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番外編

ゴードン1

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 あの方には、沢山のことを教えていただいた。

※※※

 その時のゴードンは中庭、庭園の花壇のそばに跪いていた。ワザとそうしていた訳ではなく、安全装置に引っかかっていたのだ。

 それに引っかかると機体を制御する管轄から人格を一時切り離され、自動的に待機姿勢を取らされる。

 片膝をついたまま、ゴードンが神秘を内包する機械装置の中で指先だけでも動かそうと試行錯誤していると、すぐそばの庭木が揺れた。

「ゴードン? そんな所でうずくまって何をしているの?」

 声のした方へゴードンは視線だけ向ける。

「――オメラス様」

 庭木の影から現れたのは、青のスリットワンピースに、腰まで届く銀髪をなびかせて笑う、それはそれは美しい魔女だった。

「あー! また安全装置に引っかかったのね? 回数を初期化してあげるから。大人しくしてて」

「ありがとうございます」

 笑いかける魔女に対し、ゴードンは苦しげな表情だ。

 それは魔女から“無表情でいると機能停止にしか見えないから、こんな風に歪ませておいて”と最初期に指示を受けているからである。苦しいという感覚はゴードンに無い。

 銀髪の魔女はしゃがみ込むと、そんなゴードンの頬に手を添えしゅを唱える。もう片方の手で円を描くと、二人がほんのり青く発光した。

 魔女の指を辿り、指向性を持たせた青い光が緩やかにゴードンへ流れる。胸部を光が取り巻いて、内部装置のスイッチをオンに変えた。

「……」

 光が収まり、復帰を果たしたゴードンは何故か直ぐに動こうとしない。どういうわけか、じっと目の前の魔女を見つめている。魔女は長いまつ毛を震わせ、ゆっくりと青みがかった茶色の瞳を覗かせた。

 ゴードンはぱちぱちと瞬き陽光にきらめく宝石を見つめ、どうやら魔女の言葉を待っているようだ。

 魔女はゴードンと一瞬視線が絡んで、もの言いたげなジト目となる。

「三つも落ちてたじゃない。猶予は五回って言ったでしょ? ちょっと頑張りすぎよ」

 魔女が立ち上がると手が離れ、ゴードンはそれについていくように立ち上がった。そしてわかりやすい謝意、一礼をする。

「申し訳ございません。やはりわたくしめには荷が重いようです」

 史上最強の自動人形が自己の判断で動き、護り、戦う。その実利をオメラスがガロン国王に直談判し、認められて搭載された疑似人格がゴードンだ。その代わりに取り付けられた安全装置は仕方がないものだろう。

 原則はこうだ。

 一つ目、王族に危害を加えてはならない、あらゆる危険から護らなくてはならない。

 二つ目、王族以外に仕えてはならない。

 三つ目、一つ、二つ目に違反しない限り与えられた命令に服従しなければならない。

 四つ目、上記原則に違反しない限り、神秘を抱えた自己を護らなければならない。

 通常の自動人形は王族の部分が人間で、二つ目の原則がない。王族用に改変、二つ目をねじ込んだことにより、それは狂気を伴ってゴードンの活動に大きな弊害をもたらしていた。

「本日、グエン王女がご学友と宿題をしておりました。そのご学友が落とされたペンを拾おうとして一度目の安全装置が」

「うわぁ」

「二度目は飛びかかってきた教員の飼い犬を撫でただけで発動しまして」

「うへぇ」

「三度目はこの花壇が荒れておりましたので整えようとして……」

「あはは! 仕えるの定義がメチャクチャね」

 美しい魔女は楽しそうに笑うが、ゴードンは非常に悩んでいた。感情のない自動人形として警備範囲を巡回していたときが恋しいと思うほどに。

「国王陛下のご命令があってこそ、オメラス様にはある程度動けます。が、あやふやな“仕える”という定義に順応が全く進みません」

 人に対してだけでなく、犬や花にまで反応するのはいかがなものか。遵守する身にもなって欲しいと緩和を要請する。

「それだけゴードンの神秘流出が怖いのよ。ガロン国王だって最初は人格を与えるのに反対だったし。こんな風に調律を許されたのは、私の熱意のお・か・げ」

 魔女は指を振って得意げだ。ゴードンは課せられた問題にどうしたものかと思案する。原則に五回反すれば人格を剥奪され、拠点防衛型戦闘人形として再び王城を巡回することになる。前と役割は変わらないため、ゴードンはそれでも良かった、のだが。

「ゴードン、安全装置の回避方法を教えるわ」

 この方と交流を続けられるならと、安全装置の攻略に躍起になっていた。

「全ての前提条件に“王族のために”を付ければいいのよ」

「さようでございますか……、簡単に仰るものです」

 またもや得意げに指を振る魔女は、子供を持つ母親というより少女に見えた。遠くで幼い笑い声が聞こえてくる。ガロン国王の子供、六歳になるギュス王子とグエン王女の声だ。そしてその双子の子守をするのは魔女の一人息子。

 ゴードンは思う。彼の母親は連日、自動人形に掛かりきりだというのに、文句の一つも聞いたことがない、と。

「例えば一回目のペンを拾うとき、“グエン王女のために、交友を円滑にするお手伝いでペンを拾う”と定義するの。それなら王族のための稼働でしょ?」

「なるほど」

「二回目は“王族のために働く教員の犬の機嫌を取ることで、王女の学習効率上昇をお手伝いする”とか」

「今度試してみましょう」

 シミュレートしてみるが、結果は芳しくない。とは言い出さない。

「理論武装で安全装置をぶっ倒せー!」

 魔女は小さく拳を掲げると、ゴードンの代わりに花壇をならし、倒れていた花を植え直した。ゴードンはその姿をじっと見つめる。白魚のような指に愛でられた花は瑞々しく揺れ、――、――――。

「ゴードン?」

 このとき何故か、安全装置が一つ落ちた。理由はわからない。何故ならゴードンは再び跪いた美しい魔女に頬を触れられて、原因究明を止めたからだ。自動人形は愚かにも、安全装置を必ず攻略してみせると誓うだけだった。

※※※

 一年後、安全装置の抗言に苦戦することがあっても、ゴードンはある程度かいくぐる事が出来るようになっていた。

「ソニア様、こちらをどうぞ」

 勉強部屋でソニアが落としたペンを、毛の長い絨毯から拾い上げて渡す。

「執事さん、ありがとう!」

「気軽にゴードンとお呼びください。いつも王女様と仲良くしてくださってありがとうございます」

 その言葉に、机の向かい側で宿題を解いていたグエンが声を荒げた。

「ゴードン、それはどういうことかしら! たしかに、……いつも手伝ってもらってるけど、ソニアはわたくしのことがだーい好きなのよ! 無理にきてもらってるわけじゃないわ!」

 羞恥からだろう、グエンの頬は赤く丸々と膨らんでいる。仕草、物言いで本気で怒っている訳ではないと結論付け、ゴードンは可愛らしい王女に目を細めた。

「ほほっ! 左様でございますな。お気に障ったのであればお許しください」

 ソニアがグエンとゴードンを交互に見、慌てふためく。大丈夫だという思いを込めてゴードンが片目を瞑ると、ソニアは安心したように机に向かった。

 作文だろう、少女二人が文章を書き綴る音を聞きながら、自動人形は結果に満足する。ソニアにペンを拾い、軽口を叩いても安全装置は作動しなかった。

 今までの記録を水面下で閲覧し、ゴードンは行程を思い返す。そう、結局のところオメラスの“人の心を思う”方法では上手くいかなかった。他人のペンを拾う行動自体意味がないと結論付けられ、即座にブレーカーが落ちていたのだ。

 命を持たない機械は、人の機微を理解できない。だからこそ何故その行いが王族のためになるのか、立証ができない。

 銀髪の魔女の世話になりながら、何度も何度も検証、実行した。そして得た答えがこれだ。

 “申告、個体ソニアの手より落下した筆記用具について、検証の余地あり。脅威度確認のため接触を許可されたし”

 “是”

 ゴードンは拾い上げながら素早く暗器か確認する。もちろんただの筆記用具だ。そのまま返そうとすると警告音が鳴る。

 “非。破壊推奨”

 “申告、個体ソニアに警告の余地あり。一秒以下で鎮圧可能。許可されたし”

 これは仕えているのではない、いつでも殺す心積もりであると主張する。

 “……、是”

「気軽にゴードンとお呼びください。いつも王女様と仲良くしてくださってありがとうございます」

 “牽制終了、個体ソニアの警戒レベルを上げ、王族守護の任に戻る”

 ――言語化すると、このような応酬をしていた。小数点以下、刹那でのやり取りに気付く者はいない。その身は戦闘用自動人形であり、三百年余りの知識を持っている。

 見聞きしてきた事件と、積み重ねてきた経験を元に申告するため、取り付けられたばかりの安全装置は反論する要素を持ち合わせない。

 徐々に少なくなる安全装置の復旧回数に、魔女は大変喜んだ。

「完全掌握も時間の問題ね!」

 庭園の噴水、飛沫しぶきがキラキラと降りかかる石積みの前、二人で笑い合った。

 そう、これはもう、取り戻せない過去の話である。
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