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一章

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 シエルの部屋に一人でいる。それは女の子の部屋、というよりは勉強するための部屋、という印象だ。本棚には自動人形の歴史と製作方法、材質、それに伴う材料の調達先など、自動人形に関するものばかりだった。

 一角だけ万人受けしそうな小説だったり料理本が置いてある。

「ザック工場長の跡を継ぐのかな」

 見回して、ベッドに視線が落ちた。ここだけ、いかにも女の子、という感じが伝わってくる。起き出したまま整えず置いてあります、と自己主張する掛け布団は桃色で、敷いてあるマットも桃色だ。

「……」

 見下ろして、ドアを見、また見下ろす。

 向こうから聞こえてくるのは、楽しそうな女性たちの声。誰もこちらにやってくる予定は無いだろう。来ようとしても従者が止めてくれると信じている。

 ――それでも。

「どうしてこんなことに……」

 これからおこなう背徳的な行為に、思わずため息を吐いた――。

※※※

 “根気がいりますが、魔女を特定できるかもしれません”

 最初は喜んだその言葉は、次の瞬間絶望に変わる。

「魔女と同じことをするのです」

 血の気が引いて、体温が下がるのを感じた。

「……同じこと?」

「はい」

 脳がそれを理解することを拒んだようだ。

「同じこと……?」

 ただオウム返しする反応に、今まで見たことが無いくらい従者は困ってみせた。全身から放たれる拒否感が、きっと伝わっているのだろう。

「……同じことです」

 意味がわかって、いや、わからない。

「魔女候補の女性に会いに行って、その女性の前でその……同じことをするのです。魔女とアルトス様は感覚が繋がっているので、何かしら反応が出るはずですから」

 目の前で?

「自傷行為はお勧めしません。というよりも私が止めますので出来ません。痛みが共有されても肉体的ダメージが残るのはアルトス様の方だけなので……」

「いやいやいやいや! イーライ! そんなの無理だよ!」

 必死の抵抗を試みる。従者は眉をハの字に下げた。

「手掛かりがあまりにも少ない中で、魔女と直接繋がっているこの状態を利用しない手はありません」

 苦しい。待ち構える未来に、息をするのも苦しい。

「私も出来うる限りのお手伝いをさせて頂きます。アルトス様をお一人にはさせません。なので」

※※※

 ――この案を採用していただけないでしょうか。

 作戦は魔女候補に会いに行って何とか一人になり、アレをしている間イーライが魔女候補の様子を観察する。息遣い、体温の上昇、魔力の流れなど記録するらしい。

 二人でわざわざ会いに行くのは俺を一人にしないため、襲撃されたときにイーライが対処するためだとか。

「いや、わかるけど……」

 自身が着込んだ騎士服を見る。

 母親が亡くなったときに、“国のために死んだ女の息子”とガロン国王が一般兵から格上げ、騎士にしてくれた。呪われた出生にもかかわらずあり得ない昇格に驚きはしたものの、母さんのやったことが認められた喜びと、お前も国のために身を捧げろという圧力を感じた。

 今からやろうとすることは母の名誉でも、国に身を捧げることでもない。

 躊躇いながらゆっくり、ベッドのそばで両膝を折り、桃色マットに頭の重みを預けた。甘い匂いがする。

「……こんなの変態じゃないか……」

 軽く触ってみると期待からか、半身は既に首をもたげていた。

「はぁ……、消えてしまいたい……」

 ……前にも後にも進めない。視界に映る自分の前髪と桃色を眺めていると、壁を一枚隔てた向こうから食材を切る音がする。

 早くしなければ料理が出来てしまう。後処理も考えるとこんな所で立ち止まってはいられない……。

 握り締めた拳を開いては閉じて、そろそろと下半身を護る垂れを外した。垂れに隠れていたベルトを緩め、隙間に手を入れる。グリッとした感触。下着越しに触れて、それが完全に立ち上がっているのを確認した。

「……っ」

 今は魔女からの感覚提供はない。感度でわかる。つまりこれはそういうことだ。以前に比べて自身が興奮しやすくなっている。

 指で輪郭をなぞるだけで吐息が漏れた。

 どこまでやれば良いのだろうと考える。下着越しに二本の指でなぞっていたが、物足りなくなって三本に増やし、遂には下着を軽く下ろして直接触れた。

 こんな浅ましい人間だったかと悔しくなったが、緩やかに撫で上げる手は止められない。

「ぁっ、……っ……!」

 息が荒くなってくる。体温が上昇し、何故か魔女を思い出した。桃色のマットに縋って、シーツの匂いを吸い込む。

 やはり花の香りはしない。

「シエルはあいつじゃない……?」

 じゃあ可能性が残っているとすればスエラか、いや匂いすら偽装している可能性はないか? と考えて、やはりどこまでするべきなのか自問する。

 ふと、香ばしい匂いが漂ってきた。またも聞こえてくる笑い声。時間はあまり残されていないのかも知れない。

 迷いながら、滲み出た先走りを手のひらに纏わせて、もう一度迷う。これで擦ってしまえば、きっと最後までしてしまうだろう。

 ――心が快楽に負けそうだ。大義名分が欲しい。

 自身が早く早くと涎を垂らす。顔が赤くなっているだろうと感じた。荒い呼吸を他人事のように聞きながら、魔女の言葉を思い出す。

 “私にとっては軽ーい乳弄り”

 魔女は言っていなかったか? 俺の身体は鈍感で、魔女にとってこれは軽い弄りだと。つまり俺が果てない限り、魔女には大した快楽を与えられないのではないか――。

「ん、ひぃ……っ!」

 指で輪っかを作り握る力を強めて、弾けるように扱きだす。ぬめぬめと抵抗の少なくなったそれは、待ちに待った快感だ。

「あっ、……ぁっ!」

 声を抑えるためマットに顔を埋める。

 羞恥を耐えろ、これは必要なことだ。イーライに魔女を発見させるための、必要な儀式だ。気持ち良くならなきゃいけない。気持ち良くなって果てなくては、魔女を、善がらせられない。

 口の中に溜まる唾液を飲み込んで、歯を食いしばる。

「んんっ」

 額の汗を拭いながら、扱く。

「ふ、ぅっ」

 ――気持ちいい。

「ま――ぁ、んん、……ぁあ!!」

 魔女、と口に出そうとして喉が締まり、それすら刺激となった。

 あの女は何処かで、俺のこの快感を、頬を染めて喘いでいるのか?

 甘く鳴く魔女を想像すると急激に射精感が強まり、慌ててポケットからそれを取り出す。

 魔女のハンカチ。

 広げて先端に被せる。洗って香りが消えてしまったそれは、何故か捨てる気になれなかった。

「でる、だすぞ、……お前にぃッ、ぁ! でる! んぅっ、ふっっ……、……ッ、ッ!!」

 自分の興奮を煽るような言葉を吐いて先端を一握りする。強い刺激にたまらず精をぶちまけた。

「――っ! ――――っっ!!」

 腰がガクガクと痙攣し、跳ねる。それでもマットに顔を押し付け精一杯嬌声を抑えながら、ゆるゆると扱き続けた。口は半開きになり、白目を剥きそうになるのを必死に堪え、出来る限り手を止めない。

「んっ! んんっ、これで、どうだ……ッ、気持ちいい、か? ……ッッ」

 魔女を思って限界まで自分を苛めた。これは必要なことで俺の意思じゃない。そう言い訳をしてびゅるびゅると、ハンカチに全てを出しきった。

「ぁっ……、あぁ……」

 余韻に身体を震わせて、それでもハンカチから白濁が溢れないように抜き取る。

「う、わあ……」

 震える足で立ち上がって、持ってきていた防水袋にそれを押し込んだ。

 も~! イーライさんったら~!

 ……またも笑い声が聞こえた。

「ごめん、シエル……」

 何やってんだ俺……。

 罪悪感が酷い。頭を預けていた跡を見下ろしながら、少しでも早く息を整えようと深呼吸する。下着と保護具を元に戻し、汗で張り付く騎士服を整えて右手を見、その時部屋にノックが響いた。

「ひっ!」

 勢いよく振り返る。

「アルトス様、記録が終わりました」

 ドアの向こうから、聞き慣れた従者の声がした。

 ――危なかった。

 結果時間ギリギリで間に合わせたことに冷や汗が流れた。左手でドアを開けて、何とも言えない気持ちで従者を見る。

「……こっちも終わった……」

 一体何の報告なのか。あまりの滑稽さ、羞恥に顔が熱く火照った。逃げるように部屋を出ると、食卓に美味しそうな料理が並んでいる。

「イーライさんお借りしましたー!」

 スエラが取皿を並べ、シエルがコップを並べて、二人でこちらを見た。

「一緒に食べていきません?」

「味見したけど美味しいよー! お父さんとお母さんの分もたっぷりあるから遠慮しなくて良いですし!」

 テンション高めの、きらきらした笑顔だ。随分楽しかったらしい。咄嗟に差し出してきたコップと取皿を受け取ろうと――。

「――いや、すみません。この後用事がありまして。今度また同じ件でお伺いすることがあれば、是非」

 不浄の右手が目に入り、血の気が引いて反射で断った。二人の笑顔が無垢で眩しすぎる。何をしたのか、それがバレたら。軽蔑されるだけでは済まないだろう。

「……帰ろう、イーライ」

 二人に丁寧に礼をして、憂鬱な気分のまま屋敷に帰った。
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