7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない

結田龍

文字の大きさ
25 / 100
魔導研究所の堅物たち

第25話

しおりを挟む
「お前たち、いつまでしゃべっておるんじゃ」


 突然、後ろから聞こえた嗄れ声によって、肌を刺すような空気が張り詰めた。
 クリスティーナが振り向くと、青い軍服を纏った、白髪の少し背の曲がった老年の男が立っていた。
 老年の男はクリスティーナを一瞥すると、厳めしい顔にしわを寄せた。


「これはこれは……皇女殿下ではありませんか。なぜこのようなところに? ここは誇り高き魔導研究所。殿下が来るような場所ではありませんぞ」

「……ダニエル・カソヴィッツ所長ですわね?」

「いかにも。皇女殿下はわしのような者をご存じでしたか」


 クリスティーナが席から立ち上がると、ダニエルからすっと目を眇めて、値踏みをするような視線を投げかけられた。
 帝国最高位の皇族の出身だとしても、「お姫様」としてしばしば侮られることがある。
 クリスティーナはその視線を受けとめて、口角を上げて微笑んだ。


「ええ。わが帝国軍において、所長の名を知らぬ者はいないでしょう。帝国軍の戦力増強は所長のお力があってこそですわ。ただ、所長。わたくしは本日、第三師団師団長として、製作会議に招待していただきましたの」

「ほほう。……シキ、お前が連れて来たのか」

「副所長として、今回の会議には必要だと判断しましたので」

「第三師団の副官としてではないのか?」

「それはご想像にお任せします」

「ふん。小賢しいヤツめ。お前のそういうところが好かん」


 ダニエルが一つ鼻をならすと、クリスティーナをギロリと睨んだ。


「殿下、帝国が誇る優秀な所員たちとの大事な会議があるのです。わしはあなた様とお話することはありませんぞ。会議の邪魔だから、早く帰られよ」


 バッサリと断ち切る物言いに、ポールたち三人の肩がびくりと跳ねた。
 クリスティーナを参加させる気はないらしい。取り付く島もない、なかなか厄介な人物のようだ。


(誇り高いことも優秀であることも、何度も言わなくても十分にわかっているわよ)


 魔導研究所に誇りを持つのは良いが、意見も聞かずに排除しようとするのはいかがなものか。
 そう思いながらも、クリスティーナは微笑みを崩さず、さらに言葉を重ねる。


「そうは参りません。師団長として、ぜひ魔導研究所の皆様に聞いていただきたい提案がありますので。魔導石と言えば、所長にはぴんと来るものがあると思うのですが」

「何を戯けたことを……」


 バカにするような声音で言うが、「魔導石」という言葉にわずかに目を見開いたことを、クリスティーナは見逃さなかった。
 現在の世界情勢は、魔獣の出現でその討伐に重きが置かれており、魔導石は各国で使用されている。
 魔導石は魔力を抽出できる鉱石で、魔力なしと揶揄される第三師団はメインで使用し、他の部隊は補助ツールとして魔導石を使用している。
 しかし、元々産出量が少なく、世界各国がこぞって採掘を行っていることもあり、魔導石は年々減り続けてしまっている。産出量低下が世界的に問題になり始めているのだ。
 それを知らない所長ではないだろう。


「……好きにすればいい。お前たち、さっさと始めるぞ」


 ダニエルはふん、とまた一つ鼻を鳴らして、青い軍服を翻し、奥にある扉へと消えて行った。
 その背中をポールたち三人が慌ててついていく。
 どうやらこの会議は一筋縄ではいかないらしい。
 しかし、とりあえず会議への参加の許可は出た。ここからが本番だ。


「さすがはティナですね」

「お兄様で慣れているわ。それにしてもシキ、所長はわたくしの参加をご存知なかったみたいね?」


 クリスティーナの横にすっと立ったシキをじろりと睨んだが、彼はどこ吹く風だ。


「おかしいですね。所長にはお伝えしたつもりなのですが。まぁ、副所長権限がありますからね。会議への参加は何も問題はありませんよ」

(何が問題はありません、なのよ。この様子じゃ報告なんてしているはずがないわ。……もしかして、わたくしを試すつもりかしら)


 おそらく、シキはこの展開を読んでいたのだろう。所長に報告してもしなくても、結果参加を許可することはないと踏んでいそうだ。
 そう考えると、自分の上官として本当に相応しいかどうか、クリスティーナの力量を測ろうとしているのではないだろうか。
 軍人として試される。
 婚約者にそんなことをされるのは初めてだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...