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金土豊、迷亭、山口秀亜樹

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50発目 E計画決行前夜

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西の空に夕陽が沈む頃、

立川駐屯地では陸上自衛隊員たちの動きが慌しくなった。

74式輸送トラック3台に、『衛門下痢音』を十機ずつ積み込み、

2台の同トラックにはそのパイロットである自衛隊員や

モーニング・フォッグの面々が搭乗し、

一路習志野基地にその車首を向けて出発したのだ。



決行されるE計画は、

習志野基地にあるC―1輸送機3機に、

『衛門下痢音』に搭乗したパイロットを

10機にわけて搭載する。そして夜明けと共に離陸、

関東沖にある『ゲシュペンスト』の要塞に向かう。

その護衛には、木更津駐屯地から飛び立つ

AH―1S戦闘ヘリ5機が用意されていた。



夕闇の中を、立川駐屯地から習志野基地へ向かう

2台の74式輸送トラックの荷台では、

陸上自衛隊員二十名とモーニング・フォッグのメンバーらは、

緊張の面持ちを隠せないでいた。

明日、夜明けと共に、日本の存亡を賭けた戦いが待っているのだ。

それも充分とはいえない、たった3日間の訓練を経て、

ぶっつけ本番ともいえる、強行作戦を決行しようとしているのだ。

否が応でも、皆の間で流れる空気は張りつめていた。



そんな中にあって、だらしなく両足を投げ出して、

緊張感のかけらもなく大きなイビキをかいて

居眠りしているのは例のごとく、

次郎ただひとりだ。



「ララ~、んふぅ~っ、んふぅ~っ」



「彼、殴っていい?」

そう言ったのは、爆睡している次郎へ

冷たい視線を向けている、新垣優美だった。



「ただの寝言だ。気にするな。

  奴はただ淫らな夢を見ているだけだ」

そう答えたのは丸川信也だ。



「その淫らな夢に、私が出てると思うんだけど」

新垣優美は、その頬をひくつかせている。



そんな彼女を見て、

貫井源一郎がため息混じりに言った。



「新垣、そもそもお前があんな約束をするから、

  ダンボールはそのことで

  頭がいっぱいになってるんじゃねえのか?」



その言葉を耳にして、

他のモーニング・フォッグのメンバーたちは

互いに顔を見合わせた。



「約束?」

何のことか見当もつかないメンバーたちに向かって、

貫井源一郎はにやけた顔で答えた。



「ああ、ダンボールが今回の作戦に参加したら、

  ご褒美に奴のほっぺにキスしてあげるって、

  彼女約束したんだよ」



それを聞いて、初耳だった

坂原勇たちは下を向いて笑い声をこらえた。



「何、笑ってんのよ。みんな」

新垣優美が怒ったように口を尖らす。

その口調とは裏腹に、

彼女の頬は単なる怒りとも違う色調を帯びたように

紅潮していた。

新垣優美の顔色に、メンバーたちは彼女をひやかすように、

意味ありげな視線を送って寄こした。



「な、何よ、みんな。

  私はこんな奴のこと、何とも思ってないからね」

新垣優美は、そう言うとそっぽを向いた。



「じゃあ何で、ダンボールをこの作戦に

  連れて行こうと思ったんだ?

  そうでなきゃ、そんな約束しないだろ?」

と坂原勇が、少しいじわるな質問を、彼女に投げた。

その問いに、新垣優美は黙ってうつむいただけだった。



「だいたいこいつは、

  ゾンビウイルスに感染してるんだ。

  おとなしく立川駐屯地でアメリカから送られてくる、

  ワクチンを待っているべきじゃないのか?」

丸川信也は、イラついたような口調で言った。

だが、彼は誰かを責めているわけではなかった。

約束をした新垣優美に対しても、

そして次郎を同行させた皆藤准陸尉をはじめとした

陸上自衛隊に対しても、

それを暗黙のうちに了承したモーニング・フォッグの

メンバーたちに対しても―――。

それを言ったら、自分だってそうだと丸川は思った。

自分だって、力づくでも次郎を止めて、

立川駐屯地に留まらせることもできたはずだ。



次郎が一度、「おれはいやだい!」と言って、

E作戦参加を拒否した時は、

一瞬落胆した気持ちになったのは正直な感情だった。

丸川信也だけではない。

モーニング・フォッグのメンバー全員が、

どこか次郎に期待している気持ちがあったのは確かだった。

次郎という男は、どんなに緊張した危機的状況でも、

それを覆す何かを持っている。

それは今までの戦いの中で、わかっていた。



「相模原フィールドで、

  エチゼンヤ店長手作りのパワードスーツを着た

  ダンボールに助けられたんだよな」

久保山一郎が、静かに言った。



「エチゼンヤでオレの家族を助けてくれたのも

  ダンボールだった」

坂原隆は、その時の情景を思い出すように言う。



「ショッピング・モールで

  次郎の応援がなかったら、私、今頃・・・」

と新垣優美。



「それに倉庫で巨人ゾンビにトドメを

  差したのもダンボールだぜ」

貫井源一郎は、タバコをくわえ、

ジッポのライターで火を点けながらつぶやいた。



「高取山弾薬庫で、ゾンビに噛まれながらも、

  行方がわからなくなった新垣を探しに行ったのも

  ダンボールだ」

と言った丸川信也をはじめ、

モーニング・フォッグのメンバーたちの視線は、

大の字に横たわっている次郎に注がれていた。



そして今もなお、ゾンビ状態になってさえ、

次郎は命を賭けようとしている。

丸川信也の苛立ちは、

次郎自身に向けられているのかもしれなかった。



「なんだかんだいって、

  こいつには助けられ通しだったな」

貫井源一郎が、ぽつりとそう言いながら紫煙を吐いた。



「私が、あんな約束さえしなかったら・・・」

そう言った新垣優美の声は震えていた。

それには後悔の色が滲んでいた。



「いや、それは違うな」

新垣優美の隣で、貫井源一郎は彼にはしては珍しい、

優しい口調で彼女の言葉をやんわりと否定した。

だが、その語気は確固たる確信の色を帯びていた。

そして言葉を続ける。



「こいつ、いつも言ってただろ?

  オレには夢も希望も、やりたいことすら何も無いって。

  だけどダンボール自身気づいてないだろうが、

  こいつの希望や夢は・・・新垣、お前さんなんだよ。

  このバカは恋をしている。下心まるだしの不器用な恋だけどな。

  それが自分の夢のひとつだってことに気づいてない。

  だから、新垣、自分がダンボールを

  この作戦に引き入れたなんてことは思うな。

  こいつは自分のやりたいようにやっているだけだ」



 新垣優美はトラックの天井を振り仰いだ。

それは涙を堪えているように見えた。

そして彼女の視線は、

ゆっくりと爆睡している次郎に向けられる。



「ホントに、バカで粗野で、

  サイテーのスケベなセクハラ男だけど・・・

  で、でも・・・」

彼女の声は震えていた。



「でも、こいつにはハートがある」

坂原勇が、口元に笑みを浮かべながら言った。



そこで丸川信也の頭に、ある疑念がよぎった。

ダンボールは今、『やる気』を意識しているのではないかと。

御子柴医官が言っていたことを思い出す。

ゾンビ・ウイルスは、いわゆる『向上心』を意識した時に、

脳内に分泌されるノルアドレナリンに反応すると

説明していたではないか?

だとしたら、ダンボールの脳内には・・・。

丸川信也は、その不安をかき消すように頭を振った。



数時間後、陸上自衛隊の74式トラック5台の姿が、

習志野基地に現れた。

待機していた習志野基地の自衛隊員たちが、

トラックを誘導し、基地内に停止させた。

すでに闇に染まった夜の中を百名近い自衛隊員らが、

照明灯の光が照らす中で『衛門下痢音』を

3機のC―1輸送機に10機ずつに分けて

迅速に積み込んでいく。



『衛門下痢音』のパイロットである自衛隊員たちや

モーニング・フォッグのメンバーらには、

明日早朝に決行されるE作戦を控えて、

数時間の仮眠を取るように命ぜられた。



習志野基地の官舎に入る前に、

モーニングフォッグのメンバーたちは、

立ち止まって夜空を見上げた。

そこには地上に起こった未曾有の事態をよそに、

満天の星が輝いていた。



「明日の天気は心配なさそうだな」

坂原勇が、夜空に目を細めた。



「おい、ダンボール。見ろよ。

  めったに見れない星空だぞ」

まだ熟睡していた次郎は、

丸川信也に背負わされていた。



「はあ?星~?」

揺さぶられて、次郎は薄目を開けた。

そして丸川に言われた通りに、空を見上げる。



その瞬間、一筋の流れ星が、

無数の星の間隙を縫うように流れた。

瞬く間に消えたその光が、

次郎の瞼に焼きついたことを、

その場にいた誰も気づかなかった―――。
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