7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない

結田龍

文字の大きさ
23 / 100
魔導研究所の堅物たち

第23話

しおりを挟む
 戦空艇のドックから繋がる細い通路を行くと、先立って歩いていたシキが立ち止まった。
 クリスティーナがシキの背中越しに見ると、彼がわずかに錆びついた鉄製の扉のドアノブに手をかけ、ガチャリと開けていた。


「ティナ、どうぞ。ここが……」

「ちょっとシキさん、どこに行っていたんですか!? 探していたんですよ! 確認してもらいたいものが……って、え!?」


 案内された研究室に入ったとたん、青い軍服を着た青年が、ぽかんと口を開けて固まった。
 どうしたのかしら、とクリスティーナが小首を傾げるのと同時に、青年が叫んだ。


「ひ、ひぇっ! 何でここに噂の悪女殿下が!? ウソでしょ……」


 ドタン、と大きな音を立てて青年が尻もちをつき、後ろへずりずりと下がる。クリスティーナの顔を凝視したまま、どんどん青ざめていく。
 騒ぎを聞きつけたのか、研究室の奥から、やはり青い軍服を着た二人の青年が駆けつけてきた。


「どうした、ヨアン……って、うわぁ! なぜここに悪女殿下が!?」

「遠くからしか見たことなかったけど、すげー美人! 良い匂いがするねぇ」


 彼らは鼻息荒く、興奮を隠さないまま、クリスティーナをまじまじと見る。
 こんなところまで自分の評判が伝わっているのか、とクリスティーナは逆に感心した。


「ヨアン、叫ばない。ポール、ご本人に悪女と言わない。それとハンス。嗅ぐな、変態が」


 シキがクリスティーナをさっと背に隠し、言葉の終わりはドスの利いた低音で、冷ややかに睨みつけた。


「やだなー、シキったら。冗談、冗談だよねぇ」

「おい、ハンス。やめろ。シキ、マジで怒ってんじゃん!」


 シキに睨まれているのにへらへらと軽々しいハンスに、髪を逆立てて慌てふためくポールの振る舞いが、第三師団の団員に重なって、クリスティーナは思わずひょっこりと姿を見せた。


「面白いのね、あなたたち。研究者だからもっとお堅いのかと思っていたわ」


 団員とどこか似ている所員たちと目が合うと、クリスティーナはふふふ、と目尻を下げて柔らかく笑った。


「皇女殿下が笑った!」

「かわいいねぇ!」

「うるさいですよ、あなたたち。皇女殿下の御前です。それに本日は師団長としてお出でになったのでで、閣下とお呼びするように」


 ポールとハンスが目を丸くして、鼻の下をデレっと伸ばした。
 シキはその様子に溜息を零すと、愁傷に詫びを口にする。


「すみません、うちの所員がお騒がせして」

「気にしてないわ。第三師団も似たようなものだもの。みなさん、初めまして。お仕事のお邪魔だったかしら?」

「滅相もない。閣下ならいつでも!」

「閣下、どうぞお席にお座りください。案内しますねぇ」

「いや、それは私がするんですが……」


 簡単にあしらわれているシキの珍しい姿に、クリスティーナはわずかに目を見開いた。
 彼らは研究所の所員たちで、ポール、ハンス、ヨアンと名乗ってくれた。
 ポールとハンスはシキと同期で、ヨアンはその一つ下ということだった。
 ヨアンだけはクリスティーナを未だ警戒してか、ポールとハンスの後ろに隠れてこちらを伺っていた。


「閣下、今日はどうしてこちらに? 研究所なんて滅多に客がこないところなんですが」


 案内された、研究所内にある応接セットのソファにクリスティーナが腰かけると、待ってましたとばかりにポールから質問が飛んできた。


「製作会議で提案したいことがあって、シキに招待してもらったのよ」

「え、閣下が製作会議で提案を!? 閣下は悪女ではないのですか?」

「ヨアン、口が過ぎますよ。それに噂を鵜呑みにするものではありません」


 シキに諫められながら隠れていたヨアンがひょこっと顔を出す。どうやらクリスティーナに興味を持ったらしい。


「あの、閣下がどうして提案なんて? 正直、うちの連中はそれなりのレベルですし、必要な魔導機械や武器はすでに作らせてもらっていると思うんですが」

「その中であえて提案されるんですねぇ」


 ポールとハンスが不思議そうにクリスティーナを見て、首をひねった。
 その様子にどこか違和感があり、クリスティーナはわずかに片眉を上げた。


(驕り、なのかしら……)




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...