5 / 23
第一章 奏でられる運命の終わりと始まり
通告(1)
しおりを挟む
メイドに呼ばれるまま、リリスは軽い身支度を整えて父の部屋に向かった。扉を軽くノックをして名を告げると、部屋の奥から入室を許可する声が聞こえる。久しぶりに尋ねる父の部屋に、恐る恐るリリスは足を踏み入れた。
整理された部屋にはさまざまな魔法具が置かれ、魔力に満ちた空気はどこか頭がくらくらさせた。明かりひとつつけられていない部屋はじわりと恐怖を呼び起こす。暗闇の中で光源となるものは、部屋の最奥にある大窓から差し込む月の光だけだった。
わずかな明かりを頼りに部屋を進む。リリスの父、ロイドは一番奥の机のところにいた。リリスが入ってきたにもかかわらず、イスに座った人影は背をリリスの側に向けている。しばらく何も動きがないまま二人とも沈黙していたが、ややあってリリスがためらいがちに声をかけた。
「父様。リリスです」
「よくきた。ここに呼んだ理由はわかるか?」
「……いいえ」
単刀直入に切り出され、リリスの表情が曇る。わからないと答えたものの、何に関連することなのか、大方察しはついていた。おそらく先の集会で議題にされたことだろう。リリスがうすうす感づいていることは見抜かれていたようで、いいえと答えたにも関わらず、ロイドは沈黙というかたちでその答えを求めた。
「──私の、次期当主拝命式について、ですか」
威圧感さえ感じさせる沈黙に耐えかねて答えると、父はそれを肯定した。リリスの目の前にある背中は一向に後ろを向く様子はなく、ロイドはそのままで話し始めた。
「お前の次期当主拝命式が二ヵ月後に迫っている。だがお前はいまだに相手を見つけられておらぬ。 そんなものに当主を継がせるなど、と疑問を抱く者も我が一族には多い。 一族のものと話し合った末、お前には相手を探すための旅に出てもらうことにした」
あくまで淡々と話される内容に、リリスは頭を殴られたようなショックを受けた。相手を探す旅に出させる──それは事実上の一族追放に等しいものだ。リリスは相手を見つけることができるまで、一族に戻ることは許されない。そして、自分が相手を見つけて帰って来られる可能性など、万に一つもあるかどうかの確率でしかない。それはロイドもよく知っているはずだ。何か言わなければならないと思うのに、リリスはまったく声が出なかった。
その間も、父の非情な言葉は続いていく。
「お前の力が大きすぎるゆえに、容易に相手が見つからぬことも重々承知している。 魔力だけなら、この国にいる『魔力を与える者』たちの中で並ぶ者はいないからな。だが、魔力が大きいだけでは役には立たぬ」
がらがらと大きな音を立てて足元が崩れていくようだった。今まで誰に言われてきたものよりその言葉はリリスの胸に深く突き刺さった。「魔力が大きいだけの役立たず」──父に、そういわれた。それはどんな言葉よりもリリスの存在を否定するもので、さらに父から言われたということに何よりもショックをうけた。ロイドはずっとそんなふうに思っていたのだ。 そう思い知らされた。
「出発は明日の夜。一族のものには悟られぬように発つように。見送りは一切禁じてある。 といっても、お前に見送りに来るようなものがいるとはあまり思えないがな。必要なものはすべて用意してやるから、満月が昇ったらここを出発しろ」
死刑宣告のような声がリリスへと告げ、きりきりと胸が痛む。
(もうやめて。これ以上言わないで。そんなこと、わかっているもの。私は、父様や母様に恥をかかせるだけの子供なのだから。出来の悪い子供はいらない。 自分の子供とも思わない。父様はそういいたいのでしょう……?)
早く、早くこの場から逃げ出したい。思わず耳をふさぎたくなるような言葉が紡がれる中、思わずぎゅっと目を閉じた。唇をかみ締めて、必死で泣き出したくなるのをこらえる。そんな様子を知ってか知らずか、さらにリリスを恐怖させる言葉が続いた。
「こちらへ来い、リリス。ここへお前が再び帰ってくるまでの間、次期当主の印を預からせてもらおう」
無慈悲な言葉にリリスは閉じていた目を開き、震える足をそっと前へ出して言われるがままに父の元へと向かう。手を伸ばせば届くその範囲まで近寄ると、父はおもむろにリリスの足元へ手を伸ばした。足元で光る魔方陣に、これは魔法だ、と認識するが早いか胸元に熱が集まる。無意識に感じた危機感にとっさに逃れようとするも、いつの間にか後ろにいた人影に阻まれてしまう。後ろを振り返ったリリスはその正体に青ざめた。
「母様……!」
「おとなしくしなさい、リリス。あなたから次期当主の印を一時的にはずすだけよ。あなたを傷つけたりはしないわ」
母の有無を言わさぬ言葉を聞き、抵抗すら無駄だと悟ったリリスはおとなしく魔法を受け入れた。やがて胸を焼く熱は魔力の凝縮と共に急速に熱さを失う。完全に熱が消え去った後、薄紅色の宝石が足元へぽとりと落ちた。手のひらに収まるくらいの石には、今までリリスの胸元に咲いていた赤い花弁が刻まれていた。
整理された部屋にはさまざまな魔法具が置かれ、魔力に満ちた空気はどこか頭がくらくらさせた。明かりひとつつけられていない部屋はじわりと恐怖を呼び起こす。暗闇の中で光源となるものは、部屋の最奥にある大窓から差し込む月の光だけだった。
わずかな明かりを頼りに部屋を進む。リリスの父、ロイドは一番奥の机のところにいた。リリスが入ってきたにもかかわらず、イスに座った人影は背をリリスの側に向けている。しばらく何も動きがないまま二人とも沈黙していたが、ややあってリリスがためらいがちに声をかけた。
「父様。リリスです」
「よくきた。ここに呼んだ理由はわかるか?」
「……いいえ」
単刀直入に切り出され、リリスの表情が曇る。わからないと答えたものの、何に関連することなのか、大方察しはついていた。おそらく先の集会で議題にされたことだろう。リリスがうすうす感づいていることは見抜かれていたようで、いいえと答えたにも関わらず、ロイドは沈黙というかたちでその答えを求めた。
「──私の、次期当主拝命式について、ですか」
威圧感さえ感じさせる沈黙に耐えかねて答えると、父はそれを肯定した。リリスの目の前にある背中は一向に後ろを向く様子はなく、ロイドはそのままで話し始めた。
「お前の次期当主拝命式が二ヵ月後に迫っている。だがお前はいまだに相手を見つけられておらぬ。 そんなものに当主を継がせるなど、と疑問を抱く者も我が一族には多い。 一族のものと話し合った末、お前には相手を探すための旅に出てもらうことにした」
あくまで淡々と話される内容に、リリスは頭を殴られたようなショックを受けた。相手を探す旅に出させる──それは事実上の一族追放に等しいものだ。リリスは相手を見つけることができるまで、一族に戻ることは許されない。そして、自分が相手を見つけて帰って来られる可能性など、万に一つもあるかどうかの確率でしかない。それはロイドもよく知っているはずだ。何か言わなければならないと思うのに、リリスはまったく声が出なかった。
その間も、父の非情な言葉は続いていく。
「お前の力が大きすぎるゆえに、容易に相手が見つからぬことも重々承知している。 魔力だけなら、この国にいる『魔力を与える者』たちの中で並ぶ者はいないからな。だが、魔力が大きいだけでは役には立たぬ」
がらがらと大きな音を立てて足元が崩れていくようだった。今まで誰に言われてきたものよりその言葉はリリスの胸に深く突き刺さった。「魔力が大きいだけの役立たず」──父に、そういわれた。それはどんな言葉よりもリリスの存在を否定するもので、さらに父から言われたということに何よりもショックをうけた。ロイドはずっとそんなふうに思っていたのだ。 そう思い知らされた。
「出発は明日の夜。一族のものには悟られぬように発つように。見送りは一切禁じてある。 といっても、お前に見送りに来るようなものがいるとはあまり思えないがな。必要なものはすべて用意してやるから、満月が昇ったらここを出発しろ」
死刑宣告のような声がリリスへと告げ、きりきりと胸が痛む。
(もうやめて。これ以上言わないで。そんなこと、わかっているもの。私は、父様や母様に恥をかかせるだけの子供なのだから。出来の悪い子供はいらない。 自分の子供とも思わない。父様はそういいたいのでしょう……?)
早く、早くこの場から逃げ出したい。思わず耳をふさぎたくなるような言葉が紡がれる中、思わずぎゅっと目を閉じた。唇をかみ締めて、必死で泣き出したくなるのをこらえる。そんな様子を知ってか知らずか、さらにリリスを恐怖させる言葉が続いた。
「こちらへ来い、リリス。ここへお前が再び帰ってくるまでの間、次期当主の印を預からせてもらおう」
無慈悲な言葉にリリスは閉じていた目を開き、震える足をそっと前へ出して言われるがままに父の元へと向かう。手を伸ばせば届くその範囲まで近寄ると、父はおもむろにリリスの足元へ手を伸ばした。足元で光る魔方陣に、これは魔法だ、と認識するが早いか胸元に熱が集まる。無意識に感じた危機感にとっさに逃れようとするも、いつの間にか後ろにいた人影に阻まれてしまう。後ろを振り返ったリリスはその正体に青ざめた。
「母様……!」
「おとなしくしなさい、リリス。あなたから次期当主の印を一時的にはずすだけよ。あなたを傷つけたりはしないわ」
母の有無を言わさぬ言葉を聞き、抵抗すら無駄だと悟ったリリスはおとなしく魔法を受け入れた。やがて胸を焼く熱は魔力の凝縮と共に急速に熱さを失う。完全に熱が消え去った後、薄紅色の宝石が足元へぽとりと落ちた。手のひらに収まるくらいの石には、今までリリスの胸元に咲いていた赤い花弁が刻まれていた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる