偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談

あきのみどり

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後日談

5 天使と、流血する人狼の決意。

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 その女は、しんとした真顔で言った。

「…………これ、寿命が減るんでしょうか、伸びるんでしょうか……」

 真剣に考えている風のその栗色の髪の娘に、本日はルカスの拳骨が飛んでこない。

「……間違いなく伸びるだろ……」

 隣から聞こえてきた声に、女、ミリヤム・シェリダンは、音がしそうなくらい大袈裟に振り返る。

「本当に!? だって……今にも心臓が破裂しそうなんですよ!? 身悶えして全身に鳥肌が踊り狂っておりますけど……!? 見てよ、手が……震えている!?」
 
 ルカス!? と、腕に取り縋られた青年は、本日は何やら目尻が下がりきっている。だが、一応「馬鹿じゃねえの」と、ミリヤムをぺいっと振り払うのは忘れなかった。

 そんな二人の眼の前。部屋の奥の長椅子の上には。
 右端に、黒い見事な毛並みの雄々しい狼獣人、ミリヤムの夫であるヴォルデマーが。
 左端には彼女たちの偏愛を一身に受ける金糸の美貌のフロリアンが座っている。
 普段は大抵、交代でベアエールデ砦を支える二人が揃う貴重なその光景(献身的なイグナーツの激務と引き換え)は、これだけでも、ミリヤムたちにとっては既に尊過ぎる絵なのだが……

 そのちょうど真ん中に……ぽてりぽてりと二人に挟まれるようにして座っているのが──
 ミリヤムが萌怯え、ルカスが気味悪いくらい目尻を下げているもの。
 可愛い黒髪に、ちょっぴり垂れた黒い耳。瞳も身体つきもまぁるい小さな双子。ランドルフとルドルフの二人だった……

 二人はまだつたない様子で母親であるミリヤムに向かってふっくらした両手を差し出している。
 そして偏愛二人組が戸惑っている原因が、これだ。

「かーたまー」
「あーたまっ、あーたまぁぁっ」

 ひゃー……と、双子の片割れが泣き出して。ミリヤムを必死に呼ぶもので……ミリヤムは「グフっ」と、膝を折る。

「て、天使が、すぎる……泣き顔ですらも母に瀕死のダメージを……ごめんなさいルドルフ、ランドルフ……母さんは今腰が抜けております……お前たち、攻撃力が高すぎです……聞きましたかルカス!? 我が小さき天使達が……私を、よ、呼んでいます!! か、かわゆいっ」
「馬鹿か! お前戯言を言っている場合か……! ルドルフが泣いてるじゃないか! さっさと行け!」
「う、りょ、了解です……這います……這いつくばって天界絵図のようなあの現場に……!! い、今行きますよ我が天使……!」
「……やめなさい」

 ひーん、と、本当に這いつくばって自分たちの方へ来ようとする妻に……冷静なヴォルデマーが制止をかける。その有様は、どう見ても変態的だ。
 ヴォルデマーはやれやれとフロリアンに双子を任せると、ミリヤムの傍に寄り、妻の身体を軽々持ち上げた。
 それを見たフロリアンはころころと楽しそうに笑っている。


 さて、相変わらずのミリヤムだが、本日はなぜこのようなことになったかと言うと──……

「っ双子が初めて言葉を喋ったと言うのは本当かぁああああああっっっ!?」

 ……と、いう事ではあるのだが……それはさて置き。

 唐突に。部屋の扉がドカンとド派手に破壊された。

「ぎゃっ!? 匠の業が光る美しき木戸様がっ!?」
「……」

 美しい飴色の扉はそのままの勢いで空を舞い、それはミリヤム目掛けて飛んで来る。……が、それが彼女に衝突する直前に、彼女の夫がそれを無言で瞬時に弾き返す。
 すると、その大きな人狼サイズの可哀想な木製扉は、飛び込んできた乱入者の方に綺麗に飛んでいき、その顔面にドカーンっ! と、ナイスなコントロールでぶち当たった。
 途端にミリヤムとルカスが悲鳴を上げる。

「ひぃっ、わ、若様ーっ!?」
「ギ、ギズルフ様!?」

 ミリヤムとルカスは思わず青くなって、ぎゃー!? と、叫んだが……

 扉を顔面に受けたはずの当の本人、ギズルフ・シェリダン(推定精神年齢多分10歳くらい)……は、
 倒れもせず、よろめきもせず。
 何事もなかったかのように、ケロリと双子の座る長椅子の方へ飛んで駆け寄って行った。ぶんぶん尻尾が揺れている。
(その頑丈さに、フロリアンが「ギズルフ様凄いですねぇ」と、優雅に笑っている)……それを見たミリヤムとルカスが、微妙そうな顔で眉間に皺を寄せて言葉をなくしている……)

「ルドルフよ! ランドルフよ! 喋ったというのは本当か!? もちろんそれは『ギズルフおじさま』であるはずだな!?」

 と、そこでルドルフを抱き上げようとして。はた迷惑に騒がしいギズルフの後頭部に弟ヴォルデマーの鉄拳が飛ぶ。

「ぐ……」(流石に効いた)それを見て、泣いていたルドルフの機嫌が直る)

「戯言か、ギズルフ……」
「ふふ、そうですよギズルフ卿。やっぱり最初は母か、もしくは父君であるヴォルデマー様でないと」

 フロリアンは双子を両手に抱え、くすくす笑っている。
 それを聞いたギズルフの三角の耳が不満そうにパタパタ動いている。

 ──が、そんな夫や元主人の冷静な調子に……ミリヤムは──

「ちょっ、それより……っ、」

 若様顔面割れてますけど!? ……と、ミリヤムは慄いた。






「……なんだつまらん。俺様の名前じゃないのか……」と、言った人狼は、ミリヤムの顔をムッと睨む。

「相変わらずお前は図々しい女だな……俺様を差し置いて……」
「黙れこら若様め」

 嫡男の割れた額にぺシーンと清潔なガーゼを貼りながら。ミリヤムが悪人顔で目を剥く。

「痛い……」
「ご自分のせいすぎるでしょう!? どうして若様はそう、扉を壊すんですか!? 扉は開け閉めするためにあるんですよ!? それに危うく我が愛する方々に木片が激突するところだったじゃやないですか! おかげでびっくりしすぎて天界絵図に這い寄る機会を私めは一つ失いました! いい加減になさいませ! 黒い毛並みが血まみれで……これじゃあ地獄絵図です! 全く……ヴォルデマー様と坊っちゃまと我が子らの聖域を侵そうなんて……なんと言う悪行……」

 手当されながらも、くどくど叱られる巨体の人狼は、耳を倒してブスッと横を向く。

「ふん、あんなもの。ヴォルデマーが傍にいて防げないわけがないだろう。それに子らも半分は人狼の血が流れているのだぞ。これしきで怪我をするほど弱々しいものか」

 ギズルフの不貞腐れたような顔に。憤慨したミリヤムは、その両の眉間にグリグリと拳で圧を加えた。……全然効いている風ではないが。
 不意に、そんな様を微笑んだまま眺めていたフロリアンが優しい調子で言った。その手は泣き止んだルドルフの頬をよしよしと優しくなでている。

「でもギズルフ卿……もしあれがミリーに当たっていたら大変でしたよ? ミリーは人狼じゃないですからね。華奢な身体にあんなに大きなものが激突したらどうなさいます?」

 フロリアンが穏やかにそう言った瞬間だった。
 ギズルフのそっぽを向いた背がぶるぶると震え始める。……壊れ物怖い、と思っているのは明らかである。
 
「……」
「それにこんなに愛らしい子供達の前で母親が傷つけられたら……二人もさぞかし悲しむでしょうね……多分二人共、一生ギズルフ卿のことを“叔父上様”とは呼んでくれなくなる──」
「!?」

 その言葉にギズルフの背がびくっと跳ねた。そんな、とでも言いたげに振り返った人狼の悲壮な顔を見て、意味ありげに言葉を切り間を取ったフロリアンが、「……かもしれませんね?」と、にこりと笑う。

「………………」

 フロリアンの言葉に──ギズルフは──……

 嫡男は考えた。いつも以上に考えた。そしてしばし腕を組んで眉間に皺を寄せ──ぐるぐる、ぐるぐると何かを考えて──
 その瞳が唐突に、ぎらりとミリヤムを睨む。……ただし、背中はまだ震えている。

「え……? な、なんですか若様……」

 気味悪い……と、いうミリヤムの言葉を無視して。辺境伯領嫡男は立ち上がると、高らかに宣言した。

「…………よし、俺様は…………今日から……ちゃんと扉を開けるぞ……!!」
「……」
「……」

 その言葉を聞いて、思わず黙り込むミリヤムとルカス。
 思い切り、そこからかよ! と、突っ込みたかったのは山々だが……この嫡男にはそれはそれで必要な決意であるような気がして、二人は黙っておいた。何かあるたびに、部屋の扉を破壊されるのは非常に迷惑である。

「それに俺様には“壊れ物”を保護する使命があったしな! よし! 俺様は、もう扉を吹き飛ばさない! だが……あんな薄い(※厚さ7cmほどはある。対ギズルフ仕様で段々厚くなっていた)木の板をどうすれば壊さないで済むんだ……?」
「そうですね、まずは一度扉の前で立ち止まることを習慣化させてみてはどうでしょうか」

 にこやかに答えるフロリアンに、ギズルフがそうか! と、応じる。そのやりとりに、「そっからかー」と、再度思った二人組は、やはり突っ込まなかった。
 押し黙る二人組と呆れる人狼弟の前で、むふーと息巻いているギズルフに、フロリアンはぱちぱちと手を叩いている。

「ギズルフ卿。ご決意とてもご立派ですよ。是非頑張って下さいね」
「ふんっ! 俺様に出来ぬ事などはない!」

 賞賛の声にますますふんぞり返る辺境伯領嫡男ギズルフ(推定精神年齢多分10歳)。 
 と……、無言で自分たちを見つめている三人の視線に気がついたフロリアンが、言った。

「ふふ。ギズルフ様って可愛いよね」にこり。


「……」(※ヴォルデマー。全然可愛くない、と思っている)
「……」(※ルカス。この領大丈夫か……? ヴォルデマー様がいてよかった、と思っている)


 そしてミリヤムは呟いた。

「………………若様がちょろすぎるのか……坊ちゃまが素晴らしいのか……」

 この時ばかりは珍しく断言に迷うミリヤムだった。
 



「次は絶対に双子に“叔父上さま”と言わせてやる!」
「……あれ(※ギズルフ)、早くクローディア様引取りにきてくれないかな……」

 とりあえず、可愛い双子たちの為にも、次の扉は是非鉄製に替えて欲しいと思うミリヤムである。

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