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二章

7☆

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 何故、こんなことになっている。

「アルトス様、口をお開けください」

 今は昼食の時間だ。そして従者はベッド脇に椅子を持ってきて、“お誕生日ですから”と過剰な給仕? をしてくれる。

 この両手は一切使わせてもらえない。そのためテーブルナプキンをかけた膝上に手を置いて、従者から運ばれてくる野菜を咀嚼しお茶を飲んだ。

「イーライ」

 抗議の目で睨むが無視される。今度は目の前にスプーンを差し出され、そこにはリゾットが乗っていた。食欲をそそる匂いに唾液は出てくるのだが――。

「いや、もう十分だって。自分で食べるよ」

 ここまでして欲しいとねだったつもりは無い。眉を寄せて口を閉じ、恥だと訴えるのに。それでもこれは聞き入れてくれない。

「恐れ入りますが、どうぞこのままお召し上がりください」

 こんなに自分の意志をハッキリ伝えてくる従者は珍しかった。だからその気迫に押され何も言えなくなる。観念して口を開くとスプーンが差し込まれて、リゾットがトロリと流れ込んだ。

「んっ」

 クリーミーで美味しい。知っている。今まで何を作らせても美味うまいという感想以外いだいたことはない。

「ん……?」

 でもこの感覚はなんだ。嚥下し喉越しも味わうと、何故か身体に電流のようなものが走った。

「……?」

「アルトス様」

 イーライが次の一口を運んでくる。考えることもままならず、また口を開けてトロミを味わい、飲み込んで――。

「ん、ん!?」

 まただ。離れるスプーンが唇の上を滑ると、甘い痺れが広がった。慌てて布団越しに、刺激に飢えて跳ねる自身を押さえつける。

 やっぱり何か変だ。さっきまで何ともなかったのに、リゾットを口にして飲み込むたび、その……、身体が熱くなってくる。

「い、イーライ、待ってくれ」

 ま、まずい。

「後は自分で食べるから、ちょっと一人にしてくれないか? お願いだから……」

 俯き、荒くなりかける呼吸を必死に整え、目の前のスプーンを見上げる。

 スプーン越しの従者は目に見えて残念そうに眉をハの字に下げていた。そしてこめかみを二度だけ叩くと、その膝に置いてあった食事のわんにスプーンを戻す。

「――承知いたしました」

 そのまま腕を伸ばして移動式ベッドサイドテーブルを引き、リゾットが盛られた碗を置いてくれた。

「……ありがとう、イーライ」

 ほっとして笑いかける。脇に避けたテーブルナプキンを預けると、従者の眉間にシワが寄って――物凄く不満そうだ。

「アルトス様」

 それでもすぐさま表情を無に戻すと、従者は立ち上がって足元に目を伏せる。

「何かございましたら必ず、私をお呼びください。貴方様は我慢をし過ぎる傾向にございます」

 そして胸に手を置いて、頭を下げられた。

「わかってる、ちゃんと呼ぶから」

 安心させるため頷くと、姿勢を戻した従者が人差し指で頬を撫でてくる。変な声が出そうになって慌てて口をつぐんだ。

 何だかこんな風に構ってくるのも珍しい。接触が多いとでも言えばいいのか。多分、甘やかそうと従者なりに振る舞っている? 最近色んなことで負担を掛けたせいもあろう、保護欲がわいたのかも知れない。

 でも、だからって。くすぐらないで欲しい。

「御身に危険を感じた場合は“魔法のコトバ”も唱えてください。これは幼少の貴方様との約束です。反故ほごなさらぬよう」

 ようやく指が離れて、熱を持った息が鼻から抜ける。

「わ、わかった……」

 震えそうになる声を抑え、紳士服がよく似合う従者の背中を見送った。

「うぅぅ……」

 ドアが閉まるのを確認し、火照る顔を手で覆う。

 やばかった、なんで頬だけでこんなに……。この身体の感度はなんだ、何がどうなっている。

 手を離して視線を下げる。

 湯気が立ち上る疑惑のリゾットを目の前に、申し訳無くなった。従者がせっかく作ってくれたコレを、これ以上口に入れる気になれない。

「どうしようか……」

 スプーンでつついてお茶を濁す、どんよりとした視界の端に。気づいてしまった。

 蠢く強烈な違和感。

「うーん、よいしょ!」

 軋むドアのように顔を向け、全身の血の気が引いた。空いた口が塞がらない。

「は……?」

 だってそいつは姿見の陰から、四つん這いにぬるりと現れた。

「嘘だろ……」

 信じられない。こんなに容易たやすく侵入出来るのか?

 ――俺が今一番会いたくない相手だぞ。

「んやあ、アルトス!」

 影を纏ったそれは四つん這いのまま片手を上げ、生き生きと発声した。

「二十三歳のお誕生日、おめでとう!」

 最悪だ――。

※※※

「やめろ、来るなー!!」

 男はベッドの上で腰を抜かしたまま後退る。

「なんだぁ? 失礼だな、人を化け物みたいに。傷つくんだけど」

 魔女が一歩歩を進めるとまた後退って、壁にそれ以上を阻まれたら今度は首を振って嫌がられた。切れ長の目元が滲んでいる。

「君さぁ……」

 魔女は呆れたように頭をかいて、まあ良いかとサイドテーブルを脇に押しやった。影で布団を剥ぎ取り股を割らせて――。

「や、めろぉ!」

「!?」

 沈黙を保つ股間。

「ええ!? 嘘でしょ、勃ってないじゃん! リゾットのおクスリ効いてないの!?」

 慌てて碗を覗き込み魔女は眉を寄せる。

「何だ、全然食べてないじゃないか。それか残った材料全部ぶち込んだから、効果が不安定なのかなぁ」

「は? クスリ?」

 それはこの世界の常識、当然の反応だった。

「ここ一週間、楽しかったでしょ?」

 男は目を見開いて信じられないと吼える。

「お前! まさかこんなことのために化学に手を出したのか!? 神秘が化学破損ケミカルクラックを起こしてこの国の神秘濃度、いや、それ以上にお前から神秘が離れていくんだぞ!? お前本当にそれでも魔術を扱う――」

 男は苦しげに顔を歪めて、言葉を言い直した。

「本当に、馬鹿なんじゃないのか!?」

 魔女は耳が痛いお説教に、青筋を立てて憤る。

「私は魔女だぞ。そんなこと百も承知だ! ご心配頂かなくても結構。大体誰のせいでこんな回りくどいことを――! ああもう、馬鹿は君だ! バカバカ!」

 お互いに馬鹿と吼えあって表面にはおくびも出さないが、男の気遣うようなそれが堪らなく、魔女には嬉しかったらしい。

「……ばか」

 それは微笑んだつもりのようだった。

「ひぃっ! いやだ、やめろ!」

 だが男にとっては恐怖だったろう。急に口の端を歪めて笑う魔女が、影で己を拘束し、残りのリゾットを口に流し込んで寝間着を剥ぎ取っていくのだから。

「ぐ、おごんんーーー!?」

「音声は遮断してるから、いっぱい声出してね?」

 上半身をするりと剥き終わって、男の両腕を頭上に固定させた。

「このっ、お前……! どうやってイーライの目をかいくぐった!」

「んん~?」

 次に魔女は男の下半身に取りついて、いそいそと腰紐をほどいていく。

「魔術検知出来ない方法を取ったとしても、イーライの料理にクスリを混入させるなんて不可能だ! こ、このっ!!」

 男は渾身の力を込めて両膝を合わせ、下肢の寝間着を脱がそうとする魔女を拒否した。

「んふふ、私は魔女だぞ? アレへの対策は万全なのさ」

 そんな男の抵抗を鼻で笑って、魔女はすっかり元気を取り戻した目の前のモノを握ってやる。

「ぁっ!」

 その隙に抜き取った寝間着が後方にヒラヒラと舞い落ち、魔女は恍惚の表情を浮かべた。

「良い眺め」

 男はもう、生まれたままの姿だ。窓からの光に照らされ陰影を作る腹筋は見事だった。無駄な肉など削ぎ落とし引き締まった肢体に華を添えるがごとく、羞恥に逸らされた顔から続く男らしい喉仏が上下する。無防備な贄である。

「う、やめろ、やめろぉ……!」

「えぇ……?」

 だがあまりの男の抵抗に、魔女は急に不安になった。追い詰め過ぎは非常に不味いのだ。男の許容範囲を超えないギリギリの線で攻めなくては、この男は

 バランスを取らなければ。ううん、射精したくて堪らないだろうに。魔女は唇に指を当てて考えた。

「そんなに恥ずかしい? 真っ昼間だからかなぁ……。仕方ない、これでどうだ」

 そう言うと魔女は目元以外、纏った影を脱いだ。立ち上がって男に自分を晒す。

「どう? スタイル良いでしょ私」

 真っ黒なタイトワンピースのスリットを捲り太ももを、そして下腹部を見せ一回りした。

「パンツは履いてません」

 男はそんな魔女から目を逸らして吼える。

「知るか! だからなんだよ! というかやっぱり俺はお前なんか知らない! こんな女見たことが無い!!」

「いや、そんなこと無いんじゃないかな? 目元を影で覆ってるだけでも十分阻害は働いてるし。よく見て。口と鼻があるって認識出来ても、雰囲気とか全然わからないままでしょ?」

 魔女はゆっくりと、男の身体に自分の身体を擦り寄せた。わざと肌触りのいいワンピースで男の半身を擦りあげ、男の首筋に顔を寄せる。

「ひぃっ! ん、くっ。あぁ……!」

 堪らず声を漏らした男の頬が一瞬で紅く染まり、瞳が蕩ける。ようやく訪れた快感は格別だろう。

「気持ちいね?」

 感覚を共有している魔女はいとも簡単に男の心情を吐露した。どれぐらい感じているか、手に取るようにわかる。

「ほら、ここも気持ちいい」

 そのまま首筋に吸い付き、チロリと舌を出して滲む汗を舐めた。

「やめ、くぅっ……!」

 へそ辺りで男のモノがビクビクと跳ねる。身体は正直というやつだ。魔女も表面上余裕ぶっているが、男から伝わるあまりの感度の良さに驚いていた。嬌声を飲み込み自分は何ともないと行為で誤魔化す。

 この一週間、男に精力剤とほんのひと摘みの媚薬を混ぜ与え、最後は大雑把に調合した高濃度の媚薬をリゾットにぶち込んだ結果がこれだ。

 感覚を共有した初日、男の鈍すぎる感度を体験していただけに、魔女にとってこれはとんでもない成果だった。

 現に感動している。神秘が化学破損してもお釣りが出るぐらい、これならいける、と。

 夢中になってお腹で猛る半身を擦りながら、再び首筋に吸い付く。

「いやぁ……!」

「もー、ん、素直に、なりな、よっ」

 調子に乗って魔女が男のように腰を振ると、モノを挟んだ腹部からヌチャヌチャと卑猥な水音が響いた。

「んん! んぁ! あ、あっ!」

「あ、ん! うそ、これぇ!?」

 腰が抜ける――。

 せり上がって果てそうな刺激に魔女は慌てた。

 勿体ない、焦らしたい。もっともっとよがらせて、馬鹿みたいにイかせたい。

 そう願い気合を入れて立ち上がり、息を荒げて男を見下ろす。魔女は目眩を覚えた。

「やっばあ……。君めっちゃエロい……」

 足元の光景。男は眉根を切なく寄せ潤む目元は涙をこぼし、上気した頬は甘い果実のようだった。唇の端から唾液が一滴ひとしずく垂れ、銀糸がシーツを小さく濡らしている。戦慄く口からは短い息が何度も吐き出され、時たま喘ぎが混じっていた。

 身体を離して温もりを失ったからか、そそり立つそれは無意識であろう、摩擦を求めて腰を揺らす。先端から垂れる蜜は酷く甘そうだ。

「もうやめろぉ……、ふ、ぅぅ……」

 男は新たに涙を零して、弱々しく鳴いた。

 未だ抵抗の意思を見せる男に魔女は戦慄する。

「ど、どうして? 気持ちいいでしょ……?」

 男の隣に身体を横たえて、魔女は震える指でその頬をなぞった。それさえも快感だろうに。

「明日……、あし、た……んん!」

 男は息も絶え絶え、虚空を見つめて明日と呟く。

「明日が良いの……? ごめんね、明日は私も忙しいんだ」

 そう告げると僅かに目を見張って、男は魔女に顔を向けるのだ。

「おまえ……、やっぱり……?」

※※※

 認識阻害が働いていなかったら、きっと私は情けない顔を晒していただろう。

 ――やっぱりって何よ。

 アルトスに許しを請いたくなった。

 だってその綺麗な瞳は悲しそうで、涙に潤んで揺れている。気持ちがブレてしまいそうだ。

 でも駄目。私には目的がある。

 今度こそ、絶対に勝つの。

 アルトスから付いて離れない、唯一心を、全てを許したアレに。完璧すぎる従者に。

 今度こそ絶対に、アレから大馬鹿野郎アルトスを寝取って、落とすの――。

 今までの屈辱に思いを馳せ歯を食いしばる。

 そして不安を笑って押し殺した。想いが溢れてどうしようもない。

 おかしいな、私あんなに。

 君に怒ってたのに――。
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