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第3部 呪いの館 それぞれの未来へ

勇輝の話 2

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 怜と話した翌日から怜の態度はおかしかった。

 早朝から「華を助ける方法を探す」と書いた紙だけ置かれて姿をくらまして、夕方に涼しい顔で戻ってきた。いつの間にか外出許可を取っていたようで、騒ぎにはならなかった。

 どこに行ってたんだ?と問い詰めると、図書館と答えた。

 病院のすぐ隣だった。

「教えてくれたら一緒に行ったのに。で、何か手がかりは見つかったか?」
「あぁ、何とか」
「本当か、すごいな!」

 早速情報を聞こうとしたが、今日は疲れたから明日にして欲しいと怜が言ってきた。少しの違和感を感じた。

 普段の怜なら、華の救出を後回しにする事は絶対しない筈だ。だが病気で体力が戻ってないからだろうと納得してしまったのだ。

 そして翌朝の早朝。

 ベッドで眠る華の側で。
 横の椅子に座ったまま、華に寄り添う状態で、意識不明の怜が見つかった。

 華と手を繋いで、もう片方には血がついたハンカチが握られていた。

 連絡をもらって病院に来ていた華の母親の証言では、早朝怜が見舞いに来たそうだ。

 子供の時から見知っている為、心よく病室に招き入れた。
 ちょうど手続きの関係で病室を空けるところだったので、怜に華を任せ病室を離れた。
 そして用事を済ませて戻って来た時には、怜の意識がなかったそうだ。

 病気か、発作か、と医者や看護師が怜の様子を調べている。

 でも勇輝にはわかった。彼は華の元へ行ったのだ。勇輝は置いていかれたのだ。

 何故なのかは、わかった。

 あの時、桃への恨みをどうにかしようと言った時。怜は必死だった。体調も本調子じゃないなか、きっと1番良い解決方法を勇輝に提示したが、勇輝は拒否した。

 だから失望したのだ勇輝に。

 傷ついた怜の顔が思い出される。

 だからきっと図書館で何かヒントを見つけて1人で行ってしまった。

 でもこの方法はダメだ。ただでさえ、体力を落とした状態であの世界に戻るなんて自殺行為だ。

 こんな事なら、怜の言う通りにするべきだった。1人でもっとも大きなリスクを背負わせてしまった。

 後悔が勇輝を襲う。

 2人とも絶対無事に救い出す。

 覚悟を決めて、勇輝は桃の病室へ向かった。



◇◇◇



 桃の病室へ向かったのは入院してから初めてだった。怜と華の病室には何度も足を運んだのに。

 ノックして病室に入ると、華の祖母がいた。見舞いが遅くなった事を謝り頭を下げた。

 いいのよ、あなたも大変だったわね。桃の祖母が椅子を薦めてくれたので大人しく座る。

 桃は相変わらず寝ている。下手するとまるで死んでいるようだ。

「せっかくやっと仲の良い友達が出来たのにねぇ、こんな事になって」

 祖母が悲しそうな表情で、桃の頬を優しく撫でた。

 やっと友達ができた。その言葉に違和感を感じて、勇輝は祖母を見た。

「あの、それってどういう事ですか?こっちでも友達はいたんですよね?」 

 あらあら、この子は何も話してないのね、と寂しそう笑う。

「この子は小さい頃から苦労してるのよ」

 桃の頭を優しく撫でながら祖母が語った内容は、桃の幼少期の話だった。

 両親と姉妹の4人家族。桃は長女だった。父親の事業が失敗して生活が苦しくなり、桃だけが祖父母に預けられた。

 祖母から見ても、両親は妹の面倒ばかり見て、大人しい、いわゆる良い子の桃はあまり構ってもらえなかったそうだ。

「桃はいい子だから我慢できるでしょ」

 それが両親の口癖だったらしい。そして、桃はこの田舎で小学校に通い出したが「親に捨てられた可哀想な子」と噂されていたらしい。

「なんだよそれ、ひどい」

 まるで村全体でのイジメのようだった。だから桃は高校の進学を機に、田舎を出たらしい。

 自分の過去を知らない環境でやっと出来た友達。それが勇輝達だった。

 夏休みに友達連れてくるね、と嬉しそうに祖父母に電話してきた時、本当に良かったと祖父母も一緒に喜んだらしい。

「だから、こんな事があっても桃の友達でいてくれたら嬉しいわ」

 桃にとって、自分達の存在がそんなに深い意味を持っていたなんて。
 
 桃のした事は今でも許せない。

 それでも、あの世界で自分達が桃にとった行動は間違いだったかもしれない。そう思えた。そして、自分達の行動が違えば、桃の行動も違ったかもしれない。

 溢れそうになる涙を堪えて、勇輝は桃の祖母へ「また来ます」と頭を下げて桃の病室を後にした。

 友達でいてくれると嬉しい、その言葉に素直に頷けなかったからだ。

 だが勇輝の中から桃への嫌悪感が少し薄れた気がした。

 それから数時間後、桃が目を覚ましたと連絡が入った。

 翌日、桃と話した勇輝は、怜と同じ方法で再び呪いの館に戻ったのだった。
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