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182 辺境領ブレボーデンの寵児(=問題児)
しおりを挟む普通なら、こんな迷惑極まりない来城者は、即刻捕えればいい。
公爵家の息子ともあろうものが、こんな夜間に王城に押し入ろうとは。その行為は、十分処罰に値する。
だが、困ったことに……相手は大貴族メントライン家の嫡男というだけではなく、王国の最北部の辺境領ブレボーデンで、騎士位を与えられたフリード・アルバン・メントライン。
この男は、その領主の右腕とも謳われる男なのである。
ブレボーデンは、国王から国境防衛を任されていることもあって、国内でも特別な権力を持つ。
国境を守るための強力な軍隊を擁し、過去、幾度も他国の越境攻撃にさらされ、鍛えられたその軍事力は、中央政権にも匹敵するほどと言われている。
領主は忠義者だが、王都の武官たちとくらべると豪快で、悪い言い方をすると、まるで荒々しい山賊の親玉のような粗野な将軍。
これがまた……ひどい筋肉至上主義の塊なのである。
彼の治める地では、昔から武力が何よりも物をいい、彼が育てる騎士兵士は、皆その思想を脈々と受け継ぐ。
厳しい訓練に打ち勝ったものこそが、上に立つに値すると讃えられ、重厚な筋肉が崇拝される。
まあ……そんな地だ。
そのような脳筋な領に、アルマンやグリゼルダがフリードを追いやったのは、まさに嫌がらせ以外の何ものでもない。
現在の彼からは想像しがたいが、当時のフリードは、ありきたりな高慢な貴族の令息でしかなく、むしろ学問が得意な洗練された少年であった。
しかしグリゼルダらは安易にも、公爵の嫡男が、過酷なブレボーデンで揉まれ、潰れてくれるのを願った。
──ところがだ。
そんな叔母らの陰湿な企みが、見事に裏目に出たのは現在のフリードを見ていただければ明らかだろう……。
叔母に辺境に追いやられた憐れな少年は、新天地で才能を開花。武に目覚め、鍛錬することに喜びを得て、とにかくその風土とは水が合った。
生来の王様気質の負けん気も手伝って、フリードは誰かが自分より上に立つことを良しとせず。プライドと才能でメキメキ頭角を現し、その脳筋さは将軍にとにかく気に入られた。
豪胆な将軍に目を掛けられた青年は、より筋肉を妄信。腕力を愛する厄介な男へと成長をとげたわけだが……。(「……領主……(なんてことをして下さった……)」※byグステル)
そんな男が、今、王城に押し入ろうとしている。
これは大変なことである。
公爵という父をもつばかりか、将軍の後ろ盾までもつという恐怖の騎士の恐ろしさは、王都にも広く伝わってくるのだ。──つまり、暴君として。
正直、一介の門番や兵士たちに手に負える存在ではない。
「ああああ……! 勘弁してください閣下!」
「勘弁してほしくば、開城せよ! それとも俺様に門を破壊してほしいのか⁉」
「そ、そんなことされたら俺たちは閣下を捕らえなくちゃいけないんですよ⁉」
それが当然の職務とはいえ、正直なところ、こんな面倒な男に向かっていくのは門番たちは心底嫌だった。
まず、取り押さえるだけでも一苦労なのは見て明らか。
その後に発生するだろう、公爵家と辺境領とのごたごたも、考えるだけでもゾッとする。できればここは、ぜひ彼にはお引き取り願いたい、が……。
拒む兵士らに強面で迫るフリードの目は、どう見ても目的を遂げるまでは、絶対に引かぬという意思を表す。
鋭い眼光には、強い敵意がみなぎり、邪魔する者はなんぴとたりとも許さぬと言い放っているようだった。
これには、居合わせた者たちは皆、誰もが泣きたくなった。この男は、彼らには手にあまりすぎる爆弾。ここで爆発させるも、阻止できず王城の中で爆発させるも、きっと地獄である。
……と、そんなときだった。
「……やれやれ……ブレボーデンの者どもの横暴ぶりは、いつもながら目に余りますな……」
聞こえてきた静かな声。
「ぬ?」
門番を威圧していたフリードが横を見ると、そこには中年の騎士。
淡々と歩いてくる冷静なその顔を見て、門番たちがあからさまにホッとする。
「! ツィマーマン様!」
フリードを冷たいまなざしで刺すその男は、グステルを連行した一行にいた例の王妃の騎士である。彼の背後には、十名ばかりの兵士らの姿もあった。
警戒感が露わのフリードに、ツィマーマンは冷淡な顔で続けた。
「メントライン家のご子息が、このような時刻にいったい何事ですかな? ブレボーデンの者どもは、粗暴すぎて王城で守るべき規則すらご存じないのか? それとも、父君の教えが悪いのか? このようなことをなさっては、家名に泥を塗りますぞ」
騎士の忠告は淡々としているが、しかしフリードはそんな言葉を素直に受け入れるような男ではない。
「黙れ! 貴様らこそ、このような時間に、一介の市民たる娘を無理やり連行していったではないか! それが王都での規則だとでも? これが国民に知られれば、王家の名に泥を塗るのは貴様らのほうだ!」
火の玉のような怒りを露わにする男に、ツィマーマンは内心ではその厄介さを苦く思った。もちろんそれは顔には出さないが。
「ほう……やはりその件でいらしたのか……」
タイミングからしても、そうではないかと思っていた。
公爵の令息にせよ、辺境領の騎士にせよ、大きく言えば、結局の位置づけは国王の臣下である。それが投獄の危険を冒して王城前で騒ぎを起こすということは、相手にもそれだけの理由があるはず。
ツィマーマンは、まずはその理由を、この男から聞き出したいと考えた。
大貴族メントライン家の子息が、なぜ町民娘の危機に出しゃばって来たのか。
その娘は、このメントライン家の男の妹グステル・メントラインの恋敵に当たるはず。
これには何やら複雑な事情がありそうだ、と、ツィマーマン。ならばそれは、王妃の配下としては、ぜひ明らかにしておかなければならない。
──が。
ここで騎士は、フリードの顔を見つめながら、ある違和感に首をひねる。
「……ところでフリード卿、なぜそのような格好を?」
ツィマーマンが不可解そうに指摘したのは、フリードの顔。
怒気露わなその顔を覆うは──なぜか、もっふもふの白髭。
それはまるで、年末にトナカイに乗って子供たちに贈り物を届けに来るぽっちゃりおじいさんのような……。
その違和感のある代物が、男の赤黒い髪色から考えても、どう見ても付け髭であることを察した騎士は、怪訝。
だが、それを指摘された大男は、彼を横柄に睨みながら、叫ぶように吐き捨てる。
「っ愛ゆえだ‼」
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