涙の味

壊れ始めたラジオ

文字の大きさ
7 / 7

愛/イト/糸

しおりを挟む
 この世界には、様々な感情が渦巻いている。

 それらのどれかが一つでも欠けると、途端に世界のバランスは崩れる。

 あたし達のようにね。

 ◆

「ママ、私達って今、幸せ……なのかな……?」
「うーんどうだろうね。とりあえず、ママは幸せだよ」

 ……今日もいちゃついてるねぇ。タンゼンを二人羽織みたいにしてこたつになんか入っちゃって。あんた達、本当の母娘のようだよ。同い年とは思えないね。

 座椅子に腰掛け、豊満な胸を持つこの女は間真奈はざままな。あだ名は「ママ」。けしからん体だねぇ。
 で、その彼女の膝に座ってミカンを剥いているロリは安達蘭あだちらん。あだ名は「ちーら」。およそ社会人らしくない容姿だね。

 ……おや? ちーら、ミカンなんて食えるのかい?
 たしか、ママの涙しか味を感じないはずだけど……。

 ………………ああ、そうか。そうだったね。

 ◆

 ママとちーらの愛の巣に居候する前、あたしはただの黒い野良猫だったよ。ちょいと、あたしの昔話でも聞いておくれ。

 その日も、野良猫らしく人間が捨てたゴミの中から食い物を引っ張り出していたときだったよ。

 あんたがやってきたのは。

「おや、この辺じゃ見かけない顔だねぇ」

 あたしの元へやってきたのは、あたしよりも一回り体の小さなペルシャ猫。

「えぇ、ちょっと……」
「捨てられたのかい」
「……はい」
「……そうかい。そんじゃ、飯の探し方でも教えてやるよ。言っとくけど、あんたが今まで食べてきたようなモンは忘れな」
「はい。よろしくお願いします」

 よく笑うから、名前は「スマイル」なんて、人間てやつは考えが安直だね。あたしがあんたに名前を聞いたとき、笑って悪かったよ。
 あんたは笑うのも、誰かを笑わせるのも、得意だったね。
 あんたと何ヵ月も関わっているうちに、あたしはあんたに惚れちまったよ。
 二回り以上年下の、しかも同性であるメス猫を好きになるなんて、あたしも年なのかねぇ。一人でいると、ついつい寂しくなっちまうんだよ。

 でもある日、あんたと「話せなくなった」。
 あんたは、あんたじゃないモノになっちまったよ。
 ……動物虐待……かい。

「おい、飯でも食いに行こうかい。また、笑っておくれよ。……また、あたしを笑わせておくれよ…………」

 ……なんとか言ってみたらどうだい。
 ……ほら、雨が降ってきたよ。雨宿りでもしようじゃないか。

 その言葉が声にならなくて、あたしは年甲斐もなく走り出した。
 文字通りスマイルを失ったあたしがこの二人に拾われたのは、そんな豪雨の日だったよ。

 ◆

 ………………ああ、そうか。そうだったね。

 ママ、あんたの頭に巻かれた包帯。
 一ヶ月前、轢き逃げに遭って残った脳の損傷。よりにもよって傷ついた所が、涙を流す機能を司る場所だったこと。
 ちーらが「好きな女の子の涙を定期的に舐めないと栄養失調で死んでしまう病」ていう感じの名前の病気の患者だったこと。
 あたしも年だねぇ。こんな大事なことをすっかり忘れちまっていたよ。

 ママ、ちーら。あんた達、ちょいと腹がうるさいよ。……まぁ、子守唄にはちょうどいいのかもしれないけどねぇ。

 あたしは「喜」をなくした。
 あんた達は「哀」をなくした。

 この世界には、様々な感情が渦巻いている。

 それらのどれかが一つでも欠けると、途端に世界のバランスは崩れる。

 どっこいしょ。……こたつの上ってのは、ちと堅いねぇ。

 ……おや、音が聞こえなくなったと思ったら、あんた達もう寝ちまったのかい? ……いい寝顔しちまって。幸せそうだねぇ。




 ……………………さて。
 あたしも、スマイルに会いに行こうかね。
 おやすみ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...