そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~

みねバイヤーン

文字の大きさ
7 / 30
【第一章】おなかいっぱい食べたいな

7. アッフェン男爵夫妻

しおりを挟む
 計画を何度か修正して、パイソン公爵もこれならいいだろうと言ってくれて、もうすぐ初仕事。

「パンが食べられるなら、もう仕事しなくてもいいんじゃ」っていう声もちょーっとだけ出たけど、「給金でジャムを買ってパンに塗ったらうまいぞ」ってジョーさんが言ったら、みんなやる気になった。

 古着だけどボロボロじゃない、シャツとズボンも買ってもらった。ズボンは大きめで、お腹あたりがスカスカしてる。そのままだと落ちちゃうので、ズボン吊りをしてる。これなら、大きくなっても、ちょっと太っても、かがんだり走ったりしても大丈夫。

 安全のために、アタシとエラは男の子のフリをすることになっている。大きめの帽子にしばった髪を隠すんだ。

「ワン」

 大きな犬も仲間になった。胸元と鼻の周りだけ白くて、あとは真っ黒。牛みたいに巨大な犬。

「オリー、子どもたちをよろしくな」

 ジョーさんがオリーをわしわし撫でる。ジョーさんが知り合いからオリーをもらってくれたんだ。オリーはネイトのお兄ちゃん。ネイトは普通の大きさなのに、不思議。 

 王宮までオリーが引っ張る荷車で行くの。王宮内でも、オリーがアタシたちを守ってくれるはず。

「オリーは優しいし、強いから安心だ。もし変態が出ても一撃でやってくれる」
 ジョーさんもピエールさんも、変態シュバイン子爵の登場以来、過保護ぎみ。

「そうだ、餞別を持ってきたんだった。一時間おきに休憩するようにって言ったけど、時間がわからなきゃ無理だなと思ってさ」

 ジョーさんがオリーの首に何かをつける。

「懐中時計をオリーの首につけておくから。これで時間を見て休憩するように」

 オリーの首につけられた赤い懐中時計。

 揺れる赤い懐中時計を見ていると、足に力が入らなくなった。

「おっと、サブリナ。大丈夫か?」
 ジョーさんに支えられたけど、体が震えて止まらない。伝えなきゃ、止めてもらわなきゃ。

「ピエールさんは? ピエールさんはどこ?」
「ピエールさんなら院長室じゃないか」
「ピエールさんに会いに行く」

 言うことを聞かない足を無理やり動かして、院長室に向かう。隣を歩いているジョーさんが、よろけるアタシの背中に手を置いてくれる。オリーとネイトもふんふん言いながらついてきてくれた。

 思い出した。つながった。ピエールさんが、夢の中に出て来ていたのに。あまりに目の前のピエールさんと違い過ぎるから、わからなかった。

 院長室に着くと、ピエールさんは壁の絵を見ながらブツブツ言ってる。

「ピエールさん」
 振り返ったピエールさんは、アタシの様子がおかしいからか、慌てて近寄ってくる。

「サブリナ、なんだ? どうした? なにかあったのか?」
「ピエールさん。奥さま、奥さまの馬車を調べて。車軸が折れそうになってるかもしれないの」
「ユリアの馬車? 車軸?」

「奥さまって、人形つくってますよね?」
「そうだけど。よく知ってるね」
「赤い髪に青い目で、白いドレスをきた女の子の人形はもうできあがりました?」
「どうしてそれを?」

 ピエールさんの目が泳ぐ。

「見えたんです。未来が。奥さまの馬車が事故にあって。川に奥さまと人形が落ちて行くのが見えたんです。止めてください、早く」

 アタシの震えが、ピエールさんに移った。ピエールさんの赤い髪と緑の目が揺れる。ああ、あの人形は、ピエールさんの赤い髪と、奥さまの青い目を持っているんだ。

「い、行ってくる。サブリナ、ありがとう」
「早く、早く。行ってください。奥さまを止めてください」

 ピエールさんの足音が遠ざかって行く間、跪いてずっと祈った。
 あの場面が、本当にならないでください。本当にしないでください。神さま。

 祈っていると、オリーが頬を、ネイトが手をなめてくれる。オリーにクルクルッと巻き込まれ、オリーのモフモフの中で目を閉じた。あの恐ろしい光景が浮かぶたび、ネイトがくぅーんと鳴く。慰めてくれるんだ。優しいね。

「サブリナ、サブリナ」
「んあっ」

 呼ばれて目を開けると、モフモフに包まれて何も見えない。かきわけて顔を出すとジョーさんがいた。心配そうな顔をしていたのに、すぐに笑いだす。

「なんで笑うの?」
「毛だらけになってるから」

 クックッと笑いをかみ殺しながら、オリーの中から引っ張りだしてくれる。ジョーさんが渡してくれたハンカチで顔を拭くと、いっぱいオリーの毛が取れた。

「髪にもいっぱいついてる。後でブラシをかけるといいよ。さあ、おふたりがお待ちだ」

 ジョーさんがさっと横に動くと、前の方にピエールさんと丸顔の女性。
 ふたりは、対照的な顔をした。泣きそうなピエールさんが駆けよってくる。優しそうな女性はニコニコしながらゆっくりと歩いてきた。

「サブリナ」 
 ふたりがアタシの前でひざまずく。ピエールさんがアタシの両手を取って、額に当てた。

「ピエールさん」
 それって、王さまにする仕草じゃなかったっけ。どうしちゃったの?

 金髪の女性がじっと見つめてきて、嬉しそうに笑う。夢で見た青い目が細くなる。ピエールさんのシャツの色。人形の目の色。

「ピエールさんの奥さまですか?」
「そうです。あなたに命を救ってもらったユリアです。本当に、ありがとう。馬車に乗って出かけようとしたときに、ピエールが血相を変えて戻ってきたのよ」

「すぐに車軸を調べたら、わずかだが亀裂が入っていた。あのまま走って、石の上にでも乗りあげたら、車輪がはずれて事故になっていただろう。サブリナ、君はユリアの命の恩人だ。心から感謝する」

「間に合ってよかったです。あの、緊張するので立ってください」
 ひざまずかれると、どうしていいかわからない。

「そうだね。座って話そう」
 四人でソファーに座って向かい合う。

「それで、君の力のことだけど。もしかして、サブリナは未来が見えるのかい?」
 そうだよね。そうなるよね。あのときは先のことまで考える余裕がなかったけど。あんなこと言ったら、そう思われるよね。

「言いにくいと思うのよ。でも、わたくしたちを信じてくださらない? あなたに命を救ってもらったのだから、決して裏切らないわ。神様でも国王陛下にでも誓えるわ」

 ユリアさんが静かに言う。その声を聞くと、なんだか落ち着いてきた。それに、この人を救えたことは、絶対に後悔しないもん。夢で見た、やつれてやけっぱちになってるピエールさんになってほしくないもん。今のピエールさんが好きだ。

「あの、アタシ、未来の夢がときどき見えるの」
「そうか」

 大人三人がため息を吐いた。ピエールさんがうなりながら髪をひっぱる。赤い髪があっちこっちの方向にいって、おもしろいことになってる。

「サブリナ、その力はできるだけ秘密にする方がいい。悪いやつに知られたら、何をされるかわからないからね」
「はい、アタシもそう思います」
「一番いいのは、力のある貴族の養子になることだ。もしオレでよければ、喜んで養父になる。パイソン公爵閣下という手もある」

 そのことは考えた。パイソン公爵の養子になっていた未来も見た。でも、あの未来はイヤだった。

「パイソン公爵の本当の子どもとうまくやっていけると思えません。だから、それはイヤです」
「なるほどなあ。孤児が公爵家の養子になったら、なにかと面倒だよなあ」

 ユリアさんが少し身を乗り出した。

「あのね、わたくしたち、子どもに恵まれなかったのよ。本当に辛いの。ずっと我が子を抱きたかった。この人との子どもなら、赤い髪で青い目になるだろうと思って、人形まで作ってね」

 ユリアさんが大きなカバンの中から人形を取り出す。ああ、この子だ。馬車から投げ出されて、川に沈んでいくユリアさんが最後まで離さなかったこの子。今は悲しそうじゃないのね。

「勝手なことを言うけれど。さっきあなたを見たとき、まるで自分の娘のように感じたの。あたくしの金髪とピエールの赤髪がまざったら、あなたのようなピンクの髪になるわねって。あなたの緑色の目はピエールの目にそっくりねって。ごめんなさい、こんなこと言って。気持ち悪いわよね」

「いえ、そんなこと」
 別に気持ち悪くはない。誰にもほしがられなかった。実の親に捨てられたアタシを、そんな風に思ってくれる人がいるのは、気持ち悪くなんてない。

「あの、ピエールさんとユリアさんの養子になるのは、イヤではないです。でも、考える時間をください」
「そうね、時間をゆっくりかけて。簡単に決められることではないものね」

 ユリアさんが少しもじもじした。

「あの、もしよければだけど。抱きしめさせてもらえないかしら」
「あ、はい、どうぞ」

 ふたりでもじもじオドオドしながら立ち上がり、近づく。ユリアさんが少しかがんで抱きしめてくれた。優しい匂いがする。温かくて柔らかい。お母さんって、こんなかな。お母さんは、アタシのこと、抱きしめてくれたのかな。どうして、アタシのこといらないってなったのかな。

 考え出したら、涙が止まらなくなった。ユリアさんがいつまでもアタシの頭と背中を撫でてくれた。ユリアさんの腰にぶら下がっている赤い懐中時計が、ユリアさんの時が止まらなかったことを告げるようにチクタクと言っている。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部
恋愛
大切にされず関係を改善できる見込みもない。 それならいっそのこと、関係を終わらせてしまえばいい。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

公爵家の侍女見習い、王宮の帳簿を黙らせます―

鍛高譚
恋愛
没落寸前の子爵家に生まれたキャル・キュレイションは、公爵家で侍女見習いとして働くことになる。 高位貴族から見れば、子爵令嬢など平民と大差ない。そんな弱い立場の彼女には、ただひとつ、とんでもない才能があった。 それは――暗算。 市場の会計をごまかす商人を見抜き、屋敷の帳簿の乱れを整え、誰も気づかなかった数字の歪みを拾い上げる。 その力はやがて公爵家の中だけに留まらず、領地経営、王宮財務局、そして国そのものを動かす大きな数字へと繋がっていく。 「魔法? ただの暗算です」 けれど、数字が見えるということは、見なくていいものまで見えてしまうということでもあった。 貴族社会の冷たい現実、王宮に渦巻く思惑、そしてなぜか彼女を放っておかない王太子。 立場は弱い。権力もない。 それでもキャルは、数字を武器に、自分の居場所を切り開いていく。 これは、公爵家の侍女見習いから始まった子爵令嬢が、暗算ひとつで王宮の帳簿を読み解き、成り上がっていくお仕事成長ファンタジーです。

処理中です...