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一章
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国王陛下生誕祭の翌日は、いつも休みだ。糊のきいたキレイめの私服に着替え、朝日が差し込む食堂で朝食をとっていた。
「イーライ、“話し合い”って何だ?」
口の中の野菜を飲み込み、脇に控えた従者に意味を問う。
「? お互いに言葉を交わすことかと存じます」
空のカップに紅茶が注がれる。
「一方的に相手に聞かせることは?」
「……お話、かと存じます」
見るとポットから垂れる滴を布巾で拭いながら、イーライは眉をハの字に下げていた。
「だよな」
紅茶を煽る。適温にまで落とされたそれは火傷することなく喉を潤した。鼻に抜けるハーブの香りが心を落ち着かせる。
「美味い」
ひと息ついて空のカップをソーサーに戻す。程なくおかわりが注がれ、温かな湯気が立ち上る。
今朝はスッキリと目が覚めた。身体は気だるさを残しているものの、良質な睡眠が取れたらしい。
最後に一口だけ紅茶を飲み、ナプキンで口を拭いて朝食の終わりを示す。椅子から腰を上げ、筋肉が引きつった。
尻の裏が痛い。
普段使わない筋肉を酷使したせいで、あれが現実だと思い知らされる。
あれはまるで調教だ。魔女自身の快楽を優先しているようには思えない。悪魔の甘言、丁寧に手取り足取り場を整え、堕落を促された。
甘い刺激が走った気がして、慌てて頭を振り一歩進める。
この感覚を共有する呪いの目的が何なのか、全く見当がつかない。ただ、ないない尽くしの中でも魔女の望みはわかった。
“私はだーれだ”
脳裏にこびりついたこの言葉、自分の正体を暴けという。つまり答えは確かに存在していて、解けない問題では無いのだ。やってやろうじゃないか。
もう一歩踏み出す。
今は与えられた餌に食い付いてやる。魔女よ見ていろ。いつか餌を放るその手を掴み取って、高みから引きずり落としてやる。
久々に気持ちが昂り、口の端が吊り上がるのを感じた。
「アルトス様?」
食器を片付けていたイーライが、流石に不審に思ったのか話しかけてくる。
「イーライ、ここ一か月間に俺と関わった人間をリストアップして欲しい。特に女を重点的に。心当たりがまるで無いが、どうやら俺は怒りを買ったらしい」
従者の目が鋭く細められた。
「もしや相手は魔女ですか」
喉を絞められる感覚がして、頷く。それを見たイーライは食器を置くと恭しく頭を垂れた。
「仰せのままに」
一時間後にリストを書斎まで持っていくと言い残し、こめかみを叩きながらイーライは食堂を出ていった。
※※※
天井まで届く本棚に囲まれた書斎で、机の上のそれを見る。
「思ったより多いな……」
ズラッと並べられた候補者リストに、若干気持ちが萎えた。
巡回や警備をしているから仕方ないとは言え、完璧と言って良いここから手当たり次第に、は厳しい。条件を絞らんと考える。
魔女の言動には、沢山のヒントが散りばめられていた。
まず一つ、イーライを知っている。アレと呼び、直接名前を呼ばないことからも随分警戒していることが伺える。名はその存在を縛るが、逆に力を与えることにも繋がるからだ。
「イーライを知っていて」喉が絞まって「――足り得る人物……」
リストをなぞる指がピタリと止まる。
――ガロン国王陛下。
乾いた笑いを漏らし、一人であり得ないと首を振った。
母さんと親交があったとはいえ、俺が主となって交流することは一度もなかった。なおかつ国王は男、リストに上がる理由だって生誕祭前、神前の儀式で――。
そこまで考えて、指が一つ下がる。
ギュス王子とグエン王女、ガロン国王のご子息、ご息女だ。この双子はケイズ王妃の体質を継いで、魔法石を使わずに魔術の行使ができる。結婚適齢期を迎えたため、特異な伴侶を募り、探していた。
「グエン?」
よぎるは手入れをされ、艶々と光る金糸のような髪。
――アルトス様、わたくしと結婚していただけませんか? ずっと前からお慕いしておりました。
つい一週間前の記憶が蘇る。絶対にないと、言い切れない。リストを掴む手に、汗が滲む。
「イーライ」
脇に控えていた従者を呼んだ。
「女が怒るときの原因って何が思い浮かぶ」
イーライは無言で眉をハの字に下げた。直近よく見る表情だ、こめかみを叩きもしない。俺の視線をパスするように、同じく脇に控えていた侍女に目をやった。
「うーん、浮気?」
「家事の邪魔をする」
「目を見て喋らないとか」
「用意したご飯をちゃんと食べない」
ウールとエールが交互にあれこれ喋る。
「バッサリ振られた」
ドキリとした。
「脱いだ服は洗濯機に入れて!」
エールは方向性が全然違う。
「何にせよグエン王女が魔女に堕ちた可能性はありません」
こめかみを叩き始めたイーライが呟く。
「もし堕ちていた場合、先週の神前の儀式にて王家の魔術具に拒絶されていたでしょう。あれはそういうものです」
それは初耳だ。でも油断はできない。
「じゃあ、神前の儀式直後なら……?」
一拍置いた後、イーライは動きを止めて見つめてくる。カチリ、と何かがハマった音がした。
「有り得ますね」
従者の言葉に、ぐっと奥歯を噛み締める。
「イーライ、“話し合い”って何だ?」
口の中の野菜を飲み込み、脇に控えた従者に意味を問う。
「? お互いに言葉を交わすことかと存じます」
空のカップに紅茶が注がれる。
「一方的に相手に聞かせることは?」
「……お話、かと存じます」
見るとポットから垂れる滴を布巾で拭いながら、イーライは眉をハの字に下げていた。
「だよな」
紅茶を煽る。適温にまで落とされたそれは火傷することなく喉を潤した。鼻に抜けるハーブの香りが心を落ち着かせる。
「美味い」
ひと息ついて空のカップをソーサーに戻す。程なくおかわりが注がれ、温かな湯気が立ち上る。
今朝はスッキリと目が覚めた。身体は気だるさを残しているものの、良質な睡眠が取れたらしい。
最後に一口だけ紅茶を飲み、ナプキンで口を拭いて朝食の終わりを示す。椅子から腰を上げ、筋肉が引きつった。
尻の裏が痛い。
普段使わない筋肉を酷使したせいで、あれが現実だと思い知らされる。
あれはまるで調教だ。魔女自身の快楽を優先しているようには思えない。悪魔の甘言、丁寧に手取り足取り場を整え、堕落を促された。
甘い刺激が走った気がして、慌てて頭を振り一歩進める。
この感覚を共有する呪いの目的が何なのか、全く見当がつかない。ただ、ないない尽くしの中でも魔女の望みはわかった。
“私はだーれだ”
脳裏にこびりついたこの言葉、自分の正体を暴けという。つまり答えは確かに存在していて、解けない問題では無いのだ。やってやろうじゃないか。
もう一歩踏み出す。
今は与えられた餌に食い付いてやる。魔女よ見ていろ。いつか餌を放るその手を掴み取って、高みから引きずり落としてやる。
久々に気持ちが昂り、口の端が吊り上がるのを感じた。
「アルトス様?」
食器を片付けていたイーライが、流石に不審に思ったのか話しかけてくる。
「イーライ、ここ一か月間に俺と関わった人間をリストアップして欲しい。特に女を重点的に。心当たりがまるで無いが、どうやら俺は怒りを買ったらしい」
従者の目が鋭く細められた。
「もしや相手は魔女ですか」
喉を絞められる感覚がして、頷く。それを見たイーライは食器を置くと恭しく頭を垂れた。
「仰せのままに」
一時間後にリストを書斎まで持っていくと言い残し、こめかみを叩きながらイーライは食堂を出ていった。
※※※
天井まで届く本棚に囲まれた書斎で、机の上のそれを見る。
「思ったより多いな……」
ズラッと並べられた候補者リストに、若干気持ちが萎えた。
巡回や警備をしているから仕方ないとは言え、完璧と言って良いここから手当たり次第に、は厳しい。条件を絞らんと考える。
魔女の言動には、沢山のヒントが散りばめられていた。
まず一つ、イーライを知っている。アレと呼び、直接名前を呼ばないことからも随分警戒していることが伺える。名はその存在を縛るが、逆に力を与えることにも繋がるからだ。
「イーライを知っていて」喉が絞まって「――足り得る人物……」
リストをなぞる指がピタリと止まる。
――ガロン国王陛下。
乾いた笑いを漏らし、一人であり得ないと首を振った。
母さんと親交があったとはいえ、俺が主となって交流することは一度もなかった。なおかつ国王は男、リストに上がる理由だって生誕祭前、神前の儀式で――。
そこまで考えて、指が一つ下がる。
ギュス王子とグエン王女、ガロン国王のご子息、ご息女だ。この双子はケイズ王妃の体質を継いで、魔法石を使わずに魔術の行使ができる。結婚適齢期を迎えたため、特異な伴侶を募り、探していた。
「グエン?」
よぎるは手入れをされ、艶々と光る金糸のような髪。
――アルトス様、わたくしと結婚していただけませんか? ずっと前からお慕いしておりました。
つい一週間前の記憶が蘇る。絶対にないと、言い切れない。リストを掴む手に、汗が滲む。
「イーライ」
脇に控えていた従者を呼んだ。
「女が怒るときの原因って何が思い浮かぶ」
イーライは無言で眉をハの字に下げた。直近よく見る表情だ、こめかみを叩きもしない。俺の視線をパスするように、同じく脇に控えていた侍女に目をやった。
「うーん、浮気?」
「家事の邪魔をする」
「目を見て喋らないとか」
「用意したご飯をちゃんと食べない」
ウールとエールが交互にあれこれ喋る。
「バッサリ振られた」
ドキリとした。
「脱いだ服は洗濯機に入れて!」
エールは方向性が全然違う。
「何にせよグエン王女が魔女に堕ちた可能性はありません」
こめかみを叩き始めたイーライが呟く。
「もし堕ちていた場合、先週の神前の儀式にて王家の魔術具に拒絶されていたでしょう。あれはそういうものです」
それは初耳だ。でも油断はできない。
「じゃあ、神前の儀式直後なら……?」
一拍置いた後、イーライは動きを止めて見つめてくる。カチリ、と何かがハマった音がした。
「有り得ますね」
従者の言葉に、ぐっと奥歯を噛み締める。
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