わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第五王子とクッキー作り、の波紋 5

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 フォンジーは楽しくて仕方なかった。

 彼女の顔を見るまでは、ずっと気持ちが落ち着かなかった。
 午前、彼のもとには、イアンガードから、ロアナの手が少し腫れていることと、時間があるのなら見舞ってやってほしい旨が書かれた手紙が届いた。
 その手紙を読んでから、彼はずっと、心ここにあらず。
 いつもは愛想よくできるはずの政務でも、いくらかうつむきがちになり、周りをとても戸惑わせてしまった。
 そしてその政務がやっと終わって、すぐさま薬を手に二の宮にかけつけはしたものの、厨房にはまだロアナはいない。
 フランツに聞くと、彼女はイアンガードと面談中とのことで、しかたなしにその場で待たせてもらったが……。
 不安で、落ち着かず、待ちきれず……。
 青年はイスを立ったり座ったり。かと思えば、座ったままイスを傾かせては、『危ない』と、イエツに叱られる。
 それでも、どうしてもいつものように悠然と微笑んで座っていられない。
 もし、ロアナの手が動かなくなったり、傷が残ったりしたらどうしようと考えはじめると不安はむくむくとふくらんだ。
 そうして頭の中を一つの心配事にすっかり埋めつくされていた彼は、はじめ、自分のせいで厨房内に人が集まってきていることにも少しも気がついていなかった。

 けれども、そんなもやもやとした憂いは、彼女が厨房にくるとすぐに晴れて行った。
 自分を見つけ、目をまるくした彼女の姿を見ると、こわばっていた顔が自然と緩み、笑みが浮かんだ。
 これにはフォンジーも、自分でもとても不思議に思うくらいだった。

 厨房で、ロアナの指示に従いながら。
 フォンジーはふと、先ほどイエツにピリッと言い返していた彼女のことを思い返す。

 いつもはひかえめで、容姿もどちらかというと気が弱そうなロアナ。
 しかし、イエツに対峙したその瞳には、不動の意思がキラリと垣間見えていた。
 普段は下がり気味の眉尻があがり、まっすぐ相手を見る視線は射るようで。その緑色の瞳をそばで見ていたフォンジーは惚れ惚れとしてしまった。
 昨日だって、リオニーに鞭で打たれて事実と異なる自白を強要されたにも関わらず、彼女はけして折れなかった。

(……かわいいのに、かっこいい……)

 ふと、そんなふうに思い……気がつくと頬が緩んでいる。
 そんな彼女と一緒に菓子がつくれるなんて、しみじみと幸せでならない。が、フォンジーはハッとする。

(……あ、だめだ、しっかりしないと。これは手伝いなんだから……)

 ロアナの顔にじっと見入ってしまっていたことに気がつき、フォンジーは自分を律する。
 王子たる彼は、もちろん菓子をつくるのははじめてである。
 自分がいつも、月に数回の癒しとして待ちわびていた菓子の生産工程を目の当たりにできることも、ロアナと過ごせることも嬉しいが……。
 ここは、怪我をしたロアナへの詫びも込めて浮かれすぎてはならない。初心者の自分でも、彼女の助けになれるようにしっかりしなくては。

 ……ただ。
 そう考えてもなお、彼にはひとつ気がかりなことがあった。

(…………)

 フォンジーの瞳が、少しの複雑さをもって周囲に向けられる。
 そこには、集まってきた二の宮の使用人たちが。
 彼らを眺めたフォンジーは、少し気持ちがもやっとする。

(……、……ロアナの文通相手……来てるのかな……)

 ──そう、フォンジーは、それが気になって気になってしかたないのである。

 ロアナが、自分よりも長い間手紙で交流していたという、その相手が……いったいどこの誰なのか。
 その疑問が昨日からずっと頭から離れず。

 彼はその者を、突き止めたいと思っていた。


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