キラー・ニノッチと最強ガン・ギャルズ

闇河白夜

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五、荒野の命(いのち)泥棒

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 その一、水は宝石

 北アメリカ中部、砂漠のまん中にあるミレッソ・タウンは、西部にはよくあるさびれた町だが、ある深刻な問題を抱えていた。荒野に住む者には命といえる水を、あるギャングの一団に独占されていたのである。
 このあたりはミレッソから一キロ離れた場所にあるバウル湖にしか水資源がなく、かつては町から毎週出る鉄道でバウル湖から一週間分の水を運んでいたが、最近そこに居を構えたドン・セレス率いるセレス団が湖を占拠してしまい、ドンの許可なしでは水を運べないという横暴な事態になった。ミレッソの町長は何度か交渉しようとしたが埒があかないばかりか、逆らった町の若者が殺されるという悲惨な結果になり、事実上ミレッソ・タウンは、セレス団の支配下に置かれてしまった。

 以前は、汽車の後ろの荷台に据え付けられた十メートル四方の巨大な樽一杯ぶんの水を毎週町まで運んでいたのだが、ドン・セレスはそれを三分の一という分量に減らしてしまった。また勝手に有料にされ、水を増やしてほしいなら三倍の額を払えと脅された。
 当然水不足は町の住人の死活問題になったが、町の保安官ひとりではとても太刀打ちできない。町長は苦慮の末、あのキラー・ニノッチをこのあたりで見かけたという情報を得て、藁をもすがる思いでコンタクトを取ったのだった。
 話を聞き、彼女は二つ返事で引き受けた。


「それで……水を樽一杯にして、町まで持ってくると」
 ボスが作戦の内容を話し終えると、ユーリがぽつりと言った。バウル湖から数百メートル離れた岩場に張ったテントで会議中である。岩の向こうに線路が横たわり、湖から町まで延々のびている。
「そう、ばれないようにね」とニノーチカ。
「無理でしょ、そんなの」とヨーコ。
「だから、あなたの力がいるの」
「魔法でごまかしたとしても、水が減ってたらすぐわかっちゃうわよ」
「ところが、そうでもないのよ」
 ニノーチカは椅子に背をもたれて、気持ちよさげに伸びをしてから言った。
「湖から取ってるだけだからね。はかるわけじゃなし、どんなに減ろうがわかりゃしないわ」
「それはそうだけど」
 ヨーコはため息をついた。緊張感なさすぎである。こんなんで大丈夫だろうか。

 今回は、特にヤバい相手である。ドン・セレスの冷酷さと悪名はこのあたりにとどろいている。名を聞くだけで馬も飛び上がって逃げ出す、とさえ言われるほどだ。
 もちろん、この人と一緒にやると決めたときから半ば心中覚悟ではあるから、仕事はきっちりやるつもりでいる。だがそれにしても。
 町長から出された報酬額は破格だが、それが目的でもあるまい。たんに面白そうだからだ。この人なら報酬なしでもやりかねない。まあ、だから逆に信用できるんだけど。
 ほかの二人は、特に反論はないようだった。もちろんフラウは話のあいだじゅう、あれこれと心配してビビっていたが。


 次の日の夜明け、バウル湖の裏にある別荘で目を覚ましたドン・セレスは、部下からの知らせに眉をひそめた。ここには数軒の家屋を建ててちょっとした町を作り、三十人ほどの部下を配置している。ミレッソ・タウンから大金をむしり取るためには、湖の管理は欠かせない。
 だが、今朝は少しあわてた。湖上にバカでかい暗雲がたちこめ、今にも嵐が来そうだという。さっさと服を着て部下を集めると、予備の樽を大量に用意させた。豪雨が来れば、湖はあふれる。少しでも水を余計に貯えようという一見ケチくさい考えだが、この荒野では水は命である。高値で売れる宝石である。少しでも懐に入れておいて損はない。

「ようし、一番でかいのは湖畔に置いとけ」
 ダミ声を吐いて、汽車に乗せているのと同じサイズの十メートルの樽を配置させると、ドン・セレスは頭上のまっくろな雲を見上げた。彼は太った恰幅のいい男で、ブルドッグのようなたるんだ頬と、いかつい口ひげに、でかい鼻と分厚い唇を持ち、いつもその眼光鋭い垂れ目をぎょろつかせて、金目のものを探している。金のためならコロシだろうが、どんなことでも平気でする男である。
 彼はプライベートだろうが腰のホルスターに銃を入れていて、いつでも撃てるようにしている。誰が裏切るかわからないからだ。というか裏切りは自分がさんざんやった。恨みも買ってきたし、その意味ではあのキラー・ニノッチと変りない。

「先生は?」
 聞かれた部下が「まだ、おねむのようで」と言うと顔をしかめた。
「まあ、いつものこった」
 吐き捨てて指示に戻る。雇う自体が無駄な気もするが、いざというときのためだ。そう思って我慢した。


 バウル湖にはダムがある。といっても木と岩を積んでせき止めているだけだが、樽と同じくらいの高さがある。ニノッチたち四人は、このダムの手前に作られた、こじんまりした駅に停まる汽車の前に集結していた。
 案の定、部下は全員湖畔に出て、誰もいない。車両の陰からヨーコが湖上に向かって暗雲の幻覚を出している。これがバレる前に、コトを済ませなければならない。
 汽車の後ろの荷台にでかい樽、蓋から太いパイプが出ていて、ダムとつながっている。ダムについているハンドルを回して水を樽に送る。樽にはすでに今週ぶんの三分の一が入っていたが、ニノーチカは満杯にするべくガバガバついだ。
 ヨーコから(早く! いつまでも雨が降らないとバレるわよ!)のゼスチャーを受け、十分ほどでやっと終えると、汽車に乗り込んで釜に火をつける。あとは、ずらかるだけだ。

 このまま町へ倍の量の水を運び、しれっとしてもバレることはない。汽車がいつの間にか町へ行っても、部下の誰かがやったと思うだけだろう。ちょろい、ちょろい……などと気楽に考えていた。
 だが、そうはいかなかった。


「これはこれは……懐かしい」
 小屋から出てきたリーボックは、暗雲を眺めて感慨深く言った。
「おや、お目覚めですかな、先生」
 ドン・セレスは嫌みっぽく言うと、その奇抜な姿を横目で見た。リーボックはなでつけた金髪に、目には舞踏会で使うような黒い仮装眼鏡、口にも白いマスクをして顔を隠している。彼はお抱えの魔導士だった。その変に気楽で余裕があるたたずまいを、ドン・セレスは嫌っていた。

「なにが懐かしいのかね」とドン。
「ここまではっきりとした幻術は久しぶりに見た。思い出すなぁ。あれはたしか、私が幼少の――」
「ちょっと待て。幻術と言ったな?!」と顔が険しくなる。「すると、これは魔法か?!」
「さよう。ですから、樽などご用意しても、雨は降りません」
 とたんに察し、部下に叫ぶ。
「すぐ駅に行け! 水が危ない!」

 だがドンたちが駆け付けたときには、汽車は駅を離れてけたたましく爆走し、樽のでかいケツしか拝めなかった。窓から出てこっちを向いた顔に、ドンは歯ぎしりした。女は彼と目が合うと、車掌のようにこめかみあたりで二本指を振り、女神のように微笑した。
「キラー・ニノッチだ! 追え!」
 ドンの叫びで、セレス団の三十人の部下たちが馬で走りだした。



 その二、永遠のゾンマキ

 ドンと屋根なし馬車に同席した魔導士のリーボックは、うっかり「少々の水など、いいではないですか」と言いかけて口をつぐんだ。相手のドケチさは身に染みている。彼は今どき珍しく相当の魔力を保った魔法使いで、その実力は何度も見ているはずだが、報酬はしみったれていた。が、それでも生活や賭け事の借金など、もろもろの事情でやむなく付き合っている。それでも相手の小者ぶりにへきえきすることしばしば。今回、金をもらったら、ただちに手を切るつもりでいた。

 馬に鞭打って飛ばすドンは、隣のリーボックに怒鳴った。
「奴らを止める術くらい、あるんだろうな?!」
「もちろん。ただ、部下のおひとりを、お借りしなくてはならないが……」と、最後にニヤリと笑うように、「永久に」
「かまわん! 誰だろうが、好きに使え!」
 投げやりに言い、線路の先に樽のケツを認めて目をこらす。
「タダ飯を食わすわけにはいかんからな!」
 すると魔導士は、隣を過ぎる部下の背中に、一枚の白いカードを投げて貼り付けた。ドンは妙な顔をした。
「なぜ、あいつに?」
「すぐ死にそうなので」

 左右から馬で追いすがってくるガンマンたちに、さすがのフラウもビビった。
「きゃううーっ! どどど、どうしましょう?!」
「飛び移ったら、叩っ斬っちゃって」と運転席のニノーチカ。
「行こう」
 ユーリに言われて一緒にドアから出たはいいが、車体につかまって移動するには足場が悪く、フラウのビビリはマックスに達した。隣のユーリが、何度も「大丈夫、フラウはかっこいい、イケメン」などと励ますしかなかった。フラウは恐怖で刀の腕は上がるが、ほかは普通なので大変である。落ちたら元も子もない。
 汽車の後ろの貨物車に薪(まき)が積んであり、その後ろの車両に樽が乗っている。ヨーコも出てきて釜にくべる薪を運ばなくてはならず、こちらも大変。

 そうこうするうちに敵の二人が馬から樽の車両に飛び移った。一人はユーリが射殺し、後ろに続く奴は、おびえマックスのフラウが「きゃあああ殺されるうう!」と泣いて斬り捨てた。だが五、六人ほど乗ってきたので、ユーリは面倒だからグラサンを外し、連続撃ちで全滅させた。
「ひ、ひえええっ」
 ビビる親友に、ユーリは優しく声をかけた。
「みんな死んだから、心配しなくていい」
 だが相手が指す先を見て、さすがにぎょっとした。床に伸びる仲間の死体を、最初に殺したやつがガツガツ食っているのである。その背には白いカードが貼られていた。

「生ける屍――ゾンビーを作る札です」
 馬車でのんきに言うリーボック。
「貼られた者は死んだあとよみがえり、人肉を食らいます。死んでいるので、もう殺せません」
「そいつはいい」とニヤつくドン。「キラー・ニノッチめ、これで奴も終わりだ」

 さらに悪いことは続いた。薪(まき)を乗せている貨物車の、側面についている蓋の留め金を撃たれ、蓋があいて薪(まき)がガラガラと全て落ちてしまった。
「薪がないわ!」
 運転室にもどって叫ぶヨーコ。
「停まっちゃう!」
 そこへあわてたフラウも突入。
「ぞ、ゾンビが襲ってきますうう!」
 その後ろから真っ蒼な顔を出すユーリ。
「いくら殺しても、死なない!」

 スピードダウンする汽車を見てペースを落とすドン。
「薪もなし、後ろからゾンビ、そして我々かあ」
 面白がるようにリーボックが言った。
「こりゃもう、おしまいですねえ」

 背後から噛みつこうとするゾンビの口を刀の刃で押さえるフラウ。
「何匹も来ます! もうダメですうう!」
 ところが、ニノーチカは余裕の笑みを浮かべて言った。
「薪なら、あるじゃない」
 そして、いきなりフラウのところへ行き、ゾンビの前髪をつかんで引き寄せると、頭を釜に突っ込んで尻を蹴とばした。中でめらめらと燃えるや、汽車は煙突から盛大に煙を吐いて生き返り、猛烈に走りだした。
 これだとばかりに、ニノーチカたちは、入ってくるゾンビを次々に釜に突っ込んで燃料にし、スピードアップさせた。

 あわてて馬を鞭打つドン。
「なんだ、薪もないのにどうやって?!」
「そうか、その手があったか!」
 つい笑い、にらまれて黙る魔道士。
「なあに、すぐ停まるさ」とドン。「ゾンビの数はたかがしれとる。すぐ切れて終わりだ」
「いえ、それがですね……」

 たしかに、しばらくすると六人のゾンビすべてを使い果たし、汽車は停まるはずだった。ところが煙突から出る煙が黒雲を作り、そこから薪を積んでいた荷台に、雨がざあざあと降った。それを見て驚いたヨーコが、指さして叫ぶ。
「床から、何かが生えてくるわ!」

 さっき焼いたゾンビが、気体から液体に変わって雨になり、床板の養分を吸って復活したのだった。植物が土から芽を出すように、頭が生え、肩から胸、腰、足と、人型が形成される。完全体になって足が抜けると、ゾンビなだけに食おうと襲ってくるので、フラウとユーリがそれをこん棒で殴って運転室に入れ、ニノッチがシャベルで釜にぶっ込んで燃料にした。一匹が燃え尽きても、次から次へと復活して襲ってくるので、それをまた突っ込む。するとまた煙から雨が床に降る。再び復活。そして燃料。
 薪がゾンビに変ったのだった。シャベルでゾンビを釜にぶっ込みながら、ニノッチが後ろに叫ぶ。
「ゾンビを絶やすなー!」
 いつまでも尽きることがないゾンビ薪。略してゾンマキ。それは、まさに永久機関であった。
 


 その三、樽上(たるうえ)の弔砲(ちょうほう)

「なんちゅうもん使うんだ、きさまあ!」
 ついに町まで、あと三分の一の距離に近づいていた。猛スピードで遠ざかる列車を見て、ドンは相方にキレたが、相手は、なぜかことのほか落ち着いている。それで、ますますキレに磨きがかかるボスに、雇われ魔道士はいさめるように言った。
「ご心配なく。ほら、ごらんなさい」
 見れば、汽車はあっというまにまたスローダウンし、停まった。
「永遠など、ありません。ゾンビどもも、幽霊ではなく実体です。使うたびに薄まって消えてしまう」
「わははは」
 ドン・セレスはもう聞いていなかった。豪快に笑いながら、馬車を列車に近づけていった。


 ガンマンどもに包囲され、汽車から降りたニノッチ一行を、ドン・セレスは薄笑いで迎えた。
「ドン・セレスだ、お初にお目にかかる。いやニノッチどの、人相書きの数倍は美女ですな」
「よく見かけるけど、どれも下手だからね」
 賞金稼ぎは両手をあげたまま、涼し気に言った。ちなみに彼女以下、メンバー全員が降参ポーズである。
「減らず口を。どうだ、俺の女になれば命は助けてやるぞ」
「もっと気の利いた口説き文句じゃないとねえ」

 そこへ来たリーボックは、ヨーコをしげしげと見て言った。
「これは、かの東洋の魔女、ヨーコではないか」
「へえ、まだ魔法を使える者がいたのね」と真顔で返す魔女。
「さきほどの暗雲、見事でしたぞ」
「それはどうも。あなたのゾンビもなかなかでしたわ」と皮肉る。
「いやいや、私ごときなど」と手と顔を振って謙遜する。ふざけているようでもなく、本気らしい。「あれでもう魔力を使い果たした。明日まで、なにもできん」

「使える仲間がいて、よかったわね」
 ニノッチの冷笑に、真顔になるドン。
「ふん、誰がおまえのようなヤバい奴を女になぞするか。生かす気など、最初からないわ。おまえにも嫌ってほど賞金がかかっとるんだ。俺が逃すと思うのか。でかい組織に突き出して、ボロ儲けだわい」
「まあ、仕方ないわね」と目を閉じて、思いのほか素直に言うニノッチ。そして顔をあげ、「最後に弔砲(ちょうほう)を撃たせてもらえないかしら?」と願い出た。
「弔砲だと?」
「今までものすごい数を殺してきたから、死ぬ前にせめて彼らをとむらって、償いがしたいのよ」
「そんなことを言って、また魔法で小細工する気だろう」
「それは無理のようです」とリーボック。「あちらも、私と同じく魔力ゼロです」
「それならいい」と薄笑いを浮かべる。「とっととやれ!」
 ニノッチはユーリを呼び、一緒に樽の上にあがった。それをヨーコが横目でじっと見ていた。

「あなたの助けがいる。私があっちに撃ったら、弾をはじいてほしいの」
「あなたの弾に私が弾をあてる、ということですか?」
 あんまりな提案に、ユーリはしばし固まった。
「一発じゃダメだけど、二倍の力なら湖まで届くわ」と真剣な目になるニノッチ。「ユーリ、あなたならできる。いや、ユーリにしかできない。お願い」
「……わかりました」

 さっそく虚空に向かい、両手で銃を構えるニノッチ。すぐ先でユーリも同じく構えたが、足が震えた。
(そんなことできるだろうか?)(こんな私に)(こんな……)(自分で自分のことを大嫌いな私なんかに……)
 だが、そんな自分を信じてくれる人が、後ろで見ていてくれていることに気づき、たちまち胸が熱くなって震えが止まった。
(大丈夫、やれる)(いや、やってやる……!)
 彼女はグラサンを外した。
「行くわよ!」
「はい!」
 らしくないほどに大きく返事をした直後、背後で銃声が響くと同時に、こっちも撃った。ユーリは、かつてないほどの食い入るようなぎょろ目でにらみ、念じた。
(行け行け行け行け!)(当たれ当たれ当たれ当たれ!)
 その凄まじい眼光に押されるごとく、その弾はニノッチのそれに追いつき、激突して火花をあげた。押された弾丸は、数倍のスピードで大空を飛んでいった。


「終わったな」
 二人が降りてくると、ドンはニヤついて言った。
「では、蜂の巣になってもらう」
 これにはニノッチも目をむいた。
「突き出すのでは?」
 驚いて聞いたのは、彼女ではなく、隣のリーボックだった。
「最初の組織の話じゃ、とんでもない美女ってことで、生きてりゃ倍値だったんだが、こいつがあんまりしぶといせいかね。さっきの報せで、死体でも倍でかまわねえ、とさ。なら、ここで殺したほうが楽だろ?」
「あっそう」
 ニノッチは嫌そうに眉をひそめたが、すぐに口元をつりあげた。
「いいけどね」

「なにがおかしい?!」
 ぎょっとするドンに、腕組みして言う美女。
「ちと、手遅れだったようね」
「なんだと?!」

 そのとき、背後から地響きのような轟音が聞こえてきた。振り返った悪人どもの目に、数十メートルもの高さの、巨大な水の壁が押し寄せてくる地獄が映った。



 その四、水、持ってきた

 話は駅のところに戻る。

 ダムに爆薬を仕掛けたニノッチが、水を入れるために樽まで行くと、残ったヨーコが火の精霊を呼び出した。マリモのような体からひょろりと細い手足が伸びている、白い口ひげをたくわえたその老人の精霊は、ヨーコを見ると、バカにしたような目で実際バカにした。
「なに用じゃ? ふん、おぬしのような魔力の弱い者の願いなど聞けるかい。ほか当たっとくれ」
「そこをなんとか。私たちがあとで町の方角から空に向かって銃を撃って合図しますので、あなたは、それが見えたら、この火薬に火をつけてくださればよいのです。造作もないことでございましょう?」
「プライドの問題じゃ。じゃが、まあ」とヨーコの真剣な目を見て、「その合図とやらを、ここまで届けたら、やってやらんこともない」

 はるか遠くからダムのところまで弾丸を届けるなど、無理難題もいいところだったが、相手が頑固すぎて飲むしかなかった。本当は誰かがここに残って火をつければいいのだが、人手がない。それに、この手はバレたときのための最終手段で、できれば使いたくなかった。
 ヨーコは、そうならないことをひそかに祈ったが、いざ逃走が始まると、あれよあれよと、そうなってしまったのだった。

 それでも樽に登るニノッチとユーリを見て、彼女は一途の可能性に賭けた。
(うまくいって)(いや、絶対うまくいく!)
 ヨーコは毅然とした顔で二人を見上げた。
(きっとできる)(なんせあいつは、キラー・ニノッチなんだから……!)


 抜けるような青空に小さく現れた点を見て、火の精霊の目は笑った。
(なんじゃ、あんなところまでしか届かんとは)(とても、やる気なぞおきんわ――んんっ?!)
 いきなりぎょっとして目を見張った。

 点の向こうになにかがある。それも途方もない不穏の塊だ。すさまじい情念の渦が、こっちに向かって、にらむようなオーラを放っている。
 それは二つの目玉だった。大空のまんなかに、丸いぎょろ目が浮かび、奇怪な双子の月のように彼を見下ろしている。天地を返すほどの壮絶な憤怒と激情が、今にも爆発しそうに膨らみ、その視線で彼を刺し貫いた。それはまさに、地獄の現出であった。彼にはそれは、あまりにも恐ろしい神の怒りに見えた。

「うわわわああー! すいませんでしたああー!」
 恐怖におののいた精霊はひれ伏して叫び、ただちに起きて両手をあげ、空に浮かぶ点を渾身の力で引き寄せた。弾丸は滑るようにカーブを描いて空をすっ飛んで、ダムに突っ込できた。「ひいいい、くわばら、くわばら!」と頭を抱えて精霊が端に引っ込んだ直後、積み上げられた爆薬に弾が命中し、大爆発した。
 ダムは轟音を立てて決壊し、湖のおびただしい水が荒野に一斉に放たれた。町の方向が低地になっていたせいで、湖水のほとんどが流れ出し、大洪水になったのだった。


「に、逃げろおおおー!」
 ドン・セレスはあわてて叫んだが、遅かった。彼と部下全員が押し寄せる波の壁に飲まれ、汽車も飲まれて、樽が流された。すでにニノッチたちは樽に乗り上げていて、そのまま水上を滑っていく樽の縁になんとかつかまった。

「やったわね! ユーリのおかげよ!」
 ニノッチは左腕で隣の少女の肩を抱き、満面の笑みで叫んだ。
「やっぱり、あなたは最高よ、ユーリ!」
 ユーリは抱かれながら赤くなっていた。てれてれ。

(まさか、本当に届くなんて)
 隣でヨーコが、驚きに口があいたままだった。絶対にできる、なんて思ったものの、内心ではやはり信じきれずにいた。よもやユーリのせいで妖精の爺さんが心変わりしたとは、知る由もなかった。
 さらにその隣では、フラウが縁につかまったまま飛ばされそうになり、両足で空を蹴って叫んでいた。


 ミレッソ・タウンの町長は、住民の騒ぎで表に出て目を疑った。バウル湖の方角から、ここまで土用波レベルの高波が壁になって押し寄せてくるのだ。
 最前の波の上に巨大な樽が乗っていて、その上に立つ一人の黒ずくめのカウガールが、帽子を振ってこっちに叫んだ。
「みんなー! 水、持ってきたわよー!」
(キラー・ニノッチ?!)(なに考えとるんだ?!)
 驚愕した町長は、あわてて住民を避難させようとしたが、波は町の入口でかろうじて止まった。

 町のすぐ前に巨大な海が横たわったかのようになり、住民たちは大喜びで飛び込んで泳いだり、桶や樽に水を詰めだした。一杯の水を飲むことすら我慢していたのである。輝く水滴を浴び、彼らは命を取り戻したようだった。
 こうして死にかけていた町は、一人の無茶苦茶な女のおかげでよみがえった。



 その五、決闘

 セレス団の連中はほとんどが溺れて死体が浜に打ち上げられたが、ドンとリーボックは泳いで悪運強く助かった。浜に着いた樽から降りたニノッチに、町長は最初顔をしかめて「樽一杯でよかったのに、いったい、なんてことをしてくれたんだ!」と怒ったが、町民が集まって彼女を擁護し、また湖畔で喜ぶ姿を見て、すぐあきらめた。町のすぐ前が海岸のようになってしまっては、もう元には戻せない。

 だが、水から上がってきた奴を見て、その顔は蒼ざめた。ずぶぬれだがぴんぴんしたドン・セレスは、ニノッチを見るや銃を抜いたが、「ちっ、湿気(しけ)ってダメだ!」と放った。隣でリーボックは「もう、あきらめたほうがよろしいようで」と脱いだ上着をしぼったりした。水中にいたというのに、舞踏会眼鏡とマスクは取れていなかったが、スペアを持っていたようである。

「まあ、私も水でダメだし」とニノッチも銃を放り、「こうなっちゃ、管理なんて無理でしょ。魔法使いの言うとおりにして国に帰ったら?」
「そうはいくか!」
 両拳を握り歯ぎしりするドン。
「このままじゃ収まらん! 決闘だ、キラー・ニノッチ!」

「そうね、ここで決着つけないと、あとが面倒そうだし」と保安官に二丁もらい、ドンに投げてよこす。だが魔法使いが来て言った。
「ドンはあれでも、全米射撃選手権で金メダルを十個も取っている、かなりの名手ですよ? あなたでも相当ヤバいかと」
 ニノッチはビクともしない、というふうに無表情で「だから?」と言った。
 ただし、三秒後に、である。
(なによ、今の間は?!)とヨーコは驚いた。(思いっくそ動揺してない?!)
 ただ彼女の動揺などろくに見たことがないので、驚きはしたが、同時に不謹慎ながら新鮮でもあった。といって、むろん面白がっている場合ではない。


 ドン・セレスとキラー・ニノッチは、五メートルほど離れて対峙した。両者、銃を右手にさげてにらみ合い、いつでも抜ける状態である。周りの観衆は固唾をのみ、ヨーコは彼女の表情と動きから、やはりかなりの緊張を感じ取った。ひるがえって、それまでただの悪いおっさんにしか見えなかったドン・セレスが、鋭い眼光で凄腕ガンマンのまがまがしいオーラを全身から発しているのに気づき、ぞっとした。これはマジでヤバいかもしれない。

 ドンの方も、相手がかなりのやり手なのは知っていたので、最初は内心ビビった。が、すぐに軍配はこっちに上がったと確信した。
 ニノッチの後ろ、数メートル先に転がっていた部下がもぞもぞと動き、顔をわずかにあげて周囲をうかがった。すぐに状況を把握し、右手をそっと懐に入れると、それを引きだした。きらりと白く光るそれに、ドンは有頂天になったが、顔にはいっさい出さなかった。

 まだ生きていたこの部下こそ、彼の腹心で最も腕の立つ男、通称「ナイフ投げのジョージ」だった。ただし、それは刃物の扱いのほうの話で、銃はたいしたことがなかったが、この場合は、これ以上ないほどに好都合であった。どうせ銃は濡れて使えないだろうし、彼のナイフの腕でこの距離なら、完璧に奴を仕留められる。なんせ背後にいて、気づかれる可能性はゼロなのだ。
(ふふふ、キラー・ニノッチよ、ついに年貢の納め時だ)(後ろから刺されて死ね!)
 たとえこっちがやられようと、奴も終わる。内心ほくそ笑み、女をにらむ。双方、期をうかがった。

 一瞬女の右手が動き、ドンもほぼ同時に動いた。
 だが、そこへとんでもない番狂わせが起きた。ニノッチが死ぬと思って恐怖にかられたフラウが、日本刀を抜いて二人のあいだに飛び込んだのだ。刀は飛んできたドンの弾をまっぷたつにし、ニノッチには、その銀の刃面に、自分の背後にいる者の黒い影が映るのが見えた。彼女は両足を前後に開くや、右手の銃をドンに向けて発射、同時に左手で腰のホルダーから抜いたもう一丁を、後ろに向けて撃った。ナイフ投げのジョージは、刃を握ったまま頭を撃たれてがくんと沈み、ドン・セレスは胸に風穴があき、「ぐほおおっ!」と血を吐くと、うつぶせに倒れた。

「二つもらっといて、よかったわ」
 ニノッチはそう言うと前後の銃を引き寄せ、一丁ずつ銃口の硝煙を吹くと、腰のホルダーにしまった。そしてわなわな震えているフラウをぎゅっと抱くと、肩をぽんと叩いた。
「ありがとう、助かったわ」
「ずずずずいばぜん、よよよけいなことを……」
「いいえ、あなたがいなかったら、ドンは倒せても死んでたわ」
 なだめるように言われてフラウの震えはとまったが、どっと悔悟の念がわいてきた。人を殺すたびに罪悪感にさいなまれる。この場合は弾を切っただけだが、今日はそれ以前にずいぶんの数を斬ってきたのに、お祈りもしていない。そのことを一気に思い出してしまった。

 彼女は、暗くつらい声で言った。
「私は人殺しです。またビビりで、多くの人をあやめてしまいました」
 するとニノッチは離れ、満面の笑みで言った。
「あなたのビビリは、殺人のためだけじゃない。ほら、こうして人の命を救えたじゃない」と自分を指す。

 感極まってぼろぼろ泣く侍を、ニノッチはまたやさしく抱きしめた。町民から歓声があがる。拍手がおき、それは恵みの雨のように、広大な湖に響き渡った。最初に叩きだしたのは町長であった。


 叩いていない者もいた。リーボックはとうにずらかっていたので彼ではない。ヨーコである。決闘のとき、ニノッチがいったいどうやって背後の敵の存在を知ったのかわからず、感動よりも、むしろ怖さを感じてしまったからだ。
 今までに何度となく浮かんだある思いが、また彼女を襲った。このままこいつと付き合っていたら、自分はいつか絶対に死ぬ。最初から裏稼業で生きてきたし、覚悟はそれなりにあったが、別に進んで死にたいわけではない。
 ここいらが潮時ではないか。いつの間にか消えたリーボックのように、自分もただの雇われ魔術師として、黙って去るべきではないのか。

 だがそう思っても、すぐに顔が自然に笑ってしまうことに気づいた。ここでさよならしようが、どうせまた声をかけられたら、自分は喜んで行ってしまうに決まっている。このニノーチカという女と付き合うのは中毒のようなものだな、と思った。
 キラー・ニノッチは、ただの凄腕ガンマンではない。強烈なドラッグだった。だが、どんなヤクよりも心地よく安全だ。至上の楽しさはあっても、死の危険以外に副作用はないからである。
 そこで気づいた。
(死の危険が、副作用じゃない?)(なに言ってんの、私)
 自分もとうとうイカれたな、と肩をすくめ、ユーリと共にボスの元へ向かった。思えば、このメンツは自分を含め、全員がイカレている。もちろん、中で一番クレイジーなのが、キラー・ニノッチだ。

 ニノーチカは報酬の三分の一しか受け取らなかった。ドン・セレスの首にも多額の賞金がかけられていたからである。
 その翌日、パーティは解散した。



 また大仕事で全員が集まるまで、この世でもっとも自由な女、キラー・ニノッチは、今日も白馬で荒野を駆ける。(終)
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