偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談

あきのみどり

文字の大きさ
2 / 33
後日談

1-2

しおりを挟む
「……やっぱり貴方様ですか……」
 城から来たという使いを前にして、ミリヤムはしらっとした表情でその男を見た。
 すると、その応接間の長椅子に座っていた大柄な黒い人狼──その彼女の婚約したてのヴォルデマーにそっくりな彼の兄、ギズルフはじろりとミリヤムを睨む。
「貴様、遅いではないか! お陰で祖母にくそ甘い菓子を押しけられてしまった……!!」
 何故かその目に若干怯えが入っていると思ったら、彼の目の前のテーブルには色とりどり種類も様々な、サラの手作りらしき菓子達が所狭しと並んでいる。
 ギズルフはそれを戦々恐々と横目で睨んでいる。彼は甘いものが物凄く苦手なのだ。
 その体躯の良い人狼の様子にミリヤムがため息をつく。
「はー……暇ですか若様? ですから毎度毎度送迎していただかなくて結構ですと申し上げているのに……」
 と、男は眉間の皺を深くする。
「誰のせいだと思っている!? その枯れ木のように今にも折れそうな手足で貴様が無謀にもクローディアを追い掛け回すから色々とややこしい事態になっているのであろうが!! クローディア周辺のお節介なやつ等が貴様に良い感情を持っていないとどうして分からない!? はー……もしそいつらがお前に何かしたらと思うと……俺はヴォルデマーとクローディアとの間で板ばさみで胃が痛い!! 手元で監視していたほうが幾らかマシだ!!」
 ギズルフは壮絶に疲れた様子で顔を手で覆う。
「はー……なるほどお……」
 しかし、とミリヤム。
「私め、絶対に己が結婚するよりも先に若様とクローディア様にご結婚頂きたいんですよねえ……あのふわふわの純白の乙女様を私めは射止めたい!! あの女神様の虫けらをご覧になるような視線が和らぐ所を是非見たいのでございます!!」
 そう言うミリヤムは先日もクローディア嬢を付回し、ギズルフが言う通り彼女の友人に見つかって領内を散々追い掛け回された。その時は婚約式もまだで、相変わらずメイド服を着ているミリヤムを、クローディアの友人達は誰も彼女がヴォルデマーの婚約者だとは思わなかったようだった。
 そんな事もあってギズルフは怯えているのだ。またこの人狼族より遥かに脆弱な人族の娘が、その辺で転んでぽっきり首の骨を折らないか、と。
「お前は……俺を心労で葬り去るつもりか!?」
「ですから……若様の愛しの君を射止めようと頑張っているんではありませんか!! 癒して頂いたら良いでしょう!? クローディア様に!!」
 ……という、負のスパイラル。
 この二人には、最早ヴォルデマーも、お目付け役のルカスもお手上げ状態であった。

 そうして一頻りミリヤムを怒鳴りつけたギズルフは、埒が明かぬと首を振る。
「もういい! さあ行くぞ、父上がお待ちだ」
 そう言って彼は当然の様に己の背中にミリヤムを放る。ミリヤムは勿論スカート姿だが、その中身が見えようがどうしようが微塵も気にかけては居ない様子であった。そしてそれはミリヤムも同様だった。
 ただ、その背にへばりつきながら、
「……そもそもこのヤモリ、もしくはムササビ状態での移動手段が誤解を招く原因のような……」とは、薄っすら思うミリヤムだった。

 ギズルフの背に乗って、あっという間に城に辿り着くと、周囲はにこやかにミリヤムを迎えた。
 もうこの城内では誰も、その様に違和感を持つ者は居ない。
「あ、ミリー!!」
 ころころした人狼の小姓っ子達が近づいて来て、わらわらと二人に群がった。
 子供達は普段破壊魔のギズルフを遠巻きにしているが、“壊れ物”のミリヤムと一緒にいる時は彼が大人しい事を良く心得ていた。
「ミリミリミリ!! 遊ぼう!!」
 下からぐいぐい足をひっぱられてミリヤムが「あら」という顔をする。ギズルフは「ひっぱるな! 足が抜ける!!」と恐れおののいている。
「駄目ですよ小姓の坊ちゃん達、お仕事とお勉強がおありでしょう?」
「えーやだー、また刺繍して見せてよお、カマキリカマキリ!」
「だめだめ! 今度はバッタの約束じゃないか! こないだのコオロギの刺繍、家でお母様に見せたらすごいって褒められてたよ! 気持ち悪いって!」
 それ褒められていないだろ、という突っ込みが出来る者は、残念ながら現在ここにはいない。
 ミリヤムは誇らしげに胸を張る。
「ふふふふふ……そうでしょう、そうでしょうとも。昆虫の刺繍は淑女様方に気持ち悪がられて何ぼです。流石私」
「……」
 馬鹿は放っておいてさっさと父の元へ行こうと思うギズルフだった。







しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!

たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。 なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!! 幸せすぎる~~~♡ たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!! ※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。 ※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。 短めのお話なので毎日更新 ※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。 ※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。 《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》 ※他サイト様にも公開始めました!

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

処理中です...