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浮気
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夏から秋の変わり目、暑すぎ寒すぎず全てが曖昧なこの時期に対して、高梨と彼の恋人の間にはっきりとこれ以上にない位明確な亀裂が入ることになる。大学を卒業してから、社会人となり5年間同棲を続けた恋人加藤 集仁郎の浮気現場を複数目撃したのである。まず第一に、どこの馬の骨ともわからぬ軟弱そうな男とセックスの予定を立てるチャットのやりとり、そして第二に女狐のような女とラブホテルから出入りしていたことの目撃である。怪しいと疑う段階ではない、既に確実性を担保する事実をまとった出来事である。なぜ今まで気づくことなく、のほほんと恋に、献身に、セックスを繰り返していたのかと自身の眼力を強く恥じた。高梨はすべてを把握してもなお、じっと相手の様子を伺いながら証拠を網羅した。
「これ、何だと思う? 」
仕事から帰宅した加藤がこれから起きることなどさも知らぬのでゆったりとスーツを脱いで、いつもと変わらぬルーティンの動きをしていると、ぱらりと十数枚の写真が床に散りばめられた。
「おいおい、何なんだ」
犯人は、どこか影のある満面の笑みを浮かべた高梨であった。慣れてはいるものの週末の満員電車に揺られ、疲弊している加藤は重たそうに腰を折り曲げて床に散乱した写真を一枚手に取ると、ここにあってはならない事実の数々にぶわっと冷ややかな焦燥が現れ、眼鏡越しでもよくわかる位に目が泳いでいた。
「俺はずっとお前だけだったのに、お前は俺だけじゃなかったんだね」
俯く加藤を見下げるように言い放つと、加藤は高梨の手を懇願したように握る。
「これは違うんだ、誤解なんだ。相手がしつこくてさ…、最後に一回会いたいって本当にしつこいもんだから切り離すために一度よく話し合おうと……」
しらばっくれればいいものを、混乱した頭の中はまともに発言内容を精査する暇がなく、ベラベラと言い訳の言葉が流れ出る。
「男の方とはは来年まで会う予定を話し合ってたみたいだけど? 」
ポケットからスッと出したスマホから、滑稽に愛の囁きを送り合うチャットのスクリーンショットを何枚も表示する。加藤は息を吸ってはぁぁぁと長い溜息を吐き出すと、無理に穏やかな笑顔を作ろうと口角が引きつって、じりじりと自身を責めてくる相手をみやった。
「人のスマホを勝手に見るなんてひどいじゃないか」
「スマホ解除のパスワードがお前の誕生日なんだもん」
加藤を鼻で笑うその表情は、余裕のある男の顔つきというよりもいたずらが成功した子供のようなあどけなさも持ち合わせていた。
加藤は目の前の男の頬を指でそっと撫でると、やさしく腰を抱き寄せた。
「俺たち一生を考えるような本格的な関係性でもなかっただろ? ゆるくのんびり付き合ってたじゃないか」
開き直ったのか、笑みを含んだ声色で軽々しい話し方になった。
「うん」
浮気男と対峙しているとは思えぬやさしい声色で相槌をしてみせて、自身の腰に伸びる加藤の手は振り払わなかった。建設的な話し合いをしようと感情を殺しているわけでもなく、妙に落ち着き払って快晴の空のごとく頭がすっきりしていたのだ。
「誰とどんなセックスをしても、やっぱりお前が一番だよ」
その一言で彼との思い出が走馬灯のように頭の中をかけめぐった。
出会ってからこれまで高梨は加藤をセックスのためだけに関係性を持続させている思いはこれっぽっちもなかった。平均よりも少しばかり性欲が強かったが、コミュニケーションの一環としてであって、決して相手を自身の情欲のための肉棒として使っているわけではなかった。
気がつくと、加藤の顔を横から叩くバシッという乾いた音が室内に響いた。
加藤が豆鉄砲をくらった鳩のように間抜けな顔をしてみたかと思ったが、瞬間、眼鏡のグラスを割るのではないかという程に威圧的な視線を高梨に向けた。
「お前みたいな無能淫乱を抱いてやってたのは誰だと思ってんだよ」
化けの皮が剥がれたのか、今まで聞いたことのない冷たい口調で言葉を発し、高梨の手首を思い切り掴んだ。
「痛っ! 」
加藤の手がぬるりと自分の首に伸びてくる、全ての動きがやけにゆっくり見えて、高梨は自身の持つ全ての力をもってして彼を突き飛ばした。
床に散らばった写真でずるりと足を滑らせ、加藤は体勢を崩す。瞬間、ゴンという鈍い音が響く。
「あっ...」
加藤の頭蓋が棚の角に打ち付けられ、彼の体は棚の壁面に沿ってずるずると座り込む。
角には、ぬるりとした赤い色がついて、太い滴りが床までゆっくりと落ちてゆく。
「しゅ、集仁郎...」
高梨への軽侮を滲ませ血管が詰まったような余憤さめやらぬ形相のまま、その表情はもう二度と変わることはないだろう。
「これ、何だと思う? 」
仕事から帰宅した加藤がこれから起きることなどさも知らぬのでゆったりとスーツを脱いで、いつもと変わらぬルーティンの動きをしていると、ぱらりと十数枚の写真が床に散りばめられた。
「おいおい、何なんだ」
犯人は、どこか影のある満面の笑みを浮かべた高梨であった。慣れてはいるものの週末の満員電車に揺られ、疲弊している加藤は重たそうに腰を折り曲げて床に散乱した写真を一枚手に取ると、ここにあってはならない事実の数々にぶわっと冷ややかな焦燥が現れ、眼鏡越しでもよくわかる位に目が泳いでいた。
「俺はずっとお前だけだったのに、お前は俺だけじゃなかったんだね」
俯く加藤を見下げるように言い放つと、加藤は高梨の手を懇願したように握る。
「これは違うんだ、誤解なんだ。相手がしつこくてさ…、最後に一回会いたいって本当にしつこいもんだから切り離すために一度よく話し合おうと……」
しらばっくれればいいものを、混乱した頭の中はまともに発言内容を精査する暇がなく、ベラベラと言い訳の言葉が流れ出る。
「男の方とはは来年まで会う予定を話し合ってたみたいだけど? 」
ポケットからスッと出したスマホから、滑稽に愛の囁きを送り合うチャットのスクリーンショットを何枚も表示する。加藤は息を吸ってはぁぁぁと長い溜息を吐き出すと、無理に穏やかな笑顔を作ろうと口角が引きつって、じりじりと自身を責めてくる相手をみやった。
「人のスマホを勝手に見るなんてひどいじゃないか」
「スマホ解除のパスワードがお前の誕生日なんだもん」
加藤を鼻で笑うその表情は、余裕のある男の顔つきというよりもいたずらが成功した子供のようなあどけなさも持ち合わせていた。
加藤は目の前の男の頬を指でそっと撫でると、やさしく腰を抱き寄せた。
「俺たち一生を考えるような本格的な関係性でもなかっただろ? ゆるくのんびり付き合ってたじゃないか」
開き直ったのか、笑みを含んだ声色で軽々しい話し方になった。
「うん」
浮気男と対峙しているとは思えぬやさしい声色で相槌をしてみせて、自身の腰に伸びる加藤の手は振り払わなかった。建設的な話し合いをしようと感情を殺しているわけでもなく、妙に落ち着き払って快晴の空のごとく頭がすっきりしていたのだ。
「誰とどんなセックスをしても、やっぱりお前が一番だよ」
その一言で彼との思い出が走馬灯のように頭の中をかけめぐった。
出会ってからこれまで高梨は加藤をセックスのためだけに関係性を持続させている思いはこれっぽっちもなかった。平均よりも少しばかり性欲が強かったが、コミュニケーションの一環としてであって、決して相手を自身の情欲のための肉棒として使っているわけではなかった。
気がつくと、加藤の顔を横から叩くバシッという乾いた音が室内に響いた。
加藤が豆鉄砲をくらった鳩のように間抜けな顔をしてみたかと思ったが、瞬間、眼鏡のグラスを割るのではないかという程に威圧的な視線を高梨に向けた。
「お前みたいな無能淫乱を抱いてやってたのは誰だと思ってんだよ」
化けの皮が剥がれたのか、今まで聞いたことのない冷たい口調で言葉を発し、高梨の手首を思い切り掴んだ。
「痛っ! 」
加藤の手がぬるりと自分の首に伸びてくる、全ての動きがやけにゆっくり見えて、高梨は自身の持つ全ての力をもってして彼を突き飛ばした。
床に散らばった写真でずるりと足を滑らせ、加藤は体勢を崩す。瞬間、ゴンという鈍い音が響く。
「あっ...」
加藤の頭蓋が棚の角に打ち付けられ、彼の体は棚の壁面に沿ってずるずると座り込む。
角には、ぬるりとした赤い色がついて、太い滴りが床までゆっくりと落ちてゆく。
「しゅ、集仁郎...」
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