わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の極端な糖分摂取 1

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 低く呪うような言葉を吐きながら、唇のはしから血を滴らせはじめた息子に、母は冷静につっこむ。
 そんな息子に、イアンガードは心の底から感心した。

「やれやれウルツよ」

 母は、ストレートにぶっこんだ。

「そちはよほどロアナを好いておるのだな」
「……は?」

 この母の呆れのにじむ言葉に、しかしウルツは怪訝な表情。

「好いている……? なんのことですか? 意味の分からないことをおっしゃるのはやめてください母上」
「ほー(……こやつ……意味が分からぬと来たか……)」
「わたしはただ、側妃の横暴が許せぬだけ。邪推はおやめください。迷惑です」
「ぬけぬけと……よういうわ」

 淡々とした息子に、イアンガードは高らかに笑った。



 ──ウルツがロアナと出会ったのは、もう二年も前。
 ちょうどロアナが二の宮勤めになったばかりのころだった。
 このころからすでに、父親や国民の重い期待、王太子からの信頼のもと、日夜政務に勤しんでいたウルツは、つねに飢えていた。

 ……何にって、つまり、

 糖分にである。

 政務は非常に頭と神経を使う。
 そこで行われるのは、国民全体にかかわるまつりごとで、下手をすると人命にもかかわる。
 しかし、宮廷には多くの人間がおり、思惑が渦巻いている。彼らはときに利益や見栄などといったものを理由に、王国という船を大きく揺さぶろうとした。
 舵をとる側のウルツたちにとっては、バランスをとるのが非常に難しい。
 人間関係をうまく渡ろうとするだけでも疲労は天井知らず。
 いまでこそ、感情を切り捨てて職務にあたることのできるようになった彼も、当時はまだうまくできないこともしばしば。
 脳はいつもパンク寸前まで疲れていて、ずっと糖分を欲していた。
 だが、のんびり菓子をつまむような時間もそうなかったのである。

 ──そんなある時のことだった。

 彼は二の宮を拠点として、火急の仕事に取り組んでいた。
 それはリオニーの起こしたトラブルの事後処理で、開催が予定されていた王妃の生誕の宴とも関わりのある仕事だった。
 これには母と連携が必須で。しかも、被害者が秘匿を望んだので、話が外に漏れないように、うちうちだけでの処理が必要だった。
 そのため、彼は二の宮で連日徹夜作業。
 三日目にはもう疲労はピークを迎えていた。
 実は彼は、甘党のうえ、けっこうな大食漢で。
 寝食を押しての作業に限界を見た彼は、深夜に二の宮の厨房を訪れる。
 しかし、当然夜中の厨房には誰もいない。
 しかも、料理長のフランツは食材管理が厳格で、厨房には食べられそうなものが何もなかった。

『…………』

 がらんとした厨房を、絶望のまなざしで見まわしたウルツは……。
 何を思ったか、疲労のにじむ落ちくぼんだ目で、壁際の食器棚に近づき、無言でスープボウルをひとつとりだした。
 そして彼はそこに、水がめから水を汲み、くるりと方向転換。
 背後の作業台においてあった砂糖つぼの中身を、すべて──その中にひっくりかえしたのである。

 ……まあ、相当疲れていたのであろう。

 できあがったのは、泥のような砂糖水。
 彼はそれを一切の躊躇もなく、真顔でいっきに飲み干した。

 ──と、そこへ悲鳴のような声。

『ぅわあぁぁぁっ⁉ お、お、お兄さん! それはありません‼』
『!』

 ウルツは、ビクッと身を震わせる。
 しばし砂糖の摂取のことで頭がいっぱいで、背後がおろそかになっていた。
 まさかこの人気のない夜間の厨房に誰かがいるとは思っていなかった彼は、とっさに母親仕込みの魔法を使う。
 正直、厨房のことも料理のこともなにもわからぬ彼ではあったが。
 空腹で疲れ切っていたとはいえ、夜の厨房に忍び込み、激甘の砂糖水(※泥状)をあおったのはさすがに非常識だということはわかっていた。(さすがに)
 そして、そんなことを、王子という立場の自分がやったと周りに知られれば、いっそう面倒だとも。
 普段から、愛想が悪いとか、いつも不機嫌そうだとかさんざん言われていることは知っている。
 こんな疲労をかかえているところへ、またそんな悪評を立てられてはたまらないと思った。

 そうして反射的に簡単な魔法をつかい身元を隠そうとしたウルツの髪は、次の瞬間きれいな銀色から、漆黒へ。長さも腰まであろうかという長さに伸びる。

(……これで、人相はわかるまい……)

 うっそうとした前髪の内側で、そう真顔で安堵したウルツは──呆れたことに──口の中にいれた液状の砂糖の咀嚼を続けた。
 突き抜けるような甘み一辺倒の砂糖水は、正直うまいといえるものではなかったが、とにかく今は、この苦痛なほどに糖分を欲している我が身をなだめねばならなかった。
 ウルツは、口の中でじゃりじゃりと音を立てながら、無言で砂糖水を飲みこもうとした。……と、そこへ先ほどの悲鳴の主なのだろう。一人の侍女が転がるように駆けつけてくる。

 ──そう、それが、ロアナだった。

 よほど慌てていたのだろう。目をあらんかぎりに見開いた彼女の第二声は、わなわなとした悲鳴のような問いかけ。

『お、おおおおに(お兄さん)‼ さ──さと(砂糖)ッ⁉ ま、まさ(か)ッ⁉ 塩ッ⁉』
『………………砂糖だ』

 そのあまりに平然とした謎の男の応答には、ロアナが驚きすぎて愕然としている……。
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