そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~

みねバイヤーン

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【第二章】未来でもおなかいっぱいでいたいな

9. 初仕事です

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 ついに、初仕事の日がやってきた。ボビー、テオ、コリン、エラ、アタシの順でオリーがひく荷車に乗りこむ。今日はジョーさんも一緒に来てくれる。ジョーさんは馬に乗り、ネイトは馬の隣を走る。

 オリーは力が強く、荷車は軽快に走り、すぐに王宮に着いた。王宮の周りは
高い塀で囲まれている。

「俺たちは下働き専用の入口から入るんだ」
 ジョーさんがオリーを先導していく。下働き専用の入口は舗装されてない道の先にあった。偉い人用の入口は、石畳なんだって。

 大きな木の門は開いている。衛兵がふたり門の両脇に立っていて、アタシたちが近づくと長い槍を両側から伸ばし交差させた。ジョーさんはひらっと馬から降りると、上着のポケットから許可証を出す。

「今日から下働きをする、孤児院の者です。管理部門清掃課のカーラさんと約束があります」
 衛兵は許可証を確認し、すぐに通してくれた。

「すごいちゃんとしてるんだね」
「王宮だからね。許可のない人は入れないんだ」

 そっか、そうだよね。王さまがいるところだもんね。

「ジョーさんがいないときは、アタシたちが衛兵さんに許可証を見せるんだよね」
「そうだね。慣れるまでは毎日一緒にくるよ」
「そうなの? 今日だけだと思ってた。記者の仕事はいいの?」

「記者の仕事もするよ。サブリナたちが働いている間、王宮内で調べ物をするんだ。ほら、簡単には入れない場所だからさ。こんな機会はめったにない。すごくありがたいよ。だから、気にしないで。俺には俺の仕事があるから」
「よかったー」

 ボビーたちと顔を見あわせてホッとする。明日からジョーさん抜きで来るのかと怯えてたんだ。でもジョーさんに迷惑かけてばっかりもイヤだ。気持ちがグルグルしてたけど、ジョーさんが記者の仕事もするって言ってくれて、すごく気が楽になった。

 色んな建物の間を通り抜ける。石造りの建物はどれも似ているから、見分けがつかない。ひとつの建物の前でジョーさんの馬が止まった。

「ここが管理部門清掃課だよ。みんな降りて待ってて」

 ジョーさんは中に入っていき、しばらくすると女性と一緒に出てきた。シンプルな紺色の上着とスカートを着た、スラッとした女の人。茶色の髪に茶色の目。安全な色。

「みんな、清掃課主任のカーラさんだよ」
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
「お世話になります」

 事前にジョーさんと練習していた通りに、挨拶してお辞儀をする。
 カーラさんは少しだけ微笑んで、何度も頷く。

「よろしくお願いしますね。私のことはカーラさんと呼んでください。パイソン公爵閣下から、あなたたちのことを任されました。あなたたちが無理なく、気持ちよく働けるようにするのが私の務めです。何かあったら遠慮なく言ってください」
「はい」

 きちっと姿勢を正して答える。ダメな子だと思われないようにしなきゃ。

「さて、今日やってもらうことは、清掃課でもかなりキツイ仕事なのですが。本当にいいのでしょうか? もっと楽な仕事もあるのだけど」

 カーラさんは最後の方はジョーさんに向かって言う。ジョーさんはアタシたちとカーラさんを交互に見ながら、アタシたちの代わりに説明してくれる。

「誰もやりたがらない仕事から始めたいという、この子たちのたっての希望なんです。それなら、仕事を横取りしやがってといじめられないんじゃないかと。あ、すみません。言葉が悪くて」

「いいえ、気になさらないで。こちらの仕事はきれいごとでは済まないことばかりですからね。多少の言葉や態度の悪さは見過ごします。ただし、貴族がいる前では隠すようにしてくださいね」
「はい」

 ジョーさんも、アタシたちも元気よく答える。
 ひととおり説明を聞き、現場に向かうことになった。

 ジョーさんの馬を壁際につなぎ、水とわらを前に置く。オリーを荷車から外すと、オリーはのっそりとアタシたちの後からついてくる。オリーがアタシたちと一緒にいることを、王宮は許してくれたんだって。こんな大きな犬なのに、不思議。

 歩いて行くにつれて、人が少なくなってくる。何度か門をくぐりぬける。カーラさんと一緒だと、衛兵は何も言わなくても通してくれる。

 色んなところをグルグル歩いて、ものすごく広い場所に着いた。青々とした芝生。ゆったり曲がった一本の道の周りは、高い木で囲われている。道の先にはまた壁と門がある。

「こちらは通称、威圧の庭です。あちらの門の先には王族の住居があり、ごく限られた貴族しかあちら側には入れません」

 どうりで、なんだかイヤな雰囲気だと思った。あっちには、絶対に、ぜーったいに、行きたくない。夢で見た恐ろしいことは大体あっち側で起こった。あの壁の向こうには行かない。

「ここを通る貴族には、王家の威信をひしひしと感じ、恐れおののいてもらわなければなりません。ですから、この道は常に美しく保たなければならないのです」

「そんな大切なところを、アタシたちが掃除してもいいんでしょうか?」

「本当はあまりよくありません。ですが、この仕事は人気がないのです。やってみればわかりますが、色々な意味でキツイのですよ。やってみて、明日からどうするかはまた後ほど話し合いましょう」

 掃除道具が入っている小屋は、絶妙に道から見えない場所にある。なにもかも、計算されている庭なんだって、それだけでわかる。

「荷車はオリーにひいてもらえばいいでしょう。あなたたちは、このピッチフォークとバケツを持って、馬車が来るまで待機です。馬車の中にいる貴族に見られないように気をつけてください」
「はい」

 柄の長い、大きなフォークみたいな道具を手渡された。

「今日は初日なので、お昼までで終了です。お昼になったら迎えに来ますからね」
「はい」
「俺もちょっと行ってくる。ちゃんと水を飲むんだよ」 
「はい」

 大人がふたり、行ってしまった。広い庭にアタシたちだけ。ぽつーんってこういう感じなんだ。

 しばらく、ピッチフォークを持ってビシッと立ってた。ピッチフォークの先は、アタシの頭より上にある。なんだか衛兵になった気分。

「馬車、こねーな」
「ねえ、座ろうよ」
「ぼく疲れちゃった」
「飽きた」
「飽きたって。まだなんにも始まってないのに」

 アタシたちは木やオリーにもたれて座る。馬車が来ないと、なにもすることがない。いい天気。青い空に雲がひとつ、ふたつ、みっつ。

「バウッ」
 今まで一度も鳴かなかったオリーの声にびっくりして、目が覚めた。

「馬車が来た」
「隠れなきゃ」
「どこに?」
「木の後ろ」

 慌てて木の後ろに張り付く。オリーはのんびり寝ころんでいる。

「オリー」
 ささやいてもオリーはしっぽを動かすだけ。

「どうする? オリーが丸見えだけど」
「カーラさんは、貴族に見られないようにしなさいって言ったけど」
「でも、どうしようもなくね」
「オリー、せめて気配を消してー」

 やけくそで言ったら、オリーはのっそり起き上がった。今までだらしなく口からはみ出ていた舌がひっこみ、キリッとした顔つきになる。空に向かって遠
吠えをしようとして──。

「オリー、ダメー」
「オリー、しーっ」

 みんなで慌てて止める。オリーが口を開ける。そのまま静かに固まった。
 遠吠えポーズをしているオリーを背景に、ガタガタと馬車が通り過ぎる。しばらく息をひそめていると、馬車は門の向こうに消えて行った。

「急げ」
 ピッチフォークとバケツを持って走る。点々と落ちる馬の落し物を、ピッチフォークですくってバケツに入れる。

「次の馬車が来る。隠れろ」

 慌てて木の後ろに隠れる。オリーはまた遠吠えポーズをしている。
 荷車に馬糞を入れ、ダラダラし、馬車が来たら隠れ、馬糞を拾いに走る。その繰り返し。

 お日さまが上の方に来たとき、ひっきりなしに通っていた馬車に、やっと切れ目が出た。

「ああああ、疲れたーーー」
「足が痛い」
「アタシ、手と腕が痛い」

 ピッチフォークが長くて重いので、持ち運ぶだけでも大変。見ると手の平に水ぶくれができている。

「あーあー」
 ボビーがアタシの手を見て、気の毒そうな顔をする。

「それいたいの?」
「そりゃ痛いよー」
 答えてから、あれ、と思う。今のかわいい声は誰だ? 

 振り返ると、幼児がいた。五歳ぐらいだろうか。アタシよりもっとちっこい。銀の髪に金の瞳で、女の子みたいにかわいらしい男の子。

「げっ」
 これ、ファビウス第二王子じゃん。ぎゃー。

 焦るアタシをよそに、王子だと気づいてないボビーたちは気軽に話をしてる。

「え、なに? ピッチフォーク持ちたいのか? めっちゃ重いし、チビには無理じゃねえか」
 ぎゃー、不敬、不敬すぎるー。

「ボ、ボボボボボビー。ちょ、ちょっと」
 王子はボビーの失礼な発言も気にしてないみたいで、よろよろしながらピッチフォークを持つ。

「これもって、バウワウにのる」
「しょーがねーなー。落ちるなよ」

 ボビーが王子をオリーにまたがらせる。オリーはおとなしくじっとしている。

「ぼく、ゆうしゃみたい? ねえ、ゆうしゃみたい?」
「おう、かっくいいー、勇者じゃん」
「いえー」

 王子、大はしゃぎ。アタシは、どうしたらいいかわからなくて、ずっとアワアワしていた。

「馬車きたー」
 テオが叫ぶ。アタシたちは大急ぎで木の後ろに隠れる。ボビーが王子にささやく。

「チビ、こっちこい。はやく」
「だいじょうぶ。どうぞうごっこ、ぼくじょうずだよ。みてて」

 遠吠えポーズをするオリーにまたがり、王子はピッチフォークを持ったまま、ピタッと止まった。本物の銅像みたいで、とてもかっこいい。

「馬車が行ったぞ。みんな、急げ。チビはそこで待ってろ」

 ボビーは王子の手からピッチフォークを取ると、バケツを持って走り出す。アタシも、馬糞に向かって走った。

「──んかー」
「どこですかー、で──」

 走っているとき、遠くから声が聞こえた。王子の方を見ると、王子が手を振っている。

「おにいちゃんたち、あそんでくれてありがとう。またねー」
「おう、またなー」

 ボビーはのんきに手を振ってる。アタシは、正直ホッとした。いつまでも王子にいられたら、困っちゃうもん。それに、夢ではあのファビウス第二王子との未来もあった。

 青年になってもあの王子はかわいらしくて、女子より美人な王子として人気だった。そして、婚約者になった未来のアタシは、貴族令嬢たちから嫉妬されて罪をでっち上げられて、断罪されるの。恐ろしすぎる。もう、会いたくないよー、神さまー。
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