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ここはどこ?
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「英子、今日の午後の予定はどうなっているの?」
一緒に昼ご飯を食べていた桜子に声を掛けられて、英子はスマホで時間を確認する。13時少し前だった。
「14時半から講義があるよ」
「そうなんだ。私は今から。14時半の講義は一緒の教室だよね」
「うん」
「それまでどうするの?」
ここは都内某所の花丸女子大の学食。安いし美味しいここは、昼時だけあっていつも以上に混雑している。
そこで英子と桜子は昼食後にお茶をしながら時間を過ごしていたが、午後の授業時間帯になったために、彼女たちを含む、食堂にいた全員が動き始めた。
「散歩でも行こうかしら」
外は良い天気だった。暑くもなく寒くもなく。英子は何となくそう呟いたのだが、言葉にしてみたらなんだか妙に散歩に行きたくなった。最寄駅から大学までの道は毎日通っているが、大学の裏手とかは行ったことがない。
「えー、いいなあ。なんかいいお店があったら教えてよ」
「うん、もちろん。あ、sotto voceで実況しておくわ」
sotto voce(ソットボーチェ)とは200文字以内の短文投稿ができる、匿名登録制のSNSだ。個人やグループ登録した人のみが見られる閉鎖的なコミュニケーションアプリとは違い、まったく知らない不特定多数が自由に投稿を見ることが出来るのが大きな違いか。知り合い同士で連絡などもかねて話をするのならコミュニケーションアプリだが、何となくつぶやきたい場合はSNSを使っている。
もちろん英子と桜子はフォロワー同士だし、そのた友人ともつながっているから、今日こんなことがあったよという近況報告にちょうどいい。
二人は一緒に食堂を出て、桜子は講義棟へ、英子は構内から出るべく、門へ向かった。
***********
講義を受ける教室に着いた桜子のスマホに着信のライトが着いていた。
授業開始までもう少し時間がある。なにかなと表示させてみると、さっそく英子からのささやきが載っていた。
狭い路地に通りすがりの散歩の犬の写真。家の周りのプランターの花の写真。
どうやら彼女は順調に歩いているようだ。羨ましいなと思いながらしばらく見ていたが、講義が始まった。マナーモードにして画面を消す。
さすがに講義中はスマホに触らなかったけれど、講義が終わって次の教室に向かいながら速攻、英子のsotto voceを開いた。
『この辺りは前に来た時、直進の道路だったはずなのに、なぜだかぐるりと回って来た道にもどったんだけど?』
というコメントと共に住宅街の写真が写っている。それだけでは道がどうなっているのかはよくわからない。
『初めての道。お花屋さん発見』
そして
『こんなところに神社があった。なんて読むんだろう』
という投稿と共に、うっそうとした森を背負った鳥居の写真が貼られていた。鳥居の処には「矢渡知螺図」と書かれているように見える。
次の投稿はもう神社から出てきたところだった。
『神社のお土産屋さんで同じ大学の学生2人と出会った。一緒に大学に向かうところ』
貼られている写真はただの住宅街の写真だった。確かに人の影は映っているが、英子であろう一人分だけ。人物特定される可能性があるので、できるだけ顔を出さないのはsotto voceでは常識だが、一緒にいるのなら彼らの影くらいは写していそうなものだが、と桜子は首をかしげる。
ふと確認した投稿時間は13時20分。今は45分。これならそろそろ教室に着く時間だろう。
桜子は到着した教室で他の友人と合流し、英子は散歩中なんだよと説明しながら、本人到着まで一緒にsotto voceを見ることにした。
『おかしいな、一本道を着たはずなんだけど、道を間違えたみたい』
次の投稿はそんな不穏な内容だった。しかも写真はブレブレの住宅街で、何を写したいのかもわからない。
「道を間違えたって? 英子って方向音痴だったっけ?」
「どうだろう?」
投稿は続く。『迷子とか笑える。とりあえず、神社から来た道を戻ってみる。講義に間に合うかな』
ハッシュタグ『迷子』と共に投稿された時間は先ほどとさほど変わらない。不謹慎だが、このあとどうなるのだろうとその投稿をみた全員がワクワクしていた。
そしてそれは桜子や同級生だけでなく、不特定多数の人たちも同様だ。
英子のフォロワーは基本的に多くなく、100人程度しかいない。しかも閲覧数はそれに届かないことが多い。しかし今の閲覧数は800を超えている。ハッシュタグの影響か、いつもよりもたくさんの人が見ているのだ。
『こんなところに川があるんだけど。え、川なんてあったっけ?』
空き地のようなところの先に細い川のような流れが写っている。だが妙に画像が荒い。場所を特定されないように加工しているのだろうか。
そしてこの投稿にコメントが付いていた。
『通りすがりに失礼します。迷われたのならば地図アプリを使われては?』
桜子と級友は大きく頷いた。そうだ、その手に持っているもので検索すればいいじゃないか。
そしてそれに対し、英子のやってみます、という返信が、まさについ先ほど行われたようだ。
「ちょっと、英子ちゃん、ちゃんと講義に間に合うのかな」
「もう13時50分だよ? 無理じゃね?」
「先生、時間にも出席にも厳しいのに……」
この授業は毎回出席を取るし、人数も多くないので代返ができない。そして先生は遅刻を認めない。
「英子、今日は欠席扱いかもね~」
「1時間あっても構外にでるものじゃないね……」
桜子たちは英子の心配しながらも、心のどこかで楽しんでいた。きっと講義が終わって教室を出たら、しょんぼりした英子がいるに違いないと。
講義内容のノートは写させてあげよう。そしてどんな大冒険をしたのか聞きながら、英子の行った神社に、もっと時間があるときに一緒に連れて行ってもらおう。
そんな話をしている間に授業開始の5分前となり、講師が部屋に入ってきた。必然的に全員が机に向かい、講義の準備をする。授業開始のベルと共にドアは閉められるのだ。
桜子は画面を閉じる前に素早く英子の先ほどのささやきに”授業始まっちゃうよ~、早くおいで~”と書き込んでスマホを鞄にしまった。
90分の講義が終わった。やはり英子は間に合わなかった。速攻、スマホを開く。
英子からの返信はなかった。ただ新しいささやきがあった。
『電波がおかしくて、地図アプリが使えません』
「はあ? 英子まだ迷っているの?」
隣で同じようにスマホを開いた真由美が、驚いた声を上げた。投稿時間は14時過ぎだった。しかもその投稿を最後に新しいささやきがない。
「ちょっと、本格的に迷ってない? やばいんじゃない?」
「いや、もしかしたら教室の外に……」
桜子の発言に真由美ともう一人、裕子が一緒に荷物を持って教室の外に出た。
桜子たちを驚かそうと隠れているのかも、と慎重になんども見回せど、英子の姿は確認できない。
全員、今日の授業は運良くもこれで終わりだった。とはいえ教室の中に居続けることは出来ない。
それに授業が終わってしまえば英子もここへは来ないかもしれない。
だが何となく動くのもためらわれて、3人は出入り口から少し離れたところで荷物を下ろしてスマホの画面に視線を戻した。
「っていうか、この辺に川なんてないんだけど?」
真由美の隣で裕子が地図アプリを起動させたようだ。
「え? 細い川とかなんじゃないの?」
「ないよ~。水路とかもない」
「細すぎて表示されてないだけじゃなくて?」
「ストリートビューでも確認できないよ」
「じゃあ、神社は?」
「大学の近くなんだよね? ……ないんだけど?」
3人ともにスマホに視線を落としながら、沈黙する。そして各自が急いで地図アプリで検索を始めた。その様子に周りの同級生たちも集まって来たし、桜子が代表して、じつは英子が迷子になっているのだと説明すると一斉にsotto voceを開いた。
「ないね、神社も水路も」
「ないよね? 大学の周りには」
「あ、英子、裏手に行くって言ってたけど」
「裏手にもないよ?」
「え、じゃあ、英子ちゃんどこに行っているの?」
再度沈黙が訪れる。そして全員がスマホから目を上げて、互いの顔を見た。
「ささやきもないし、やばいんじゃ……」
「電波悪いって言ってたけど、今どこにいるのかくらいはささやけないのかな?」
「それだ!」
桜子はそう叫んですぐにコメントを付けた。
”英子ちゃん、今どこにいるの?”
返信はない。
”心配している。地図アプリ使えなくても、今どんな所にいるのかささやけない? 写真でも良いよ”
それにも返信は付かなかった。
全員に重苦しい空気が立ち込めた時だった。
『神社で一緒になったミコさんとイチコさんの提案で、先ほどの川を下るように進んでます』
いきなりささやきが来た。しかも返信ではなく、投稿の方で。
「よかった、無事だった!」
「ってかまだ迷っているの!?」
「ついでにミコさんとイチコさんって誰?」
「散歩中に知り合った、この大学の学生らしいよ」
桜子は答えながらもほっとしていた。良かった、とりあえず返信もあった。
でもどうせなら私のコメントにも返信が欲しかったな、とちょっとだけ面白くなく思った。これだけ心配しているのにと。
とりあえず無事が確認できた。同級生たちは一人、また一人とそれじゃあ帰るね、と手を振って去っていく。
桜子たちも荷物を持って歩き始めた。英子を待つにしても学食か、学外のコーヒー店とかで良いだろう。
歩きながらもちらちらとスマホを確認する。その後のささやきはない。きっと明日には「昨日は道に迷っちゃってさーー」と笑う英子と会えるに違いない。しかし桜子としてはこのまま放置して帰る気にはなれなかった。
ちゃんと無事を確認してから、まったくドジなんだから、とその肩を叩いて笑ってから、帰りたい。
一緒に歩いていた真由美と裕子にそう告げると、彼女たちもそうしたいと頷いてくれた。
「とりあえず学食が18時まで開いているから、そこで待とうよ。さすがにそれまでには来るっしょ」
「そうね。まあ無事が確認できれば、会えなくても良いけれど」
「うん。ただこのまま帰るのもなんか落ち着かないものね」
その通り、と全員で首肯する。英子は通行の邪魔にならない端に寄って、立ち止まってコメントを書いて、そして3人で学食に向かった。
”心配だから学食で待ってるよ。勝手に帰らずに学食に来てよね”
****
(時間は桜子たちのスマホに投稿が表示された時間)
16:30『講義に間に合うかなあ~。ギリギリになりそう。 川に沿って歩いてたら両側を杉林に囲まれた道路に出ました。大学の近くにこんなところがあるなんてびっくりです』
「……英子は何を言っているの?」
「こんな都心に杉林なんてあるわけないじゃんね?」
自販機のコーヒーや紅茶を買って、学食でスマホを眺めている3人。相変わらず桜子のコメントへの返信はない。ハッシュタグ『迷子』の影響か、閲覧数はさらに増えている。
ただコメントはない。桜子たちが書き込んでいるから遠慮してくれているのだろうか。
「ちょっとあたしも書き込むわ。何かおかしいよ、これ」
真由美が画面に指を滑らせる。
”何時だと思っているの? もう今日の講義は終了だよ?”
しかし更新されたのは写真だった。
中央が道で、両端に木々のようなものがあるような気がするが、画像が荒い上に薄暗くてよくわからない。
16:35 『すごく静か。車は2台すれ違える程度の道だけど、一台も通っていない。川のせせらぎと葉擦れの音が聞こえるくらいに静か』
「ちょっと、英子ちゃん、なんで返信してくれないの……?」
「写真暗すぎ! 迷子なら加工しないで送れっての!」
裕子がイライラしながらつぶやく。
”場所が分からないのなら、写真加工しないでうpしてくれるかな。こっちで探すから”
16:38 『ちょっとナニアレ! バスが道から落ちてる!?』
アップされた画像は、相変わらず暗くてわからない。言われてみれば写真左端に大きな車のようなものがあるように、見えなくもない。
「バス!? バスが通れるような道? それで両端に杉の木?」
「もう英子ちゃん、どこいっているのよぅ! どこ見てもそんな道、ないよぅ!」
16:40 『バスは落ちているんじゃなくて、道のわきの広場に停車しているだけでした。でもなんかすごい古いバス。ボロイしガラスとか汚すぎて中見えないくらい。でも人は乗っているみたい。こんなところにバス停? と思ったけど、もしかして観光とかかな』
「待って待って。観光するようなところが、この住宅街のど真ん中にあるわけない!」
「もしかすると本格的に大学と逆方向とかに進んでいるんじゃない?」
「逆方向ならなおさら住宅街しかないよ」
16:42『早く大学に戻りたい。もう講義には間に合いそうにないけど、早く戻りたい』
「……なにを、言っているの? 英子ちゃんは」
16:43 コメントに返信『絶賛迷子中だよ~。講義に間に合いそうにないから、後でノート見せてね』
桜子は茫然とした。
「今ごろ……?」
「もしかして、電波障害とかで英子ちゃんのささやきが今頃届いているとか?」
「いやありえないでしょ。そんなに時間差でないでしょ!」
「検索してみたけれど、今日は電波障害なんて発生していないよ!」
「いやでも、杉林とか言っているから、英子ちゃんがいる所が電波が届きにくいとか」
それはあるかもしれないが、それならば。
「今も杉林を抜けていないってこと……?」
「……やばくね?」
16:45『バスの乗客に話しかけられた。この先でお祭り? があるらしい。そこでここの場所とか確認できるかな』
「来た! お祭りで検索!」
「お祭りに限定しないほうが良いよ、催し物、とかの方が!」
裕子と真由美が忙しく検索するのに、桜子は小声でつぶやいた。
「平日の夕方に催し物とかあるのかな……」
その疑問は、#迷子 を見守っていた通りすがりたちも持ったらしい。
『平日に催し物? 何があるの?』
『どこの大学の近くか知らないけれど、川とか杉林とか、都会じゃなくね?』
『フォロワーさんも言っているけど、写真、加工しないでアップしてください。そうすれば場所が特定できますから。大学の近く、というだけなら危険も少ないでしょう? 遅くなるよりは早い方が良いですよ』
『本当に迷ってて、地図アプリも使えないのなら、写真とか載せないで警察に通報したほうが良い。彼らなら電波から居場所特定できるでしょ』
『うん、それが良いと思う』
しかし英子はそれらには返信しない。
『コメント見てないのかな?』
『杉林で電波届かない?』
『その割にささやきは来るんだから、なんかおかしくね?』
閲覧数はどんどんと増えている。先ほどのお祭り発言に千を超える閲覧数が付いている。
16:48 『バスの乗客について歩いていたら、前方の道の両側に大量の旗が出てきた。まだよく見えないけれど、人も大勢いるみたい。これならここがどこだか聞けそう』
相変わらず写真は薄暗い道しか映っていない。バスの乗客が前を歩いているはずだが、人影があるらしい、程度だ。
『だから加工すんなと』
『ちょっと待って、いちいち写真加工しながら送ってんの? これ』
『画像の明るさ上げてみたけど、何が写っているのこれ……』
今しがた英子が上げた写真を明るくしてみたそれは、確かに人らしきものは4~5本の線として確認できるが、まるで省略に省略したイラストのようだ。
『……なんか、やばくないか?』
『投稿者さん、早く警察に連絡しなよ』
『いや、人が大勢いるというのなら、そっちで聞いた方が確かに速い』
16:49『さっきのバス』
その一言を添えた写真に写っていたのは、薄暗い中に確かにバスがあるのが分かる写真だった。
だがそれは、草むらに放置された廃バスにしか見えない。前面をメインに撮られた写真だが、車体のサビと曇った窓ガラス。使用されているようには見えない。
『やばいってコレ。ありえない』
『これ、本当に迷子なの?』
『やらせ乙!』
『いくらなんでもやりすぎだろ、これwww もうやめとけよwww』
コメント欄が荒れ始めた時だった。
16:52『すごい。馬がいっぱい! 流鏑馬だって!』
今度の写真は画像は荒いものの、今までになく明るかった。そして旗が写っている。そこには確かに『流鏑馬』の文字が確認できた。だが馬は確認できない。
「えーっと、なんて読むの?」
声を上げたのは裕子だった。
「たしか、やぶさめ、だよ」
「やぶさめって?」
「馬に乗って走りながら、お侍さんみたいな衣装の人が弓を射るの、見たことない?」
「あー! あれのこと! やぶさめ、っていうんだ!」
鮮明な画像が来たことで、3人は安堵した。これで居場所を探ることが出来ると。
16:53『ミコさんとイチコさんが凄いもの知り。流鏑馬がやぶさめ、って読むのも教えてくれたし、あの衣装は狩装束っていうんだって』
コメント欄には『ヘー』がたくさんついた。それと同時に、場所検索していたらしい人たちからのコメントも殺到した。
『都内で今日やぶさめやっているところなんてないぞ!』
『関東でも調べてみたけど、今日流鏑馬やっているところなんてない!』
『でも確かに旗があるね』
『特定班~!』
『京都、流鏑馬はやってない』
16:54『テレビクルーらしき人たちもいる。お客さんに道を聞きたいんだけど、凄い混雑しててそれどころじゃないのと、皆、流鏑馬のほうに夢中だし、観光客なら道を聞いても分からない気がする。どうしよう』
『少なくとも「ここはどこですか」って聞け!』
『道が分からなくても、その場所はわかるはずです』
『テレビが来るような流鏑馬なんて今日はやってないぞ』
『今日どころか前後一週間で調べてもヒットしないんだけど!』
『流鏑馬の写真もうpしてください』
「あ、桜子ちゃんいた! ねえ、英子ちゃん、なんか変じゃない?」
「あれ? 帰ったんじゃないの?」
声を掛けられてスマホから視線を上げると、そこには先ほど帰ると去っていった級友の3人がいた。
「大学出てから裏手の方行ってみたんだけど、やっぱり神社とか見つからないし、そのうちに英子ちゃんの変な呟きがいっぱい出て来て」
「桜子ちゃんがここで待っているってコメント付けてたから、まだいるかと思って来てみたの」
「そうなんだ、わざわざ行ってくれたの?」
「少なくとも片道20分の範囲には、神社も川もなかったよ。英子ちゃん、本当にどこに行っているの?」
「……わからない。コメントもほとんど返してくれないから……」
いろいろと疑問だが、それも不思議だ。彼女は既読無視するタイプではない。それどころかいつもならマメに返信しているのに。
今や英子のささやきはプチバズリ状態になっている。閲覧数は5千を超えた。少し前のささやきには1万を超えているものもある。
16:55『集まっている人にはどうにも声を掛けづらい。みんな熱中しちゃっている。そして馬がどんどん走り始めている』
『いや聞けって』
『そろそろ陽も暮れてくるのに、いまから流鏑馬……?』
『嘘松!』
16:56『とうとう13:50になってしまった~。もう講義は確実に間に合わない。いやこの道を抜けたら大学の裏門とか言うなら別だけどww』
『何を言っているの? もう17時前だよ?』
『嘘松!』
『ちょっと……背筋が寒くなってきたんだけど??』
『この人、本当にどこにいるの? 都心じゃないよね? まさか、外国?』
16:57『ミコさんとイチコさんのスマホが、ようやくルート案内に反応があったって! これで現在地が分かる!』
『キタ――(゚∀゚)――!!』
『ドコドコ!?』
『流鏑馬観に行く!』
16:58 スマホ画面を写したらしい写真。『ちょっとww ウケルww 先が分からないwww』
スマホを支える白くて非常に細い指と、スマホ画面。地図らしいソレは、道路らしき線が確認できるが、周辺建物などがない。また流鏑馬会場となっているらしい道脇も、ただの何もない空間だ。そして、スマホの上の方、彼女たちの進行方向とおぼしき場所は、黒っぽい空間になっていて、表示がされていない。
『ナニコレ、こんなルート案内見たことないんだけど』
『どう見ても田舎の一本道です』
『流鏑馬とかやってんなら会場名くらい表示されるだろ? なんでないの?』
『ミコとイチコ……?』
16:59『一応、この会場の先はトンネルの出口のように明るくなってるから、もうそろそろ杉林は終わると思う。イチコさんは先に行けば道が分かるかもって』
16:59『あれ? いろいろコメント来てる? 電波が良くなったのかな? 講義終わったら学食で待ってくれてるの? ありがとーーー! でも講義終わるまでには大学付きたいよ~! 終わる前に着いたら教室の外で待ってるね』
『おい、それって2時間前のコメントだぞ……?』
『杉林の電波障害乙!』
『いやもしかして時空がおかしくなってんじゃね? 平日に流鏑馬やるわけないし、しかも午後だし、検索してもヒットしないし』
『早くその場を離れた方が……』
17:00『ミコさんが、流鏑馬見たいけど自分たちも授業あるから先に進もうって。ルート案内では先がないけれど、きっと馬を連れてきたバスとかトラックとかの駐車場がそっちにあるんじゃないかって。電波も届くようになるだろうって。そういう事で馬も見ていたいけど、先に進みます。写真は観客しか映らないから撮れない』
『本当に先があるのか……?』
『まあ杉林が終われば、明るい写真が撮れるだろ? 秒で場所特定してやるよ』
『てか、お友達これ見てるんなら、電話してやれよ。まさか電話通じないのか?』
そうだ! 通話すればよかったんじゃん! と学食の5人は顔を見合わせた。授業を挟んでいたから通話するという考えがすっかり抜けていた。
桜子がすぐにスマホを操作する。
呼び出し音はするが、なかなか出ない。
「呼び出してはいるんだけど……」
「でも、それなら電波は通じているんだよね!」
「あ、そうだよね!」
「桜子ちゃん、そのまま切らないで呼び出し続けて!」
「うん!」
スピーカーに切り替えて全員で息を飲んで反応を待つ。
その間もSNSのコメントが続いている。
17:01『ミコさんとイチコさんは神社まで違う道で来てて、私が大学まで道案内するよ、なんて言ったから迷子に巻き込んじゃって、本当に申し訳ない。ちゃんと送るからね! そういえば川はどこへ行った?(笑)』
『緊急です。しばしコメント控えてください。投稿主さん、その道の先に川が横切っていたら、絶対に橋があっても渡ってはいけません!』
『なんだなんだ?www』
『おい、コメント控えろってよwww』
『緊急です。コメント控えてください。絶対に渡らないで! できれば引き返して!』
『……なに、この人』
『ウケルwww』
『緊急です、今来た道の写真を撮って! できればご友人も写して!』
『肖像権乙wwww』
緊『顔は写さなくてもいいから! 後ろ向きでもいいから! 今すぐに!』
『……なんで? なんでいきなり出てきたあんたがそんなことを言い始めてんの?』
何故? それは桜子を含む、この英子のささやきを見ているひと全員の疑問だった。
緊『フォロワーから流れて来て見守ってました。神社の写真の名前、そして今側にいる二人の名前、そして流鏑馬』
『だから、それが何?』
緊『神社の名は多分”、やわたしらず”と読むはずです。意味は「道に迷うこと」「出口のわからないこと」』
『あ、神隠しで有名な神社がそんな名前……!』
「えっ……!」
思わず桜子が声を出した。全員がスマホを食い入るように見つめる。
緊『ミコは多分巫女、イチコは市子、両方とも巫女を示す言葉です! そして流鏑馬は神事』
『あっ! 川はもしかして』
17:05『ようやく杉林が終わりそう!! なんか川が見えるかも。大きな橋も。さっきの川かな』
『緊急! 渡っちゃダメ! 渡っちゃダメです!!!』
『よくわからないけど、止まって! 投稿主、コメント見て!!』
『止まれーーー!!』
『止まれーーー!』
『なんでコメント見ないの!? 通知行ってないの?』
『電波障害……!?』
「ねえ! なんで電話も出ないの! こんなに呼び出しているのに!」
「英子ちゃーーーん!!」
学食の5人はもう半泣きだ。周りも彼女たちの様子にいぶかし気にこちらを見ているが、5人はそれどころではない。
17:07『長かった道も終わります。こんな道でした。まったく長かった! さて早く進まないと!』
緊『止まれーー!! 止まってーーー!!』
『止まれー! 戻れーー!』
『ちょ、写真やばい!! マジやばい! 緊急さん、何とかしてあげて!!』
投稿された写真は、相変わらず暗かった。暗かったが英子の側にいるであろう2人らしきものが写っている。
真っ黒い、細い細いものが。
そしてその後ろには。
その時、ようやく呼び出し音が途切れ、通話状態になった。
『桜子ちゃん? ごめーん、ちょっと道に迷ってて、講義に間には合わないよ~』
「英子ちゃん! 無事なの!? 大丈夫なの!?」
『うん、道に迷っているだけだから、大丈夫だよ~。大学戻ったらいろいろ聞いて』
英子の元気な声に、ザザー、ガガガーと異音が混ざってくる。
音声はモヤモヤしていて、声もどことなくボイスチェンジャーを使用しているかのような電気的な音だが、それでも聞きなれた英子の声に間違いはない。
そして周囲のざわざわした音も聞こえる。裕子がルーズリーフを鞄から取り出して書きつけたものを桜子に見せた
『場所を詳しく聞いて!』
「英子ちゃん、今いる所、何か目印は無いの?」
『まったくここがどこだかわからないんだけど、すぐ横でやぶさめやっているよ』
「英子ちゃん、よく聞いて。英子ちゃんのささやきを見て検索したんだけど、大学周辺で流鏑馬やっているところなんてないんだよ!」
『ん、っと、電波わるいのかな、ちょっとよく聞こえない』
「英子ちゃん、すぐに来た道を戻って! 進んじゃダメ!」
横から裕子が叫ぶ。
しかし英子からの返事はない。聞こえてくるのは喧噪とジジジ、ガガガという異音。裕子の声は聞こえなかったのか、ともう一度伝えようとしたときに、英子が答えた。
『戻るの? でも戻ってたら絶対に次の講義に間に合わないんだけどww』
「英子ちゃん、今、もう5時過ぎているんだよ!」
『え? 15時過ぎ? うっそww 変なこと言わないで、まだ14時過ぎだよ』
「夕方5時だよ! 17時だよ! すべての講義終わっているよ!」
『ちょっと聞こえない、ゴメン、周りうるさすぎ。戻りたくても人が多すぎて無理だよ』
「進んじゃダメ! 戻るの! 戻れないならそこで待ってて! 私たちが行くから!」
『あ、ミコちゃんとイチコちゃんのスマホの経路案内、やっと反応したって。あ、ミコちゃんとイチコちゃんっていうのは、神社で知り合った人でね、この辺電波が悪くて全然現在位置わからなかったんだけど』
「ささやき見たから知ってる! でも止めて、ちょっと待って!」
SNSでは、通話が始まった頃から真由美がリアルに通話中、と報告していたので、皆『ザワ……ザワ……』ていどの書き込みで様子を見てくれているようだ。
そして今の英子の発言を真由美が書き込む。
『先に進むよう、一緒にいる二人に言われているみたい。経路案内も表示されたって』
『緊急です、ダメです、絶対に先に行かせないでください!』
すぐに緊急氏からのレスが付く。
「英子ちゃん、ささやき見られる? さっきの写真、すぐに見て! それにみんながいろいろ書き込んでくれているから、お願いだから止まって!」
『ささやき? 桜子ちゃんたちのコメントしかないよ? そういえば写真アップしただけでよく見てないわ』
ちょっと見てみるね、と英子の声が遠のいた。
その時だ。
『邪魔をスルナ』
スピーカー状態のスマホから、明らかに英子ではない声が大きく響いた。
テーブルの中央に置いて、周りから身を乗り出すように会話をしていた桜子と、聞いていた全員が思わずのけぞった。
「な、なに、今の声……!」
ボイスチェンジャーで声を低くしたような、老若男女入り混じったような、妙な声。
そしてその直後、ガリガリガリ! という大きな雑音と共に通話は切れた。
慌ててすぐにかけ直すが、無情にも「おかけになった電話番号は、電波の届かないところに~」というアナウンスが流れるだけで、全員でかけ直すもつながらなくなった。
17:10『友人と通話していたんだけど、ちょっと耳からスマホ離した間に切れちゃった。ちょっと変なこと言ってたけど、なんだろう』
『主、キターーー!』
『通話出来たの? ならすぐに来た道を戻って!』
『てか迎えに来てもらえ、動くな』
だが返信はない。そして。
17:11『え? なにこの写真……マジ怖』
その写真は、たくさんの顔、顔、顔。そして大きな目玉が大量にこちらを見ているものだった。
それを最後に、英子からのささやきは途絶えた。通話も全くつながらなかった。桜子たちは震えながら18時の学食閉鎖まで待ったが、英子が来ることはなかった。
それ以来、英子は姿を消した。この家族から捜索願が出され、桜子たちも警察に事情を聴かれたが、ささやき以上には何も説明できることはなかった。
またこの時のやり取りを、一緒の席にいた級友が動画に撮っていてくれたのだが、最後の妙な声は入っていなかった。英子の声よりもはるかに大きく響いたのに、その時に全員がのけぞっているのは写っているものの、音声は全くなかった。
そして緊急、と呼び掛けた主は、もともとフォロワーもささやきも0だった捨てアカウントらしいものだったが、あれを最後にささやきが停まっただけでなく、アカウント自体、すぐさま削除されてしまった。
緊急主がなんの意図があって呼びかけたのかもわからないまま、消えてしまったのだった。
一緒に昼ご飯を食べていた桜子に声を掛けられて、英子はスマホで時間を確認する。13時少し前だった。
「14時半から講義があるよ」
「そうなんだ。私は今から。14時半の講義は一緒の教室だよね」
「うん」
「それまでどうするの?」
ここは都内某所の花丸女子大の学食。安いし美味しいここは、昼時だけあっていつも以上に混雑している。
そこで英子と桜子は昼食後にお茶をしながら時間を過ごしていたが、午後の授業時間帯になったために、彼女たちを含む、食堂にいた全員が動き始めた。
「散歩でも行こうかしら」
外は良い天気だった。暑くもなく寒くもなく。英子は何となくそう呟いたのだが、言葉にしてみたらなんだか妙に散歩に行きたくなった。最寄駅から大学までの道は毎日通っているが、大学の裏手とかは行ったことがない。
「えー、いいなあ。なんかいいお店があったら教えてよ」
「うん、もちろん。あ、sotto voceで実況しておくわ」
sotto voce(ソットボーチェ)とは200文字以内の短文投稿ができる、匿名登録制のSNSだ。個人やグループ登録した人のみが見られる閉鎖的なコミュニケーションアプリとは違い、まったく知らない不特定多数が自由に投稿を見ることが出来るのが大きな違いか。知り合い同士で連絡などもかねて話をするのならコミュニケーションアプリだが、何となくつぶやきたい場合はSNSを使っている。
もちろん英子と桜子はフォロワー同士だし、そのた友人ともつながっているから、今日こんなことがあったよという近況報告にちょうどいい。
二人は一緒に食堂を出て、桜子は講義棟へ、英子は構内から出るべく、門へ向かった。
***********
講義を受ける教室に着いた桜子のスマホに着信のライトが着いていた。
授業開始までもう少し時間がある。なにかなと表示させてみると、さっそく英子からのささやきが載っていた。
狭い路地に通りすがりの散歩の犬の写真。家の周りのプランターの花の写真。
どうやら彼女は順調に歩いているようだ。羨ましいなと思いながらしばらく見ていたが、講義が始まった。マナーモードにして画面を消す。
さすがに講義中はスマホに触らなかったけれど、講義が終わって次の教室に向かいながら速攻、英子のsotto voceを開いた。
『この辺りは前に来た時、直進の道路だったはずなのに、なぜだかぐるりと回って来た道にもどったんだけど?』
というコメントと共に住宅街の写真が写っている。それだけでは道がどうなっているのかはよくわからない。
『初めての道。お花屋さん発見』
そして
『こんなところに神社があった。なんて読むんだろう』
という投稿と共に、うっそうとした森を背負った鳥居の写真が貼られていた。鳥居の処には「矢渡知螺図」と書かれているように見える。
次の投稿はもう神社から出てきたところだった。
『神社のお土産屋さんで同じ大学の学生2人と出会った。一緒に大学に向かうところ』
貼られている写真はただの住宅街の写真だった。確かに人の影は映っているが、英子であろう一人分だけ。人物特定される可能性があるので、できるだけ顔を出さないのはsotto voceでは常識だが、一緒にいるのなら彼らの影くらいは写していそうなものだが、と桜子は首をかしげる。
ふと確認した投稿時間は13時20分。今は45分。これならそろそろ教室に着く時間だろう。
桜子は到着した教室で他の友人と合流し、英子は散歩中なんだよと説明しながら、本人到着まで一緒にsotto voceを見ることにした。
『おかしいな、一本道を着たはずなんだけど、道を間違えたみたい』
次の投稿はそんな不穏な内容だった。しかも写真はブレブレの住宅街で、何を写したいのかもわからない。
「道を間違えたって? 英子って方向音痴だったっけ?」
「どうだろう?」
投稿は続く。『迷子とか笑える。とりあえず、神社から来た道を戻ってみる。講義に間に合うかな』
ハッシュタグ『迷子』と共に投稿された時間は先ほどとさほど変わらない。不謹慎だが、このあとどうなるのだろうとその投稿をみた全員がワクワクしていた。
そしてそれは桜子や同級生だけでなく、不特定多数の人たちも同様だ。
英子のフォロワーは基本的に多くなく、100人程度しかいない。しかも閲覧数はそれに届かないことが多い。しかし今の閲覧数は800を超えている。ハッシュタグの影響か、いつもよりもたくさんの人が見ているのだ。
『こんなところに川があるんだけど。え、川なんてあったっけ?』
空き地のようなところの先に細い川のような流れが写っている。だが妙に画像が荒い。場所を特定されないように加工しているのだろうか。
そしてこの投稿にコメントが付いていた。
『通りすがりに失礼します。迷われたのならば地図アプリを使われては?』
桜子と級友は大きく頷いた。そうだ、その手に持っているもので検索すればいいじゃないか。
そしてそれに対し、英子のやってみます、という返信が、まさについ先ほど行われたようだ。
「ちょっと、英子ちゃん、ちゃんと講義に間に合うのかな」
「もう13時50分だよ? 無理じゃね?」
「先生、時間にも出席にも厳しいのに……」
この授業は毎回出席を取るし、人数も多くないので代返ができない。そして先生は遅刻を認めない。
「英子、今日は欠席扱いかもね~」
「1時間あっても構外にでるものじゃないね……」
桜子たちは英子の心配しながらも、心のどこかで楽しんでいた。きっと講義が終わって教室を出たら、しょんぼりした英子がいるに違いないと。
講義内容のノートは写させてあげよう。そしてどんな大冒険をしたのか聞きながら、英子の行った神社に、もっと時間があるときに一緒に連れて行ってもらおう。
そんな話をしている間に授業開始の5分前となり、講師が部屋に入ってきた。必然的に全員が机に向かい、講義の準備をする。授業開始のベルと共にドアは閉められるのだ。
桜子は画面を閉じる前に素早く英子の先ほどのささやきに”授業始まっちゃうよ~、早くおいで~”と書き込んでスマホを鞄にしまった。
90分の講義が終わった。やはり英子は間に合わなかった。速攻、スマホを開く。
英子からの返信はなかった。ただ新しいささやきがあった。
『電波がおかしくて、地図アプリが使えません』
「はあ? 英子まだ迷っているの?」
隣で同じようにスマホを開いた真由美が、驚いた声を上げた。投稿時間は14時過ぎだった。しかもその投稿を最後に新しいささやきがない。
「ちょっと、本格的に迷ってない? やばいんじゃない?」
「いや、もしかしたら教室の外に……」
桜子の発言に真由美ともう一人、裕子が一緒に荷物を持って教室の外に出た。
桜子たちを驚かそうと隠れているのかも、と慎重になんども見回せど、英子の姿は確認できない。
全員、今日の授業は運良くもこれで終わりだった。とはいえ教室の中に居続けることは出来ない。
それに授業が終わってしまえば英子もここへは来ないかもしれない。
だが何となく動くのもためらわれて、3人は出入り口から少し離れたところで荷物を下ろしてスマホの画面に視線を戻した。
「っていうか、この辺に川なんてないんだけど?」
真由美の隣で裕子が地図アプリを起動させたようだ。
「え? 細い川とかなんじゃないの?」
「ないよ~。水路とかもない」
「細すぎて表示されてないだけじゃなくて?」
「ストリートビューでも確認できないよ」
「じゃあ、神社は?」
「大学の近くなんだよね? ……ないんだけど?」
3人ともにスマホに視線を落としながら、沈黙する。そして各自が急いで地図アプリで検索を始めた。その様子に周りの同級生たちも集まって来たし、桜子が代表して、じつは英子が迷子になっているのだと説明すると一斉にsotto voceを開いた。
「ないね、神社も水路も」
「ないよね? 大学の周りには」
「あ、英子、裏手に行くって言ってたけど」
「裏手にもないよ?」
「え、じゃあ、英子ちゃんどこに行っているの?」
再度沈黙が訪れる。そして全員がスマホから目を上げて、互いの顔を見た。
「ささやきもないし、やばいんじゃ……」
「電波悪いって言ってたけど、今どこにいるのかくらいはささやけないのかな?」
「それだ!」
桜子はそう叫んですぐにコメントを付けた。
”英子ちゃん、今どこにいるの?”
返信はない。
”心配している。地図アプリ使えなくても、今どんな所にいるのかささやけない? 写真でも良いよ”
それにも返信は付かなかった。
全員に重苦しい空気が立ち込めた時だった。
『神社で一緒になったミコさんとイチコさんの提案で、先ほどの川を下るように進んでます』
いきなりささやきが来た。しかも返信ではなく、投稿の方で。
「よかった、無事だった!」
「ってかまだ迷っているの!?」
「ついでにミコさんとイチコさんって誰?」
「散歩中に知り合った、この大学の学生らしいよ」
桜子は答えながらもほっとしていた。良かった、とりあえず返信もあった。
でもどうせなら私のコメントにも返信が欲しかったな、とちょっとだけ面白くなく思った。これだけ心配しているのにと。
とりあえず無事が確認できた。同級生たちは一人、また一人とそれじゃあ帰るね、と手を振って去っていく。
桜子たちも荷物を持って歩き始めた。英子を待つにしても学食か、学外のコーヒー店とかで良いだろう。
歩きながらもちらちらとスマホを確認する。その後のささやきはない。きっと明日には「昨日は道に迷っちゃってさーー」と笑う英子と会えるに違いない。しかし桜子としてはこのまま放置して帰る気にはなれなかった。
ちゃんと無事を確認してから、まったくドジなんだから、とその肩を叩いて笑ってから、帰りたい。
一緒に歩いていた真由美と裕子にそう告げると、彼女たちもそうしたいと頷いてくれた。
「とりあえず学食が18時まで開いているから、そこで待とうよ。さすがにそれまでには来るっしょ」
「そうね。まあ無事が確認できれば、会えなくても良いけれど」
「うん。ただこのまま帰るのもなんか落ち着かないものね」
その通り、と全員で首肯する。英子は通行の邪魔にならない端に寄って、立ち止まってコメントを書いて、そして3人で学食に向かった。
”心配だから学食で待ってるよ。勝手に帰らずに学食に来てよね”
****
(時間は桜子たちのスマホに投稿が表示された時間)
16:30『講義に間に合うかなあ~。ギリギリになりそう。 川に沿って歩いてたら両側を杉林に囲まれた道路に出ました。大学の近くにこんなところがあるなんてびっくりです』
「……英子は何を言っているの?」
「こんな都心に杉林なんてあるわけないじゃんね?」
自販機のコーヒーや紅茶を買って、学食でスマホを眺めている3人。相変わらず桜子のコメントへの返信はない。ハッシュタグ『迷子』の影響か、閲覧数はさらに増えている。
ただコメントはない。桜子たちが書き込んでいるから遠慮してくれているのだろうか。
「ちょっとあたしも書き込むわ。何かおかしいよ、これ」
真由美が画面に指を滑らせる。
”何時だと思っているの? もう今日の講義は終了だよ?”
しかし更新されたのは写真だった。
中央が道で、両端に木々のようなものがあるような気がするが、画像が荒い上に薄暗くてよくわからない。
16:35 『すごく静か。車は2台すれ違える程度の道だけど、一台も通っていない。川のせせらぎと葉擦れの音が聞こえるくらいに静か』
「ちょっと、英子ちゃん、なんで返信してくれないの……?」
「写真暗すぎ! 迷子なら加工しないで送れっての!」
裕子がイライラしながらつぶやく。
”場所が分からないのなら、写真加工しないでうpしてくれるかな。こっちで探すから”
16:38 『ちょっとナニアレ! バスが道から落ちてる!?』
アップされた画像は、相変わらず暗くてわからない。言われてみれば写真左端に大きな車のようなものがあるように、見えなくもない。
「バス!? バスが通れるような道? それで両端に杉の木?」
「もう英子ちゃん、どこいっているのよぅ! どこ見てもそんな道、ないよぅ!」
16:40 『バスは落ちているんじゃなくて、道のわきの広場に停車しているだけでした。でもなんかすごい古いバス。ボロイしガラスとか汚すぎて中見えないくらい。でも人は乗っているみたい。こんなところにバス停? と思ったけど、もしかして観光とかかな』
「待って待って。観光するようなところが、この住宅街のど真ん中にあるわけない!」
「もしかすると本格的に大学と逆方向とかに進んでいるんじゃない?」
「逆方向ならなおさら住宅街しかないよ」
16:42『早く大学に戻りたい。もう講義には間に合いそうにないけど、早く戻りたい』
「……なにを、言っているの? 英子ちゃんは」
16:43 コメントに返信『絶賛迷子中だよ~。講義に間に合いそうにないから、後でノート見せてね』
桜子は茫然とした。
「今ごろ……?」
「もしかして、電波障害とかで英子ちゃんのささやきが今頃届いているとか?」
「いやありえないでしょ。そんなに時間差でないでしょ!」
「検索してみたけれど、今日は電波障害なんて発生していないよ!」
「いやでも、杉林とか言っているから、英子ちゃんがいる所が電波が届きにくいとか」
それはあるかもしれないが、それならば。
「今も杉林を抜けていないってこと……?」
「……やばくね?」
16:45『バスの乗客に話しかけられた。この先でお祭り? があるらしい。そこでここの場所とか確認できるかな』
「来た! お祭りで検索!」
「お祭りに限定しないほうが良いよ、催し物、とかの方が!」
裕子と真由美が忙しく検索するのに、桜子は小声でつぶやいた。
「平日の夕方に催し物とかあるのかな……」
その疑問は、#迷子 を見守っていた通りすがりたちも持ったらしい。
『平日に催し物? 何があるの?』
『どこの大学の近くか知らないけれど、川とか杉林とか、都会じゃなくね?』
『フォロワーさんも言っているけど、写真、加工しないでアップしてください。そうすれば場所が特定できますから。大学の近く、というだけなら危険も少ないでしょう? 遅くなるよりは早い方が良いですよ』
『本当に迷ってて、地図アプリも使えないのなら、写真とか載せないで警察に通報したほうが良い。彼らなら電波から居場所特定できるでしょ』
『うん、それが良いと思う』
しかし英子はそれらには返信しない。
『コメント見てないのかな?』
『杉林で電波届かない?』
『その割にささやきは来るんだから、なんかおかしくね?』
閲覧数はどんどんと増えている。先ほどのお祭り発言に千を超える閲覧数が付いている。
16:48 『バスの乗客について歩いていたら、前方の道の両側に大量の旗が出てきた。まだよく見えないけれど、人も大勢いるみたい。これならここがどこだか聞けそう』
相変わらず写真は薄暗い道しか映っていない。バスの乗客が前を歩いているはずだが、人影があるらしい、程度だ。
『だから加工すんなと』
『ちょっと待って、いちいち写真加工しながら送ってんの? これ』
『画像の明るさ上げてみたけど、何が写っているのこれ……』
今しがた英子が上げた写真を明るくしてみたそれは、確かに人らしきものは4~5本の線として確認できるが、まるで省略に省略したイラストのようだ。
『……なんか、やばくないか?』
『投稿者さん、早く警察に連絡しなよ』
『いや、人が大勢いるというのなら、そっちで聞いた方が確かに速い』
16:49『さっきのバス』
その一言を添えた写真に写っていたのは、薄暗い中に確かにバスがあるのが分かる写真だった。
だがそれは、草むらに放置された廃バスにしか見えない。前面をメインに撮られた写真だが、車体のサビと曇った窓ガラス。使用されているようには見えない。
『やばいってコレ。ありえない』
『これ、本当に迷子なの?』
『やらせ乙!』
『いくらなんでもやりすぎだろ、これwww もうやめとけよwww』
コメント欄が荒れ始めた時だった。
16:52『すごい。馬がいっぱい! 流鏑馬だって!』
今度の写真は画像は荒いものの、今までになく明るかった。そして旗が写っている。そこには確かに『流鏑馬』の文字が確認できた。だが馬は確認できない。
「えーっと、なんて読むの?」
声を上げたのは裕子だった。
「たしか、やぶさめ、だよ」
「やぶさめって?」
「馬に乗って走りながら、お侍さんみたいな衣装の人が弓を射るの、見たことない?」
「あー! あれのこと! やぶさめ、っていうんだ!」
鮮明な画像が来たことで、3人は安堵した。これで居場所を探ることが出来ると。
16:53『ミコさんとイチコさんが凄いもの知り。流鏑馬がやぶさめ、って読むのも教えてくれたし、あの衣装は狩装束っていうんだって』
コメント欄には『ヘー』がたくさんついた。それと同時に、場所検索していたらしい人たちからのコメントも殺到した。
『都内で今日やぶさめやっているところなんてないぞ!』
『関東でも調べてみたけど、今日流鏑馬やっているところなんてない!』
『でも確かに旗があるね』
『特定班~!』
『京都、流鏑馬はやってない』
16:54『テレビクルーらしき人たちもいる。お客さんに道を聞きたいんだけど、凄い混雑しててそれどころじゃないのと、皆、流鏑馬のほうに夢中だし、観光客なら道を聞いても分からない気がする。どうしよう』
『少なくとも「ここはどこですか」って聞け!』
『道が分からなくても、その場所はわかるはずです』
『テレビが来るような流鏑馬なんて今日はやってないぞ』
『今日どころか前後一週間で調べてもヒットしないんだけど!』
『流鏑馬の写真もうpしてください』
「あ、桜子ちゃんいた! ねえ、英子ちゃん、なんか変じゃない?」
「あれ? 帰ったんじゃないの?」
声を掛けられてスマホから視線を上げると、そこには先ほど帰ると去っていった級友の3人がいた。
「大学出てから裏手の方行ってみたんだけど、やっぱり神社とか見つからないし、そのうちに英子ちゃんの変な呟きがいっぱい出て来て」
「桜子ちゃんがここで待っているってコメント付けてたから、まだいるかと思って来てみたの」
「そうなんだ、わざわざ行ってくれたの?」
「少なくとも片道20分の範囲には、神社も川もなかったよ。英子ちゃん、本当にどこに行っているの?」
「……わからない。コメントもほとんど返してくれないから……」
いろいろと疑問だが、それも不思議だ。彼女は既読無視するタイプではない。それどころかいつもならマメに返信しているのに。
今や英子のささやきはプチバズリ状態になっている。閲覧数は5千を超えた。少し前のささやきには1万を超えているものもある。
16:55『集まっている人にはどうにも声を掛けづらい。みんな熱中しちゃっている。そして馬がどんどん走り始めている』
『いや聞けって』
『そろそろ陽も暮れてくるのに、いまから流鏑馬……?』
『嘘松!』
16:56『とうとう13:50になってしまった~。もう講義は確実に間に合わない。いやこの道を抜けたら大学の裏門とか言うなら別だけどww』
『何を言っているの? もう17時前だよ?』
『嘘松!』
『ちょっと……背筋が寒くなってきたんだけど??』
『この人、本当にどこにいるの? 都心じゃないよね? まさか、外国?』
16:57『ミコさんとイチコさんのスマホが、ようやくルート案内に反応があったって! これで現在地が分かる!』
『キタ――(゚∀゚)――!!』
『ドコドコ!?』
『流鏑馬観に行く!』
16:58 スマホ画面を写したらしい写真。『ちょっとww ウケルww 先が分からないwww』
スマホを支える白くて非常に細い指と、スマホ画面。地図らしいソレは、道路らしき線が確認できるが、周辺建物などがない。また流鏑馬会場となっているらしい道脇も、ただの何もない空間だ。そして、スマホの上の方、彼女たちの進行方向とおぼしき場所は、黒っぽい空間になっていて、表示がされていない。
『ナニコレ、こんなルート案内見たことないんだけど』
『どう見ても田舎の一本道です』
『流鏑馬とかやってんなら会場名くらい表示されるだろ? なんでないの?』
『ミコとイチコ……?』
16:59『一応、この会場の先はトンネルの出口のように明るくなってるから、もうそろそろ杉林は終わると思う。イチコさんは先に行けば道が分かるかもって』
16:59『あれ? いろいろコメント来てる? 電波が良くなったのかな? 講義終わったら学食で待ってくれてるの? ありがとーーー! でも講義終わるまでには大学付きたいよ~! 終わる前に着いたら教室の外で待ってるね』
『おい、それって2時間前のコメントだぞ……?』
『杉林の電波障害乙!』
『いやもしかして時空がおかしくなってんじゃね? 平日に流鏑馬やるわけないし、しかも午後だし、検索してもヒットしないし』
『早くその場を離れた方が……』
17:00『ミコさんが、流鏑馬見たいけど自分たちも授業あるから先に進もうって。ルート案内では先がないけれど、きっと馬を連れてきたバスとかトラックとかの駐車場がそっちにあるんじゃないかって。電波も届くようになるだろうって。そういう事で馬も見ていたいけど、先に進みます。写真は観客しか映らないから撮れない』
『本当に先があるのか……?』
『まあ杉林が終われば、明るい写真が撮れるだろ? 秒で場所特定してやるよ』
『てか、お友達これ見てるんなら、電話してやれよ。まさか電話通じないのか?』
そうだ! 通話すればよかったんじゃん! と学食の5人は顔を見合わせた。授業を挟んでいたから通話するという考えがすっかり抜けていた。
桜子がすぐにスマホを操作する。
呼び出し音はするが、なかなか出ない。
「呼び出してはいるんだけど……」
「でも、それなら電波は通じているんだよね!」
「あ、そうだよね!」
「桜子ちゃん、そのまま切らないで呼び出し続けて!」
「うん!」
スピーカーに切り替えて全員で息を飲んで反応を待つ。
その間もSNSのコメントが続いている。
17:01『ミコさんとイチコさんは神社まで違う道で来てて、私が大学まで道案内するよ、なんて言ったから迷子に巻き込んじゃって、本当に申し訳ない。ちゃんと送るからね! そういえば川はどこへ行った?(笑)』
『緊急です。しばしコメント控えてください。投稿主さん、その道の先に川が横切っていたら、絶対に橋があっても渡ってはいけません!』
『なんだなんだ?www』
『おい、コメント控えろってよwww』
『緊急です。コメント控えてください。絶対に渡らないで! できれば引き返して!』
『……なに、この人』
『ウケルwww』
『緊急です、今来た道の写真を撮って! できればご友人も写して!』
『肖像権乙wwww』
緊『顔は写さなくてもいいから! 後ろ向きでもいいから! 今すぐに!』
『……なんで? なんでいきなり出てきたあんたがそんなことを言い始めてんの?』
何故? それは桜子を含む、この英子のささやきを見ているひと全員の疑問だった。
緊『フォロワーから流れて来て見守ってました。神社の写真の名前、そして今側にいる二人の名前、そして流鏑馬』
『だから、それが何?』
緊『神社の名は多分”、やわたしらず”と読むはずです。意味は「道に迷うこと」「出口のわからないこと」』
『あ、神隠しで有名な神社がそんな名前……!』
「えっ……!」
思わず桜子が声を出した。全員がスマホを食い入るように見つめる。
緊『ミコは多分巫女、イチコは市子、両方とも巫女を示す言葉です! そして流鏑馬は神事』
『あっ! 川はもしかして』
17:05『ようやく杉林が終わりそう!! なんか川が見えるかも。大きな橋も。さっきの川かな』
『緊急! 渡っちゃダメ! 渡っちゃダメです!!!』
『よくわからないけど、止まって! 投稿主、コメント見て!!』
『止まれーーー!!』
『止まれーーー!』
『なんでコメント見ないの!? 通知行ってないの?』
『電波障害……!?』
「ねえ! なんで電話も出ないの! こんなに呼び出しているのに!」
「英子ちゃーーーん!!」
学食の5人はもう半泣きだ。周りも彼女たちの様子にいぶかし気にこちらを見ているが、5人はそれどころではない。
17:07『長かった道も終わります。こんな道でした。まったく長かった! さて早く進まないと!』
緊『止まれーー!! 止まってーーー!!』
『止まれー! 戻れーー!』
『ちょ、写真やばい!! マジやばい! 緊急さん、何とかしてあげて!!』
投稿された写真は、相変わらず暗かった。暗かったが英子の側にいるであろう2人らしきものが写っている。
真っ黒い、細い細いものが。
そしてその後ろには。
その時、ようやく呼び出し音が途切れ、通話状態になった。
『桜子ちゃん? ごめーん、ちょっと道に迷ってて、講義に間には合わないよ~』
「英子ちゃん! 無事なの!? 大丈夫なの!?」
『うん、道に迷っているだけだから、大丈夫だよ~。大学戻ったらいろいろ聞いて』
英子の元気な声に、ザザー、ガガガーと異音が混ざってくる。
音声はモヤモヤしていて、声もどことなくボイスチェンジャーを使用しているかのような電気的な音だが、それでも聞きなれた英子の声に間違いはない。
そして周囲のざわざわした音も聞こえる。裕子がルーズリーフを鞄から取り出して書きつけたものを桜子に見せた
『場所を詳しく聞いて!』
「英子ちゃん、今いる所、何か目印は無いの?」
『まったくここがどこだかわからないんだけど、すぐ横でやぶさめやっているよ』
「英子ちゃん、よく聞いて。英子ちゃんのささやきを見て検索したんだけど、大学周辺で流鏑馬やっているところなんてないんだよ!」
『ん、っと、電波わるいのかな、ちょっとよく聞こえない』
「英子ちゃん、すぐに来た道を戻って! 進んじゃダメ!」
横から裕子が叫ぶ。
しかし英子からの返事はない。聞こえてくるのは喧噪とジジジ、ガガガという異音。裕子の声は聞こえなかったのか、ともう一度伝えようとしたときに、英子が答えた。
『戻るの? でも戻ってたら絶対に次の講義に間に合わないんだけどww』
「英子ちゃん、今、もう5時過ぎているんだよ!」
『え? 15時過ぎ? うっそww 変なこと言わないで、まだ14時過ぎだよ』
「夕方5時だよ! 17時だよ! すべての講義終わっているよ!」
『ちょっと聞こえない、ゴメン、周りうるさすぎ。戻りたくても人が多すぎて無理だよ』
「進んじゃダメ! 戻るの! 戻れないならそこで待ってて! 私たちが行くから!」
『あ、ミコちゃんとイチコちゃんのスマホの経路案内、やっと反応したって。あ、ミコちゃんとイチコちゃんっていうのは、神社で知り合った人でね、この辺電波が悪くて全然現在位置わからなかったんだけど』
「ささやき見たから知ってる! でも止めて、ちょっと待って!」
SNSでは、通話が始まった頃から真由美がリアルに通話中、と報告していたので、皆『ザワ……ザワ……』ていどの書き込みで様子を見てくれているようだ。
そして今の英子の発言を真由美が書き込む。
『先に進むよう、一緒にいる二人に言われているみたい。経路案内も表示されたって』
『緊急です、ダメです、絶対に先に行かせないでください!』
すぐに緊急氏からのレスが付く。
「英子ちゃん、ささやき見られる? さっきの写真、すぐに見て! それにみんながいろいろ書き込んでくれているから、お願いだから止まって!」
『ささやき? 桜子ちゃんたちのコメントしかないよ? そういえば写真アップしただけでよく見てないわ』
ちょっと見てみるね、と英子の声が遠のいた。
その時だ。
『邪魔をスルナ』
スピーカー状態のスマホから、明らかに英子ではない声が大きく響いた。
テーブルの中央に置いて、周りから身を乗り出すように会話をしていた桜子と、聞いていた全員が思わずのけぞった。
「な、なに、今の声……!」
ボイスチェンジャーで声を低くしたような、老若男女入り混じったような、妙な声。
そしてその直後、ガリガリガリ! という大きな雑音と共に通話は切れた。
慌ててすぐにかけ直すが、無情にも「おかけになった電話番号は、電波の届かないところに~」というアナウンスが流れるだけで、全員でかけ直すもつながらなくなった。
17:10『友人と通話していたんだけど、ちょっと耳からスマホ離した間に切れちゃった。ちょっと変なこと言ってたけど、なんだろう』
『主、キターーー!』
『通話出来たの? ならすぐに来た道を戻って!』
『てか迎えに来てもらえ、動くな』
だが返信はない。そして。
17:11『え? なにこの写真……マジ怖』
その写真は、たくさんの顔、顔、顔。そして大きな目玉が大量にこちらを見ているものだった。
それを最後に、英子からのささやきは途絶えた。通話も全くつながらなかった。桜子たちは震えながら18時の学食閉鎖まで待ったが、英子が来ることはなかった。
それ以来、英子は姿を消した。この家族から捜索願が出され、桜子たちも警察に事情を聴かれたが、ささやき以上には何も説明できることはなかった。
またこの時のやり取りを、一緒の席にいた級友が動画に撮っていてくれたのだが、最後の妙な声は入っていなかった。英子の声よりもはるかに大きく響いたのに、その時に全員がのけぞっているのは写っているものの、音声は全くなかった。
そして緊急、と呼び掛けた主は、もともとフォロワーもささやきも0だった捨てアカウントらしいものだったが、あれを最後にささやきが停まっただけでなく、アカウント自体、すぐさま削除されてしまった。
緊急主がなんの意図があって呼びかけたのかもわからないまま、消えてしまったのだった。
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