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金土豊、迷亭、山口秀亜樹

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22発目 山猫は眠らない

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坂原隆は2階へと続く狭い階段でまだ、

ゾンビの群れと闘っていた。

P90サブマシンガンの全マガジンの弾も尽きて、

P90を背中に背負うと、

愛銃VSR―10スナイパーライフルに持ち代えた。



大量のゾンビの躯で、狭い階段は塞がれつつある。

だが、わずかな隙間からゾンビは這いながら登って来ようとしている。

坂原隆はボルトを引いては、1発そして1発と確実に、

ゾンビの頭を吹き飛ばしていった。



VSR―10のマガジンは、フル装弾で30発。

それが予備マガジンも入れて3本しかなかった。

締めて合計90発。

はたしてこれ以上、ゾンビの足を食い止められるかどうか。



坂原隆は、ベランダの方に視線を向けた。

妻と息子、そして伊藤店長の姿は見えない。

無事に避難していてくれるといいんだが・・・。

坂原隆が切実にそう思っているときに、胸ポケットに入れてあった

スマホがコール音を鳴らした。彼はそれを手にとって、耳に当てた。

相手の声は、久保山一郎からだった。



 「山猫、奥さんと息子さんに店長も

  無事に救出に成功した。後はお前だけだ。

  この電話を切って、5秒後にそのベランダの下に突っ込む。

  思い切ってプリウスの天井に飛び移れ。

  プリウスの天井が多少へこむかもしれんけどな」

久保山が少し笑っているように聞こえた。

それに坂原隆の顔にも微笑が刻まれる。



「かまわないよ。オレの車だからな」



坂原隆はスマホをオフにすると、5,4,3と数えた。

2でベランダに向かってダッシュする。

彼の体は窓から大きく跳躍した。



ゾンビの集団をなぎ倒しながら、

久保山の運転するプリウスは滑り込むのと、

坂原隆がその天井に落ちる、ベコン!という音が、ほとんど同時だった。

久保山はアクセルを踏んだ。

ゾンビとはいえ、数百体ともなると、容易には前進できない。

それでも強くアクセルを踏む。

プリウスの上では、体勢を整えた坂原隆は

VSR―10の銃口を、前方に集まるゾンビに向ける。

スコープを覗き、そのレティクルの中心にゾンビの頭を捉えると、

トリガーを引いた。

ターゲットになったゾンビの頭部がはじけ飛ぶ。

ボルトを引いて次弾をチャンバーに送る。

その一連の動作は、2秒とかからない。

VSR―10にとって至近距離だ。1発もはずさない。

その動きはまるで、セミ・オートマティックの銃を

撃っているかのような速さと正確さだった。マガジンは空になり、

タクティカルベストからフル装弾されたものを取り出し、

素早く交換する。



 そこで坂原隆は気づいた。

わずかずつではあるが、プリウスのスピードが落ちてきている。

プリウスの前にいるゾンビが多すぎるのだ。

彼の狙撃によって、確かにその躯は増えていくが、

それに反比例してゾンビの数が、増しているようにさえ感じる。

その多くはプリウスの下敷きになり、ただの肉塊と化していくのだが、

それが次第にぬかるみのようになって、車の進行を遅らせつつある。

スピードはいまや、のろのろと走る自転車と変わりなかった。

さらに小道のあちこちから、援軍のようにゾンビが次々と現れ、

プリウスの前に立ちはだかって来る。



坂原隆のVSR―10のマガジンが、またもや空になった。

再び、新しいマガジンを装填する。



残り30発―――。



坂原隆の額に汗が伝った。

プリウスの前方、50メートルほど先では、

ラウンドクルーザーの運転席から、

貫井がソーコムM23で応射しているが、

自分の周りを囲むゾンビを倒すのが、精一杯だった。

それは坂原隆の後方に後続していた丸山信也も同じだった。

M3スーパー90ショットガンを撃ち続けてはいるが、

ゾンビの数はいっこうに減った感覚が無い。

1体倒せば2体が現れるといった感じだ。

丸山信也は撃ち尽くした

M3スーパーショットガンを背負うと、

振り返って自分のトヨタ・ハイエースへと向かって走る。

どちらにしろ、前を行くプリウスが、走り抜けてくれない限りは、

丸川信也もここに釘付けになる。



坂原隆は奥歯を噛みしめた。

最悪、再び妻子の顔を見ることは出来ないかもしれない。

せめて久保山さんだけでもここから脱出してほしい。

いざとなれば自分が車の天井から降りて、

ゾンビたちを引きつけるしかない。

そうすれば、行く手を阻む化け物たちの数も、

いくらかは減るだろう―――。 



坂原隆が覚悟を決めようとした、その時だった。

プリウスの前右方向の通りから、ララの駆るFJR1300ASが、

猛然と突進してきた。



ララはプリウスの前を阻むゾンビの群れの直前に、

バイクを横滑りさせながら、そのハンドルを放した。

FJR1300ASはグリップの先端とステップ、

そしてエンジン側面の一部を、アスファルトに擦りつけて

その路面に火花を散らしながら、ゾンビの集団へと突っ込んだ。

幾本もの火花の列を連ねながら、ゾンビたちに向かっていく。



大型バイクはゾンビたちを、ボウリングのピンのように、

跳ね飛ばしながら、雑居ビルのコンクリート壁に激突した。

瞬時を置いてバイクは爆発した。



その震動が、辺りを震わせた。

その爆炎と爆風が、ゾンビたちを扇状になぎ倒していった。

何体かは、その炎に包まれて炭化していった。

ララは右肩と右ひざに擦り傷を負い、わずかだが血を流していた。

彼女はゆっくりと立ち上がった。頭も少し打ちつけたのか、

眩暈も感じる。霞むララの視界に、ゾンビ十数体の姿が映った。

ララは両の太股に装着しているレッグホルスターから、

左右のUSPを引き抜いた。



プリウスの前方を阻んでいたゾンビの数が激減している。

久保山は今だと言わんばかりに、アクセルを踏み込んだ。



プリウスの後輪は路面との摩擦で白い煙を上げる。

急発進したプリウスの天井にいた坂原隆は

バランスを崩したが、かろうじて天井のへりにしがみついた。



ララはUSPのトリガーを引き続けた。

的確にゾンビの頭を撃ち抜き、倒していく。

だが、ゾンビの数は減った感じがしなかった。

倒しても倒しても、また1体また2体と

回りの小道からゾンビが現れる。



これじゃ、キリがないわ・・・。



ララが焦りを感じ始めた時、彼女の背後から声がした。



「ララ!後ろに乗れッ!」

次郎だった。

彼は愛車ズーマーXをララの背後の直前で、

タンデムシートを向けるように反転させた。



そんな緊張した事態の中、次郎の鼻の下は伸びきっていた。

なぜならララが、次郎のスクーターの

タンデムシートに乗るってことは・・・。

次郎の頭の中を、スケベな妄想が駆け巡った。

 原付二種の狭いタンデムシートだ。

そうなればお互い体を密着せざるを得ない―――

ということはだ。

ララのぷるんぷるんの胸を、

オレの背中に当てることになる・・・!

次郎の長くなった鼻下に、

のぼせた血が筋を残して滴った。

ララがこちらに走って来る。

やった!来い、ララ!

オレの背中にその豊満な胸を密着・・・。



ララがタンデムシートに腰を降ろした時、次郎は愕然とした。

なんとララは後方を向いて、次郎と背中合わせに座ったのだ。



何だと―――?背中合わせだと?



次郎の計画は瓦解した。

彼のスケベな妄想は粉々に砕け散った。

彼を支えていた淫らな思惑が、

音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

流した鼻血が、急速に凝固を始める。

次郎の心に去来したのは、敗北感、虚脱感、そして残尿感―――。



「ダンボール!何してんのよ?みんな脱出したわ。

  私達もここから離れるのよ!」

ララは、なおも群がるゾンビたちに向けて、

USPのトリガーを引き続けながら、叫んだ。



「ふぁ~い」



次郎は力無く答えた。うなだれたまま、

ズーマーXを再び反転させて、アクセルグリップをひねると、

白いトヨタ・ハイエースを追った。



モーニング・フォッグのメンバーたちが乗った4台の車と、

1台の原付二種のバイクは幹線道路に出た。

少し冷たく感じる涼しい風が、ズーマーXに乗る、

次郎とララの頬を凪いだ。

背中合わせとはいえ、次郎はララの背に触れていて、

少し脈拍数が多くなっていた。



その時、次郎も感じていた。背中越しに、

ララの鼓動も早くなっている事に・・・。
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