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三章

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 アルトスの絶叫が中庭に響いた。もう本当にごめん、許して。

「という訳でこれ、二回目なんです!」

 私はもう一度だけ、エールなイーライさんをおかわりした。だって唯一頼れる最大の味方で、知恵袋だったんだもん。

 だけど心配ご無用、時間は無駄にしていない。アルトスが勝負好きでイチゴ好きだってちゃんと確認したし、その裏でイーライさんの右眼を影に解析させてたから。

「……親機、イーライの右眼が機体損傷無しに紛失した際は驚きましたが……。前の私はそこまで開示したのですね」

「え、へへぇ! あれは大事件でしたね……」

 狂乱一歩手前まで陥ったアルトス。それを宥めるイーライさんの手腕は見事なものだった。もう、二人の絆がなせる技だった。解析が終わるまでこれを繰り返さなければならないなんて……、いろんな意味で辛い。

 そしてチラリと、これは呆れかな? なんとも言えない表情を浮かべるエールなイーライさんを見て、紳士服が似合う親機、イーライさんならどんな表情をするのだろうとも思った。

 多分こっちのイーライさんの方が、あっちのイーライさんより表情が出やすいんだ。

「隻眼な分、魔力充填が通常の半分以下です。親機の活動限界まで時間がありません。何をお聞きになりたいのですか?」

「嘘!? 待って、そんな! この魔法陣! これが何なのかわかります!?」

 アルトスが贄になることを納得してしまう理由、それがわからないままだった。だからこれが何なのか、知りたかった!

「お待ちください。記録より照合してみます」

 エールなイーライさんは細かく左右に瞳を揺らして、内容を読み取ろうとしているようだった。でも何故か、その眉間にどんどん深いシワが寄っていった。

「――これは、悪魔の召喚術式? いえ、降霊術式……違う、相反したスペルが複数、固定、定着、乖離、神聖化……複雑に混合されていますね。確かなのはクネスブランの国土面積に、数にして十の星が……」

「え? 何なに?」

 言葉が右から左に流れていくよ?

「私の知識はマスターからの授かり物と、のちに補充した現存している書物知識のみです。大まかに何を表現しようとしているかは理解出来ますが、何分なにぶん魔法の領域――」

 どうしよう、新しい情報のはずなのに全然心が踊らない。だから? って小さな私が頭の中で踊ってた。

「待って、私バカだから全然わかんない! 全部イーライさんに敵わないんだから!」

 顔の前で両手を交差し、情けなく喚いてしまった。そんな私に、エールなイーライさんは目を鋭く細めて忠告してきた。

※※※

 ――貴女様のその、ご自身を卑下するお言葉、私に敵わないと定義付ける発言、今後一切お止めになるべきです。

「……私は魔女」

 イーライさんの助言を思い出しながら、影の体内を、靴音を立てて歩いた。

 イーライさんが保有する知識量は凄いものだった。多分きっと、イーライさんもアルトスを護るため必死に溜め込んだんだと思う。

 ――アルトス様のお力について、既にご存知でしょう。あれから察するに“言霊”は少なからず、誰しも力を発揮するものなのです。神秘、魔法、魔術、全ての源流には世界に対する認識の共有が必要です。

「私は凄い魔女」

 暗闇の中、コツコツと音が響いた。

 ――貴女様が“自分は馬鹿だ、イーライには敵わない”と発言する度、世界に、貴女様に少しずつ染み込んで、事実となります。

「私は凄いすごーい魔女」

 くるくると回って、フリルがかわいい侍女服のスカートがなびいた。

 ――“名はその存在を縛るが、逆に力を与えることにも繋がる”。これはお恥ずかしながら、アルトス様からの受け売りです。神秘と言えるお力を所持するあの方が仰るのです、それはことわりまことなのでしょう。

「私はアレに勝つ。絶対に負けない、諦めない」

 立ち止まって、右手を上げた。何だか本当に、力が湧き上がってくるようで――強くなった気がした。

 ――強敵が現れ、どうしてもそれを呼称したい場合、直接名を呼ぶことを避けてください。例えば“アレ”や“従者”とぼかすのが適当です。

「調べないといけないこと、知るべきことは沢山ある。アルトス周辺、特に彼女のことを調べる。最後にあの魔法陣の発生源、多分、あの雷の場所……、御殿だ」

 意識して指を鳴らすと、視界が開けた。青空が広がって、丘の上の霊園。鳥のさえずりが聞こえた。

 ――そして私ではあの魔法陣を解析出来ません。直接王城敷地内、この陣の発動魔力発生源を探るべきです。刻まれたスペルが示す通りなら、全ての答えがそこにあるでしょう。

「やってやる、見ていやがれクソ野郎ども。これ以上あの人を、アルトスを! いいように使われてたまるか」

 片っ端から豚共に魅了の魔術を掛け、聞き出してやろうと考えていた。嫌だったけど、なりふり構ってなんかいられない。影を纏って太陽の下、飛んだ。

「お前が何故、ここまで私に肩入れしてくれるのかわからない。でもありがと、これからも力を貸して。足踏みした分、気合入れて行くわよ」

 反応した影が蠢き広がって、地面に映る私の影はさながら。

 飢えて獲物を狙う、猛禽類のそれだった――。
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