ランゲルハンス島奇譚(3)「シラノ・ド・ベルジュラックは眠らない(下)」

乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh

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六章

二十節

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 久し振りに取れた休暇だと言うのに窓の外は雷雨だった。

 カーテンを閉めたアメリアはコーヒーテーブルに広げた便箋を片付ける。すると時計塔から鐘の音が聴こえた。正午になったらしい。起きてからずっと手紙を書いていたので四時間程は経ったのか。メドゥーサやハンスおじさん、ヴルツェルさん、トゥットに手紙を出した。郵便配達を請け負ってくれたのは現世でもゼウスの雷を運ぶペガソスだ。この都市で一仕事を終えたら休暇を取りにランゲルハンス島へ飛び立つらしい。

 先程手紙を渡した際、ペガソスに聞いた話ではメドゥーサは二柱の姉と仲睦まじくランゲルハンス島で過ごしているそうだ。ハデスからヘカテに島の管轄権が戻った事により、ライル島とランゲルハンス島間の渡航の許可が下りたそうだ。持ち込み物の規定はあるが、人の往来が出来た事は喜ばしい事であった。

「おい、ぼさっとするな。さっさと片付けろよ。こっちは待ちくたびれてんだ。ユーリエとローリーの遊び相手なんざ気が疲れるだけだわ」

 ラグに寝転び楽譜に目を通すイポリトが気怠そうに文句を垂れる。イポリトの背ではユーリエとローリーが楽しそうに飛び跳ねていた。

 現世に戻ったイポリトはアスクレピオスの手術を受け仕事に復帰した。魂が抜けている間、亡骸は腐敗しなかったが同じ姿勢をとっていたので血液が沈殿していたらしい。皮膚の色が凄まじい色に変わっていたので手術を受けた。現在、以前と変わりなくアメリアの監視役のヒュプノスとして任に就いている。

「ん。お疲れ様。お化粧していってもいい?」アメリアは問うた。

「勘弁しろよ。どれだけ待たせれば気が済むんだよ」

 アメリアは頬を膨らませた。

 イポリトは溜め息を吐く。

「眉毛描くくらいは待ってやる。お前はそのままで可愛いんだよ」

 外方を向いたイポリトを見て、破顔したアメリアは鼻歌を歌いつつ支度をした。

 ヘパイストス特製の義手での細かい作業にはまだ慣れない。下地を塗り、粉で抑え眉を描くだけでも時間が掛かったがイポリトは待っててくれた。

 アパートを出ると既に雨は止んでいた。二柱は雨露が輝く商店の軒先を通り過ぎ、河へ向かう。

「昼間からお酒って珍しいよね」アメリアはイポリトを見上げた。

「タダ酒飲ませてくれるって約束してたからな。他の客に気ぃ遣わねぇとならねぇ。だからお客が少ねぇ時間にしたんだよ」

 二柱は護岸の階段を下る。河辺に人気が無い事を確認するとイポリトは右手の包帯を解き爛れた右手を晒した。そしてその手を護岸に突っ込むとアメリアと共に歪んだ空間へ入った。

 ステュクスのドアを開ける。

 すると二柱を見遣ったバーテンダーのパンドラが微笑みを浮かべる。

「お帰りなさいませ。『いつも二柱』のアメリア様、イポリト様」

 イポリトは肩をすくめておどけたように微笑み、アメリアは頬を染めた。

「いつの日かお約束していたサイドカー、お作りしますね」

 佇む二柱を見つめるパンドラの不思議な色の瞳には、固く握られた恋人達の手が映っていた。


                                                                                                       了
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