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一章
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唇と唇が合わさるかといった寸前、すぐそばに執事が立っていることに二人で気付いた。
「ゴードン、今とっっっても良いところなのだけれど」
俺にとっては救世主だ。執事に手を合わせたいが身体が動かない。自分が天に召しそうな半眼になっているであろうと感じた。
「失礼、私めの庭に羽虫が飛んでおりましたもので」
執事は空を眺めながら声を掛けてくる。
「王女様の名前を呼んでいただけますかな?」
「わたくしは絶対にここを動かないわよ!!」
男の身体にまたがった国宝が吼えた。よく分からないが、取りあえずこの執事は信じられる。
「やめてくれ、グエン」
「ほわぁー!!」
王女がまた発光した。顔を紅潮させて粒子を撒き散らし地面に転がる。
「王女様、はしたないですよ」
「おのれゴードン、謀ったなぁ!!」
息を荒くして倒れ伏す王女を横目に、執事が身体を起こすのを手伝ってくれた。
「助かったよゴードン」
「ほほっ! やはり貴方の魔力供給は心地がいい。アレが羨ましいですぞ」
視線の先の従者が頭を下げる。見ていたのなら助けて欲しかった。
「イーライとの話はどうでしたか?」
変な雰囲気が霧散して気持ちが楽になる。執事は片目を瞑って答えた。
「どうやら王女様にありもしない嫌疑がかけられていたようですが、王家の威信にかけて晴らすことが可能です」
場所を移しましょう、と執事に案内され、城内の手近な談話室に入る。広いテーブルの端と端に王女と向かい合わせで座った。
「アルトス様が遠いぃ……。だから室内は嫌なのよ」
従者と執事がおのが主に給仕する。温かな紅茶がカップに注がれ、ひと息ついた。
「本日の王女様のお召し物に覚えはありませんか?」
執事は葉っぱが付いた王女のドレスを整えていく。淡い水色のそれはまだまだ光る粒子を纏って輝いていた。
――よく見ると王女ではなくドレスが発光しているようだ。
「素敵でしょ? 神前の儀式に着ていた“巫女服”です」
王女の微笑みに驚いて従者に振り返る。
「あれが申し上げておりました王家の魔術具です。なのであれをお召になって現れたときに、既に魔女の可能性は消えました」
俺にしか聞こえない声量で淡々と言ってのける従者を揺さぶりたくなった。早く言えと。あの茶番は何だったんだと。執事が説明を続ける。
「これは“純真たる乙女”にしか着用できないものとなっております。王族の血筋を途絶えさせないための最終防衛兵器ですね」
“純真たる乙女”の条件が一体何なのか、無粋なことは聞かない。さっき襲われかけました、なんて言える空気じゃない。
「これは着用者に力を与えます。先程アルトス様の身体が予備動作もなく縛られたのはそのためです。外部からの魔術的作用は一切を無効にし、拘束に特化した術式が縫い込められています」
見ればただのレースだと思っていた編み込みが、全てスペルであることに気付き目眩がした。屋敷にあるヴェールなんて比較にならないほどの神業だ。
「そしてアルトス様に名前を呼ばれて発光する現象ですが、王女様の魔力許容量がただいまパンパンでして」
「パンパン?」
「アルトス様の“人間”の名前を呼ぶ行為は、その者が持つ魔力の流れをただし、一時的に能力を向上させる力、でお間違いありませんね?」
頷きを返す。
「誤魔化し誤魔化し詰め込まれていた魔力が溢れ、ドレスの術式を介して外に漏れ出たのがこれです」
徐々に光を失うドレスを指し、執事はいう。
「アルトス様にはどのように映っているのか分かりかねますが、我々自動人形には王女様が大変見辛い状態です。目くらましの効果が発揮されているようですね」
執事はふと、窓の外を見上げ。
「これなら魔術での遠見も敵いませんなぁ」
柄でもない笑みを浮かべた。
※※※
「――化け物め」
魔女は何処でもない暗闇の中で、苦々しく吐き捨てる。
下手を打った。アレへの対策は講じてきたが、更に上を行く桁違いの神秘がいた。
王族関係にしかその稼働を許されない、安全装置がかかっているはずなのに。あの自動人形の行動は理論的認識を超えた――生命を宿した人間のように動いている。
魔女は震えながら頭を抱えた。
「もうちょっと優しくしてよぉ……。私はあれをも超えていかないといけないの……?」
アルトスにあの女がまたがったとき、全身の血が沸騰して制御が出来なくなった。纏った影が一瞬緩み、負の感情を持って王女を見下ろした瞬間、索敵に引っかかった。
完全に城外だったのに。鬼気を伴って脇を掠めたのはただの石ころで、影の纏い直しが少しでも遅ければ私は死んでいただろう。
自分を律せなかったのは私のミスだ。
「クソ! やっぱり見えない!」
王城内の遠見はリスクが高い。あの化け物が城を出ることは無いにしても、逆探知されれば何が起こるかわからないからだ。
それでもあの続きが気になって、一瞬で良いからひと目見ようとやってみた。結果は真っ白だ。何も見えない。
「やだよアルトスぅ……」
魔女は独りで泣いた。
「ゴードン、今とっっっても良いところなのだけれど」
俺にとっては救世主だ。執事に手を合わせたいが身体が動かない。自分が天に召しそうな半眼になっているであろうと感じた。
「失礼、私めの庭に羽虫が飛んでおりましたもので」
執事は空を眺めながら声を掛けてくる。
「王女様の名前を呼んでいただけますかな?」
「わたくしは絶対にここを動かないわよ!!」
男の身体にまたがった国宝が吼えた。よく分からないが、取りあえずこの執事は信じられる。
「やめてくれ、グエン」
「ほわぁー!!」
王女がまた発光した。顔を紅潮させて粒子を撒き散らし地面に転がる。
「王女様、はしたないですよ」
「おのれゴードン、謀ったなぁ!!」
息を荒くして倒れ伏す王女を横目に、執事が身体を起こすのを手伝ってくれた。
「助かったよゴードン」
「ほほっ! やはり貴方の魔力供給は心地がいい。アレが羨ましいですぞ」
視線の先の従者が頭を下げる。見ていたのなら助けて欲しかった。
「イーライとの話はどうでしたか?」
変な雰囲気が霧散して気持ちが楽になる。執事は片目を瞑って答えた。
「どうやら王女様にありもしない嫌疑がかけられていたようですが、王家の威信にかけて晴らすことが可能です」
場所を移しましょう、と執事に案内され、城内の手近な談話室に入る。広いテーブルの端と端に王女と向かい合わせで座った。
「アルトス様が遠いぃ……。だから室内は嫌なのよ」
従者と執事がおのが主に給仕する。温かな紅茶がカップに注がれ、ひと息ついた。
「本日の王女様のお召し物に覚えはありませんか?」
執事は葉っぱが付いた王女のドレスを整えていく。淡い水色のそれはまだまだ光る粒子を纏って輝いていた。
――よく見ると王女ではなくドレスが発光しているようだ。
「素敵でしょ? 神前の儀式に着ていた“巫女服”です」
王女の微笑みに驚いて従者に振り返る。
「あれが申し上げておりました王家の魔術具です。なのであれをお召になって現れたときに、既に魔女の可能性は消えました」
俺にしか聞こえない声量で淡々と言ってのける従者を揺さぶりたくなった。早く言えと。あの茶番は何だったんだと。執事が説明を続ける。
「これは“純真たる乙女”にしか着用できないものとなっております。王族の血筋を途絶えさせないための最終防衛兵器ですね」
“純真たる乙女”の条件が一体何なのか、無粋なことは聞かない。さっき襲われかけました、なんて言える空気じゃない。
「これは着用者に力を与えます。先程アルトス様の身体が予備動作もなく縛られたのはそのためです。外部からの魔術的作用は一切を無効にし、拘束に特化した術式が縫い込められています」
見ればただのレースだと思っていた編み込みが、全てスペルであることに気付き目眩がした。屋敷にあるヴェールなんて比較にならないほどの神業だ。
「そしてアルトス様に名前を呼ばれて発光する現象ですが、王女様の魔力許容量がただいまパンパンでして」
「パンパン?」
「アルトス様の“人間”の名前を呼ぶ行為は、その者が持つ魔力の流れをただし、一時的に能力を向上させる力、でお間違いありませんね?」
頷きを返す。
「誤魔化し誤魔化し詰め込まれていた魔力が溢れ、ドレスの術式を介して外に漏れ出たのがこれです」
徐々に光を失うドレスを指し、執事はいう。
「アルトス様にはどのように映っているのか分かりかねますが、我々自動人形には王女様が大変見辛い状態です。目くらましの効果が発揮されているようですね」
執事はふと、窓の外を見上げ。
「これなら魔術での遠見も敵いませんなぁ」
柄でもない笑みを浮かべた。
※※※
「――化け物め」
魔女は何処でもない暗闇の中で、苦々しく吐き捨てる。
下手を打った。アレへの対策は講じてきたが、更に上を行く桁違いの神秘がいた。
王族関係にしかその稼働を許されない、安全装置がかかっているはずなのに。あの自動人形の行動は理論的認識を超えた――生命を宿した人間のように動いている。
魔女は震えながら頭を抱えた。
「もうちょっと優しくしてよぉ……。私はあれをも超えていかないといけないの……?」
アルトスにあの女がまたがったとき、全身の血が沸騰して制御が出来なくなった。纏った影が一瞬緩み、負の感情を持って王女を見下ろした瞬間、索敵に引っかかった。
完全に城外だったのに。鬼気を伴って脇を掠めたのはただの石ころで、影の纏い直しが少しでも遅ければ私は死んでいただろう。
自分を律せなかったのは私のミスだ。
「クソ! やっぱり見えない!」
王城内の遠見はリスクが高い。あの化け物が城を出ることは無いにしても、逆探知されれば何が起こるかわからないからだ。
それでもあの続きが気になって、一瞬で良いからひと目見ようとやってみた。結果は真っ白だ。何も見えない。
「やだよアルトスぅ……」
魔女は独りで泣いた。
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