの口車にまんまと乗せられたアリシアは、大きくうなずいた。

「ええ、私何度でも言ってやりますわ! リオニス・グラップラー、貴方との婚約はこの時をもって破棄とさせてもらいますわ!」
「……ぐっ」

 認めてなるものか!
 ここで認めればリオニスは――俺はラスボスコース直行便に乗ることになる。

「ちょっと待て! 今は進級祝いのパーティの最中だろ。そんなことを祝いの席で口にするなどどうかしている! 第一、俺とお前の婚約は陛下と父上が決めたこと。この場で破棄など以ての他だッ!」
「それは、その………」

 この糞イベントさえ打破してしまえば、その後の展開だって大きく変わるはず。
 なのだが―――

「醜いゾンビ公爵! いや、失礼、グラップラー公爵。だがお前も男ならいい加減アリシアを自由にしてやったらどうなんだ?」
「なんだと!?」
「考えてもみろよ。お前のように醜い婚約者だなんて、いくら何でもアリシアが可哀想だとは思わないか? 釣り合わないだろ? それに、お前は顔も醜ければ心も醜いときた。まさか、これまでの自分の行いを忘れたわけじゃないだろ?」
「………っ」

 悔しいが、何も言い返せない。
 そういう設定だったのだから仕方ないだろうと言ってやりたい――が、そんなことを口にしたところで誰に伝わるわけでもない。頭がおかしいと思われるのが関の山である。

「なんだよその顔は……僕とやろうってのか? あぁん?」

 こうしてアレスを改めて直接見ると、本当に腹立たしく不愉快なやつだ。
 あきらかに俺を挑発している。

「あっそうそう、アリシアの初めては最高だったよ」
「――――ッ!?」
「うぅっ!?」

 やつが耳元で囁いた刹那、頭のなかが真っ白になって、気がついた時にはアレスの胸ぐらを掴み取っていた。

「アレス! 離しなさい、リオニスッ!」
「――――ちが」
「大丈夫ですの、アレス!」
「ゲホゲホッ――本当に暴力的なやつだな」

 アリシアに突き飛ばされた拍子に、俺は臀部を床に打ちつけてしまう。
 前世の記憶が戻った俺は、この婚約が正式に解消されてからでなければ、アリシアがアレスに体を許すことなどないと知っていたのに、抑えきれなかった。

 なにより俺ではなくやつを気遣い、アレスの背中を心配そうに擦るアリシアを見ていると、突として胸が苦しくなったのだ。
 
「……!?」

 痛い……なんだこれは!?
 突然体が焼けるように熱くなり、息ができないほど苦しくなる。
 心臓を業火で炙られているような激しい痛みに、額からは脂汗がにじみ出た。

「ゆる……さん……ゆるさん………ぞ」

 俺ではない……口が……舌が勝手にっ!?
 まるで運命が正しきルートに俺を引き戻すかのように、この体は俺の意志とは異なる動きをする。

「いやああああああああああああ!?!?」
「誰か先生を呼んできて!」

 気づいた時には立ち上がり、俺は腰の杖剣に手を伸ばしていた。

 ――これがゲームの矯正力だというのか!?

 悪鬼のように顔を歪めた俺を見て、女子生徒たちからは次々と悲鳴が上がる。

「や、やるなら僕が相手になるぞ」
「いけませんわアレス! 彼は腐っても武闘派で知られるグラップラー家の人間ですのよ! それに、大昔は炎雷の死神と恐れられるほどの使い手でもありましたのよ」

 こんなところで杖剣を抜いてしまえば、第三王女であるアリシアに刃を向けたとなれば、婚約破棄どころの騒ぎではなくなってしまう。
 それだけは何としても阻止しなければ。
 頼む……堪えてくれ!

 しかし、この腕は俺の意志とは関係なく杖剣を抜こうとする。
 こうなれば―――

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 ゴ――――ンッ!!!

「「!?」」

 俺はその場で両膝をつき、床に向かって全力でヘッドバットを繰り出した。

「はぁ……はぁ……」

 凍りついてしまったような会場で、俺はゆっくり立ち上がる。
 額から流れる血のせいで、視界が赤く染まっていた。

「今日は……ッ、失礼する。婚約の件については、改めて二人で話し合うとしよう」
「…………………ええ」

 血だらけの俺を見て呆然と立ち尽くすアリシアに目礼し、俺はフラついた体のまま会場をあとにする。

 そして――決めた!

 俺は君を、必ずあの変態主人公の魔の手から救い出してやると。
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