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二章

9★

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「もう、やめてぇ……!」

 絶望と屈辱で、もう心の中はぐちゃぐちゃだった。気を失えたらどれだけ楽か。それを魔女は許さない。

「ごめんなさいぃっ、あやまるからぁ……!」

 何回目の限界かわからない、それなのに一度目と変わらない量をコレは吐精する。

「あああああああああああ!! ああっ! ああっ!!」

 ベッドのスプリングに促されて、魔女の膝の上で跳ねた。白濁が飛び散り、拘束を解くこともままならず、既にドロドロのそこへ吐き出したばかりの白濁をまた塗りたくられる。

「あぁっ、すごいぃ! いっぱい出して、たくさん出して! アルトスぅ……!!」

 魔女の嬌声が聞こえ、その指が俺を煽る。どこまでも、昇り詰める。きもちいい、おれが変わる、かわってしまう!

「やめへぇっっ! もう、ゆるしてぇ!!」

 必死に、何でも言うことを聞くと懇願するのに、魔女はその手を止めてくれない。背中に軽く歯を立てられるだけで甘い痺れが走り、身体が歓喜した。

「いやぁ、いやぁ!!」

 首を振って、また高まってきた射精感を逃がそうと努力するのに、嬉しそうに笑われ良いところをグリグリと扱かれる。

 やばい、これ、だめだ――。

「それだめぇ……っ!!」

 感覚共有の本当の使い方を、何で今更になって身体に刻んでくるのか。グチュグチュと卑猥な音が響いて、ほら、またクる、でる、でる!

「またいくの、いやあぁぁ!」

 拒絶の言葉を吐きながら、精液でベッドを汚していく。なんと説得力のない光景か。

「あ、あぁ、あっ!」

 魔女の手が身体中をなまめかしく這い、煽られる劣情を追い出そうと懸命に酸素を取り込む。頭がチカチカと快楽で一色に染まるその隅っこで、未だ冷静な自分が問を繰り返した。

 何が足りない、何が目的だ。もう十分だろ。満足だろ。だってこんなに醜態を晒して、女のように、涙を流して――。

 ……女のように?

 唐突に映像がよぎる。大人の下卑た笑み、煙草とアルコールの匂い、伸ばされる、おぞましい手。そして叫び声に爆発音、雨。

「や、めて」

 ――やめて、ぼくにさわらないで。

 何かが冷えて凍っていくのを感じる。

「はな、して」

 ――はなして! ぼくはおとこだ!

 イーライはあれから寝室を訪ねてこない。

「おれを、かえ、ないで――」

 いつの間にか嗚咽を漏らして下を向き、目を強く、強く瞑った。そうしたら魔女は急に拘束を解いて、身体をうつ伏せにベッドへ横たえてくれる。体勢が楽になり、ほんの僅かだけ気分が落ち着いた。

「大丈夫だよアルトス。私は君を傷つけない」

 こいつは何を言ってるんだ。

 甘い電流が走る口付けをうなじに落とされて、また泣いた。

「うそ、つき」

 じゃあ、未だ半身を扱き続けるその手は何だ。それに悦んで腰を振る、浅ましい自分は何だ。

 ごめんなさい、もうしません。ぼくをゆるしてください。

 ――人殺し! 魔女の息子!!

 奥歯を噛み締めて、身に余る快感で意識が朦朧とする中、宙に手を伸ばす。

 いやだ、いやだ、やめて。ぼくをいじめないで。

 従者の顔が、浮かんだ。ずっとそばにいてくれる、たった一人の、俺の家族。

 限界だった。

「“たすけて”」

 魔女がヒュッと息を呑む音が聞こえる。

 構うものか。もう、どうでもいい。

「“たすけてい――」

※※※

 その続きが男の口から発されることは無かった。全ての行動を中断した魔女が声を絞り、一瞬で男の意識を落としたからだ。

「アレが形態変化してないか確認して!!」

 指示を受けた影が霧状に拡散して魔女に映像を届ける。どうやら屋敷の地下で侍女を使い、未だ自己点検をしている最中のようだった。

「はっ、はぁ……。ふう」

 魔女の口から漏れる吐息は既に甘さが消え、恐怖の色に染まっている。

 流石にあの“命令コマンド”だけは経験上、何をどうやっても遮断できない。得体のしれない力が後押しして、アレに届ける。

「助かった……」

 魔女は死地へ足を突っ込みかけ生還した安堵で、遅れて出てきた汗を拭った。

「アレとアルトスとの結び付きが強すぎる……。クソ! どうやったら……。いや、大丈夫、快感は覚え込ませたし、自発性を持たせて次こそはちゃんと優しく……」

 頭を抱えてブツブツと呟き、震えるその姿に一切余裕は感じられない。それは男に決して見せることのない一面だった。 

「うぅぅ、頑張らなきゃ、私がやらなきゃ……。何よ、うるさいわね、無謀な戦い? ずっと前から気付いてるわよ! アレに勝とうだなんて……! はぁ? じゃあもっと力を寄越しなさいよぉ! 何が“魔女になれば何でも願いを叶えてやる”よ!! 何も叶えてくれないじゃない……!!」

 心配するように魔女の周りを漂う影が、罵倒されて震える。それを見て少し冷静になったようだ。

「クソ! ……ごめん、言い過ぎた。この力も、ここまで辿り着けたのも、全部お前のお陰。私にはお前しかいないもの」

 魔女はポツリと呟き、指を鳴らすと男と寝室が綺麗になっていく。影がくるくると魔女の周りを飛び回ると、魔女自身も浄化されていくが――。影が浄化しきる寸前、手の甲に残った男の白濁を舌でペロリと舐めた。

「にがい」

 そして振り向くと、気を失う男の髪を優しく撫でる。

「私は諦めない。どんな手を使ったとしても……」

 深緑の髪に指を差し込んで、覗いた額に口付けた。小さな音が鳴って、名残惜しげに唇を離す。認識阻害で未だ晒されることのないその素顔は、きっと悲しそうに歪んでいる。

「トラウマを抉ってごめん。追い詰めてごめん。でも、全部君のためなの」

 魔女は男の背中に頬ずりして、心音と熱い体温を感じる。大きく息を吸った。

「大丈夫。私はこれ以上、君を傷つけない。次からはうんと甘やかしてあげる。気持ちよく、夢中にしてみせる」

 涙が流れる。慌てて目元を拭うと立ち上がって、何やら決意を新たにしたようだ。

「お誕生日おめでとう、アルトス」

 掃除を終え、徐々に集まりだした影が魔女の身体を覆っていく。

「今度こそ。絶対に助けるから」

 完全に影を纏い終わると魔女は何かを呟いた。

「   」

 その言葉を影が嬉しそうに貪り食う。体積を増し蠢き、それは一段と禍々しさを増したようだった――。
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