涙の味

壊れ始めたラジオ

文字の大きさ
上 下
2 / 7

怒/ド/努

しおりを挟む
「きゃあっ!」

 フローリングの床に打ち付けられて、右半身に鈍い痛みが走る。

「なんで……。なんでさぁっ!」
「うぐっ!」

 襟首を掴まれ、持ち上げられる。
 そして……垂れたあたしの顔に打ち付けられる、大好きな人の拳。あたしの左頬に、不快な熱がこもっていく。

「なんで……なんで……」

 また、同じところ。

「『恋人が悲しんだ時の涙』しか、飲めなくなっちゃったんだよぉ! 私の体はさぁっ!」

 そう、あたしの彼女は、あたしが傷ついて悲しんだ時に流した涙からしか、栄養が摂れなくなった。
 嬉し涙でも、アクビでも駄目。負の感情から生まれた涙を飲むことでしか、彼女は生き長らえることができない。
 初めは、軽くげんこつをするだけだった。だけど、『悲しんだ時の涙』という特性上、泣く度にあたしは悲しまなければならない。故に、慣れてはいけない。

「ぅげほっ!」
「ごめんね。ごめんね。私、こんなこと、本当はしたくないのに……」

 つまり、あたしを泣かせるための暴力は、エスカレートするばかり。今も、足でお腹をぐりぐりされて、目が潤んできた。

「あ、やった。もう少し……」
「喜ばないで!」
「あぁあ痛いよぉっ! えぐっ!」

 倒れ伏すあたしの目から、ついに涙がこぼれた。

「そのままっ! そのまま動かないで! 動いたら蹴るから!」

 すっかりぼろぼろにされたあたしに覆い被さり、彼女はようやく恵まれた食事に手をつけた。

 あたしも、彼女も、二人とも得しない。激情と悲哀に満ちた晩餐は、明日も続く。
しおりを挟む

処理中です...