【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
184 / 192

183 月夜の焦燥

しおりを挟む

 あれは、本当に大丈夫なんだろうか……。
 城門前に置いてきた男のことを思うと、ヴィムは、緊張し過ぎて喉が干からびたように乾くし、胃のあたりがシクシクと痛んだ。
 何はなくとも、ただそこに立たせているだけで、かならず問題を起こしそうな人物なのである。
 そんな兄を、いつもなんとか制御しようとしていた娘のことを思うと、青年は痛いほどに後ろ髪をひかれてしまう。が……。

 そんな不安そうな足取りの青年を、彼の前を歩く主は感情を押し殺した口調でたしなめる。

「……ヴィム、今は優先順位を考えなさい。あの方なら大丈夫だ」

 その鬼気迫る声が腹にずしんと重く低く響き、青年は、つい怯えたように肩を狭めた。

「で、でも……頭に血の上ったフリード様は、危険人物すぎやしませんか……? そ、それに……あんな付けヒゲだけで……あのお二人の顔が似ていること、隠せますか……?」

 あんな付けヒゲ、とは、先ほど門前で大荒れだったグステルの兄が顔にはりつけていた、長くフワモコの物体のこと。所々くるくるとカールした繊維の集合体は、フリードの厳めしい顔に滑稽なほどに似合っていなかった。
 あの場にそぐわぬ代物は、現在こちらで静かに怒り狂っているヘルムートが彼に渡したものである。

 だが、けしてふざけてそうしたわけではない。
 当然ながら、フリードは妹であるグステルとは顔立ちがよく似ている。
 今回王城に連行されたグステルは、変装もしていない。二人を目にした誰かが、そのことに気がつかぬとも限らない。それは、絶対に防がなければならなかった。

 グステルは、ずっと、自分で築き上げた街での生活を守っていくことを望んでいる。
 小さな身体で独り立ちし、やっとの思いで手にした居場所は、彼女にとってはさぞ大切なことだろう。
 その思いと苦労が想像できるからこそ、ヘルムートも彼女の願いを共に守り続けたい。
 だが彼女は、意志が強い反面、潔くもある。
 もし何かを守るために必要とあらば、その大切な暮らしをもあっさり投げうってしまう気性が分かるだけに、ヘルムートは、その苦しい選択をさせぬための尽力を固く決意している。
 もし、グステルの身分が明らかになるにせよ、それは、誰かに暴かれるようなことであってはならない。
 それは、必ず、彼女自身の選択でなければならない。──絶対に。

 しかし、この急な事態には、ヘルムートもいささか不意を突かれてしまった。
 イザベルらによってもたらされた急報に駆けつけた彼らが、フリードの人相を隠すためにとっさに用意できたのは、あの祭事用の付けヒゲだけだった。
 王城では、謁見の際、覆面や仮面は許可されない。が、付けひげならば、貴族男子の装いのひとつとして許されてきた流れがある。……まあ……若干、装い、というより、メルヘンよりの、緊迫した場には奇異に映る一品ではあるが。

『そんな些事にかまっていられない』

 ……というのが、ヘルムートのバッサリした見解。
 多少子供だましな代物でも、フリードの人相さえ半分隠れるのならばそれでよし、と、いうのが、彼の決断。
 もちろんそのフワモコな代物を見て、当のフリードは一瞬『なんだこれは』という訝し気な顔をしたが、そこはヘルムートが説得。
 こと、シスコン魂においては、彼のほうが経験豊か。どこを突けば妹思いの青年が折れるかは、彼はよく熟知している。

「で、でも、明らかに不審ですよ……あそこまで猛烈に怒っているお方が、あんな滑稽な……」

 状況が不安過ぎて嘆く若者に、しかしヘルムートはやはり淡々としている。

「……声を落とせヴィム。大丈夫だ。あそこまでお怒りのフリード様の顔から、誰が付けヒゲなどはぎ取れる……?」
「そ、それは……それはそうですが……も、もし国王陛下がおでましになられたら⁉ 陛下に『取れ』と言われたら、さすがのフリード様だって……」

 不安そうに言い募る従者に、ヘルムートは前を向いたまま同意。

「確かに。いくらフリード様でも、陛下のお顔を見れば冷静になり、顔を見せろと言われればヒゲを取るだろう」

 ──が、と、青年は一瞬足を止め、ヴィムを振り返った。

「お前なら、あのように傍若無人に怒り狂った人間を国王陛下に会わせるか?」

 真顔の問いかけに、ヴィムは、うっという顔。

「……、……、あ……会わせませんね…………」

 確かに、と、結局ヴィムは微妙そうな顔でそう返すしかなかった。
 主が言う通り、もし自分が王家の侍従なら、あんな火竜のように吼えて怒りを訴える大男の前に、主君を立たせられない。怖すぎる……。
 と、前方に向きなおって再び先を急ぎ始めたヘルムートは固い口調で言う。

「ヴィム。考えすぎるな。今はグステル様の身の安全を確保するほうが先だ。それ以外に優先させるべきものは何もない」

 その強い断言に。ヴィムは、でも、と、さらに言いかけて、口をつぐむ。
 月明かりに浮かぶ主の後ろ姿には、静かな焦燥と増悪がにじんでいた。
 もちろんそれは、ヴィムに対するものではない。
 連れていかれた彼女への心配と不安。そして、それを実行した者たちへの限りない怒り。その感情が入り混じった背中は、怖いくらいに殺気立っていた。
 その姿を見ると、従うしかないという諦めも感じるが、ヴィムの不安は大きくなるばかり。
 彼だってグステルを案じているが、主が今からなそうとしていることは、国家への大いなる不敬。反逆と責められても仕方のないようなこと。どうあっても従者の不安はぬぐい取れなかった。

 そんな若者の不安を背に感じながらも、ヘルムートはただひたすら前を見て、王城の幕壁沿いを急いだ

 目指すのは、もちろんグステルがいる場所である。

(……嫌な予感がする……)

 胸の内壁をわしづかみでえぐりとってくるような不安が、絶え間なく彼を急き立てている。その衝動は、フリードの後ろで王城を睨んでいるだけでは、とてもおさまるようなものではない。
 できることならば、今すぐにでも彼女の無事な顔を見たい。そうしなければ、取り返しのつかないことが起こってしまうような気がしてならなかった。

 彼女を召し出したのが王家であるならば、きっと非道な行いはしないはず。
 しかし、彼女は常々『王太子殿下には会いたくない』『怖い』とこぼしていた。あの胆力のある彼女がそれをもらすということは、相当な恐怖を抱えていたはず。
 先日城下でその男から逃げ出し、物陰に逃げ込んで身を小さくしていた姿を思い出すと……ヘルムートは今でも心臓を握りつぶされそうな苦悩に襲われる。
 血の気を失った頬は冷たく、身は割れれしまいそうなほどに震えていた。恐怖のあまりか呼びかけにも一切反応しない。
 そんな状態であったグステルが、その原因となった男がいる場所に、なんの準備もなく連れていかれた。
 もしや今この瞬間も、またあの時のような恐怖の底にいるのではないかと考えると……。
 ヘルムートはとてもではないが、夜明けを待って、などという悠長な構えではいられない。

「……フリード様には、あの場でできることをしていただく。それでグステル様の無事が確認できるならばよし。しかし、我々は我々のできることをせねば」

 目的を確実に遂げるには、策は多い方がいい。
 それに、現状この夜間に、フリードのような正攻法では、ただちにグステルにたどりつくのは難しいと彼は考えた。
 おそらく、王家が今宵、彼らに即刻正門を開くことはない。
 ならば彼に残されているのは、多少なりと危険な橋を渡る方法だけ。
 ゆえにこの男は、迷わず彼女の兄をおとりにすることを選んだ。
 門前でフリードが騒げば騒ぐだけ王城の者たちの目はそちらに向く。いかに堅牢な王城といえど、それが人間の手でつくられ、人の手で守られている限り、隙は必ずどこかにある。

(──いや、生み出させるのだ、絶対に!)
 
 ヘルムートは爛々とした双眸で城壁を睨む。
 この彼女の身内への無礼なら、あとからいくらでも謝罪する。
 発覚した際の責任も、必ず自分が負おう。
 だが──まずは、なんとしても彼女のもとへ駆けつけたかった。
 青年の胸には、王太子エリアスに対する怒りが炎のように燃え上がっていた。
 その人物が、そうしようとしてグステルを窮地に追いやっているのではないと分かっている。
 それでも、彼が絶えず幸せでいてほしいと固く願う彼女に、恐ろしい思いをさせるあの男が、どうしても許せなかった。……それがたとえ、妹の想い人でも。

 歯噛みし闇を睨むと、上下の歯のこすれる圧が頭蓋にギリリと響いた。震えがくるほどの渇望を押し殺し、ヘルムートは先を急ぐ。

(……なんとしても、彼女のもとへ……)



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

婚約破棄された悪役令嬢は、親の再婚でできた竜人族の義理の兄にいつの間にか求婚されていたみたいです⁉

あきのみどり
恋愛
【竜人族溺愛系義兄×勇ましき病弱系三白眼令嬢】の、すれ違いドタバタラブコメ 『私たちはその女に騙された!』 ──そう主張する婚約者と親友に、学園の悪役令嬢にしたてあげられた男爵令嬢エミリア・レヴィンは、思い切り、やさぐれた。 人族なんて大嫌い、悪役令嬢? 上等だ! ──と、負けん気を発揮しているところに、大好きな父が再婚するとの報せ。 慌てて帰った領地で、エミリアは、ある竜人族の青年と出会い、不思議なウロコを贈られるが……。 後日再会するも、しかしエミリアは気がつかなかった。そのウロコをくれた彼と、父に紹介されたドラゴン顔の『義兄』が、同一人物であることに……。 父に憧れ奮闘する脳筋病弱お嬢様と、彼女に一目惚れし、うっかり求婚してしまった竜人族義兄の、苦悩と萌え多きラブコメです。 突っ込みどころ満載。コメディ要素強め。設定ゆるめ。基本的にまぬけで平和なお話です。 ※なろうさんにも投稿中 ※書き手の許可のない転載は固く禁止いたします。翻訳転載は翻訳後の表現に責任が持てないため許可しません。 気持ちよく作品を生み出せなくなります。ご理解ください。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...