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第10話 夜の訪問者
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「遅い! もうお外は真っ暗闇じゃないですか!」
アリシアを自宅に送り届けてから帰宅すれば、ティティスが玄関先で待ち構えていた。
まだ帰っていなかったのかと嘆息して、俺は傍らの侍女に視線を送る。
「おかえりなさいませなの。ティティスはリオニス様がいなくてずっとつまらなさそうだったの」
「なっ、何を言ってるですか!? 嘘はいけませんよ!」
「嘘じゃないの。パイセンはいつ帰って来るんですか! って一人で大騒ぎしてたの」
カーッと顔が熟れすぎたトマトみたいな色になってしまったティティスは、今日はもう遅いのでお泊りするです! 勝手に我が家に泊まると宣言する。
俺は無断外泊をした者にはキツいペナルティが課せられると、寮に帰るように彼女を必死に説得したのだが、もはや泊まる気満々のティティスには俺の声は届かない。
無断でゲストルームのふかふかベッドにダイブして、気持ちよさそうにゴロゴロしている。
「一応知らせておくか」
俺は念のためサシャール先生に八咫烏を飛ばしては、ティティスが我が家に宿泊する旨を綴ったお喋り手紙を送ることにした。
大事になってしまってからでは遅いので、当然の配慮だと思う。
が―――
『――なりませんッ! 今すぐお戻りなさい、Ms.メイヤーッ!!』
送られてきた手紙を開くや否や、雷みたいなサシャール先生の怒声が屋敷中に響き渡る。
その激しい稲光のような声にハッと我に返ったティティスは、途端に未熟なトマトのように青く小さくなってしまう。余程恐ろしかったのか、若干震えていた。
「パイセン! ユニちゃん! ティティスはやっぱり帰るです!」
「それがいいの」
「だな」
人が変わってしまったかのように、凄まじいスピードでベッドから飛び下りて、帰り支度をするティティス。
すっかり暗くなってしまった夜道を女の子一人で寮まで帰したとあっては、グラップラー家末代までの恥。ということでユニに馬車を出してもらい、俺は校舎に隣接された寮まで後輩を送り届けることにした。
ティティスがしっかり寮に入ったことを確認してから、俺は馬車に乗り込もうとしたのだが、ふいに視界の隅を人影が過る。
「クレア?」
月明かりに照らされて浮かび上がった特徴的な尖り耳のシルエットに、俺は友人の名を口にしていた。
その後を、別の影がドタドタと駆けていく。
暗闇ではっきりとは見えなかったが、先頭のクレアらしき人物はあきらかに追われているようだった。
「リオニス様、乗らないの?」
「すまんユニ、少し急用ができたから先に帰っていてくれ」
「何ならユニはここで待っておくの」
「いや、遅くなるかもしれないからやはり先に帰っておいてくれないか?」
「わかったの。じゃあそうするの」
ユニを乗せた馬車が屋敷に向かって走りはじめたのを確認した俺は、クレアらしき人物が走り去って行った方向に体を向けた。
すぐに地面を蹴り上げ、速度をあげる。
彼らの姿はとうに見えなくなっていたけれど、ここにきてようやく苦痛の種でしかなかった地獄耳が役に立った。
姿は見えずとも、彼らの微かな足音はたしかに俺の鼓膜を揺らしていた。その音の方に進んでいくと、校舎裏の噴水広場前にたどり着く。
黒い外套を頭からすっぽり被った三人組が、長身で線の細い人物を取り囲んでいた。
月明かりに照らされて夜に流れた銀髪は、目を見張るほどに美しかった。
紛う方なきクレア・ラングリーである。
彼女を取り囲む謎の黒ずくめの集団は、手にした杖剣の切っ先をクレアに向けながら迫りつつあった。
しかし、彼女は一切動じることなく正面から突っ込んできた黒ずくめの一太刀を躱すと、腰の杖剣を素早く抜き放つ。
短い斬撃音が鳴ったと同時、襲撃者の腕が闇空を舞った。
傍目から見ても分かるほど、黒ずくめたちとクレアでは実力が違いすぎる。
俺は余計なことかもしれないと思ったが、念のため夜空に向かって光魔法――光玉を放った。
途端に朝が訪れたかのように、噴水広場が強烈な光に包まれる。
黒ずくめたちは慌てて落ちた腕を回収し、闇のなかへと姿をくらます。
捕まえることも容易だったのだが、褐色の肌が妙に色っぽい彼女は、その必要はないと言わんばかりに、健康的な白い歯でこちらを見ていた。
「見事なものだな」
クレアは頭上の光る玉を見上げて鷹揚とうなずく。
「これくらい大したことではない。夜の妖精の血を受け継ぐクレアなら造作もないことだろ」
「残念ながらそうでもない。ダークエルフは光魔法があまり得意ではない。というか相性が悪い」
夜の妖精だけあって、彼女たちは光の精霊との相性がいまいち良くないらしい。逆に闇の精霊との相性は抜群だという。
「それよりさっきの連中は何なんだ? 放っておいて良かったのか?」
「毎晩ではないが、時々ああして襲って来るのだ。捕まえたところであまり意味はない」
「何者なんだ?」
「アルカミアの古い仕来りのような連中だ。気にすることはない。それより、寮生でもないリオニスがなぜこのような時間に、このような場所にいるのだ?」
俺は一学年下のティティスの修行をたまに見てやっていることや、先程彼女を送り届けたことなどを簡要に説明した。
「そこにたまたまクレアが追われているのが見えてな。友人のピンチかもしれないと思えば、見過ごすわけにもいかないだろ?」
「リオニスはとても頼もしく、紳士的なのだな。リオニスのように行動力にあふれた男子は女子からモテると聞く」
「それはどうだろうな。この顔と俺の悪評が合わさってしまえば、何をしたって焼け石に水。マイナスがプラスに転じることはない」
「そんなことはない! 私は現に友人としてリオニスを好いている。きっと修行を見てやっているという後輩も同じだと思うぞ。そうでない者たちは、まだリオニスのことをちゃんと知らないだけだ。焦ることなど何もない。見ている者はちゃんと見ているものだ」
真っ直ぐな彼女といるだけで、俺の心は麗らかな春の陽射しに包まれたような気分になる。
「でもクレアは何でまたこんな時間に外をうろついていたんだ? 寮生のことは俺には詳しくは分からないが、外出時間はとっくに過ぎているんだろ?」
「うむ、そうだな。しかし強いて言うならば、だからこそ外出したのだ」
頭の上に疑問符を浮かべる俺に、クレアは俺の顔の呪いに効く魔法薬を調べるため、校舎四階にある図書室に向かうところだったという。
「すごく有難いけど、わざわざこんな遅くに規則を破ってまで行かなくても、明日行けばよかったんじゃないのか?」
至極真っ当な意見を述べる俺に、クレアはそれではダメだと首を横に振った。
「昼間だと図書員や司書がいるからな」
「居たらダメなのか?」
「私が読みたい書物は一般生徒立入禁止の棚に置かれてある。禁書なのだ」
「禁書って!? そんなの勝手に読んで大丈夫なのか?」
「だから誰もいない時間にこっそり忍び込むのだ」
なるほどと納得してしまった俺に、クレアはそろそろ行くと言って背を向けた。
俺は「ちょっ待てよ!」とイケメン風に彼女を呼び止める。
「俺も一緒に行く!」
「いや、しかしバレたらただでは済まないのだぞ?」
「そんなの聞いたら尚更行かないわけにはいかない! そもそもクレアが危険を犯してまで禁書を閲覧するのは俺のためだろ? それなのに俺が行かないのは道理に合わない。むしろ、これは俺一人で行くべき事案だ!」
クレアは困ったように腕を組み、少し考えてからわかったと首肯する。
「では、共に行くとしよう」
俺たちは二人で夜の校舎に忍び込むことにした。
目的は一般生徒の閲覧が禁止されている禁書を隠れ読むこと。
バレたら停学、もしくは退学の高難易度ミッション。
「準備はいいか? リオニス」
「ああ、いつでもいいぞ!」
俺たちはそびえ立つ古城――校舎を見上げながら互いに大きくうなずいた。
アリシアを自宅に送り届けてから帰宅すれば、ティティスが玄関先で待ち構えていた。
まだ帰っていなかったのかと嘆息して、俺は傍らの侍女に視線を送る。
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カーッと顔が熟れすぎたトマトみたいな色になってしまったティティスは、今日はもう遅いのでお泊りするです! 勝手に我が家に泊まると宣言する。
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俺は念のためサシャール先生に八咫烏を飛ばしては、ティティスが我が家に宿泊する旨を綴ったお喋り手紙を送ることにした。
大事になってしまってからでは遅いので、当然の配慮だと思う。
が―――
『――なりませんッ! 今すぐお戻りなさい、Ms.メイヤーッ!!』
送られてきた手紙を開くや否や、雷みたいなサシャール先生の怒声が屋敷中に響き渡る。
その激しい稲光のような声にハッと我に返ったティティスは、途端に未熟なトマトのように青く小さくなってしまう。余程恐ろしかったのか、若干震えていた。
「パイセン! ユニちゃん! ティティスはやっぱり帰るです!」
「それがいいの」
「だな」
人が変わってしまったかのように、凄まじいスピードでベッドから飛び下りて、帰り支度をするティティス。
すっかり暗くなってしまった夜道を女の子一人で寮まで帰したとあっては、グラップラー家末代までの恥。ということでユニに馬車を出してもらい、俺は校舎に隣接された寮まで後輩を送り届けることにした。
ティティスがしっかり寮に入ったことを確認してから、俺は馬車に乗り込もうとしたのだが、ふいに視界の隅を人影が過る。
「クレア?」
月明かりに照らされて浮かび上がった特徴的な尖り耳のシルエットに、俺は友人の名を口にしていた。
その後を、別の影がドタドタと駆けていく。
暗闇ではっきりとは見えなかったが、先頭のクレアらしき人物はあきらかに追われているようだった。
「リオニス様、乗らないの?」
「すまんユニ、少し急用ができたから先に帰っていてくれ」
「何ならユニはここで待っておくの」
「いや、遅くなるかもしれないからやはり先に帰っておいてくれないか?」
「わかったの。じゃあそうするの」
ユニを乗せた馬車が屋敷に向かって走りはじめたのを確認した俺は、クレアらしき人物が走り去って行った方向に体を向けた。
すぐに地面を蹴り上げ、速度をあげる。
彼らの姿はとうに見えなくなっていたけれど、ここにきてようやく苦痛の種でしかなかった地獄耳が役に立った。
姿は見えずとも、彼らの微かな足音はたしかに俺の鼓膜を揺らしていた。その音の方に進んでいくと、校舎裏の噴水広場前にたどり着く。
黒い外套を頭からすっぽり被った三人組が、長身で線の細い人物を取り囲んでいた。
月明かりに照らされて夜に流れた銀髪は、目を見張るほどに美しかった。
紛う方なきクレア・ラングリーである。
彼女を取り囲む謎の黒ずくめの集団は、手にした杖剣の切っ先をクレアに向けながら迫りつつあった。
しかし、彼女は一切動じることなく正面から突っ込んできた黒ずくめの一太刀を躱すと、腰の杖剣を素早く抜き放つ。
短い斬撃音が鳴ったと同時、襲撃者の腕が闇空を舞った。
傍目から見ても分かるほど、黒ずくめたちとクレアでは実力が違いすぎる。
俺は余計なことかもしれないと思ったが、念のため夜空に向かって光魔法――光玉を放った。
途端に朝が訪れたかのように、噴水広場が強烈な光に包まれる。
黒ずくめたちは慌てて落ちた腕を回収し、闇のなかへと姿をくらます。
捕まえることも容易だったのだが、褐色の肌が妙に色っぽい彼女は、その必要はないと言わんばかりに、健康的な白い歯でこちらを見ていた。
「見事なものだな」
クレアは頭上の光る玉を見上げて鷹揚とうなずく。
「これくらい大したことではない。夜の妖精の血を受け継ぐクレアなら造作もないことだろ」
「残念ながらそうでもない。ダークエルフは光魔法があまり得意ではない。というか相性が悪い」
夜の妖精だけあって、彼女たちは光の精霊との相性がいまいち良くないらしい。逆に闇の精霊との相性は抜群だという。
「それよりさっきの連中は何なんだ? 放っておいて良かったのか?」
「毎晩ではないが、時々ああして襲って来るのだ。捕まえたところであまり意味はない」
「何者なんだ?」
「アルカミアの古い仕来りのような連中だ。気にすることはない。それより、寮生でもないリオニスがなぜこのような時間に、このような場所にいるのだ?」
俺は一学年下のティティスの修行をたまに見てやっていることや、先程彼女を送り届けたことなどを簡要に説明した。
「そこにたまたまクレアが追われているのが見えてな。友人のピンチかもしれないと思えば、見過ごすわけにもいかないだろ?」
「リオニスはとても頼もしく、紳士的なのだな。リオニスのように行動力にあふれた男子は女子からモテると聞く」
「それはどうだろうな。この顔と俺の悪評が合わさってしまえば、何をしたって焼け石に水。マイナスがプラスに転じることはない」
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「すごく有難いけど、わざわざこんな遅くに規則を破ってまで行かなくても、明日行けばよかったんじゃないのか?」
至極真っ当な意見を述べる俺に、クレアはそれではダメだと首を横に振った。
「昼間だと図書員や司書がいるからな」
「居たらダメなのか?」
「私が読みたい書物は一般生徒立入禁止の棚に置かれてある。禁書なのだ」
「禁書って!? そんなの勝手に読んで大丈夫なのか?」
「だから誰もいない時間にこっそり忍び込むのだ」
なるほどと納得してしまった俺に、クレアはそろそろ行くと言って背を向けた。
俺は「ちょっ待てよ!」とイケメン風に彼女を呼び止める。
「俺も一緒に行く!」
「いや、しかしバレたらただでは済まないのだぞ?」
「そんなの聞いたら尚更行かないわけにはいかない! そもそもクレアが危険を犯してまで禁書を閲覧するのは俺のためだろ? それなのに俺が行かないのは道理に合わない。むしろ、これは俺一人で行くべき事案だ!」
クレアは困ったように腕を組み、少し考えてからわかったと首肯する。
「では、共に行くとしよう」
俺たちは二人で夜の校舎に忍び込むことにした。
目的は一般生徒の閲覧が禁止されている禁書を隠れ読むこと。
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