わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

文字の大きさ
27 / 68

第五王子とクッキー作り、の波紋 6

しおりを挟む


 そんなに長く交流していた相手なら、ロアナがケガを負ったと知ったら、自分と同じできっと心配して様子を見に来ると思うのだ。
 フォンジーは、広い厨房の中をうかがった。
 今は午後。
 普段なら、昼食の提供も終わり、厨房内には人気はないはず……なのだが。
 本日は第五王子が訪問中とあってか、周囲は人だらけ。
 壁際や出入口のまわりは、ハラハラした料理人や、フォンジーを見に来た若い侍女たちで大いににぎわっている。
 そんな者たちを料理長のフランツは、さも面倒そうになだめていて、彼の侍従は不届きものがいないかと、ずっと警戒中の猫のような顔で周囲を睨んでいる。
 ただ、こんな光景は、生来愛らしい顔つきで人に注目されてきたフォンジーにとっては見慣れたもの。
 彼は集まった者たちをじっと観察。

(あの中に、いるのかな……?)

 だとすれば、それは男だろうか? 女だろうか?
 昨日のロアナの様子では、どうも相手のことは性別もはっきりしていないようだった。
 もしその人物が女性なら、まあ、フォンジーは、少しはヤキモチを感じても、そこまでは気にはならないのである。

 ……でも男なら。

(…………やだな)

 率直にそう思う。
 胸の中にはもやもやとしたものが広がった。
 はっきりいって、それはすごく気に入らない。
 



 ロアナは……さらに窮地に立たされていた。
 さすが美貌の王子様。いつの間にか厨房には大勢の人だかり。
 そりゃあそうだ。
 皆、王子様など稀にしか姿も見られないという立場の者たち。
 おまけにフォンジーは、時折二の宮にやってくるいかめしい第三王子ウルツより、格段に気さく。
 同僚たちは、すっかり明るく人懐っこい笑顔のフォンジーに魅了されているらしく、誰もが自分とフォンジーのいる作業台に注目して、固唾をのんだり、ソワソワと頬を赤らめていたり……。

 え……? と、ロアナは途方に暮れる。

(え……? わたし……この状態でお菓子をつくらないといけないの……? え……? うそでしょ……)

 それはなかなかに厳しい試練である。
 こんなに注目されながら、しかも王子と共に菓子作りなど。
 緊張して、すべての粉を床にぶちまけそうな気がしてならない……。

 しかし、フォンジーはロアナを手伝う気まんまん。

『傷が痛むようなことは絶対にしないでね? 僕が全部やるから!』──と。

 厨房に立ったことなどないだろうに……怪我をしている自分のために、一生懸命慣れない作業に挑もうとしているいじましさを見てしまうと……。はじめは断ったロアナも、どうにもフォンジーの申し出を無下にできなくなってきた。

 そして、どうやらそんな気持ちはまわりで見ていた観衆たちも同じなようで……。
 ひそやかに聞こえてくるのは、ため息交じりの『フォンジー様おかわいらしい……』とか、『がんばってください!』という熱い激励。
 声の主たちは、無言の圧をロアナにかけてくる。

『フォンジー様をがっかりさせるな』
『だいたい、なんであの子が?』
『どういうこと?』

 そのチクチクとした視線には、不可解さと羨望がいり混じっていた。
 これにはロアナは、非常に居心地の悪い思い。

(…………間違いなく、あとでみんなに質問責めでつるし上げられる……)

 それを思うとげっそりした。
 そこへきて、自分との菓子作り最中に、もしフォンジーが火傷でもしてしまおうものならば……。
 ロアナは、イエツを筆頭としたここにいる全員から、袋叩きにされてしまうのではなかろうか。

(……こ、怖い……)

 どうしようとロアナ。
 せめてもの救いは、今日作る予定なのが、比較的簡単なクッキーをであったことだが、それでも焼きという工程がある以上、火傷の危険はぬぐえない。

(……いっそ火も刃物も使わないお菓子に変更する……?)

 調理器具などふれたこともないだろうフォンジーに、菓子作りを手伝ってもらうのならば、そのほうが安心だがと、ロアナはいくつかのレシピを頭に思い浮かべる、が。
 不意にその顔が、悩ましげに曇る。

(……お手紙の“お姉さま”と、クッキーをつくるって約束してしまっているし……)

 ロアナの大事な文通相手。
 実はこの“クッキー”にも、その“お姉さま”との間に少しいきさつがあるのである。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...