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三章

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 身体を重ねるごとに、私はどんどんアルトスへ溺れていった。

「アルトス  、  」

「? 今日はどうして欲しい?」

 優しく撫でられて、ベッドの上で繰り返される情事。

「アルトス、アルトス。ねぇ、きもちいい? 私、ちゃんと貴方に返せてる?」

「俺は大丈夫」

 優しく身体に這わされる舌、吸いつかれる胸の尖り。私だけ果てて、崩れることのないその表情。私が知る限り、あの人から欲が放たれたことは――たったの一度も無かった。

 だから溺れるほどに、待ち受ける結果に心がすさんでいった。どうしても、どうやっても、この圧倒的な心の距離が縮まらなかった。

「何で、どうして!? おかしいでしょこんなの!!」

 迎える儀式発動の日、私は叫んだ。だって全ての火の粉を振り払い、豚に汚されることなく贄にされたアルトスは、ハッキリと自分の意志でこう言ったのだ。

「自分の一番大事なものはイーライです」 「……自動人形は供物にならない、か……」 「それならこんな俺と関わってくれた――そう、皆との楽しい思い出を、これに捧げます」

 きっと僅かでも、その中に私は含まれているのだろう。でもね、でもさぁアルトス!

 口内に血の味が広がった。思いきり唇を噛んでいた。

 ねぇ、どうしてそんな風に笑うの。それは貴方が本当に心から望んだことなの? 馬鹿じゃない? 貴方、わかってる? そんなものを捧げてしまったら。供物にしてしまったら。

 ――貴方に一体何が残るっていうの。

 案の定、その顔は苦痛に歪み絶叫が中庭に響き渡った。きっと縋れる思い出さえも取り上げられたあの人は、絶望の夢を見続けるのだろう。その命が尽きるまで。

「ふざけないで! クソ国王に何を言われたのか知らないけど、こんなの私が許さない!! 絶対に認めないんだから!!」

 私は必死になって繰り返した。身体を重ねた。それでも、全てを捧げても、いくら甘く鳴いてみても、貴方は私を見なかった。与えはするのに求めてこない、何かを酷く恐れているように。

 一度だけ、アルトスに魅了の魔術をかけたことがある。一日も持たずにイーライさんに解除されたけど。反応は意外や意外。まるで親ガモに付いて回る、雛鳥のようになった。影から聞いていた卑しい反応と全然違っていた。

※※※

 少しだけ目元がとろけたアルトスが、無言で私の後を付いてくる。ちらりと目を向けると立ち止まって、私に何かをねだっているようだった。朝日に照らされた瞳が、不安そうに揺れている。

「あ、アルトス……?」

 振り返って名前を呼べば、ぴったりと寄り添われ抱き締められた。見上げてその瞳を見つめれば、顎を指ですくわれ額を合わされた。

 すりすりされて、凄く胸がときめいた。明らかに甘えられていた。

「……」

「アルトス? んむ……」

 そして飴がなくとも深く深く唇を合わせ、舌を優しく吸われた。淫魔設定だから私に唾液が必要なはずなのに、空腹の雛のようにお互い奪い合っていた。

「んぅ……んぅぅ……!」

 息が荒くなってきた頃、おヘソ辺りにアルトスの昂りを感じた。硬いモノが私に存在を主張していて、アルトスの欲が初めて感じられて、感動に身体が震えたのを今でも覚えている。

 でもそのまま抱かれるものだと思っていたそれは、何故か唐突に終わった。アルトスは名残惜しげに唇を離して、目を伏せたのだ。

「ど、どうしたの……?」

 覗き込むと顔を逸らして息を吸い込んだ。歯軋りの音が鳴って、何かを懸命に耐えていた。

「アルトス……? お願い、言って?」

 その時のアルトスは魔術のせいで私のことしか考えられなくなっていて、元々お願いに弱い人だとわかっていた。だから上目遣いで出来るだけかわいく見えるよう、打算を込めて甘えた。そうしたらアルトスは、泣きそうな顔でこう言いかけた。

「君の……名前……」

「……わ、私の名前――」

 復唱する私に伸ばされた両腕。アルトスは急に私の後頭部に手を差し込んで、らしくない激しい口付けで言葉を遮った。

「ふぁ、んぅ!」

 求めているはずなのに、あからさまな拒絶。キスはこんなにも気持ちいいのに、私も一緒に苦しくなった。

 ――アルトスの心が引きれている。

 そのまま昼食の時間がきて食べ終わった後、エールに家事の手伝い、機馬の清掃を頼まれた時だった。

「どこに行くんだ?」

 私が玄関のドアに手をかけると、いつの間にか後を付いて来ていたアルトスがそう問いかけてきた。

「え? 小屋の機馬の清掃に行くの。何もせず置いてもらうのは申し訳ないし、さっきエールから任されたお仕事だよ。行ってくるね」

 手に力を込めて、そのまま外に出ようとしたら。

「――行かないでっ」

 後ろから強めに抱き締められた!

「わぁ! すぐそこの小屋に行くだけだよ。ちょ、ちょっとアルトス!? こんな所で……!」

 その手は私が着込んだ侍女服を這って、するりと下着の中に差し入れられた。

「ぁ!」

 そこからクチュリと音が鳴って、もう反応してる自分が恥ずかしかった。アルトスは嬉しそうだったけど。

「可愛い淫魔さん、どこが好きか教えて。俺頑張るから」

 耳に甘く囁かれ、全身に痺れが走った。力が抜けて、アルトスに体重を預けながら一緒にずるずると玄関マットに座り込んだ。

「あ、あぁっ……」

「淫魔さん、こんな俺の指でもここは満足してくれるかな? 動かないで、じっとしてて。後でいっぱい唾液をあげる」

 後ろから羽交い締めに、片手だけで両手首をらわれた。力が強くてされるがまま。アルトスはやっぱり男だった。

 その何者にも邪魔されることのない自由な右手が、濡れた私の下着の内側、秘部をなぞってきて。こんな風に攻め立てるアルトスは見たことが無かったから、凄く焦った。

「駄目だよアルトス! イーライさんやエールに見られちゃうよ! 聞かれちゃうよ!?」

「――君が気持ち良くなってくれると嬉しい」

「バカ、ちょっと! 聞いてるの!?」

 ゆっくり指が入ってきて、中を優しくかき回された。繰り返し何度もアルトスと繋がってきたそこは、アルトスが触れているだけで簡単に快感を拾ってしまう。今までのアルトスに調教されてきた集大成だった。でもそれ以上に――。

「やぁ! みみぃっ!」

「そんなに耳が良いの? いっぱい舐めてあげる」

 チュッと音を立てて耳朶を吸われ、いやらしい水音と共にアルトスの吐息が脳内を犯してきた。頭がどうにかなってしまいそうなほどの感覚。

「やああああ! あぁ!!」

 全身が痙攣した。

「嬉しい。君、こうやって耳に囁き続けるだけでも良いのか」

 汗、震え、身体のこわばり、全てで伝えてしまっていた。私の中を刺激するアルトスの指を、何度も何度も締め上げていた。

「あ、あ、あ、あぁ……っ!」

「可愛い、かわいい」

 耳に、汗ばむうなじに、何度も口付けを落とされた。どろどろにとろかされる、理性。

「アルトスらめぇ! おかしくなるぅ……!」

 アルトスの指が出入りする度、腰が揺れて快楽を追いかけてしまっていた。身体がバカみたいに悦んでしまっていた。

「俺の腕の中でいっぱい鳴いて、感じて。だから、だから……どこにも行かないで……。俺を置いて行かないで……。お願いだから……」

 やはり雛のようだと思った。征服欲、支配欲とも違う何かを感じて、魅了の魔術のお陰だと思う。いつになくアルトスの心が漏れていた。

 昼間から私一人の喘ぎ声が屋敷に響いて、ひとしきり玄関マットを濡らしていると、それはもう当然、遂に声がかかる訳で。

「アルトス様、そちらで何をなさっておいでですか?」

 無表情のイーライさんが、すぐそばに立っていた。気付いたアルトスの身体が小さく震えて、私を弄る手がピタリと止まった。

「イーライ……」

「いやぁ……!」

 私だけ着衣が乱され半裸状態だったから、凄く恥ずかしかった。そして冷めた視線でこっちを見下ろすイーライさんは、こめかみを三度叩いて眉間にシワを寄せると――。

「精神操作系の魔術を掛けられていますね。すぐに解除致します。アルトス様、こちらにおいで頂けますか」

 イーライさんはその手をそっと差し出して、厳しくアルトスを見つめた。いつもみたいに自分で迎えて抱き上げれば良いのに、その行動を選択した意味がわからなかった。

「いーらい……」

 でもすぐにその意味をわからされた。アルトスは一度だけぎゅっと私を抱き締めると、引き剥がすように身体に力を入れて立ち上がったの。

「アルトス……?」

 よろよろと歩き出したアルトスの表情は見えなかった。でも頼りなさげな背中と、肩は震えていた。アルトスが一歩進める毎に言葉と相槌が聞こえてきた。

「その子を責めないでやってくれ。自分がおかしいことには気付いてたんだ」

「はい」

「どんな感じなのか、二度とない体験が出来たと思う。……俺には過ぎた感情だった」

「はい」

「もう、言葉が溢れて……止まらなくなりそうなんだ……。……俺を助けてくれ、イーライ」

「かしこまりました。――貴方様の御心のままに」

 アルトスはイーライさんの肩に頭を寄せて、立ち止まった。イーライさんはそんなアルトスの後頭部に手を当てて、自分の首元にそっと添わせた。

「あれの名前をご存知でなくて本当に良かった。貴方様のお言葉は力が強すぎるのです。その状態でよく耐え抜きました」

「ははっ! イーライ、俺は何も我慢してないよ」

「いいえ。このような場所で事に及んだ事実が、貴方様の理性の強さを物語っております」

 ぽんぽんと、背中を優しく叩いて撫でた。

「もう少しお待ちください」

「ありがとう、イーライ……」

 私はそんな二人を見て愕然とした。魅了の魔術は掛かったままなのに、それなのにアルトスはイーライさんを選んだ。そして魅了中、一度も聞けることの無かった笑い声が、イーライさんに対して簡単に漏れた。

「何よこれ……」

 ――私が見つめる視線の先、差し込む日の光に照らされた二人の世界。深い の形がそこにはあった。

 呆然としているとエールが輪っか状の魔術具をかかえて走ってきて、立ったままのアルトスの首、四肢に素早く取り付けた。そしてイーライさんの左手に魔法石粉砕器を持たせると――。

「お待たせ致しました、目を閉じてください。何があったかは記憶をたもたせますが、感情部分を薄めておきます。それで宜しいですか?」

「……任せる」

 石が割れる音がして赤い閃光がほとばしり、偽りの夢物語に終わりを告げた。

 次の日のアルトスはいつもと同じ。笑うし、抱いてもくれるけど求めてこない。結末も変わらないまま。ハッキリ言って、絶望した。

「……こんなの、どうしたら……。私、イーライさんに……本当に勝てるの……?」

 見せつけられた圧倒的な差。私はイーライさんに、アルトスとイーライさんの絆に――勝たなければならなかった。
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