魔女の白昼アプセット~誰か俺を助けてください~

火箸プレパラット

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一章

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 屋敷で食事後、入浴を終えて書斎に向かい、リストを置いた机へ突っ伏す。

「あのお二人は魔女ではありませんね」

「それは良かった……」

 従者いわく、何の反応も無かったらしい。終始楽しそうに、たまに二人から寄りかかられて、美味しい美味しい夕食を作ったそうだ。

 顔を上げてペンを握る。リストからシエルとスエラの名前を消して、後ろに続く候補者の数に頭を抱えた。

「勘弁してくれ……、俺はあと何回……」

 夕刻の光景がよぎって、もう一度優先順位の高そうな候補者を絞り込もうと試みる。

「女でイーライを知っていて処女で非処女とか……。こんなのいくらでもって訳じゃないけどもうちょっとどうにかならないか……」

 状況を呪いながら言葉にならない声で唸っていると、こめかみを三回叩いた従者からカチリと何か音がした。

「そうですね。それについて考えがあります」

「本当に……?」

 眉間にシワが寄る。優秀な従者は嘘をつかない。ただし今回のようにとんでもない閃きを得ることがあるため、油断できないのだ。

「ええ。ただ確認が必要なので明日、アルトス様が職務中に暫く屋敷を離れます。侍女に留守を護らせますのでご安心ください」

「活動魔力の充填は大丈夫そうか?」

 長時間の単独野外活動だけでなく、侍女の分も魔力を振り分けて、というのは流石に心配だった。

「ご安心ください。王城にも寄りますので、もしも厳しい場合にはお裾分けにあやかります」

「抜け目ないな」

 物言いが面白くて笑う。イーライも微笑んだところで、今回の作戦会議を終了とした。

 月明かりが差し込む寝室で独り横になり、天井を見る。従者に警護を提案されたが、感覚共有で痴態を晒すだけなので断った。

「危害を加えようとするのなら、イーライと一緒に寝ようかな。なんて」

 呟きに誰か返事をすることはないようだ。顔を横に向ければ月が見えた。半円状のそれは影を蹴散らすように輝いている。

「いないのか」

 期待している訳ではない。ただ何となく、話をしたいと思った。夕方の行為中、魔女からのちょっかいが無く意外に思ったのもそうだが、ここ最近毎日のように話している。

 こんな日もあるかと目を閉じて、暫く眠れなかったのはそのせいだろう。

※※※

 時を同じくして、半円の月明かりに照らされた城壁に、蠢く影が張り付いていた。

「やだやだ。ちょっとはレベルアップしてきたけど何処まで通用するかな」

 魔女は小声でぼやいて壁を蹴り上げる。影を纏ったそれは闇夜の眷属か。以前執事の索敵に引っかかった範囲より内側に、そして王城の敷地内に、音もなく舞い降りた。

 魔女は左右を見渡し、ゆっくりと歩き始める。端の端に位置するそこは遮蔽物も少なく、見通しがかなり良い。

 ――まだ反応なし。

 王城に向かって歩を進めるたび、影が蠢く激しさを増した。辺りに何者の気配もない、にも関わらず何かを警戒しているようだ。魔女は周りの空間をある程度確保すると、宥めるように影を撫でて呟いた。

「さて、誰から殺そうか」

 瞬間、疾風が巻き起こり魔女に向かって拳が振り下ろされる。影が勢いよくそれに巻き付き動きを止め、ギチギチと布が引きつれる音が響いた。

「こんばんは、お嬢さん」

 耳に心地良い低音だ。月光を背に襲いかからんとするそれを見上げ、魔女は挑発的に笑う。

「こんばんは、執事様。あの時はどうも」

 視線が交錯して、ハッキリとお互いの姿を認めた。執事はその正体をたがわず理解したようだ。

「ほう? あの時の羽虫ですか」

 穏やかな声に反し、悪鬼の如く殺意に満ちた拳は懸命な影の拘束を物ともせず進もうとする。更なる影が巻き付く。

「ほほっ! やりますな」

 上から目線の物言いに余力を感じて、魔女は表情を強張らせた。

「これでも動くか、化け物め」

 いつもの魔女を覆う影が、月明かりに照らされ執事に殆ど使われているのがわかる。四肢を拘束されたまま執事は可動域の限界まで身体をねじると、歯をむき出しにして笑った。

 それは死の宣告だ。逃れ得ぬ運命に誰もが目を瞑るだろう。何も手がない場合は、だが。

 再び振り下ろされる拳に魔女は告げる。

「私は彼女の居場所を知っている」

「――っ!!」

 暴風が吹き荒れた。二人を中心に周辺の草木が暴れ狂う。ここが王城の真横であれば尋常でない被害が及んでいたに違いない。

 砂塵が収まり再び静寂を取り戻したそこに、拘束が解かれた執事と影を纏った魔女がいた。振り下ろされた拳は魔女の足元すぐ横を深く抉り、飛び散った土壌は二人の遥か後方で汚い絵図を描いている。

「……それは、本当ですか」

 執事は拳を振り下ろした格好のまま動かない、いや、動けないと表したほうが正しそうだ。

「その様子だと流石に安全装置に引っかかったみたいねぇ? 人格の剥奪に、あと何回残ってる?」

「ほほっ! そこまでご存知とは。あのお方のお知り合いですか?」

 一気に立場が逆転した。魔女は伏せる執事を冷たく見下ろし、周りをゆっくりと歩き始める。

「いいえ。完全なる赤の他人よ。……答えて」

 伏せる執事の表情は見えない。その二人の様子を、照らす月だけが見ていた。

「猶予は五回、……あのお方を捜しに王城外へ出ようとした一回、許可なく王城内を探索しようとした一回、即刻排除すべきお嬢さんを見逃すことで一回、残り二回ですな」

 魔女は足を止める。周りを見渡し、惨状にぞっとしたのだろう、冷や汗をこっそりと拭った。

「貴重な一回を私なんかに使ってくれてありがとう。やっぱりそういう事だったのねぇ……。私が見た貴方は、ただの戦闘人形だったもの」

 その言葉に執事は顔を上げる。魔女を見る表情は随分と苦しそうだ。

「あのお方に調律されてからそのような挙動をとった覚えはありませんが、どういうことですかな」

「教えるはずないじゃない。貴方は私の最大の敵で障害だもの」

 肩をすくめて笑う魔女は、執事の前髪を掴み上げて視線を合わせる。

「本当はここで破壊することも出来るけど、それじゃアルトスの猶予が縮まるだけだし……、歯痒いものね」

 憎々しげに語るそれは、どういう意味なのか。交渉できる立場に無い執事は黙ったまま次の言葉を待つ。

「今度、王子のお見合いパーティーがあるでしょ? そのとき一時間だけ、活動魔力の補充に席を外してくれる?」

 執事はそれに答えることができない。それを知ってか前髪を離し、魔女はまた周りを歩き始めた。ただし、今度はリズムを取るように。

「王城内で確認しないといけないことがあるの。貴方はこの自慢の影を纏っていても、王族に殺気を向けるだけで私を見つけちゃうでしょ?」

 すると荒れた敷地内が逆再生するかの如く、みるみる元に戻っていく。魔術行使の予兆が一切ないそれに、執事は目を見張った。やはりこの執事が頭一つ抜けているだけで、魔女の力は相当なものだと伺える。

「今のところ危害を加えるつもりはない。だから私に時間を頂戴。私の目的を達成するその時、貴方に彼女と会わせてあげる」

 返事は無い。沈黙を了承と受け取った魔女は満足したようだ。敷地内が完全に元に戻ったのを認めると、執事はようやく口を開いた。

「お嬢さん、こちらへ」

「?」

 魔女が一歩だけ歩み寄った瞬間、中指で額を弾かれた。

「あいたァっっ!!!」

 仰け反って甲高く鳴く、それを影が支える。

「……お逃げなさい。これ以上は安全装置を説き伏せられない。後一分もすれば私はまたお嬢さんに拳を振るう。人格が消えては意味がありませんからね。次は容赦無く殺します」

 立ち上がって、構え、徐々に殺気を取り戻しつつある執事に向かって額を抑えた魔女が涙目に叫んだ。

「言われなくてもそうしますぅー!! こっちだって邪魔したら、今度こそぶっ壊してやるんだから! バーカバーカ!!」

 慌てたように膨れ上がった影が、怒る魔女を呑み込み霧散する。一瞬で影も形も残さず退去する技術に、執事は素直に感心した。

「これは……、初めて見るお顔でしたが相当な実力ですな。言動は王女様とあまり変わりませんが……」

 魔女が退散したことで構えを解き、千切れかけた服を整える執事は月を見上げる。その表情は何故か笑っていた。

「あの魔女は一体何者なんでしょう」

 答えは出ない。その問いに、夜風はそよぐだけだった。
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