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二章
8★
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従者は寝室を三回ノックする。
「アルトス様、失礼いたします」
そう声を掛けると、主の返事も待たずにドアを開いた。最近はずっとそうだ。許可もなく再三様子を見に来て、魔女の気配を探っている。
自身にその姿が認識できないと情報更新してから、主の反応を頼りに察することをこれは余儀なくされた。
従者は――人間的表現をするならば――歯噛みする。それは従者にとって致命的、死活問題だったからだ。
常に寄り添い見守り続けてきたからこそ、主の性格を熟知している。
――あの方は、ギリギリになるまで求めてこない。
力を貸して欲しいと泣いて縋ったあれが良い例だった。その言葉を引き出すため、どれだけ従者が意図的に背信行動を選択したか、主は知らない。
寝室に踏み込んで、視線を上げる。目の前の主はベッドの上で、先程差し入れた本を読んでいた。従者はその光景に安堵する。
「い、イーライ。これ、ありがとう」
頬を染めて朗らかに笑うこの主は、何者にも代え難い護るべき存在だ。
「お気に召して頂き、嬉しく存じます」
役立てた喜びを素直に表現し、艶めく深緑の髪を見、ふと、そろそろ調髪が必要だろうと目算した。次の瞬間。
「――、っ!」
ノイズが走るような違和感を覚え、従者は直立不動で主を見つめた。
※※※
その時の男は、従者の目に映る光景と全く別の状況に陥っていた。
両腕は影に縛られ、天井に向けて吊るされている。脚はやはり影に、M字に開脚をさせられていた。その間にあるモノを魔女に扱かれながら。
「――、っ!」
全身から垂れる汗が、ベッドにシミを作る。
魔女の膝上で子鹿のように震える男は、後ろから羽交い締めに、一時間以上弄ばれ続けていた。
一度も果てることなく、だ。
当然、魔女がその手に握るモノは既にドロドロととろけきっている。
息を潜め耐える男の耳に、魔女の囁きが直接届いた。
今のアレには、君がベッドで本を読んでいるようにしか見えていない。でも気を付けてね? 虚構がバレたらこの恥ずかしい姿が、すぐ丸見えになる。全部君の演技にかかってるんだ。
こんな状態で、従者を騙し切れと魔女は言う。男は震えた。やはり従者にはこんな風に鳴き喘ぐ姿を見せたくないと、自ら泥沼に嵌っていく。
汗をすくうように腹筋を指先でくすぐられ、男は必死に取り繕い、祈った。
こいつは本当に耐えさせるつもりがあるのか!
焦りと快感で、背中を伝った汗を魔女が舐め上げる。
今までの、直接触れることの無い感覚提供が、ただのお遊びであったことを体感し、男は思わず甘い甘い吐息を吐いて。
「……は、ぁ……」
「アルトス様?」
その違和感に従者が気付き、声を掛けてくる。
「あ」
魔女も空気を読んだのか、半身を扱く手を止めた。ピリリとした緊張感が、寝室を支配する。
ばれ、バレたくない、絶対に。
男は赤瞳の従者を躊躇いがちに見て、努めて笑った。
「な、何でも、ない、から」
声が震えている、明らかに不自然だ。当然、従者はそんな主に僅かに眉根を寄せる。
「アルトス様、少し失礼いたします」
状態の転写をしようとしているのだろう、従者はベッド脇に歩み寄り、男の額に手を伸ばしてきた。男は魔女に脇腹をつつかれる。
“絶対に阻止しろ”、そういう事だろこの女ぁっ――!!
眼前に迫る、従者の手。
嫌だ、イーライ、待ってくれ、止まって。
「い、イーライ……!」
男は図らずも涙を流して従者を見上げた。
「――!」
珍しく、明らかに驚いた従者の手が、男に触れる寸前でピタリと止まる。
「いつも、……ありが、とう」
その涙が、瞳が、どれだけの者の人生を狂わせてきたのか。従者がどれだけの虫を払ってきたのか、男は知らない。
「そばに、いてくれて、ありがとう……。イーライがいるから、幸せで。イーライがいるから、おれは笑って、いられる」
紡がれる言葉に従者は完全に停止した。そして不自然なことに、従者の収縮した瞳孔が元に戻らない。
「イーライ、……おれはお前が、だいすき、だ――」
短く息を吐き出しながら、止めどない涙に濡れる男は、その瞳にいつにない色を孕んで微笑んだ。
「アルトス、様」
ピタリと停止したまま、赤瞳の美丈夫はそんな主を見つめ、告げる。
「――恐れ入ります。私は制御機能不全を起こしたようです」
どちらかが動けば、何かが始まりそうな、そんな沈黙が暫く続いて。
ちょっと、私がいること忘れないでよ。
その二人の世界を壊すように、魔女は囁き、扱きを再開した。
「いー、らい?」
もう、やめてくれ、げんかい、なんだ。
喘ぎそうになる息を飲み込んで、眉間にシワを寄せ男は耐えた。
そうすると目の前の美丈夫は目を瞑って、下がり、軋むように一礼する。
「少しお暇をいただきます。自己点検を致しますので、御用があればエールをお呼びください」
目を閉じたまま、従者は足早に寝室を出て行った。
「あーあ、見せつけてくれちゃって。君は私を怒らせるのが上手いね?」
先ほどまで張り詰めていた全身の緊張が弛緩し、男は反動で極限を迎える。
「あっ、いやっ、あっ!」
げんかい、もう、あ、もうだめ、だ。イきたくない、でも、もう、もう、たえられなぁっ――。
泡立つように乱暴に、魔女に脈打つ半身を擦られて男は叫んだ。
「あ、あっ、あっ! いく、いくいく、でる、でる、でる! いっ、ぁあああああああああああああああああ!!」
噴水のように魔女の手の中で、びゅるびゅると射精した。白目を剥き、ガクガクと全身を震わせ、涙と涎を撒き散らす。
「んぁあ! あん! んぁ! はぁ!」
吐精した後も扱かれ続け、最後の一滴がそこから噴くと男は前のめりに倒れ込んだ。
目の焦点が合わないまま、シーツをキツく握り締め下肢を痙攣させている。
「ん! ふっ! うう、うぅゥ……っっ、こん、なの、むりぃ……」
身体を桃色に染めた男が何とか意識を保つその下で、魔女も同様に身体を震わせ果てているのだが――。
「あ、はぁ、ふふっ! いろんな意味できもちー……!!」
それは男に比べると随分と軽い、ただの勝利宣言だった。
「アルトス様、失礼いたします」
そう声を掛けると、主の返事も待たずにドアを開いた。最近はずっとそうだ。許可もなく再三様子を見に来て、魔女の気配を探っている。
自身にその姿が認識できないと情報更新してから、主の反応を頼りに察することをこれは余儀なくされた。
従者は――人間的表現をするならば――歯噛みする。それは従者にとって致命的、死活問題だったからだ。
常に寄り添い見守り続けてきたからこそ、主の性格を熟知している。
――あの方は、ギリギリになるまで求めてこない。
力を貸して欲しいと泣いて縋ったあれが良い例だった。その言葉を引き出すため、どれだけ従者が意図的に背信行動を選択したか、主は知らない。
寝室に踏み込んで、視線を上げる。目の前の主はベッドの上で、先程差し入れた本を読んでいた。従者はその光景に安堵する。
「い、イーライ。これ、ありがとう」
頬を染めて朗らかに笑うこの主は、何者にも代え難い護るべき存在だ。
「お気に召して頂き、嬉しく存じます」
役立てた喜びを素直に表現し、艶めく深緑の髪を見、ふと、そろそろ調髪が必要だろうと目算した。次の瞬間。
「――、っ!」
ノイズが走るような違和感を覚え、従者は直立不動で主を見つめた。
※※※
その時の男は、従者の目に映る光景と全く別の状況に陥っていた。
両腕は影に縛られ、天井に向けて吊るされている。脚はやはり影に、M字に開脚をさせられていた。その間にあるモノを魔女に扱かれながら。
「――、っ!」
全身から垂れる汗が、ベッドにシミを作る。
魔女の膝上で子鹿のように震える男は、後ろから羽交い締めに、一時間以上弄ばれ続けていた。
一度も果てることなく、だ。
当然、魔女がその手に握るモノは既にドロドロととろけきっている。
息を潜め耐える男の耳に、魔女の囁きが直接届いた。
今のアレには、君がベッドで本を読んでいるようにしか見えていない。でも気を付けてね? 虚構がバレたらこの恥ずかしい姿が、すぐ丸見えになる。全部君の演技にかかってるんだ。
こんな状態で、従者を騙し切れと魔女は言う。男は震えた。やはり従者にはこんな風に鳴き喘ぐ姿を見せたくないと、自ら泥沼に嵌っていく。
汗をすくうように腹筋を指先でくすぐられ、男は必死に取り繕い、祈った。
こいつは本当に耐えさせるつもりがあるのか!
焦りと快感で、背中を伝った汗を魔女が舐め上げる。
今までの、直接触れることの無い感覚提供が、ただのお遊びであったことを体感し、男は思わず甘い甘い吐息を吐いて。
「……は、ぁ……」
「アルトス様?」
その違和感に従者が気付き、声を掛けてくる。
「あ」
魔女も空気を読んだのか、半身を扱く手を止めた。ピリリとした緊張感が、寝室を支配する。
ばれ、バレたくない、絶対に。
男は赤瞳の従者を躊躇いがちに見て、努めて笑った。
「な、何でも、ない、から」
声が震えている、明らかに不自然だ。当然、従者はそんな主に僅かに眉根を寄せる。
「アルトス様、少し失礼いたします」
状態の転写をしようとしているのだろう、従者はベッド脇に歩み寄り、男の額に手を伸ばしてきた。男は魔女に脇腹をつつかれる。
“絶対に阻止しろ”、そういう事だろこの女ぁっ――!!
眼前に迫る、従者の手。
嫌だ、イーライ、待ってくれ、止まって。
「い、イーライ……!」
男は図らずも涙を流して従者を見上げた。
「――!」
珍しく、明らかに驚いた従者の手が、男に触れる寸前でピタリと止まる。
「いつも、……ありが、とう」
その涙が、瞳が、どれだけの者の人生を狂わせてきたのか。従者がどれだけの虫を払ってきたのか、男は知らない。
「そばに、いてくれて、ありがとう……。イーライがいるから、幸せで。イーライがいるから、おれは笑って、いられる」
紡がれる言葉に従者は完全に停止した。そして不自然なことに、従者の収縮した瞳孔が元に戻らない。
「イーライ、……おれはお前が、だいすき、だ――」
短く息を吐き出しながら、止めどない涙に濡れる男は、その瞳にいつにない色を孕んで微笑んだ。
「アルトス、様」
ピタリと停止したまま、赤瞳の美丈夫はそんな主を見つめ、告げる。
「――恐れ入ります。私は制御機能不全を起こしたようです」
どちらかが動けば、何かが始まりそうな、そんな沈黙が暫く続いて。
ちょっと、私がいること忘れないでよ。
その二人の世界を壊すように、魔女は囁き、扱きを再開した。
「いー、らい?」
もう、やめてくれ、げんかい、なんだ。
喘ぎそうになる息を飲み込んで、眉間にシワを寄せ男は耐えた。
そうすると目の前の美丈夫は目を瞑って、下がり、軋むように一礼する。
「少しお暇をいただきます。自己点検を致しますので、御用があればエールをお呼びください」
目を閉じたまま、従者は足早に寝室を出て行った。
「あーあ、見せつけてくれちゃって。君は私を怒らせるのが上手いね?」
先ほどまで張り詰めていた全身の緊張が弛緩し、男は反動で極限を迎える。
「あっ、いやっ、あっ!」
げんかい、もう、あ、もうだめ、だ。イきたくない、でも、もう、もう、たえられなぁっ――。
泡立つように乱暴に、魔女に脈打つ半身を擦られて男は叫んだ。
「あ、あっ、あっ! いく、いくいく、でる、でる、でる! いっ、ぁあああああああああああああああああ!!」
噴水のように魔女の手の中で、びゅるびゅると射精した。白目を剥き、ガクガクと全身を震わせ、涙と涎を撒き散らす。
「んぁあ! あん! んぁ! はぁ!」
吐精した後も扱かれ続け、最後の一滴がそこから噴くと男は前のめりに倒れ込んだ。
目の焦点が合わないまま、シーツをキツく握り締め下肢を痙攣させている。
「ん! ふっ! うう、うぅゥ……っっ、こん、なの、むりぃ……」
身体を桃色に染めた男が何とか意識を保つその下で、魔女も同様に身体を震わせ果てているのだが――。
「あ、はぁ、ふふっ! いろんな意味できもちー……!!」
それは男に比べると随分と軽い、ただの勝利宣言だった。
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