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序章2 幕開け

モデルはつらいよ

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 小学生にできる仕事は本当に限られている。新聞配達も本来朝刊はNGだ。それをこちらの事情を汲んでリスク承知で承認してくれた社長は恨むことなどできない。

 一般的な小学生でもできるバイトとなれば子役やモデル、といったところが現実的だ。正直この選択肢は選びたくはなかった。僕がこの仕事につけば光もやりたいと言いはじめることは容易に想像できる。僕にはそれを明確に拒否できる回答を用意できないからだ。女の子だからあぶないよ、といった所でおにいちゃんがあぶなくないこなんてあるの?と反論されれば男だから大丈夫、という答えは通用しない。リスクの大小の差でしかない。大人からすれば僕も光も青い果実だ。大人の世界が海千山千だということは重々承知している。気がつけばベットの上かもしれない。
 だがここまで来ると背に腹は変えられない。まずは光に内緒で僕だけでも先陣を切ろう。それで安全が確認できれば光に打ち明けよう。僕は意を決してエントリーシートに記入を始めた。親の同意書は後見人として高垣さんに依頼している。自治会の方だと過保護になりすぎて行動に制約が係りすぎることを懸念し、僕のほうから高垣さんを指名させて頂いていた。

 書類による一次選考をパスし面接による二次選考。取り繕っても仕方ないので包み隠さす現状を吐露する。ただその中で仕事への興味や熱意を伝えることは忘れない。熱意や夢を語るときは相手の目をしっかり見て楽しく語ることだ。思い描いた未来が確実に一歩づつ目の前に現れるように、相手をこちら側に引き込む話術。その未来を聞き手と共有できれば、面接などおそるるに足りない。

 そして面接当日
 僕は3回ノックして入室した。

 簡単な自己紹介から始まりいよいよ本題だ。

「それでは天使君、次に志望理由聞かせてくれないかな?」 

「はい、履歴書にも簡素に書かせていただきましたが僕には両親がいません。母は妹を産んだときに他界し、父は現在失踪中です。警察の方々が懸命に捜索して下さっては居ますがまだ手掛かりすらつかめていないのが現状です。頼れる親族もなく今は地元の自治会の方々の恩恵によりどうにか生活させてもらってはいます。ですが厳しい年金事情の中、このまま僕達が成人するまで自治会の方々にお世話になるのは僕の中で受け入れられません。先日まで新聞配達をやらせてもらっておりましたがペーパーレスの時代へとシフトする中、その勤めていた新聞社も時代の流れに抗えず倒産してしまい、今回御社の企画にエントリーさせて頂きました。ここまでの口上はなにも同情を得たいために語ったわけではなく、私という人間を正確に評価して頂くために話させて頂いております」

少し間をおいて目を見据える。

「モデルという業界、以前より興味はありました。いえ、興味は尽きませんでした。やってみたい、その思いは常々私の心の隅に存在しておりました。ですが同時に恐れもありました。自分はまだ子供です。まったく知らない大人の世界に足を踏み入れること、親という寄れる大樹を失った今、大人の世界が海千山千であること痛感することもこれまでの生活で何度も起きております。正直なところ、今もその恐れを完全に払拭できたわけではありません」

もう1度、間を置く。

「エンジェルプロダクション、御社の名前です。私はこの名前を目にしたとき、自分の中でそれこそ稲妻でも落ちたかのような衝撃的な出会いを感じました。私の名前は天使  司です。私は御社との運命のようなものを感じました。私はここへと司るために生まれてきた。そう思った瞬間、喜びに満ち溢れる自分が居たのです。夢への第一歩、そしてその夢が一歩一歩現実へと変わって行く。そんな未来を御社とともに歩んで行きたい。それが今日、私がここへ来た理由です」
(われながら小学生の答えではないな。)

 面接官が関心しながら聞き入ってる。そして履歴書に目を落としながらぼそぼそと小声でなにやら話をしている。他の子達で見せなかった行動だ。明らかに異質な僕の存在に、僕はこの時点で合格を確信していた。

「では最後に何か一芸披露してもらえるかな?」
ここまでくると次は何を見せてくれるのだろうか?と心待ちにしている面接官

「それでは本日は空手演舞を披露させて頂きます。」そう言って立ち上がり、演舞を披露することにした。近年、演舞は注目されている競技でもあり、その美しさから見せる、という今の局面にはうってつけと思えたからだ。実はその昔、4年生まで空手をやっていたのだが光が私もやるっ!といいはじめめ3ヶ月くらいたったころのことだろうか、3年間続けていた僕があっさり光にノックアウトされて以来、僕は空手の道を捨ててしまった。そして白球を追い始めたんだ・・・。とはいえ型を演舞を忘れたことはない。ときたま奉納の舞だ、と精神統一するときなどに一人で演舞に励むこともあるので、さびついてはいない。

「みなさん、ありがとうございました。結果は後日、郵送で送らせて頂きます」

 個別面接ではなく集団面接方式ということを考えると、僕が思ってる以上に子役モデル志望者は多く、狭き門なのかもしれないなと、親子連れで廊下でどうだった?と話あっている他の参加者を尻目にしながら帰路につこうとしたところ、一人の女の子がぱたぱたと駆け寄ってきた。

「君は絶対合格するとおもうっ!」
自己紹介もすっとばしてその娘は話はじめた。

「私はまだ合格するかわからないけど、、だから今しかチャンスないから、連絡先交換してくださいっ!」
唐突な申し出ではあったがない袖はふれない。

「ごめんね、僕スマホとかもってなくって。面接のとおり、経済的な理由でね」
「あれって実話なの?てっきり同情票得るための作り話かとおもってたよ」
「作り話だと、よかったんだけどね」
「そうなんだ、、ごめんなさい」
あきらかにまずった、という顔をしたその娘は、着飾った服装に化粧まで施し、髪も美容室で仕上げた、そんな感じで今回の面接に相当な気合を入れて望んだようで一見すればアイドルのような、そんな印象すら受けた。

「気にしなくていいよ。女の娘は倍率高そうだしね、ここってそんなに人気あるプロダクションなの?」
「うん、カリスマモデル何人も出してる人気プロダクションだよ?俳優さんや女優さんもいるし、あれ?もしかして知らないでエントリーしてた?」
「うん、名前が面接のネタに使えそうだからここにしただけだよ」
「君ってすごいね。。ある意味大物だよ。それであれだけ話せるんだから俳優コースでもいけるんじゃない?」
「僕は有名になりたくてここに来たわけじゃないから、ご飯たべれるくらいに稼げるならそれで十分だよ」
「もったいないよ!才能の無駄遣いだよ!」
「僕になにかしらの才能があるなら、僕は自分のためじゃなく世界を良くするために使うようにするよ」
「これ、私の連絡先。あとここに来れば君に会えるとおもうから会いに来るね!ファン1号としてっ」
彼女はそういって連絡先の書いた紙を手渡してきた。
「ありがとう、高町さん」
僕はそれを受け取りその場を離れた。

 後日、合格通知が届く。指定された日に再度、会社へと向かう。電車代もないので自転車で1時間くらいの遠い道のりだ。

 そこで再度契約内容などを確認する。契約条件が口頭ですばやく読み上げられる。大手プロダクションと聞いているので最悪の危惧していた案件はなさそうではあるが、大体ここに落とし穴がいくつも存在するもんだ。多くの人は合格した高揚感でその穴に気づかずサインする。もしくはある程度のリスクがあっても折角つかんだ合格を手放したくないのでサインする。雇用主有利の場で進む契約書。これもまた大人の世界か、そんなことを考えつつ冷静に文面を読み解釈していく。
 例えば掛け持ち禁止、他のプロダクションに所属してはならないという項目、あたりまえの一般論ともおもえるが、これは飼い殺しの前提だ。こういった項目には破れば違約金というペナルティが加えられている。他は遅刻欠勤、仕事に穴を開けたとき、など取り立てて無理な要求は書かれていない。何かを強要するための手段とはなりえない。強要してことわれば仕事を干して飼い殺す。その才能が他へ流出するくらいならここで干しておけといった具合か。元々ここへの執着もないので自分にはあまり関係ないと判断できたので契約書にサインすることにした。

 部屋を出たところでこちらに手を振ってくる女の子がいることに気がついた。
「あれ、高町さん。今日は見学?」
「違うよっ!私も合格したのっ!」
「冗談だよ。高町さんは合格してるとおもったよ」
「本当?」
「ホントホント、面接のとき わたしなんだってやりますっ! って言ってたからね」
「あはは、あのときは夢中でつい。。」
「でもよかったね、夢が叶って」
「うんっ!」
「これから一緒にがんばっていこう」
「うん、一緒にレッドカーペット目指そう!」
(あ、それは一人でおねがいします。)

 どうやら彼女も合格したみたいで、僕達は31期生としてデビューすることになった。

 それからの日々は順調だった。

 学校のほうも特に何かが起きるということなく同じような日々が続いていく。クラスを掌握する計画もすでに完成段階に入っており、以外と簡単だったなというのが正直な感想だ。
 モデルのバイトのほうはといえば、この会社はそもそも女の娘がメインで男子はおまけ、といった具合なので仕事はそれほど多くもなく時折ワンポイントでチラシか雑誌の洋服モデルの仕事が入る程度で大きな収入源にはならなかったが、それでも二人で生活していけるくらいの仕事は回してもらえた。光もわたしもモデルはじめるっ!といつものごとく言い始めてはいたが「光のかわいさは僕一人で独占したいんだ、ダメかな?」といいつつぎゅっと抱きしめてあげると「もぉ、わかったよぉ。仕方ないなぁ」といいながら甘えてくるので今のところおとなしくしてくれている。

 修学旅行の自由時間では光と二人してスリリングな時間を楽しんでいた。「お兄ちゃん、こんなところでダメだよ、、見つかっちゃうよ」といいつつ体を許す光。光もずいぶんエッチな娘になってしまった。

 高町さんは仕事をがんばっている。なんでもやりますと言っていた通り、なんでもこなしているようだ。ジュニアアイドルの仕事も入ってくるようになったようで、マイクロビキニでの撮影もこなしているようだった。覚悟を決めた女の娘はすごいなとこのときは関心させられた。

「高町さん、アイドルデビューしたんだってね?聞いたよ。おめでとう」
「ありがとう~、えへへっ、すっごくはずかしかったけどねっ!私がんばっよ!」
 
そういってスマホを取り出し写真を見せてくれる。

「、、、すごいね。」
「感想それだけ?これ天使君に見せるの、すっごく勇気だしてるんだけど?」
「とってもかわいいし、綺麗だよ」
「んー、もっとこう、ドキドキするっとか好きになっちゃいそうっ、とか、そういうリアクション期待してたんだけどなぁ」
「僕、いまでも妹と一緒にお風呂はいってるからね。あんまり同世代の女の娘の裸にドキドキすることってないよ」
「えー、天使君ってシスコンなの?」
「別に否定はしないよ。別々にお風呂はいると、余計なお金かかっちゃうからね」
「妹と私、どっちがかわいい?」
「そりゃ光だよ」
「うわぁ、、即答なんだ」
「でもがんばってるね。そこは本当にすごいとおもうし、尊敬してる」
「ありがとう、、」

少し涙ぐむ高町さん。いろんな想いが交錯してるんだろう。

「高町さんのDVDを見て、きっとたくさんの人が喜んでくれてるはずだよ。はずかしかったとおもうし、つらかったとおもう。僕にその写真見せてくれたのもきっといろんな思いから逃れたくて見せてくれたんだと思う。今、辛いなら泣いてもいいよ。僕でよければ胸貸してあげる。でもはじることはないよ。プライドもってね。君はがんばった」

 そういって抱きしめてあげると関を切ったかのようにわんわんと泣き始めた。今は落ち着くまでそっとしといてあげよう。

 それから数日後、高町さんから仕事のことで相談したいことがあると持ちかけられた。今までそういったことはなかったのでよほどの仕事なんだなとこのとき直感的に感じてしまった。 
 ふと枕営業という言葉がよぎったかまだ小学生だ。流石に訴えたら会社がぶっとぶような案件、いくらなんでも会社が打診することはないだろうし、それでもこの会社の闇の部分を垣間見る好機なのかもしれないと慎重に話を聞くことにした。

「仕事の相談なんてめずらしいね。どうしたの?」

いつも元気な彼女が今日はさえない表情を見せている。

「次の仕事なんだけどさ・・・」

言葉が詰まる。

「華族の人から個人的な撮影会をしたいって依頼なの……」
「華族、、、なんだ」

華族、特権階級、壁の向こうは治外法権、こちらの法は及ばない。

「天使君なら、この意味わかるよね?」
「うん、、、」
「私、どうしたらいいのかな?」
「華族のことは正直僕も詳しくわからない。ただ華族にも階級があってもってる権力もさまざまだと思うよ。社長はどう言って来たの?」
「土下座された」
「えっ・・・」
「この会社を助けてくれって」
「それってどういう・・・?」
「名前までは教えてくれなかったけど、上級華族からの指名で、ことわったら会社がつぶれるんだって。それくらいの権力もってる華族なんだって」
「また随分社長も無責任な仕事を引き受けてくるんだな、、、」
「最悪、生きて帰ってこれればいいかなっとは思ってるよ」
「壮絶な覚悟だね。引き受けるの?」
「ホントならね、せめて初めての人くらい好きな人がいいから、行く前に天使君に話して、思い出つくってもらおうと思ってたんだけどね。商品価値かんがえると処女ヴァージンのほうが良いだろうし、天使君は絶対に止めるようなことはしないってわかってたから」

半ばあきらめにも近い覚悟

「レッドカーペット、目指してるんでしょ?そこまで覚悟決まってるなら、今回の仕事も利用するしかないよ。確かに辛い。過去最大級だ。でもリターンも過去最大級だよ。華族、それも上位からの単独指名。分析するに少女性愛者だろう。華族という立場をつかって今までも何人もの少女が人身御供になっているのかもしれない。そこにも競争は存在してる。だから負けないで。僕の高町さんはそんなに弱くないよ」

「ふふふっ、ありがとう。背中押してくれる人なんて、天使君くらいだよ」

「華族には華族社会の流儀や作法があるとおもうから、時間までにできるだけ頭に叩き込んで、気に入ってもらえるようにしたほうがいいよ。一番ダメな結果は使い捨てにされることだ。この娘は他と違うって思わせないとダメだよ」

「うん」

「あと状況を楽しむこと、これ成功の秘訣ね。いやいややって生む結果と楽しんでやって生まれてくる結果、どっちがいい結果生むかは考えなくてもわかるよね。選択肢があわられた時、辛いと思うほうを選んで。そっちが正解である場合のほうが多いから。だってそうじゃない、楽ばかりえらんですごくなれるなら、この世は偉人だらけだよ。辛いほうを選択し続けた人が、偉人になれるんだよ」

「天使君、すごいね、、、。なんかやる気になってきたよ」

「がんばって、僕はこれでも自称高町さんのファン1号だからね」

「・・ありがとうっ」

 目尻に涙を浮かべながら、それをそっとぬぐい彼女はそう言った。もう覚悟は決まったようだ。

 これもこの社会の  現実  ってやつなのか。

 このときとった行動が正解なのかどうかはわからない。高町さんによって人知れず会社が救われたことも、そこに集う多くのスタッフやタレントの生活が守られたことも、誰も知らない。

 高町さんが出発してもう1週間はすぎようとしてた。

 その日は僕も撮影で仕事場へと顔を出していた。相変わらずなんてことのないチラシや目立たないモデル業ばかりこなしている。そんな最中ふらりと彼女が帰ってきた。少しやつれたような気がしないでもないが無事に帰ってきてくれた。彼女と少し話しがしたがったがすぐに社長室へつ連れて行かれた。しばらく待っていたがなかなか出てこなかった。時計に目をやる。

(・・・今日は帰るか。)

 悪く言えば1週間の拉致監禁、よく捉えるならば1夜限りではなく1週間、みっちり遊んでもらえるくらいには御気に召された。今は一言、お疲れ様と声を掛けてあげたかったのだが。
 帰ろうとしたそのとき、ドアがひらく。中なら高町さんが出てきた。僕は急いで駆け寄って彼女にねぎらいの言葉をかけようとしたが、近づいてみると彼女は少し怯えた様な仕草を見せる。目も泳いでいる。何か普通ではない。
「高町さん・・・?」
 僕の呼びかけに答えることなく立ち去ろうとする彼女を僕は手を引いて止めようとする。だが彼女はすぐさまその腕を振り払い、僕がつかんだところをかばうように左手の手首を握り締めていた。
 一瞬のことなので見えないだろう。でも僕には見えてしまった。無意識に発動した視力強化、止まったような世界で明確に見えた彼女の手首にできたあざのような無数の傷。注射の跡。言葉がでなかった。

逃げるように走り去る彼女。

「……僕が、、俺がッ、仇とってやるからッ……!」

搾り出すように出た言葉、聞こえたかどうかわからない。

 帰ってからも頭から離れなかった。僕のとった行動は間違っていたのか。そこまで想定できなかった自分の想像力の低さ、結果論だという自分を正当化する心の声。仮に、もし、は存在しない。これからできること、すべきこと、そのことを考えようとするが、本当にそれが最善なのか。贖罪の在り処は。

 ただわかったことが1つある。華族にとって僕達平民なんてどうということのない存在、何をやっても罷り通る。外道の極みも罷り通る。それが華族だ。

 翌日、仕事だよと電話が鳴る。会社へ向かう。呼び出されたのは社長室だ。

「天使君、すまないが頼まれて欲しい仕事がある」
「なんでしょう?」

がばっと土下座を始めた社長
「この会社を救ってくれっ!」
(そういうことか・・・。)

 スゥーっと血の気が引いていくのが判った。それと入れ替わるように自分の中から冷気のような何か冷たいものが流れ出てくる。

「詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「ある華族様の依頼で先日でた雑誌を見て、君のことを随分と気に入ってくださった華族様がいらっしゃってだな、是非とも君と個人撮影会をしたいと言って来ているのだよ」
「お断りします」
「待ってくれ、話を最後まで聞いてくれっ」
「では最後まで伺いますので詳細お願いいたします」
「ああ、その華族様はとある上級華族に属する方で・・・」
「お名前伺えますでしょうか?上級であるならば伯爵以上の階級です。その方が本当に上級華族であるか調べたいと思います」
「いや、、名前は教えるわけにはいかない」
「ではこちらもお受けすることができません」
「兎に角、この仕事を断ると会社の存続に関わるんだ!」
「会社の存続と自身の生命、比べられるものではありません」
「何も死んでくれとお願いしてるわけじゃないぞ!?写真撮影会だ、そりゃ御気に召されたらそれ以上の要求を受けるかもしれない。でも悪い話でもないぞ?頼む、この通りだ!」
「それ以上とは一体どの程度なんですか?僕は小学生ですよ?もう少し具体的にお答えください。受ける側としてそれくらい聞く権利はあるでしょう?」
「枕営業という言葉くらい聞いたことあるだろう?気に入られれば体を求められるということだ。その方は君のような若くて美しい少年に興味をお持ちの方なんだよ。大丈夫だ、痛くはない。それは男である私が保証しよう。寧ろ気持ちいいことだ。君もその年ならSEXに興味はあるだろう?たのむ!その方に抱かれて来てくれ!」

再度土下座を繰り返す社長、反吐が出る。

「随分と安い頭なんですね。よくもこうペコペコと下がるもんだ」
「お前、、小学生の分際でっ・・・!」
「本性でましたね。大人の分際でこの程度の挑発に乗るなんて正直驚きです。どちらにせよ契約書には仕事の選択権は従事者にあると明記されていました。社長が先方と契約を結んでいようとそれは僕には関係ありません。事前確認をしなかったそちらに非があると僕は考えます。仕事を干したければどうぞご自由に。仰るとおり会社が存続していれば、ですが。そろそろ入社半年になるので更新時期でもあります。仕事を干された所で次の事務所を探せば良いだけですので」
「高町から何か聞いたのか!?」
「聞きたかったのですが、何も教えてはもらえませんでしたよ」
「その高町が守ったこの会社を、お前はみすみす壊すようなことになってもいいのか!?」
「彼女の夢と僕の生活は無関係です」
「お前のあの面接での言葉はウソだったのか!?」
「ウソも方便ですよ。よくその口で言えますね」

ぐぅの音もでなくなった様子だ。

「話は以上ですか?それでは僕は帰宅させて頂きます。仕事依頼という案件で本日は出社しておりますので、本日分の出社手当てはちゃんとつけてくださいね。それでは失礼します」
部屋をでてレコーダーのスイッチを切る。言質は取った。あとは出すタイミングを伺うか。

 仕事を引き受けて壁内を、華族の現状を探りにいくというのも1つの手法ではあったが、流石に無謀すぎる。治外法権を逆手に魔力で対峙するようなことに発展したところで勝算があるとも思えない。まだまだ僕は子供だ。

見据えないといけない。敵の規模、深さ、今はそれすら見えていないのだから。


 仕事はパタリと止まった。当然といえば当然である。何度か高町さんの携帯に連絡は入れてはみたが依然繋がる気配はない。事務所との契約更新はあちらから書面にて来期は契約しないという一方的な返答を頂いた。更新するつもりもなかったので別に問題もないのでが、高町さんのことも気がかりなので音声記録の切り札は残しておこう。
 エンジェルプロダクションとの契約解除に伴い僕は次なるプロダクションを探し始めた。ネットで情報を集めつつ気になるところは事前に下見に回る。中にはマンションの1室であったり所在不明なところもあり、思ったほど行動可能範囲にプロダクションは見つからなかった。その中でも何社かフックに掛かるところはあったので1次選考のエントリーを済ませる。

 結果はすべて不採用だった。予想外の結果だ。足をもう少し伸ばすか、少しリスクがあるが第二候補まで基準を落とすか、僕は前者を選択し再度エントリーを行う。
帰ってきたのはテンプレ回答。なにか別のバイアスが働いていると考えるのが妥当だった。もしかするとエンジェルプロダクションと繋がっているのかもしれない。その中で危険人物として僕がブラックリストに入ればおのずと今の結果になることは容易に頷ける。
 ここからは推測でしかないがプロダクションはプロダクション同士、華族からの要求に対応すべく横のつながりをもって対処しているのかもしれない。現にまだエンジェルプロダクションは僕が仕事を断ったにも関わらず存続している。そのような場合にそなえて横の連携を利用し人材の貸し借り、あるいは金銭トレードなど、そのような手法で華族からの要求に答え組合として互いを守りあっているのかもしれない。当然華族からの要求を受ければその見返りは正当に受け取っているだろう。そう考えると大手・準大手のプロダクションは全滅と見たほうがよさそうだ。
 僕はリスク覚悟で第二候補基準までランクを下げエントリーを行う。流石にここまでランクを落とすとすぐに面接の回答が帰ってた。1社目は契約内容に華族からの要求があった場合はどのような内容であっても受諾する。拒否した場合は多額の違約金が発生するというものだった。無論受け入れ不可な条件なのでお断りする。2社目はさらに酷かった。最初からハメる想定で面接段階からカメラが回り記録の残している。質問も誘導尋問に近い。カメラの前で自己紹介するところから始まり、簡単な質問が続く、その中で「実技はOKですか?」と問われる。一体何の実技だというのか。もはや論外だった。
 勝負に勝ったつもりではいたが、試合には負けていた。ここまでくると音声記録など何の役にも立たない。たとえこれをつかってエンジェルプロダクションを窮地に追い込んだところで何か現状を返れる1手となるわけでもない。寧ろ見えざる敵を招くだけだ。
 それからの生活はじわりじわりと真綿で首を絞められていくような、まさに文字通りのジリ貧だった。

「お兄ちゃん、、そろそろお米なくなっちゃうよ、、?」
「うん、、なくなりそうだね」
「私、モデルの仕事してもいいよ?」
「モデルはダメだよ」
「・・・おっぱいくらいなら、別にいいよ?」
「おっぱいくらいで済まないよ、、、」
「いいかい光、絶対に変なバイトしようとか考えちゃダメだよ」
「・・・うん」
(ダメだ、これ考えてるな。)

 さすがに自ら行動することはないにせよ、不意に声を掛けられ「パンツ見せてくれたらおこづかいあげるよ」とでも言われれば、見せてしまいそうな光に不安を隠さざるを得ない。親衛隊には光が一人にならないよう注意をはらってもらうようにしよう。

 打開策が見出せないまま、日に日に食卓が乏しくなっていった。すでに朝ごはんは水だけになっていた。光はつよがっているけど給食までおなかをすかせているはずだ。
 何か手を打たねばならない。

 ペンをくるくる回す。次の休み時間、密会場所で僕が来るのをその娘は待ちわびてたようだった。

「よかった、天使くん。私も話たいことがあって」
「何かあったの?」
「何かあったのは天使くんの方だよ。みんな心配してる…」

 そういって山本さんはLINEを見せてくれた。最近僕が元気なさそうだという書き込みが並んでいる。

「そんな風に見えてた?」
「うん、、最近ここにも呼び出してくれなかったし」
「ごめんね、ちょっといろいろあってさ」
「モデルやめちゃったの?」
「どうして?」
「エンプロのモデルリストから天使くんの名前きえてたもん」
「そんなとこまでチェックしてるんだ」

 モデルをしてたことはすでにリサーチされていたみたいで、雑誌やチラシをくまなくチェックされているのは知ってはいたが所属先まで調べられていたとはおどろきだ。

「もしかして、それと関係ある?」
「まったく無関係というわけではないけどね」
「どうして辞めちゃったの?」
「社長と意見が合わなくなってね、それで辞めたんだよ」
「そうなんだ・・・。私に何かできることある?私なんだってするよ?」
「ありがとう。今はその気持ちだけで十分だよ」
「気持ちだけじゃなくって、何かお手伝いさせてよ……」

少し涙ぐみながら訴えてくる。

「山本さんは、やさいい娘なんだね」

 身を寄せ顔を覗き込んでくる山本さんをそっと抱き寄せる。最初は利用することしか考えていなかった。気がつけば、僕はこの娘に支えてもらうようになっていた。日に日に迫る飢え、おおよそ現代日本では考えられない飢えという現実。それはかなりのプレッシャーでもあった。 

「もうすこしがんばらせて。どうにもダメだったら、山本さんに頼るから」
「うん、、、約束だよ」

その日、尾崎からも声を掛けられた。

「天使、ちょっといいか?」
「ん?どうしたの?」

「短刀直入に聞くけど、お前ら何かあったか?」
(複数形、光コミでの話ということだな)

「どうしてそう思うの?」
「ごまかすなよ、光ちゃん最近元気ないっていうかずっと腹すかせてるみたいだし、もしかすると家で親から虐待でもうけてるんじゃねーかってみんな心配してる」
「それは無いよ」
「今日2組のやつが光ちゃんにチョコレートあげたら泣きながらお礼されたって言ってたぞ。あれはもう普通じゃないって・・・。それで、少しだけ食べて、残りは家でお前と食べるとか言ってたからさ、もうみんな虐待うけてるってことで確信しちまってるよ。お前も最近あんま元気ねーだろ。女子が騒いでた。聞きづらいから代わりに聞いて来いとも言われてるから、ちゃんと納得できる答え聞かせてもらうまではかえさねーぞ」
「2組でそんなことあったんだな・・・。ありがとう、教えてくれて」
「モデルのバイトしてたんだけどさ、そこクビになった。それだけだよ」
「ま、まてよ!おいっ!」

僕は短くそうとだけ答えるとクルリと背を向けその場から離れた。呼び止められたが軽く手を振り話はこれまでだ、と遮るようにサインを送る。もう手段は選んでいられない。乞食といわれようと食いつないでいかねば。

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