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三章
五節
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二柱一組に分かれて冥府の各所を巡る際、アメリアは友人となったヒュプノスの乙女メリッサと共に行動した。
ローレンスの仕事を引き継ぎたいと、ハデスに願い出た際にアメリアは冥府の各所を見学していた。アケロン河、大河ステュクス、ハデスの玉座と法廷、モイラ達の書斎、刑場……色々と見学はしていたがタルタロスだけは見学してなかった。
極悪人や、かつてゼウスに反旗を翻したティタン神族の一部の神々が落とされ、タルタロスで永遠の刑罰を受けていた。他には主神ゼウスの妻であるヘラに手を出そうとしたイクシオン、我が子の肉を神々に供そうとしたタンタロス、ゼウスの恋路を邪魔しローレンスとハデスを欺いたシシュポスが永遠の責め苦を受けていた。タルタロスは深く、九日間は落とした物が地に着かないと言われる程だ。
興味を抱いたアメリアはメリッサと共に見学しに行った。タルタロスへ通じる穴がある間は冥府の下層に在り、荒野のようだった。二柱は長い階段を下って辿り着いた。
地に空いた穴は大きな青銅の蓋で塞がれていた。中は凄まじい暴風が吹き荒れ、気まぐれにやむと霧が立ちこめる。霧が立ちこめている間は門番である一つ目の巨人キュクロプス、五十の頭と百本の腕を持つ巨人ヘカトンケイルが通気の為に蓋を開けて監視した。
アメリアは心優しい彼らに挨拶すると、タルタロスの話やゼウス一族とティタン一族の戦いの話を聞いた。そして十年前、青銅の蓋を閉めていたのにも関わらず、キュクロプス達が休憩を取っていた隙に蓋がずれていた事件を聞いた。
訛はきついが軽快なキュクロプスの話に引き込まれた。五十の頭を持つヘカトンケイル達の茶々は収拾がつかなくて面白かった。二柱は腹の皮が捩れる程笑った。
あまりにも可笑しくてメリッサは腹を抱えて地を手で叩いた。すると彼女の細い小指から宝石がついた指輪が外れた。指輪は転がり、換気の為に開いていたタルタロスへ落ちた。
メリッサの顔色は一瞬で青ざめた。今は亡き死神の母から貰った大事な指輪だった。
穴へ駆け寄るとアメリアは中を覗き込んだ。霧が立ちこめていて視界が悪く、何も見えない。携帯電話を取り出すとライト機能を使って中を照らした。すると霧の中から赤い光が返ってきた。アメリアは宝石の色は何色かとメリッサに問う。青ざめたメリッサは優しいキュクロプスに頭を撫でられ、やっとの思いで『赤だよ』と答えた。
絶壁に一振りの剣が刺さっており、その柄に赤い宝石の指輪は引っかかっていた。今なら風は吹き荒れていない。取るなら今がチャンスだ。アメリアは水色のドラゴンの翼を広げた。
キュクロプスとヘカトンケイルに止められたが、彼らを振り切ってアメリアは羽ばたいた。穴へ入り、剣に近付くと指輪を取った。指輪を握り締めたアメリアは天を目指し羽ばたく。しかし突如風が吹き荒れ、霧が散る。
アメリアは強く羽ばたきヘカトンケイルが伸ばす無数の腕へと手を伸ばす。しかし凄まじい暴風に吹き飛ばされて奈落の底へ墜ちて行った。
イポリトが駆けつけた時には、タルタロスの大きな青銅の蓋は閉じられていた。蓋の側では新人のヒュプノスの乙女が泣き、ヘカトンケイルやキュクロプスが俯き、報告を受けやってきたハデスが渋い表情をして顎を擦っていた。
キュクロプスから仔細を聞いたイポリトは青銅の蓋を開けるよう頼んだ。
「無茶言っちゃなんねーよ! 飛び込む気だか!?」キュクロプスはイポリトを制した。
「その気だ」イポリトはブーツの靴紐をきつく結び直した。
「気が狂れだか!?」
「元から狂れてる」イポリトは鼻を鳴らす。
「オラもヘカトンケイルも大昔はぁクロノスにあすこさ閉じ込められてだ! 出ようにも出られねがっだ!」キュクロプスはヘカトンケイルを見遣った。
ヘカトンケイルは五十の頭で頷いた。
「……ところがどっこい、十年前俺は墜とされて登ってきたんだよ」
イポリトはハデスを見遣る。
「なあ。ハデスの親爺よぉ」
ハデスは暫く黙していたが口を開いた。
「十年前、ローレンスの監視報告を幾度も怠ったイポリトに罰を与えた。一振りの剣と共にタルタロスに墜とした。剣を共に落としたのは情けだ。子を為し、あの地獄で自害出来るようにと。しかし剣を背負って彼は這い上がった。彼は絶壁に剣を突き刺し、己の生還を示しつけた。十年前、閉めた筈の青銅の蓋がずれていた事があっただろう? その事件だ」
キュクロプスとヘカトンケイルはイポリトを見遣った。
イポリトはハデスを見据えていた。
ハデスは表情を崩さずにイポリトに問う。
「十年前の刑罰の時とは条件が違う。それでも覚悟は?」
「無論」イポリトはハデスを睨んだ。
「彼女はタナトスの始祖の純粋なる後継ぎだ。正直、血の濃さでは君の魂よりも彼女の魂の方が重要だ。救えなかったなど話にならないのだぞ?」
「俺の魂と引き換えにしても取り戻してやるよ」イポリトは悪戯っぽく微笑んだ。
「神に二言は?」
「ない」
ハデスはイポリトを見据えた。イポリトはハデスの黒眼の奥を見据る。
「なあ、早く行かせろよ。あいつ最近独りにするとピーピー泣くんだよ。宥めすかすの面倒だからよ」
それまで泣きじゃくっていたメリッサは顔を上げてイポリトを見つめた。
「ん、何だ?」メリッサの視線にイポリトは気付いた。
「おにいさん、アメリアの監視役?」
「おう」
「大切なアメリアをこんな目に遭わせてしまってごめんなさい」メリッサは頭を下げた。
「阿呆。謝る相手が違ぇだろ。顔あげな」
「でも……」
「絶対ぇ助けるから心配すんな。ステュクス河に誓ったっていいぜ?」イポリトはメリッサの頭を撫でてやった。
メリッサはおずおずと頭を上げた。イポリトは歯を見せて笑う。
「大丈夫だって。俺に出来ねぇ事は無ぇんだからよ」
メリッサは涙を拭う。
「……本当だ、アメリアの言った通りだ。おにいさん、優しくてかっこいいね」
イポリトは噴き出して噎せる。
「冗談きついぜ」
ハデスはヘカトンケイルとキュクロプスを見遣り、青銅の蓋をずらさせた。辺りに嵐が吹き荒れる。メリッサはキュクロプスの脚に掴まり、ヘカトンケイルはハデスが飛ばないように肩をしっかりと掴んだ。
「んじゃ、ちょっくら行って来んぜ」
嵐に立ち向かったイポリトはタルタロスへ続く穴へ墜ちて行った。
ローレンスの仕事を引き継ぎたいと、ハデスに願い出た際にアメリアは冥府の各所を見学していた。アケロン河、大河ステュクス、ハデスの玉座と法廷、モイラ達の書斎、刑場……色々と見学はしていたがタルタロスだけは見学してなかった。
極悪人や、かつてゼウスに反旗を翻したティタン神族の一部の神々が落とされ、タルタロスで永遠の刑罰を受けていた。他には主神ゼウスの妻であるヘラに手を出そうとしたイクシオン、我が子の肉を神々に供そうとしたタンタロス、ゼウスの恋路を邪魔しローレンスとハデスを欺いたシシュポスが永遠の責め苦を受けていた。タルタロスは深く、九日間は落とした物が地に着かないと言われる程だ。
興味を抱いたアメリアはメリッサと共に見学しに行った。タルタロスへ通じる穴がある間は冥府の下層に在り、荒野のようだった。二柱は長い階段を下って辿り着いた。
地に空いた穴は大きな青銅の蓋で塞がれていた。中は凄まじい暴風が吹き荒れ、気まぐれにやむと霧が立ちこめる。霧が立ちこめている間は門番である一つ目の巨人キュクロプス、五十の頭と百本の腕を持つ巨人ヘカトンケイルが通気の為に蓋を開けて監視した。
アメリアは心優しい彼らに挨拶すると、タルタロスの話やゼウス一族とティタン一族の戦いの話を聞いた。そして十年前、青銅の蓋を閉めていたのにも関わらず、キュクロプス達が休憩を取っていた隙に蓋がずれていた事件を聞いた。
訛はきついが軽快なキュクロプスの話に引き込まれた。五十の頭を持つヘカトンケイル達の茶々は収拾がつかなくて面白かった。二柱は腹の皮が捩れる程笑った。
あまりにも可笑しくてメリッサは腹を抱えて地を手で叩いた。すると彼女の細い小指から宝石がついた指輪が外れた。指輪は転がり、換気の為に開いていたタルタロスへ落ちた。
メリッサの顔色は一瞬で青ざめた。今は亡き死神の母から貰った大事な指輪だった。
穴へ駆け寄るとアメリアは中を覗き込んだ。霧が立ちこめていて視界が悪く、何も見えない。携帯電話を取り出すとライト機能を使って中を照らした。すると霧の中から赤い光が返ってきた。アメリアは宝石の色は何色かとメリッサに問う。青ざめたメリッサは優しいキュクロプスに頭を撫でられ、やっとの思いで『赤だよ』と答えた。
絶壁に一振りの剣が刺さっており、その柄に赤い宝石の指輪は引っかかっていた。今なら風は吹き荒れていない。取るなら今がチャンスだ。アメリアは水色のドラゴンの翼を広げた。
キュクロプスとヘカトンケイルに止められたが、彼らを振り切ってアメリアは羽ばたいた。穴へ入り、剣に近付くと指輪を取った。指輪を握り締めたアメリアは天を目指し羽ばたく。しかし突如風が吹き荒れ、霧が散る。
アメリアは強く羽ばたきヘカトンケイルが伸ばす無数の腕へと手を伸ばす。しかし凄まじい暴風に吹き飛ばされて奈落の底へ墜ちて行った。
イポリトが駆けつけた時には、タルタロスの大きな青銅の蓋は閉じられていた。蓋の側では新人のヒュプノスの乙女が泣き、ヘカトンケイルやキュクロプスが俯き、報告を受けやってきたハデスが渋い表情をして顎を擦っていた。
キュクロプスから仔細を聞いたイポリトは青銅の蓋を開けるよう頼んだ。
「無茶言っちゃなんねーよ! 飛び込む気だか!?」キュクロプスはイポリトを制した。
「その気だ」イポリトはブーツの靴紐をきつく結び直した。
「気が狂れだか!?」
「元から狂れてる」イポリトは鼻を鳴らす。
「オラもヘカトンケイルも大昔はぁクロノスにあすこさ閉じ込められてだ! 出ようにも出られねがっだ!」キュクロプスはヘカトンケイルを見遣った。
ヘカトンケイルは五十の頭で頷いた。
「……ところがどっこい、十年前俺は墜とされて登ってきたんだよ」
イポリトはハデスを見遣る。
「なあ。ハデスの親爺よぉ」
ハデスは暫く黙していたが口を開いた。
「十年前、ローレンスの監視報告を幾度も怠ったイポリトに罰を与えた。一振りの剣と共にタルタロスに墜とした。剣を共に落としたのは情けだ。子を為し、あの地獄で自害出来るようにと。しかし剣を背負って彼は這い上がった。彼は絶壁に剣を突き刺し、己の生還を示しつけた。十年前、閉めた筈の青銅の蓋がずれていた事があっただろう? その事件だ」
キュクロプスとヘカトンケイルはイポリトを見遣った。
イポリトはハデスを見据えていた。
ハデスは表情を崩さずにイポリトに問う。
「十年前の刑罰の時とは条件が違う。それでも覚悟は?」
「無論」イポリトはハデスを睨んだ。
「彼女はタナトスの始祖の純粋なる後継ぎだ。正直、血の濃さでは君の魂よりも彼女の魂の方が重要だ。救えなかったなど話にならないのだぞ?」
「俺の魂と引き換えにしても取り戻してやるよ」イポリトは悪戯っぽく微笑んだ。
「神に二言は?」
「ない」
ハデスはイポリトを見据えた。イポリトはハデスの黒眼の奥を見据る。
「なあ、早く行かせろよ。あいつ最近独りにするとピーピー泣くんだよ。宥めすかすの面倒だからよ」
それまで泣きじゃくっていたメリッサは顔を上げてイポリトを見つめた。
「ん、何だ?」メリッサの視線にイポリトは気付いた。
「おにいさん、アメリアの監視役?」
「おう」
「大切なアメリアをこんな目に遭わせてしまってごめんなさい」メリッサは頭を下げた。
「阿呆。謝る相手が違ぇだろ。顔あげな」
「でも……」
「絶対ぇ助けるから心配すんな。ステュクス河に誓ったっていいぜ?」イポリトはメリッサの頭を撫でてやった。
メリッサはおずおずと頭を上げた。イポリトは歯を見せて笑う。
「大丈夫だって。俺に出来ねぇ事は無ぇんだからよ」
メリッサは涙を拭う。
「……本当だ、アメリアの言った通りだ。おにいさん、優しくてかっこいいね」
イポリトは噴き出して噎せる。
「冗談きついぜ」
ハデスはヘカトンケイルとキュクロプスを見遣り、青銅の蓋をずらさせた。辺りに嵐が吹き荒れる。メリッサはキュクロプスの脚に掴まり、ヘカトンケイルはハデスが飛ばないように肩をしっかりと掴んだ。
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