わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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衛兵の目撃談 13 ロアナの絶叫

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(顔をあげるのがすごく……ものすごく怖い……)

 悪あがきもいいところだが、現実を目の当たりにするのがおそろしかった。
 今、この我が身の下におわすお方は、いったいどんな顔をしているだろうか。この──国一厳格ともいえる青年は。
 それを考えると、ロアナの顔からは血の気が引く。

(…………無礼すぎて、今度こそ国外追放される気がする……)

 これがただの粗相なら、処罰なり、再教育が入るなりするくらいだろうが……。
 自分は、高貴な身分である第三王子の身体を下敷きにしたばかりか、まさぐった。
 これは、彼らに仕える宮人としては、はかりしれない無礼。
 しかもロアナには、先日のリオニー妃との一件もある。
 こんなことでは、主にも、『騒ぎばかり起こす不埒な娘はいらん』と、二の宮を放り出されてしまうのではないだろうか。
 ロアナは心の中でワッと嘆く。

(……っだって、ウルツ殿下はイアンガード様のご子息だし……っ!)

 息子に対する度重なる無礼とセクハラを、きっと側妃は許さないはず。

 いや……おそらく現実のイアンガードは、この状況を見れば『愛い。』『いいぞロアナ、もっとやれ』と、言っただろうが……。

 そんな主のいい性格をしらないロアナは思い切り悲観。 
 ああ、なんてことだろうか。兄弟がこさえた借金はまだ残っているというのに。病床の母はわたしの仕送りが頼りなのに。

 しかし、城下にいる病気の母の顔を思い出したロアナは、ここでハッとした。
 そういえば、さきほども同じように具合が悪そうな者を見た。
 ……いや、ウルツのあのいかめしい暗黒づらを“具合が悪そう”とは恐れ入る、が……ともかく。

 自分がそんな彼のために、医師を呼びに行こうとしていたのだと思い出したロアナは血の気が引く。

「殿下!」

 急いでウルツの上から降りた彼女は、そのかたわらから彼の顔をのぞきこむ。

「殿下申し訳ありません! ご、ご無事ですか⁉」
「……、……、……」

 しかしロアナの必死の形相にも、ウルツは動かない。
 青年は、いまだ困惑の最中。

(く…………くちびる、が……、……………………)

 ウルツは床の上でその衝撃に耐えていた。
 なんの心構えもないところに、突如として頬にさらりと触れて、すっと離れて行ったあたたかい感触。それを思い出すと、青年は羞恥の渦に叩き込まれ、にっちもさっちもいかない。
 いや、とウルツ。

(あ、あれは事故だ……そ、そうだ、あれしきのことがいったいなんだと……!?)

 彼の理性はなんとか冷静に立ち返ろうとする、が。
 そこへ、いつまでも動かない彼を案じた娘が悲壮な顔を近づけた。

「殿下!」
「⁉」

 とたん、ウルツの身体が床の上でビクッと跳ねる。
 心配そうに顔を近づけてきた娘の唇が彼の視界に入ると、それが我が身に触れた瞬間を思い出してしまうらしい。その顔色はすでにこれ以上ないくらい赤くなっていたが、そこにさらに汗が噴き出す。
 その急激な変化を目撃したロアナは息を呑み。その驚いたような反応で、自分の情けない有様を察し男は、生まれて初めて人の視線に耐えられず目を泳がせた。

 そんなウルツに、ロアナは仰天。
 彼は目が合ったと思ったら、逃げるように赤い顔を横に背け、そのまま苦悩するようにまぶたを閉じてしまった。
 ……もちろんそれは、ウルツがロアナの顔を直視していられなかっただけだが……。
 ロアナからすると、床から起き上がることもできず、真っ赤な顔で苦しそうにワナワナしている男は、要救助者にしか見えない。

「う、動けないのですか⁉ もしや……頭をお打ちに……⁉」
「ち、ちが……」

 さっと顔色を青ざめさせた娘に、ウルツはよろよろと腕を持ち上げるが。その手を、助けを請う手だと勘違いしたロアナは、ウルツの手を両手でガッシリ握る。

「うっ⁉」(※羞恥ダメージ入った)
「だ、大丈夫ですよ殿下! わたしがすぐにお医者様をお呼びしますからね!」
「そうだね、一回侍医に見せたほうがいいかもね」
「⁉」

 と、ここでロスウェル参戦。
 もはやそこにこの弟がいたことも意識外に追いやられていたウルツは、ロスウェルの声にギョッとする。
 と、ロアナの背後に立ったロスウェルは、上から兄をニヨニヨ見下ろしつつ言った。

「でも、侍医は衛兵に呼びに行かせるからさ、それまでは君がウルツ兄上を介抱してあげてよ。ね、首元苦しいかも、服緩めてあげようよ♪」
「⁉」

 その提案にウルツは目を剥く、が。間髪入れず、ロアナが切れのいい返事。

「はい!」
「っ⁉」
「詰襟は外してさ、シャツのボタンは、そうだなぁ……第三くらいまで外しちゃおう!」
「かしこまりました!」
「⁉ ⁉」

 ロスウェルのいたずらな指示に、ロアナはなんの疑いもなくウルツのほうへ手を伸ばす。
 彼女の白い指先が、己の詰襟に触れそうになった瞬間、その光景に、ウルツは戦慄。
 ただでさえ恥ずかしいのに、このうえ彼女にそんなことをされたらきっと羞恥の追い打ちで彼は……。

(──死ぬ)

 くっとウルツ。
 まあ……それはいささか極端だが。
 ウルツ自身の体感では、それはけして大げさな話ではない。
 焦った男は、なんとか凍った身を奮い立たせた。

「ぐっ……!」
「へ……?」

 次の瞬間。ウルツは鬼のような形相で手を振り魔法を発動。
 これは普段から、剣術や体術よりも、魔法に親しんできた彼らしい対応だったのだが……突然目の前で魔法を繰り出されたロアナはポカン。
 自分とウルツとの境に現れた、青紫に輝く透明の障壁。
 ロアナは驚いて手を引くが、その向こうでは、ウルツが更に魔法を発動。

「…………(冷静にならねば……事態が悪化する……!)」
「え⁉」

 途端、ロアナがギョッとした。
 障壁の向こうで横たわる青年の上には──ザアザアと降り注ぐ、雨。

「で……殿下⁉」

 まあ、それはつまり、ウルツが、自身の燃えるように熱くなった身体を物理的に冷やそうとした、衝動的な散水魔法なのだが……。

 しかし、その謎行動にロアナは愕然。
 ウルツは魔法壁の向こうで、なにやら安らか(?)な顔で雨に打たれている……。

「で、殿下⁉ ど、どうし……⁉ な──なぜ⁉ 何をなさってるんですかっっっ⁉」

 驚愕してウルツの魔法壁にすがる娘の後ろでは。ロスウェルが、腹を抱えて大笑い。

 ──そう、つまり。
 フォンジーが聞いたロアナの絶叫は、このためだったのである。

 
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