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②ルーニー・マーレン
3.二か月目(前半)
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「ジェフリー部長、仕分け業務が改善できたおかげで、人員に余裕ができました。ルーニーさんに受付をやってもらおうと思います」
ライアン主任がジェフリー部長に言う。
「ああ、いいですね。アンバーさん、ルーニーさんに受付業務を教えてあげてください」
「はい」
ルーニーは控え目な笑顔でアンバーに挨拶する。
「アンバーさん、よろしくお願いします」
「ええ、こちらに来てください」
アンバーはルーニーを手招きすると、すぐ近くにいるグレイスの席まで行く。
「グレイスさん、ルーニーさんに受付業務を教えてあげてね」
「は、はい」
グレイスは一瞬、虚をつかれたように目を見開くが、すぐ持ち直した。ルーニーも仰天したが、なんとか真面目な顔のまま乗り切る。
「では、ルーニーさん、今日は私の隣で見ていてください。来週にはひとりでできるようになっていただけれ……」
「あら、ルーニーさんは優秀ですもの、明日からひとりで大丈夫よね?」
アンバーが横からトゲのある口調で割り込む。ルーニーはニッコリと笑った。
「アンバーさんに優秀と言っていただけるなんて、光栄です。がんばりますわ」
ルーニーはにこやかな笑顔でアンバー見つめた。アンバーはしばらくルーニーをじろじろ見た後、プイッと顔をそらすと席に戻り、爪を磨き始める。
キリアンとライアン主任がハラハラした様子で見ているが、ルーニーは気づかないふりをする。ルーニーは決心した、この女にだけは絶対に負けない。
幸い、グレイスが分かりやすく受付業務をまとめてくれていた。ルーニーは必死でまとめ資料を読み込み、受付しているグレイスを見ては手帳に書き留める。一日が終わったときには、ルーニーはヘトヘトになっていた。
心配するグレイスに何度もお礼を言い、ルーニーは事務所を出る。王宮から出て少ししたところで、キリアンが待っていた。ルーニーは駆け寄るとキリアンに飛びつく。
「ムカつくーーーーー」
吠えるルーニーを、キリアンがヨシヨシとなだめる。
「よくがんばったな。俺はルーニーがいつひっぱたくんじゃないかとドキドキしたよ」
「失礼な。いくら私だって、先輩を叩いたりしないわよ。今のところは」
「お、おう。よく耐えた、偉かった。何かおごってやるよ」
「ワインもつけて」
「いいよ」
「やった」
ふたりはよく食べ、ほどほどに飲んだ。二日酔いで受付窓口に立つわけには行かない。その夜、ルーニーは遅くまで資料を読み込んだ。
翌日、ルーニーの受付はそれなりになんとかなっている。隣の窓口に立っているグレイスが、危ない場面ではさりげなく助けてくれるのだ。
「ありがとう」
ルーニーは小声で言う。グレイスはそっと頬笑んだ。
「あなたたち、窓口では私語を慎みなさい」
アンバーが後ろから厳しい声で言う。ルーニーはビクッとし、グレイスはペンを取り落とした。
「アンバーさん、そうピリピリしないで。ルーニーさんは今日が初めての受付だ、グレイスさんが助けてあげるのは当然でしょう」
ライアン主任が間に入ってくれる。
「まあ、ライアン主任は随分とお優しいですわね」
アンバーが猫撫で声を出して、ライアン主任にすりよる。ライアン主任は咳払いして、アンバーから離れた。
毎日アンバーの嫌味攻撃を受けながらも、ルーニーはひと通り受付業務ができるようになった。
「おはようございます。備品部です。申請書類の返却をお願いします」
美しい女性が封筒を大量に持ってきた。隣からグレイスがそっと声をかけてくれる。
「これらは全て、赤インクで至急の印をつけてください。備品の申請書に不備があって、申請書類が出し直しになるんです。早く返してあげないと、備品が足りなくなるかもしれませんから」
グレイスはそう言いながら見本を書いてくれた。ルーニーは急いで全ての封筒に印をつける。
「あら、この文字は……」
ルーニーは封筒の上に大きく書いてある文字に気がついた。備品部の女性が慌てる。
「あ、仕分けがしやすいかなと思って、送付先部署名の頭文字を大きく書いてみたんです。余計なことしてすみません」
「いいえ、これは素晴らしいわ。真似させてもらってもいいですか?」
ルーニーが聞くと、女性はパアッと花がほころぶように微笑む。
「もちろんです。郵便部の皆様にはいつもお世話になっていますもの」
女性はニコニコしながら去って行った。
「美人な上に性格までいいなんて」
ルーニーは思わず心の声が漏れてしまった。グレイスがクスクス笑っている。
「備品部のサッシャ・ルスターさんです。私の同期です」
「そうなの、あなたもサッシャさんも、若いのにすごいわねえ」
グレイスは、とんでもないと肩をすくめている。
「というかグレイスさん、さっきの部署名の頭文字を大きく書いてもらう件、広めましょう」
ルーニーの言葉にグレイスは顔をこわばらせながら頷いた。きっとアンバーが怒る、ふたりは言葉にはしないが、同じ思いを抱いた。
***
ルーニーはキリアンと森で散歩をしている。お金のない若い男女は、森か公園で散歩するのが定番のデートだ。
「へえー、アンバーさんが怒ってないんだ」
「そうなのよ、絶対ブチ切れると思ってたのに……。不気味だわ」
ルーニーが長い棒で草をピシピシ打ちながら、口をゆがめる。
「気づいてないとか?」
「いや、そんなわけない。受付で毎回みんなに、送付部署の頭文字を大きく書いてってお願いしてるもん」
「単純だけど、いい考えだよなあ。おかげで仕分けも配送も時間が短縮できた」
「よかったー」
キリアンは感心した様子で褒め、ルーニーは両手を高く上げる。
「まあ、怒ってこないならいいじゃないか。無理に闘う必要もないし」
「そうね。ああーやる気のない人は、いなくなってほしーい」
ルーニーは周りに誰もいないのをいいことに、大声で叫んだ。
「ははは、ああいうのは視界に入れない方がいいよ。どこの部署にだって、多少はサボる人はいるよ」
「多少ね。あの人ほとんど爪見てるか、髪をいじってるかどっちかじゃない。しょっちゅうどっかに消えるしさ」
一体、仕事をなんだと思っているのか。ルーニーは憤る。
「まあまあ、せっかくの休日に仕事の話はやめようよ。今日は肉入りサンドイッチを買ってきたから。うちの料理人がクッキー焼いてくれたし」
「わーい。キリアンとこのクッキー大好き」
ふたりは腕を組んで、笑い合った。
ライアン主任がジェフリー部長に言う。
「ああ、いいですね。アンバーさん、ルーニーさんに受付業務を教えてあげてください」
「はい」
ルーニーは控え目な笑顔でアンバーに挨拶する。
「アンバーさん、よろしくお願いします」
「ええ、こちらに来てください」
アンバーはルーニーを手招きすると、すぐ近くにいるグレイスの席まで行く。
「グレイスさん、ルーニーさんに受付業務を教えてあげてね」
「は、はい」
グレイスは一瞬、虚をつかれたように目を見開くが、すぐ持ち直した。ルーニーも仰天したが、なんとか真面目な顔のまま乗り切る。
「では、ルーニーさん、今日は私の隣で見ていてください。来週にはひとりでできるようになっていただけれ……」
「あら、ルーニーさんは優秀ですもの、明日からひとりで大丈夫よね?」
アンバーが横からトゲのある口調で割り込む。ルーニーはニッコリと笑った。
「アンバーさんに優秀と言っていただけるなんて、光栄です。がんばりますわ」
ルーニーはにこやかな笑顔でアンバー見つめた。アンバーはしばらくルーニーをじろじろ見た後、プイッと顔をそらすと席に戻り、爪を磨き始める。
キリアンとライアン主任がハラハラした様子で見ているが、ルーニーは気づかないふりをする。ルーニーは決心した、この女にだけは絶対に負けない。
幸い、グレイスが分かりやすく受付業務をまとめてくれていた。ルーニーは必死でまとめ資料を読み込み、受付しているグレイスを見ては手帳に書き留める。一日が終わったときには、ルーニーはヘトヘトになっていた。
心配するグレイスに何度もお礼を言い、ルーニーは事務所を出る。王宮から出て少ししたところで、キリアンが待っていた。ルーニーは駆け寄るとキリアンに飛びつく。
「ムカつくーーーーー」
吠えるルーニーを、キリアンがヨシヨシとなだめる。
「よくがんばったな。俺はルーニーがいつひっぱたくんじゃないかとドキドキしたよ」
「失礼な。いくら私だって、先輩を叩いたりしないわよ。今のところは」
「お、おう。よく耐えた、偉かった。何かおごってやるよ」
「ワインもつけて」
「いいよ」
「やった」
ふたりはよく食べ、ほどほどに飲んだ。二日酔いで受付窓口に立つわけには行かない。その夜、ルーニーは遅くまで資料を読み込んだ。
翌日、ルーニーの受付はそれなりになんとかなっている。隣の窓口に立っているグレイスが、危ない場面ではさりげなく助けてくれるのだ。
「ありがとう」
ルーニーは小声で言う。グレイスはそっと頬笑んだ。
「あなたたち、窓口では私語を慎みなさい」
アンバーが後ろから厳しい声で言う。ルーニーはビクッとし、グレイスはペンを取り落とした。
「アンバーさん、そうピリピリしないで。ルーニーさんは今日が初めての受付だ、グレイスさんが助けてあげるのは当然でしょう」
ライアン主任が間に入ってくれる。
「まあ、ライアン主任は随分とお優しいですわね」
アンバーが猫撫で声を出して、ライアン主任にすりよる。ライアン主任は咳払いして、アンバーから離れた。
毎日アンバーの嫌味攻撃を受けながらも、ルーニーはひと通り受付業務ができるようになった。
「おはようございます。備品部です。申請書類の返却をお願いします」
美しい女性が封筒を大量に持ってきた。隣からグレイスがそっと声をかけてくれる。
「これらは全て、赤インクで至急の印をつけてください。備品の申請書に不備があって、申請書類が出し直しになるんです。早く返してあげないと、備品が足りなくなるかもしれませんから」
グレイスはそう言いながら見本を書いてくれた。ルーニーは急いで全ての封筒に印をつける。
「あら、この文字は……」
ルーニーは封筒の上に大きく書いてある文字に気がついた。備品部の女性が慌てる。
「あ、仕分けがしやすいかなと思って、送付先部署名の頭文字を大きく書いてみたんです。余計なことしてすみません」
「いいえ、これは素晴らしいわ。真似させてもらってもいいですか?」
ルーニーが聞くと、女性はパアッと花がほころぶように微笑む。
「もちろんです。郵便部の皆様にはいつもお世話になっていますもの」
女性はニコニコしながら去って行った。
「美人な上に性格までいいなんて」
ルーニーは思わず心の声が漏れてしまった。グレイスがクスクス笑っている。
「備品部のサッシャ・ルスターさんです。私の同期です」
「そうなの、あなたもサッシャさんも、若いのにすごいわねえ」
グレイスは、とんでもないと肩をすくめている。
「というかグレイスさん、さっきの部署名の頭文字を大きく書いてもらう件、広めましょう」
ルーニーの言葉にグレイスは顔をこわばらせながら頷いた。きっとアンバーが怒る、ふたりは言葉にはしないが、同じ思いを抱いた。
***
ルーニーはキリアンと森で散歩をしている。お金のない若い男女は、森か公園で散歩するのが定番のデートだ。
「へえー、アンバーさんが怒ってないんだ」
「そうなのよ、絶対ブチ切れると思ってたのに……。不気味だわ」
ルーニーが長い棒で草をピシピシ打ちながら、口をゆがめる。
「気づいてないとか?」
「いや、そんなわけない。受付で毎回みんなに、送付部署の頭文字を大きく書いてってお願いしてるもん」
「単純だけど、いい考えだよなあ。おかげで仕分けも配送も時間が短縮できた」
「よかったー」
キリアンは感心した様子で褒め、ルーニーは両手を高く上げる。
「まあ、怒ってこないならいいじゃないか。無理に闘う必要もないし」
「そうね。ああーやる気のない人は、いなくなってほしーい」
ルーニーは周りに誰もいないのをいいことに、大声で叫んだ。
「ははは、ああいうのは視界に入れない方がいいよ。どこの部署にだって、多少はサボる人はいるよ」
「多少ね。あの人ほとんど爪見てるか、髪をいじってるかどっちかじゃない。しょっちゅうどっかに消えるしさ」
一体、仕事をなんだと思っているのか。ルーニーは憤る。
「まあまあ、せっかくの休日に仕事の話はやめようよ。今日は肉入りサンドイッチを買ってきたから。うちの料理人がクッキー焼いてくれたし」
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