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一章

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 考えれば考えるほど条件に当てはまるように思えた。

 即座に従者へ謁見の申請をさせたのも当然だろう。今日は祝日だし、行事は何も無いはずだ。心の底で拒否されないという謎の自信も相まった。

 思った通り、暫くしてから快諾されたと聞いた時にはホッとして、本日中に来いと指定されたときには驚いたが、急いで騎士服に着替えて支度をする。

「じゃあ、行ってくる」

 正装をした鏡の中の自分を見、寝室から出ようとした。そのドア前に、従者が控え目に進み出る。

「アルトス様」

※※※

 開け放たれた城門を潜り、謁見室へ移動しようと城内を歩いていた時だった。エントランスホールの吹き抜け二階部分から、赤い絨毯が敷かれた緩やかな階段を少女が降りてくる。

「まさか、アルトス様の方から会いたいとお申し出いただけるなんて!」

 見上げた笑顔が眩しい。

 王女は淡い水色のドレスに身を包み現れた。走ってここまで来たのだろうか、肩で荒く息をしたままドレスの裾を持って礼をする。拍子に絹のような髪が光を纏って肩から胸元へ滑り落ちた。無意識に目で追って、すぐに逸らす。

 ……何を考えた?

「こちらこそ。不躾な謁見の要請に応えてくださり、ありがとうございます」

 逸らすついでに深々と一礼をする。

「そんな! 昔のように気軽にお話ください。謁見だとか要請だとか、そんな風に距離を置かれるとわたくしは寂しいです」

 弾む胸の前で手を合わせ、伏し目がちにさえずる王女から一切悪意を感じない。

「後、何やら只事ではないとお父様から伺っておりますし」

 声のトーンを下げた王女は眉を寄せて俺の後方を見る。そこには同行を申し出た従者がいた。言葉を発さず一礼するのみに留めた従者は、存在感を消すようにまた一歩後ろに下がる。

「ええ、それについて王女殿下にお話があります。なので――」

「中庭で話しましょう!」

 言葉を遮って前のめりに迫ってくる王女に、一歩後退る。気持ちが伝わったのか王女は恥ずかしそうに身を引くと、人差し指を合わせつつ上目遣いで見つめてきた。

「はしたないですよね、でも……」

 お願いします。

 消え入りそうな声で訴える王女を前に従者へ振り返るも、小首を傾げ無感情に観察されるだけだった。

「じ、自分は構いませんが……」

 気まずいとは言えない。

「王女さまぁ!!!」

 ホールに初老男性の声が響いた。見上げるとさっき王女が現れた二階から、息も絶え絶え顔を真っ赤にさせた執事が這いつくばって降りてきている最中だった。

「まぁゴードン! 随分お早い登場ね!」

「それは良かった!!!」

 大変素晴らしい滑舌とは真逆の状態に笑ってしまう。笑って、気付くと王女はこっちを凝視していた。ちょっとだけ怖い。

「あ、アルトス様、良ければゴードンの名前を呼んで差し上げて? 交わした言葉の数だけゴードンも元気になるし」

 それを良しとし、腰を屈めて執事を引っ張る王女の隣に片膝をついた。

「お久しぶりですゴードン。昔とお変わりなくとても嬉しいです。流石王族付きの執事ですね、リアクションも秀逸だ」

 イヤミではない。手を差し出して執事を立ち上がらせると、機敏な動きで一礼された。

「ありがとうございます、アルトス様。お陰で元気が出ましたよ。最後にお会いしたのは八年前ですかな? 大変立派に、大きくなられましたね」

 襟を正して姿勢を伸ばす執事は八年前と何一つ変わらない。柔和な笑顔に心が凪ぐ。

「火急の用でして、王女殿下を中庭にお連れしますがよろしいですか? ゴードン」

 内容を伏せたまま伝えるには、大袈裟なくらいが良いだろう。名前を呼ぶことでもうひと押しする。

「ほう、アレも連れておられるのですか。確かに穏やかではありませんね」

 一瞬、執事の目付きが鋭くなった。

「中庭をご所望されたのは王女様です。ご案内いたしましょう。しかし残念ながら、これ以上は原則、私めはアルトス様にご助力いたすことが叶いません。なのでせめてアレと話す機会を設けていただけますか?」

 助力は出来ないと言いながら、ギリギリの線で関わりを持とうとしてくれる執事に嬉しく思う。

「ありがとう、ゴードン」

 感謝を伝える。心から。

※※※

 城の中庭はとても広い。広場と庭園に分かれていて、新緑のアーチがその境界になっている。

「それでは我々は遠くで見ておりますので、お二人でご自由になさってください」

 暗に見ているから下手なことはするなと釘を刺された気がした。考えすぎだろうか。王女がアーチから離れ、庭園に踏み出す。

「行きましょう? アルトス様」

 ダンスのパートナーを誘うように手を差し出してきた。

「騎士として、自分がエスコート致します。お手をどうぞ」

 お互いに手を差し出し主導権を奪い合う。やいのやいの、まるで昔に戻ったようだ。

「もー! ……ではアルトス様、わたくしの名前を呼んでくださらない? それで手打ちといたしましょう」

 こちらの返事を待たずに王女はそっと指先を乗せてきた。少しだけ浮かれた気持ちが嘘のように引いていく。

「王女殿下、それは……」

「わたくしは暴走いたしません」

 振り返ってイーライに是非を問う。執事と並んで見ていた従者は小さく頷いた。

「では、一度だけ」

 本当は呼びたくない。もし王女が魔女なら敵に塩を送ることになるからだ。

「グエン王女」

 呼んだ途端、王女が発光した。

「ふわぁー!」

 頬を紅潮させてふるふると震える。光の粒子が空中に漂い、王女の周りだけ神に祝福されたように幻想的な雰囲気をたたえた。

 予想しない反応に戸惑う。差し出した手を引っ込めなかった自分を褒めたい。

「これは……?」

「わふぅー!」

 王女は質問に答えず上機嫌で歩いていく。光の粒子を浴びながら慌ててエスコートを始めた。

「王女殿下、タイルの上をお歩きください。先程から足元がぐらついてますよ」

 ヒールなのにも関わらず柔らかな芝生の上を歩く。そのせいか添えた手に何度も力が入り、気が気でなかった。

「懐かしいですね、アルトス様」

 ……不意にかけられた言葉に、応える気はない。花壇や噴水を見て無言を貫いていると、王女が一人で喋り始めた。

「てっきり考え直してくださったのかと、一人はしゃいでおりました。わたくし、これでも怒ってるんですよ」

 怒る、という単語に王女を見る。深い蒼を湛えた瞳と視線がぶつかった。

「何故一緒になってくださらないの」

「何故自分なんですか。王女殿下を想う殿方は沢山おられます」

 そう、俺は神前の儀式の後、告白してきた王女をバッサリ切って捨てたのだ。

「好きです、結婚してください」

「ご容赦ください」

 あの時と同じ問答を繰り返す。

「もー! なんでぇ!?」

 徐々に薄くなってきた粒子を振りまきながらポカポカと胸を叩かれた。頭一つ分の差があるため、顔を伏せている王女の表情は見えない。

 他意は無い。

「個人に対する執着が欠けている、と誰かに言われたことがあります。これが答えになるか、わかりませんが」
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