天青の魔法使い~泣き虫姫と愛を知らない半妖魔の恋物語~

水月さかな

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第二章 出会いと別れは突然に

吐露(2)

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 青年と交わす軽口は、リリスにどこか懐かしい感情を呼び起こした。素直に自分の感情をさらけ出してしまえる気安さ。 軽口のやり取りをしながら、会話をする楽しさ。 少し考えてから、それが伯父とのやり取りによく似ていたことに思い当たった。

(だめ、思い出さないようにしてたのに……)

 少し浮上した気分がまた深く沈みこんでいく。 今まで考えないようにしていたこと──出来損ないの自分は家を追い出されたのだ、ということを思い出す。 きりきりと痛み出す胸に舞い込んだ寂寥感をもてあまし、リリスは再び顔をうつむけた。今度は、目にたまった涙を男に悟られないために。

 「どうした?」
 「……なっ、なんでもないの……!」

 自分を気遣う男の優しい声が身に沁みる。ここで泣いたら絶対変に思われる。そう思うのに、涙は止まらない。一粒、二粒床に転がり落ちた涙を見つめる。それが限界だった。

 次々あふれてくる涙に視界がゆがむ。父にあれほど色々なことを言われた時だって大丈夫だった。悲しかったが、何とか泣かずにいられた。それなのにいまさら泣いてしまうなんてどうかしている。

(知らない人の前なのに。さっき、知り合ったばかりの人なのに。どうしてこの人の声はこんなにも私を泣きたい気持ちにさせるの……?)

 「ど、どうした?! 俺に笑われたのがそんなにいやだったか? それともさっきのことが怖かったか? 本当に悪かった、悪かったからもう泣かないでくれ……!」

 自分が泣かせたと思ったのか、目の前の男はひどくうろたえていた。最後の余裕を全部かき集め、リリスはぶんぶんと首を振る。そのおかげか、何とか彼の所為でないのはわかってもらえたらしく、目に見えて男の表情が和らいだ。だが人のことを気にしていられたのもそこまでだった。

 必死で嗚咽を抑えようとするが、止まらない。こらえきれない泣き声はみっともなく喉からしぼりだされ、涙はほたほたと服や床にしみをつくっていく。寂しい、もう一度会いたい、一度だけでいいから──そうつぶやく声は嗚咽に半ばかき消され、自分の声ではないように聞こえた。

 伯父にもう一度会いたい。 会って、父の話は嘘だと否定して欲しい。 どうか自分を拒絶しないで欲しい。 自分は孤独ではないのだと、そう証明して欲しい。ただそのことを切に願って、リリスは泣いた。そうでないと、自分がこの世界にい続ける価値はなくなってしまう。誰も必要としてくれないなら、自分のいる意味はなくなってしまうから。

「……今は俺がいてやる、だからもう泣くな」

 不意に頭に載せられた温かさと言葉に、リリスは泣きじゃくりながら前の男を見上げた。涙でゆがんだ男の表情はわからない。だがまるで壊れ物を扱うようにおっかなびっくり、それでも確かな温かさを持って頭をなでる手に、リリスは安堵を覚えた。もう泣かないでいいと自分をなだめるように優しく背中を撫でる手が心地よくて、知らず知らずのうちに男のほうへと身を寄せる。男はそれを拒もうとはせず、ゆっくりとリリスを抱きしめた。

 自分を閉じ込める腕の力の強さと体を包み込む温かさに、言いようのない安心感に包まれる。 あやすように語りかける声音は誰よりも優しかった。嗚咽はいつの間にかやみ、泣きつかれたリリスの意識に紗がかかっていく。何も心配せず、今は眠るといい。落とされたささやきに一つうなずいて、リリスはぬくもりに身を委ねる。やがて誘われるように意識は眠りの淵へと落ちていった。
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