魔女の白昼アプセット~誰か俺を助けてください~

火箸プレパラット

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一章

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 俺が十五歳の時に、母は亡くなった。死んだというのはイーライに聞いて確認した。実感はない。その場に居合わせることなく、死体もなく、ただ忽然と消えただけだから。

 母は俺の人生から、なんの前触れもなく消え去った。

「もう来れないって、どうして?」

「なぜですか? もう遊んでくれないの?」

 庭園のベンチで、ギュスとグエンが抱きついてくる。両脇の二人を撫でて笑った。

「ごめん、母さんが亡くなってね。俺には自動人形を調律する技術が無いんだ。だから通う理由が無くなった」

 母が調律をしている間、ご子息、ご息女の子守をする。それが与えられた仕事だった。

「なんだよそれ! ゴードンはどうするんだよ! アルトスがいるからこんなに元気なんだぞ!」

 ギュスは声を震わせ、蒼の目に涙を浮かべる。ここまで懐いてくれたのかと感慨深く思い、溢れるそれを袖で拭ってやった。

「俺はオマケみたいなもんだよ。もっと効率のいい魔力供給の方法はある」

「アルトスさまイヤです。ずっと一緒にいてください……」

 グエンも似たようなものだ。同じ様に涙を拭ってやる。

 イヤイヤと首を振る二人を宥めていると、控えていた執事が歩み寄ってきた。

「アルトス様、この度はご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます。私めも随分、お母様のお世話になりました」

 初老を模したこの自動人形は、歴代王族の英知を結集させた最高傑作だ。稼働年数は三百年を優に超えるというが、動きもなめらかで下手な自動人形より若々しい。

「母さんはゴードンと一緒にいる時が一番楽しそうだったよ」

 イヤミでは無い。事実だ。

「ほほっ! 世界一の自動人形だと褒められました。私めもそう自負しております。それに色々弄っていただいたお陰でほら! 感情表出がこの様に! 多彩に!」

 瞬くたびにポーズを変えてくる執事に、声を出して笑った。それに対して何故か、双子が心配そうに見上げてくる。

「アルトス泣くのか?」

 頬を触ってみた手は、乾いていた。

「いいえ、ギュス。アルトスさまはもう泣いているわ」

 グエンの幼い手が、頬を撫でる。

「涙は流れていなくても、こんなに悲しそうだもの」

 わたくしにはわかるのです。

 そう呟いて、グエンはベンチを降りて執事の隣に立った。

「うーん、ごめん。よく分からないんだ。確かに母さんともう会えないのは寂しい。でも俺にはイーライがいるし、国王陛下のご温情で騎士団入りも決まっている」

「ほんとうか!?」

 泣くのを止めたギュスも、立ち上がって執事の隣に並ぶ。

「ああ、だから生活に不安はないし、これからもたまに会える。寧ろ――」

 言葉を切って、手のひらを見る。

「俺の手に残るもの全て、母さんが沢山の人に慈しみを注いだ証しなんだ。魔女と蔑まれて辛いときもあったけど……さ」

 ――母さんは報われた。

 誰にも聞かせるつもりが無かった最後の一言は、執事の耳にだけ届いたようだ。

「そうですね。本当に立派な方でした」

 風が吹いて木の葉が舞った。それはよく晴れた新緑の季節のことだった。

※※※

「自分はもう、これ以上変わる気がないんですよ」

 光の粒子が完全に消え去って、かつてのベンチに辿り着いた。王女は何も言わない。

「……懐かしい」

 エスコートを終えて、王女をそこへ座らせる。

 目の前で片膝をついて、ようやく王女の顔を見た。泣きそうで、怒っているような、やはりこんな答えでは納得して貰えないだろうと困ってしまう。

「いや、今日は昔話に花を咲かせようとか、もう一度王女殿下を振ろうとか、そんな話をしに来たわけでは」

「わたくしはそんな話がしたいのです!!」

 癇癪を起こす子供のように言葉を遮られる。

「アルトス様はあれからわたくし達にちっとも会いに来てくださらなかった! 式典で見かけてもお声を掛けてくださることもなく!!」

「自分の立場から王族の方にそうやすやすと声掛けは――」

「嘘つき!!!」

 王女が立ち上がる。本題になかなか入ることができない。

「あの頃はわたくしと結婚してくださるって言ったじゃないですか!」

 そんなこと言ったっけ? と他人事のように空を眺めると、鳥? が気持ち良さそうに空を泳いでいた。

「王女殿下……」

「貴方を幸せにしてみせます。魔女の息子だからって自分の幸せを諦めないで!」

「もう十分幸せですよ」

「だったらそんな顔しないで!!」

 自分がどんな顔をしているのかわからない。ただ、目の前の王女は泣いていた。

「無理矢理にでも貴方の考えを変えてみせるわ」

 どこにそんな力があったのか。驚くほど力いっぱい両肩を押され、芝生に倒れ込んだ。上体を起こそうとするが、身体が動かない――。

「無駄です」

 そのまま王女が身体の上にまたがった。

「や、やめっ」

 何らかの魔術を行使されている。布越しに伝わる、柔らかな太ももの感触。

「わたくし、アルトス様が思うような淑女ではないのです」

 涙を拭う王女に、やっぱり君が魔女なのかと問いかけたかったが、金糸のような髪が喉をくすぐり言葉を飲み込む。

「ずっとお慕いしておりました」

 頬に手が添えられ、吐息がかかる。その声は震えていた。

「アルトス様……」
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